夢の中の水晶
その夜、紬は深く眠っていた。
いくつもの思いが心の奥で渦巻いていたけれど、
今夜はなぜか、胸のどこかがぽかぽかしていた。
気がつくと、紬はふしぎな場所にいた。
空と雲のあいだのような、どこまでも淡い光に包まれた世界。
「……ここ、どこ?」
まるで夢の中みたいだけれど、
いつも見る夢とは、何かがちがう。
そのとき、小屋のような建物が現れた。
白い扉を押して中に入ると、そこには、透明な水晶が置かれていた。
水晶の前に座っていたのは、
ラベンダーの香りをまとう、やさしい雰囲気の女性。
「……セレナさん?」
なぜだろう。会ったことがあるはずがないのに、名前がすっと浮かんできた。
セレナは微笑みながら、そっと水晶に手を添えた。
「よく来たね、紬ちゃん。ようやく会えたね」
紬は思わず目を見開いた。
「……どうして、私の名前を……?」
「いつも、見てたから。見守ってたからよ」
セレナの水晶には、
紬がこらえきれずに泣いていた夜や、
言葉にできない想いをノートに書いていた放課後の姿が、何度も映っていた。
それを見ながら、セレナは香りを送り、風を流し、鳥を飛ばした。
「届いていたよね? あなたの心に」
紬は小さくうなずいた。
「あれは……全部、セレナさんだったんだね。ありがとう」
その瞬間、涙が頬を伝った。
何かが、心の奥深くから解けていくようだった。
セレナはそっと、紬の手を取り、水晶に触れさせた。
「これからは、あなた自身が、“誰かにサインを送れる人”になるのかもしれないね」
「……私が?」
「うん。悩んでる人がいたら、そっと気づいてあげる。
言葉じゃなくても、まなざしや空気で、“だいじょうぶだよ”って伝える。
あなたには、その力がある」
ふと、空の景色が変わる。
朝が、近づいてきている。
「そろそろ、戻らなきゃね」
「……また、会える?」
セレナは、ほんの少し悲しそうに微笑んだ。
「夢の中じゃなくても、あなたのなかに、私はちゃんといるよ」
その言葉とともに、紬の目の前は、ふわりと白く染まっていった。
──朝。
目が覚めた紬の枕元には、小さな石が落ちていた。
淡く光る、透明な石――水晶のかけらのようなもの。
「……夢じゃ、なかったんだ」
紬はその日から、少しずつ、自分から笑いかけたり、
友達の心の変化に気づこうとするようになった。
セレナからもらった“見守る力”は、そっと紬のなかに息づいている。
そしていつか、
紬自身が、空の上から水晶を覗く日がくるのかもしれない。
そのときはきっと、
セレナともう一度、並んで座っているだろう――。