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15は年齢ではありません  作者: 佐屋 理由


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2/8

皆さんとご対面

(なんて巨大な!)


 グランドたちと共に彼らの城に戻ったアグリは、まずその大きさに圧倒された。

 飾り気の少ない実用一辺倒な建造物だが、不思議と冷たい感じはしない。


(作った方々の魔力が通っているからかしら?)


 どうやらそこには防御の効果があるらしい。珍しいのでふむふむと観察しておく。


「姉上!」


 アグリたちが城門をくぐった所で、一人のイケメンがこちらに突進してきた。

 攻撃か、と咄嗟に身構えようとして止める。相手はアグリに見向きもせず、横にいた黒髪の女性、魔王の娘ツバキに抱き着いた。


「ご無事でしたか! 怪我など負っていませんね、ドルドに意地悪を言われませんでしたか! 姉上は我々よりお体が弱いのですからこのような戦に出向かれなくともいいでしょうに、父上は何を考えているのだか」

「お前はいつもおかしいなあ!」


 ツバキは自分と変わらない背丈の相手の頭をぐりぐりとなでると、体を引き離す。そしてアグリに振り向いた。


「アグリ、こいつは弟その2のカールだ。バカでかわいいぞ。カール、こっちは聖女のアグリ。これからうちで暮らすから仲良くしな」

「これから……?」


 カールはツバキに寄り添ったまま首を傾げる。

 黄味の強い赤髪に緋色の瞳は全体的に温かな印象だ。仕草はどこか幼げで、なんだかかわいらしい方だわとアグリはこっそり思ってしまう。


 その間に魔王軍の迎えに出て来た者たちがこの場に集まって来た。全員角が生えていることと体が大きいこと以外、身なりと言い顔の造作と言いアグリの国の人々とほとんど変わらない。魔族に対してもっと悍ましい姿を想像していたアグリは密かにホッとした。


(お世話になる方々の姿にびくびくしていたら申し訳ないものね)


「お帰りなさいませ」

「ただいまテレサ」


 正面にいた山吹色の髪の女性をグランドが抱き上げてキスをする。

 こういうやりとりをあまり見たことがないアグリは少し照れてしまう。


(魔族同士はもっと殺伐としているのかと思っていたけど、そんなことはないのね……)


 むしろ人間の王族の方が、互いに触れ合う姿を人前で見せたりはしなかった。


「想定通りのお早いお帰りですね、父上」


 次に声をかけてきたのはツバキよりさらに高身長の、緋色の髪と目をした美貌の男性だった。ねじれた細い角がきらきらと輝いて黄金色の宝石のようだ。

 その男性の姿を一目見た瞬間、アグリは思わず息を飲んだ。


(すごい。この世には、こんな見目麗しい人型生物が存在するのね……!)


 あまりぶしつけにならないよう、ほどよく視線を向けながらこっそり見惚れてしまう。もしも許されるのなら一日中だって眺めていられるだろう。それくらいに美しい相手だった。


 グランドは女性を降ろしながら振り返る。


「おうヴィンス。戦闘らしい戦闘はなかったが、一つ……いや二つ大事な知らせがあるぞ。まずは魔界中に知らせてくれ。通行門が消滅した。今後我らは向こう側へ行くことは叶わん」


 ヴィンスと呼ばれた男性はぽかりと口を開けた。彼以外の、その場に居合わせた者たちも同じように唖然としている。

 しばらくの沈黙の後、真っ先に我に返ったのはヴィンスで、彼はどうにか表情を取り繕った。


「ええと……それはまた突然な話で……」

「ヴィンス、向こうに行ったままの連中はいたかな?」

「いえ……少し前からトンネル国に怪しい動きがありましたので、ひとまず全員帰還させていた筈ですが……」

「だったら安心だな。まあ、多少不便にはなるだろうが困るというほどではないだろう」

「となると人界製品を模倣できる職人を増やさなければなりませんね」


 テレサと呼ばれた女性が周囲とうなづきあっている。こちらも衝撃から立ち直ったらしい。


 話を聞いていたアグリはちょっとどきどきした。どうもあの門は人界側の認識とは違う使われ方もしていたようだ。こちらが全く気付かない内に、侵攻とは関係ない普段使いにされていたっぽい。


(そうなると、なんだかちょっと申し訳ない気持ちだわ)


 門を消した張本人なのでここは何も言わずにおとなしくしておく。


「それともう一つは、向こうの連中が捨てた聖女を拾ってきた。うちで暮らしてもらうからそのように整えてくれ。聖女アグリだ。ちなみにこいつは、わしより強い」

「!」


 皆が固まった。

 ここがタイミングかと思ったアグリは一歩前に出て頭を下げる。


「トンネル国から参りました。皆様どうぞよろしくお願い致します」

「アグリ、こっちがかーちゃんでこっちが弟その1ヴィンスだよ。他の連中はまあ追い追いだね。……ヴィンス、何赤くなってる」

「え⁉ 私は、何も、」


 ツバキに声をかけられたヴィンスは確かに顔を紅潮させながら後退する。

 不思議そうなツバキにカールが顔を寄せた。


「きっとあれですよ。兄上は以前から、理想の女性は父上より強い者だと公言していましたからね」

「はあ? 女避けの為の嘘かと思ってたが本気だったのか」

「単に聖女ちゃんがかわいくて一目惚れした可能性もあるけどな」


 さらに話に加わって来たのはドルドと呼ばれる青髪青目の美形男性だった。

 魔王軍の第一隊長で、城に戻るまでにアグリへの紹介は済んでいる。


 そんなドルドの言葉を拾ったアグリはポンと頬を赤くした。


「私が、かわいい……?」


(聞き間違い、ではないわよね……?)


 頬を染めたままドルドを見上げてしまう。

 それを見たツバキが呆れ顔をした。


「なんだい。かわいい、くらい飽きるほど言われてるだろ?」

「いえ。陰気な顔は見たくない、と突き飛ばされたことならありますが……」


 確かあれは用事で城に出向いた帰り際、廊下で出くわした貴族の令嬢にされた出来事だった。生まれつきの形状に対して文句を言われてもどうしようもないじゃないか、と困り切ってしまった覚えはある。


「なんだそれ失礼な奴だな」

「こんな可憐なお嬢さんに言う言葉じゃないだろう」


 ツバキもドルドもむっとしている。

 その会話にもアグリは感動していた。

 これまでの人生で。自分の為に誰かが不快になってくれたことなどあっただろうか?


(いえ、ないわ。私は今、生まれて初めて、誰かに私だけの悲しみに寄り添ってもらえた……)


 心に生まれたほんわりとした温かさをアグリは噛みしめていた。

 アグリの謎の反応に、ツバキとドルドとカールは困惑の顔を見合わせている。

 そこにグランドから声がかかった。


「ともかく、まずは皆で飯でも食うか! テレサ、用意はあるか」

「もちろん準備万端です。アグリさん、こちらの食事は向こうと変わらないと思うけど、何か苦手な物とかあるかしら?」


 尋ねられたアグリは急いで気持ちを平常心に戻す。


「あの、私は出来れば聖女食をお願いしたいのですが」

「聖女食……?」


(そうだ。国の外では伝わらないのだわ!)


 慌てて説明を付け加える。


「ええと、聖女は聖力を保つ為に衣食住を質素にする必要がありまして。食事に関しましては水とパンと野菜スープと決まっております」

「まあ。毎食、それを?」

「いえ、食事の提供は一日一食ですので、こちらの気分でそれらを朝昼晩に振り分ける、という感じです。朝昼に食事の時間がなければ夜にはフルコースが食べられたりします。週に一度はゆで卵がつくのでその時はとても贅沢をした気分になります」


 話し終えたアグリはアレ、と思った。

 何故かグランドたちが微妙な表情で互いに顔を見合わせているのだ。


「……ちょっとごめんなさいね」


 言ってテレサがアグリの長袖をまくり上げた。

 骨と皮だけのような細すぎる腕がさらされる。


(他のお嬢様方みたいにふっくら感がないからちょっと恥ずかしいわ)


 それでもここは我慢する。


「……顔には出ないタイプなのね。服も随分と着古されていること」


 テレサがグランドを振り返る。グランドは険しく顔を顰めた。


「アグリよ。わしは聖女には少し詳しいのだがな。そのような生活方法は聞いたこともないぞ。代々聖女というのは城で贅沢三昧をして暮らしているものだ」

「ええ……?」


 そんな話は初耳だった。

 アグリが住んでいたのは教会の片隅にある小さな部屋だし、城には特別な用事がある時しか足を踏み入れたこともない。物心ついた時から「これが聖女生活だ」と言われてそれに従ってきたのだ。


(先代の聖女様に会ったことがある人達にも、これがおかしいと言われたことはなかったわ。だから何も疑問はなかったけど……)


 けれどそう言えば。城や教会にあった聖女たちの肖像画は、皆豪華絢爛な姿をしていた。てっきり絵画向けの演出なのかと思っていたが、もしかしてあれが彼女たちの日常だったのだろうか。


「では、私の代だけどうしてでしょう……? 低い数値を蔑まれていたのならわかりますが、それは事実ではなかったのですし……」

「……満足に食を与えず弱らせておいたのは、あんたにこれ以上力をつけさせない為かもね」

「!」


 ツバキの言葉にアグリは目を見張った。


(まさか、そんなことでなの?)


 毎日毎日、時には食事の時間も与えられずに働いていた。もう少し力が出ればもっと早く、もっと良い結果が出せるだろうと思った仕事は何度もある。


(こんなにも私が不甲斐ないのは、数値が15のせいだと思っていたのに……!)


 さらにその仕事の成果というのが民の助けになるものが多かったとすれば、なおさらに悔しいではないか。

 申し訳なさと腹立たしさに目を潤ませたアグリの横でツバキたちが話を続ける。


「質素な生活って言うのは何だろうね」

「聖女ちゃんの自尊心を徹底的に押さえつけて自分たちで支配する狙いかもな」

「ありそうだ。フン、クソだね!」


 ツバキがその辺に転がっていた荷物を蹴った。アグリはびくっと体を震わす。

 そんなアグリの背中にテレサが温かな手を添えた。


「……ねえアグリさん、貴女が嫌でなければの話なのだけど。いい機会だから、この辺りで、これまでの生活方法を変えてみるというのはどうかしら。それでどのような変化が現れるのか一度試してみない?」

「ええと……」


 今までずっと騙されていたのかもしれない、という怒りと悲しみは確かにアグリの中にある。その思いを踏み台にして反発心で生活を変えるのは簡単だ。


 でも。


(……少し、怖いわ)


 正直、アグリ自身としては、今までの暮らし方に特別な不満があった訳ではない。

 いつでも体は疲れていたしいつでもお腹は空いていたしいつでも自分が他の人たちと比べて少しみすぼらしいのを恥ずかしく思っていた。しかし聖女とはそういうものだと思っていたのだ。

 さらにこれまで与えられた命令に従ってきたアグリにとって、自分の意志で何かを変えてしまうというのはとても勇気のいる提案だった。


(こんなことを考えるのも嫌だけど。もしも皆様の言葉こそが嘘で、聖女生活を止めた私が力を失ってしまったら? その途端に無力な私が一瞬で引き裂かれてもおかしくない)


 その時の状況を思い浮かべてごくりと息を飲む。

 するとそこでヴィンスが口を開いた。


「……そうだな。いきなりというのも何だろう。まずは今まで通りの食事を一日三食とる、というような形から入ってみたらどうか」


(! まあ。この美しい方が私の躊躇いを汲もうとして下さっているわ……)


 驚きに、ぼうっと相手を見つめてしまう。


 それはツバキたちから貰った気持ちとはまた別の感情だった。

 この相手がアグリのことを考え、アグリの為によかれと思ったのだろうアドバイスをしてくれている、というだけで、アグリはかつて経験したこともないくらいに胸の鼓動が激しくなる。


(……ええ。そうね。今日、ここへ来て、私はこれまで知らなかった感情をたくさん知ることが出来た。誰かに寄り添ってもらえる温かさも、美しいものに向かい合う喜びも。それでもう充分だわ。私、この方たちになら例え引き裂かれたとしても後悔はない!)


 アグリは両手の拳を握り締めた。


「……わかりました。私! 本日から、皆様と同じお料理を食べてみたいと思います!」


 そう宣言する。

 おお、と何故かツバキたちが嬉しそうに拍手をしてくる。


 そんなアグリの決意を見届けたテレサがにこりと笑った。


「では、食事の前にまずお着替えをしましょうか。ヴィンス。アグリさんを客間にご案内して?」

「わかりました。……どうぞ、こちらへ」


 指名されたヴィンスが前に出る。

 この美しい相手をもう少し眺めていられるのだと知って、アグリはちょっと嬉しくなった。 

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