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7.彼女の回想

 昔から、姉と比べられて生きてきた。


 多くの姉妹でもそうだと聞くように、妹である私の目から見る姉は、最も身近な〝憧れの人〟だった。

 私の目に映る姉は、いつもキラキラと輝いていたし、なんだってできる頼りになる存在だった。

 そんな姉を見て、幼い私は「いつになればお姉様みたいになれるのかしら?」と思っていた。

 年を重ねさえすれば、自然と自分も姉のようになれるのだと、本気でそう思っていた。


 けれども成長するうちに、そうではないということに気がついた。

 先に言っておくけれど、私がとりわけ不出来だったわけではないと思う。良くも悪くも、人並みだった。

 そして〝淑女の鏡〟を姉に持つ私は、いつも「人並み()()()()()」という評価を受けてきた。


「グレース様の妹なのに……」

「期待していたほどでは……」

 勝手に期待して勝手にがっかりする周囲の反応を目にして、姉と自分との間にはどうしたって越えられない壁があるということに、嫌でも気づかされた。


 それでもへこたれなかったのは、姉が私を心から可愛がってくれていたから。

「目に見える成果ばかりを評価して、クララの良さに気がつかない人間は、屑みたいなものよ」

 女神のような顔で笑いながら、姉はなかなか辛辣な物言いをした。

「使えるものは、全て使うつもりでいなさい。貴女を侮るその声も、全て利用してやりなさいな」

 貴族の娘らしく強かなところがある姉は、「驕兵必敗という言葉があるでしょう?」なんてことを言っていた。


 そんな姉が王太子の婚約者候補に選ばれたのは、姉が十一歳の誕生日を迎えてすぐのこと。

「クララも一緒にどうぞと言われているの」

 そう言う姉に連れられて、当時五歳だった私は初めて王宮に足を踏み入れた。


 王宮の中は、何もかもが大きくて煌びやかで、幼い私はただただ圧倒された。

 自分達よりもうんと年上であろう人々が、姉の姿を見るなり足を止めて頭を下げるのを、私は姉の影に隠れて見ていた。

 尊敬や好意だけではない、時に値踏みするような視線を受けながらも堂々と歩く姉の後ろ姿は、今でも目に焼き付いている。


 そんな居心地の悪い空間を抜けて、約束の場であるテラスに辿り着いた私達を出迎えたのは、王太子であるライアン殿下だけではなかった。

「グレースが妹を連れて来ると聞いていたので、こちらも弟に同席してもらうことにしたよ」

 ……それが、私とリアム様の初めての出会いだった。


「六つ違いの可愛い可愛い私の妹です」と、姉が私を紹介したのに対抗するように、ライアン殿下はリアム様のことを「一つしか違わないが、可愛い可愛い私の弟だよ」と紹介した。

 私の目からは〝立派なお兄さん〟に見えるリアム様が、ライアン殿下にとっては「可愛い弟」なのだということに、とてもびっくりしたことを覚えている。

 人見知りがちだった私が、すぐにリアム様に心を開いたのは、彼のことを「自分と同じ〝可愛い弟妹〟仲間」だと認識したからだろう。


 その日から、私とリアム様は〝王太子とその婚約者候補の親睦を深める会〟において、毎回と言ってもいいほどに顔を合わせるようになった。

 今となっては「子守り要因として連れてこられていたんだろうな……」ということがわかるけれど、当時の彼はそれに気づかせないくらいに、楽しそうに私の話に付き合ってくれた。


「大きくなったら、王子様と一緒にこんなおうちに住みたいんです!」

 そんなことを言いながら、私は〝自分が考えた理想のおうち〟についての説明を繰り返ししていた気がする。

〝目の前のリアム様〟と〝この国の第二王子〟が上手く結びつかず、「王子様と一緒に」なんてことを言う幼い私の話を、リアム様は嫌な顔ひとつせずに聞いてくれていた。

「庭園を眺めるのが大好きです」

 会話の中でそんなことを言って以来、二人で王宮の庭園を散歩する機会がぐんと増えたりもした。


 そんなふうだったから、姉とライアン殿下の婚約が内定する頃には、私とリアム様は「まるで本当の兄妹みたいですね」と言われるようになっていた。

 そしてもちろん、私もリアム様のことを本当の兄のように慕っていた。


 私の社交界デビューが決まった時にも、真っ先に伝えた相手はリアム様だった。

「クララは十四歳になったばかりだろう? 早すぎないか?」

 平均よりもやや早い私の社交界デビューに顔を顰めたリアム様は、「当日は私もなるべく近くにいるようにする。不埒な振る舞いをする人間がいないとも限らないからな」と続けた。

 あまりの過保護っぷりに、この人は私のことを妹どころか娘だとでも思っているのだろうかと、少し笑ってしまったことを覚えている。


 そんなリアム様に良いところを見せたくて、そしてもちろんクロフォード家の娘として出席するにあたって、その日から私は社交界デビューに向けての準備に全力を尽くした。

 中でも私が苦手なダンスについては、社交界デビューが決まってすぐに「今まで以上に厳しく指導してください!」と頼み込みに行ったものだ。


「グレース様の出来が良すぎるだけで、クララ様も人並みには踊れていらっしゃいます。ですから、それほど無理なさらなくても……」

 ダンスの教師からはそう言われたけれども、「人並みにしかできない」のではいけない。だって私は、〝淑女の鏡〟と称されるお姉様と同じ、クロフォード家の娘なのだから。


 正直に言うと、レッスンは本当にきつかった。

 けれども私は、「お姉様のように踊りたい」「周囲からもそれなりの評価を得たい」という一心で、必死に練習に取り組んだ。

 それでもどうしても上手くいかない日には、心の中で何度も自分を鼓舞した。「できるまでやればできるのだ。今までだって、そうしてきたのだから」と。


 そして迎えた社交界デビュー当日。

 努力の甲斐もあり、ダンスもつつがなく終えることができた私は、会場内をぐるりと見渡す。けれどもそこに、リアム様の姿を見つけることはできなかった。


 ……ひょっとすると、庭園かもしれないわ。

 そう思って外に出てみたけれど、庭園に人影はなく、しんと静まり返っている。

 ならば会場に戻ろうと、身を翻した時だった。

「誰かいい子いたか?」

 突然聞こえてきたその声に、私は思わず木陰に身を隠す。


 そろりと言葉のした方を覗き見たところ、声の主はリアム様と同い年くらいの男性二人組のどちらかで、片方はパーティー会場で言葉を交わした伯爵家のご子息だった。

「可愛いと思ったのは、子爵家のご令嬢かな」

「あー、君が好きそうな顔だもんな」

 他者に聞かれているとは思ってもいないのだろう。上から目線の失礼な会話が聞こえてくる。


 ……これは、早く会場に戻った方が良さそうね。

 そう思った私は、二人にばれないようにそっとその場を離れようとする。

 けれどもその途端、「クロフォード侯爵家のご令嬢は?」という言葉が耳に飛び込んでくるものだから、思わずぴたりと足が止まってしまった。


「ああ、妹の方は今日が社交界デビューらしいな。初めて見たけど、それなりに可愛かったんじゃないか?」

「姉のグレース様とは、また違うタイプだよな」

「けど、総合的には〝グレース様の劣化版〟って感じだったな」

「おいおい、それは言い過ぎだろ。……まあ、言いたいことはわかるけど」


 二人はそう言って少し笑った後、すぐに別の令嬢へと話題を移した。

 きっと二人にとっては、数分も経てばそんなことを言ったかどうかさえ忘れてしまうような、なんてことのない会話だったのだろう。


 けれども、私はそうは思えなかった。

〝グレース様の劣化版〟という言葉が、妙にしっくりきてしまったから。

 いくら「お姉様みたいになりたい」と姉に倣ったところで、私は〝姉を真似た人並みの妹〟でしかないということを、改めて突き付けられた気がした。


 自分でも納得してしまったからだろう。木陰の向こう側の二人に対する怒りはなかった。

 私を襲ったのは、どれほど頑張っても〝姉の劣化版〟にしかなれないことに対する悲しみと、〝姉の劣化版〟でしかないにもかかわらず、つい先ほどまで「上手くできたわ!」と思い込んでいた自分に対する羞恥だけ。


 悲しくて恥ずかしくて、その時の私はただただ消えてしまいたいと思っていた。


 ◇◇◇


「そんなことをする必要はないっ!!!!」

 食堂内に響き渡るリアム様の怒声を聞いて、私の脳内には真っ先に()()()のことがよみがえる。


 ……喜んでもらえるかもしれないと思って、浮かれていた自分が馬鹿みたい。

 新しいドレスも、大人っぽいメイクや髪型も、つい先ほどまでは「早く見てもらいたい!」と思っていたけれど、今はすぐにでも逃げ帰ってしまいたいくらいだ。


 目の前ではリアム様が、血の気の引いた顔で言葉を紡いでいる。

「すまない、今のは違うんだ」

「急に大声を出されて、怖かっただろう?」

「君に怒っているわけではないんだ。信じてほしい」

 必死にそう言い募る彼は、こちらが申し訳なくなるくらいに真っ青だ。


 本当ならすぐにでも、「大丈夫ですよ」と言うべきだろう。だって別に、怖かったわけではないのだから。

 それに、怒られたのではないことだって、わかっている。リアム様が妻に望んでいるのはお姉様であって、〝お姉様を真似た私〟ではない、というだけ。


 けれども、私の口から出てきたのは「ごめんなさい……」という情けない言葉だった。

 そしてどういうわけだか、瞳からは涙までもがぽろりと溢れ落ちるものだから、どうしようもない。


 ……お姉様ならこの場面で、絶対に泣かないだろうな。

 そう思うと悲しくて恥ずかしくて、そして消えてしまいたくなったのだった。

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