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56.美化に酔う愚か者
過去の記憶には
少なからずフィルターがかかる
そもそもフィルターがかからずに
現実だけを受け止める人もいるけれど
美化フィルターというものは恐ろしい
辛かったはずなのだ
泣いて悲しんで苦しくて
眠れない夜を過ごして
泣き腫らした瞳が鏡の中で死んでいた
それだというのに
どうして心の中に 居座り続けるのだろう
楽しかった思い出もあっただろうけど
泣きじゃくった日の方が多かった
それなのに 延々と居座り続けるのは何なのだろう
もう顔も思い出せないよ
声だって忘れてしまったよ
それなのに 一緒に過ごした時間を引きずって引きずって
あの時 一緒になれていたらどうしていたんだろうなんて
ありえない事を考える日すらあった
だけれども
ふと その美化フィルターは消えたんだ
美しく見せようとしていた思い出は
なんてことはなかった
他人からすれば「は?」と素っ頓狂な声をあげるもの
いつまでも美化するものでもなかったんだ
ある種の呪い
やっと解放されたんだ
きっと心の中で酔っていたんだろう
こんな酷い奴といた私って
かわいそうでしょうって
恋愛もそう、友情だってそう、人間関係なんてフィルターがかかるもの。
ただ、それって、本当に恐ろしくてさ、外れないんだわ。
一度かかったフィルターは、いいものも悪いものも外れなくて、
嫌悪になるか陶酔するかのどちらかになると思っている。




