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これは、ただの青春物語じゃない。
これは、人生を“やり直す”ことでようやく手に入れた、「本当の選択」の物語。
29歳で人生に絶望し、何もかもを失って死んだ僕が、
目を覚ますと、そこは高校一年の春だった——。
過去の僕は、臆病で、言葉が足りなくて、大切な人を裏切った。
今度こそ、ちゃんと向き合いたい。
今度こそ、大切な人を守りたい。
今度こそ、「好き」と言える自分でいたい。
『Re:Start』——それは、
僕が僕自身を取り戻すための、もう一度の青春の物語。
最後まで、見届けてくれたら嬉しいです。
土曜日。
いつもの駅ではなく、ひとつ隣の改札前で、彼らは待ち合わせをした。
立花さんはラフなカーディガンにデニム姿で、少し離れていてもすぐにわかった。街の景色の中で、彼女は変わらず明るくて、きれいだった。
「ごめん、待った?」
「ううん、ちょうど来たとこ」
そんな軽いやりとりすら、どこか浮き足立っていた。きっと今日という日が特別に思えていたのは、彼だけではなかっただろう。
電車に揺られて二駅。
降り立った街は、普段の生活圏よりずっと静かで、空気が澄んでいた。
駅から徒歩十分。
古くて大きな図書館の前に並ぶとき、どこか“遠足”みたいな気分だった。
「……ここ、初めて来たかも」
「静かだし、資料も充実してるよ。あと、空調が最高」
「それ大事」
笑い合いながら席を探し、二人は並んで勉強を始めた。
立花さんが作ったカリキュラムを、彼は自分なりに噛み砕いて、一つずつ問題を解いていく。
わからないところは、その場で質問し、彼女は嫌な顔ひとつせず、ノートに図を書いて説明した。
午前中が終わる頃には、ノートも頭も真っ白になるくらい、彼は集中していた。
「ちょっと休憩しよっか。お腹空いたでしょ」
図書館の中庭にあるベンチで、それぞれのお弁当を広げた。
彼女の手作りのたまご焼きは、ほんのり甘くて、落ち着く味がした。
「前の佐倉くんと、今の佐倉くんって、なんていうか……人が変わったみたいだよね」
「人がそもそも、変わった感じ」
その言葉を聞いた彼の胸がぎゅっと縮まった。
――気づいている。
曖昧な表現の奥に、核心が滲んでいた。
だが彼女は追及せず、ただ静かにお弁当のふたを閉じた。
……今しかない。
何度も飲み込んできた言葉が、彼の喉からこぼれた。
「立花さんに、言っておきたいことがあるんだ」
彼の声に、彼女はゆっくりと顔を向けた。
その目は、不安でも拒絶でもなく、ただ“聞く姿勢”だった。
「立花さんのことが、大好きな佐倉結城っていうのは、本当。
でも……今の僕は、“ここに戻ってきた”佐倉結城なんだ」
言葉が空気を少しだけ変えた気がした。
だが彼女は驚かず、目を見開くことも笑うこともなかった。
「……そこで、私は何をしてるの?」
その問いに、彼の胸が締めつけられた。
彼は膝の上で手を強く握りしめる。
「……わからない。
中学三年のこの時期に、僕は見栄から嘘をついた。
本当は到底届かないのに、立花さんがいる高校に行けるって。
それがきっかけで進路が別れ、僕と立花さんは……離れ離れになった」
言葉にすると、どうしようもなく醜かった。
「それでも、それを言い訳にはしたくない。全部、僕が悪い。
だから、今の僕は立花さんにもう嘘をつきたくない。……好きだから。一緒にいたいから」
彼女は何も言わず、ただ視線を彼から少し逸らし、飲み込むようにひと息ついた。
そして言った。
「……食べ終わったし、勉強しに戻ろっか」
それだけ。
痛みも、喜びも、残さない言葉。
だが拒絶のように感じたのは、彼の弱さゆえだった。
図書館に戻ってからは、二人とも何も話さなかった。
ただ問題を解き、ページをめくり、鉛筆の音だけが静かに響いていた。
帰り道も同じだった。
他愛ない一言すら交わさず、二人は別々の改札へと向かった。
……やはり、まだ言うべきではなかった。
まだそこまでの信頼も、関係も築けていなかった。
完全に嫌われたかもしれない。
だがそれでもよかった。
本当のことを伝えられた自分だけは、今だけは少しだけ許してやりたかった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
この物語『Re:Start』は、「もし人生をやり直せたら、あなたは誰を大切にしますか?」という問いから生まれました。
ありふれた学園モノに見えるかもしれません。
でもこの物語は、
「後悔」や「過去の自分」と向き合うことの苦しさ、
そしてそれを乗り越えて「今の自分」として未来を選ぶ強さを描こうとしたつもりです。
もし少しでも、
「自分にもこういう青春があったかもしれない」
「自分も、今からやり直せるかもしれない」
そう思ってもらえたなら、作者としてこれ以上ない喜びです。
そして、物語はまだ終わりません。
『Re:Live』、そして『Re:Life』へと続いていきます。
これから先の物語でも、彼と彼女がどう生きていくのか。
ぜひ、もう少しだけお付き合いください。
それでは、また次の物語でお会いしましょう。
ありがとうございました。