死神は理不尽なことをしない。
「あなたは馬鹿ですねえ……」
首を吊って死んだ僕の前に現れた大鎌を背負い黒いローブを着こんだ女性は片手を頭に当てながら呟く。
彼女はつい先ほど自らが死神であると名乗ったばかり。
――僕を地獄へ連れて行くという宣言と共に。
「いくら恨みがあろうとも罪のない人間を殺しちゃダメでしょうが。それも子供だなんて……」
両手が黒く、重くなった気がした。
彼女の言葉を聞けば犯した罪が大きくなったような気持ちにさえなる。
「決めたんだ。あいつにも僕と同じ苦しみを与えてやるって」
振り絞るようにして僕は告げる。
そうだ。
僕は確かに人を殺した。
それも罪のない子供を。
いや、正しく言えば罪人の子供を殺したんだ。
僕はとある罪人に苦しめられ続けた。
それなのにその罪人は社会的な地位があったが故に誰も罪を認識せず、それどころか僕を悪者にして終わりにした。
だから、僕は復讐を誓ったんだ。
――僕と同じくらい苦しめてやると。
「……何で関係のない子供を殺すことが復讐になるんですか」
「関係のない子供じゃない。あいつの子供だ」
「それをして何の意味があるんですか」
言わなくても分かるだろう?
最愛の存在を失うんだ。
これ以上のない苦しみだろう?
死神はため息を一つして背負っていた大鎌を振りかぶり空間を裂いた。
すると、突如スクリーンが映し出されたようにして僕達の前に映像が流れ出した。
見えたのはあいつの姿だ。
「……馬鹿な」
言葉を思わず落とした。
今日はあいつの子供の命日のはず。
しかし、あいつときたら楽しそうに幾人もの女と共に暢気に酒を飲んでいる。
「一つだけ疑問なんですけれど」
死神は言った。
「なんで当然のように罪を犯す人間に正常な心があると思うのですか?」
声が音として響く。
数学の公式が決して覆らないように彼女の言葉も決して覆らない。
――事実を述べただけなのだから。
「自分の事しか考えないから罪を犯すんですよ。正常な心がないから子供が死んでもあまり気にしないんですよ」
「じゃあ、どうすりゃ良かったんだよ!」
思わず怒鳴ると死神は肩を竦める。
「泣き寝入り?」
「ふざっ――!」
死神の大鎌が僕の首に軽く当てられる。
「ふざけるなはこっちの台詞ですよ。罪もない魂を神様の下に連れて行く気持ち分かりますか」
罪がない魂。
僕は歯ぎしりをする。
「いいですか。罪だとか罰だとか――本来はそんなもん人間に扱えるものじゃないんです。だから、そういうのは私ら神様に任せておきゃいいんですよ。それなのに人間って輩はまったく……」
彼女は再びため息をつくと大鎌を背負う。
「ほら。とっとと行きますよ」
歩き出した彼女の背に僕はとぼとぼとした足取りでついていく。
そうするしかないのだ。
もう僕に出来ることは。
「……一応、伝えておきますが」
彼女は振り向かないままに言った。
「私達は人間ほど理不尽じゃありませんよ」
「……どういう意味だ?」
僕の問いに彼女は答えることはなかった。
***
最下層――つまり、最も救い難き罪人たちの居る場所に、あいつが彼女に連れられて行くのを見たのはそれから随分としてからだった。




