表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

朝、男は、目を覚ました。


男は、自分について

思い出そうとして

部屋の様子を見回す。


あまりに深く眠り過ぎた為

自分が何者で、いったい

何をしている人間なのかを

忘れてしまっていた。


その男は、既に

40歳代半ばを過ぎて

会社では、管理職を

任されている立場である。


男の生活や仕事は

いつも漠然としていて

時間の感覚が無かった。


男が目覚めた部屋は

彼が中学2年生の時から

使い始めて、25歳になり

家を出るまで使っていた

実家の2階にある

自分の部屋であり

その実家は、既に売却して

今は、他人が暮らしている

筈だった。


どうやら男は、他人の家に

勝手に上がりこんで

眠ってしまったらしい。


男は、この家の住人に

気が付かれないように

静かに音を発てないで

慎重に階段を下りて

家から出て行った。


玄関を出て

そっと扉を閉めて

振り返ると

20年前に見慣れていた

家の周りの様子が

眼前に展開された。


昔、住み慣れた家の

近所の道を

バス通りへ向かって

歩いて行って

バス停でバスを待つ。


ほどなくバスがやって来て

男は、バスに乗り込む。


男は、バスの運賃の

小銭を握った掌を広げて

小銭を数える動作を

何回も繰り返すのだった。


気が付くと男は

バスのハンドルを握って

バスを運転していた。


バスは、狭い路地に

どんどん入って行った。


男は懸命にハンドル操作を

続けるのだったが

大型バスのハンドルは

重くて反応が酷く鈍いから

ハンドル操作が遅れて

狭い路地の看板や電柱に

バスのサイドミラーが

ぶつかって壊れて外れて

走行するバスの

後方に飛んでいった。


気が付くと男は

バスの座席に戻っていた。


男が一緒に乗車している

客を見ると、そこは

産婦人科の待合室だった。


この産婦人科は

男が子供の頃に

風邪を引いた時に

母親が連れ添って

2日ほど通院していた

近所の病院だった。


気が付くと男は

小さな子供に戻っていた。


子供に老婆が近づいて来て

腹に巻いた妊婦帯を解くと

超未熟児の新生児が現れて

むずむずと動いていた。


赤ん坊には、未だ臍の緒が

付いていたので、子供が

その臍の緒を目で辿ると

長い臍の緒は妊婦帯の奥に

繋がって隠れていた。


今、起きている出来事が

へんてこりんであることや

時間の感覚が無く

何もかもが漠然としている

ことに怖くなり

男の意識が、だんだん

はっきりするに従って

男は、自分のベッドで

夢から覚めた。


あの実家を出てから

既に20年が経過している

のにも関らず

男は同じような夢を何十回

いや何百回も見ていた。


男は、複雑な事情の家庭で

育ち、家族の中で迫害され

搾取され孤立していたから

自分が働き始めて数年後に

我慢できなくなって

家を出て行ったのだった。


その男が家を出てから

数年の後に家族は

借金の返済が出来なくなり

家を追い出されて

一家離散した。


男は、家族の行方も

安否さえも知らなかったが

大嫌いな家族が死のうが

どうなろうが、男の

知ったことでは無かった。


それよりも男にとっての

問題は、あの不愉快な夢を

見続けていることだった。


家を出て20年が経った

今でも、その忌わしい家に

支配されているのだった。


男は、あの家に

決着を着けるためにいつか

あの家を見に行かなければ

ならないと心に決めた。


今は、もう自分があの家に

住んでいないことを

潜在意識の中に

記憶させることによって

不愉快な夢を見ることは

無くなるだろうと思った。


数年後に、とうとう男は

意を決して電車を乗り継ぎ

バスに乗り換えて

田舎の集落に建つその家に

やって来たのだった。


男は、昔、自分が

住んでいた家の前に立って

他人の家を

満足するまで眺めた。


帰り道に男は

墓参りをした。


先祖代々の遺骨が

納められている墓石には

男の家族全員の名前が

刻まれていた。


墓石に刻まれた名前の中に

今、その墓石の目の前に

立っている男の名までも

刻まれているのだった。


おわり

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ