空からのサイン
放課後の教室。
窓から差し込む夕陽の中で、紬は机にうつ伏せになっていた。
「どうしてうまくいかないんだろう……」
友達との距離、家での空気、思っていることを口にできないもどかしさ。
誰にも言えず、ひとりきりで抱え込んでいた。
そのとき、ふと教室の天井が、ほんの少しだけ揺らめいたように感じた。
風もないのに、カーテンがふわりと舞った。
その瞬間――
紬の心に、懐かしい匂いがよみがえった。
ラベンダーの香り。
幼いころ、亡くなった祖母がよく使っていた香りだ。
ずっと忘れていたはずなのに、なぜ今ここで?
「……おばあちゃん?」
でも、あたりには誰もいない。
不思議に思いながら顔を上げると、窓の外に、一羽の鳥がとまっていた。
紬が見つめると、その鳥は一度首を傾げてから、空へ羽ばたいていった。
その羽根が、きらりと光る。
まるで、水晶のように――
──空の上。
雲の向こうに、小さな小屋のような場所があった。
そこで一人の女性が、透きとおる水晶玉を覗き込んでいた。
「この子ね、紬ちゃん。今日はつらかったのね……」
女性の名は、セレナ。
悩める誰かがいると、空の上からそっと水晶を通して見守り、
その人にしかわからない“サイン”を送って励ます役目を持っていた。
セレナは、水晶の中に映る紬の姿を見つめ、微笑む。
「よくがんばってるね、紬ちゃん。大丈夫よ、ちゃんと見てるから」
そして、そっと香油をたらす。
ラベンダーの香り。
幼い頃の記憶とつながるサイン。
大切な人の面影を思い出せるように――
──地上。
紬は、ふと胸がすっと軽くなるのを感じた。
誰かに背中を押されたような、あたたかい感覚。
「……もう少し、がんばってみようかな」
誰にもわからないけど、
たしかに、どこかから“見てくれている”誰かがいる――
そう思えたその日から、
紬は少しずつ、自分の気持ちをノートに書いたり、
友達に話しかけてみる勇気を持てるようになった。
空からのサインは、
今日も、誰かの胸の奥で小さな光になっている。