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第3話 義経、名をシャナと改めさせられる。

(てん)……()……?」


 水面に立つ黒翼(こくよく)の女性は、俺がイメージする天狗とはかけ離れていた。

 鼻は長くないし、顔も赤くない。山伏のような恰好もしていないし、というかそもそもがすっぽんぽんだ。

 全ての形が整ったビーナス像のような体を惜しげもなく晒している。


「そう、天狗。ここは私の水浴び場なんだけどあなたどうしてこんな山奥までやって来たの?」


 いや、ビーナス像というより、サモトラ島のニケの女神像だろう。

 彼女の背中には翼があるからそっちの方が近い。もっともニケの女神像になると顔が紛失しているので、例えとして正確性を欠くかもしれないが。

 おそらく、ニケの女神像の頭部が見つかったとして、今目の前にいる天狗の顔より美しい顔ではないだろう。

それほど、彼女は美しかった。


「ちょっと……家出して」

「そうなの。辛いわね」


 天狗は微笑みながらピト、ピト……一歩ずつ俺へと近づいてくる。

 そのたびに彼女の足先から波紋が広がる。


「家出したのなら。私のところに来る?」

「え? い、いいんですかぁ?」

「ええ、私暇だったの。ずっと山の中で独りぼっちだったし……ここらへんにいた仲間は皆もう食べちゃったんだもの」

「そうなんですかぁ……って、え?」


 不穏なこと今言わなかったか?


「ねぇ君———おっぱい好きなの?」

「え? 何でそんなことを……別にそんなことはないですよ! 普通ですよぉ!」

「でも、君さっきからずっと私の胸ばかり見ているわよ」


 マジか。

 俺はハッとして目を逸らす。

 自分では気が付いていなかった完全な無意識の行動だった。だけど仕方がないだろう目の前に大きな果実が二つぶら下がっていて、それも何にも覆われずに晒されてるんだから視線はそこに釘付けになってしまう。


「アハハ! 君、面白いわねぇ。本当に良かった、私は幸福だわ」

「い、いやぁ……幸福? って何が?」

「退屈してたのよ。そんな矢先に君みたいな面白くて、可愛くて、見どころがありそうな女の子が現れた。ねぇ、名前は?」

「名前? 牛若丸です」

「牛若丸?」


 俺の名前を聞いた瞬間、天狗は眉を(ひそ)めた。


「な、何か?」

「可愛くない。牛若丸なんて男みたい。そんなの全然かわいくないわよ、あなた」

「そうは言われても、親からつけられた名前ですので……」

「ダメだわ。名は体を表す、そんなんじゃ男らしくなっちゃうわよ」

 そんなことを言われても、前世は男だったしその記憶と人格がある以上女の子らしくしろと言われても抵抗がある。

「ダメと言われても、結構牛若丸の方はオレ気に入ってるんですけど……」

「〝俺〟、ですってぇ……?」


 天狗の表情が更に険しくなる。


「ダメよ。その言葉遣いは美しくないわ。あなたはもっと美しくなりなさい。私のように———せっかくそんな可愛らしく生まれてきたのだから」


 ふぁさあっと天狗が髪をかき上げる。


「そうは言われても……こういう性分何で……なんなら男として生まれたかったぐらいですから」 


 本当に何で源義経に生まれたのに、女の体なんだよ。

 そう不満を内心でぶちまける。


「そう? でも今だけは幸運だと思うわよ?」

「なぜ?」


「あなたが男だったら殺していたから」


 にこやかにそう言われた。


「……はい?」

「私、男って大嫌いなの。男が支配している世界なんて吐き気がする。だから人間社会から距離を置いてこんな山奥で暮らしているの」

「そうだったんですか」

 あれ? この人もしかしてヤバい人?

「そうなの。男が嫌いすぎて他の天狗の男連中みんな殺しちゃったんだから☆」


 アハハ~と笑いはじめる。

 うん。この人めっちゃヤバい人。

 人じゃねぇけど。

 危険信号をビンビンに感じる。


「そうですか……じゃあ、オレやっぱり寺に帰りますんで!」


 ここは寺よりもヤバい。ここにいたらこの天狗に殺される。

 そう思った俺は天狗に背を向けて逃げようとする。

 が———、


「待ちなさい」


 しかし回り込まれてしまった!

 天狗はふわりと空から俺の目の前に舞い降りて、逃げ道を塞いだ。


「あなたの顔。結構好みなのよね。一緒に暮したいぐらい」

「そ、そうですかぁ~でもオレ男らしくて名前も可愛くないですよ~?」

「そんなの私好みに変えればいいんだもん♡ フフ、なんかそう考えると楽しくなってきちゃった♡」


 天狗は俺との距離を一気に詰めると、ガッと肩を抱いて逃げられないようにし、


「家出したんでしょ? ちょうどいいじゃない。お姉さんと一緒に暮らしましょ?」

「え、でもぉ……名前も知らない見ず知らずの人にお世話になるのは悪いっていうかぁ……」


 断り逃げようとするが、ものすごい力で首を固定されて逃げることができない。

 いや、考えろ。

 まだ策はあるはずだ!

 この人食い天狗から逃げる策が……!


 ダメだ‼ ばるんばるん目の前でおっぱいが揺れていて集中できない!


「———奪姫(だっき)

「え?」

「私の名前。これで名前も知らない見ず知らずの人じゃなくなったわね。可愛くダッキー♡ って呼んでね」


 と、天狗……もとい奪姫がウインクする。


「いや、それでもぉ」

「ああ皆まで言わなくてもわかるわよ、お姉さんには。自分の名前が可愛くないことを気にしているのね。そうねぇ……シャナっていうのはどうかしら? さっき適当に思いつ員たんだけど? 廬遮那仏(るしゃなぶつ)っていう仏さまからとった素敵なお名前よ。どうかしら⁉ 可愛くない?」

「和尚と発想が同じ……」

「え? 何? 何か言った?」

「いえ、何も!」


 下手なことを言ったら殺されるか、食われるかもしれない。

 俺は全てを諦め、奪姫に連れていかれるがままに竹林の奥へと足を進めた。


「これからよろしくね♡ シャ~ナたん♡」


 もう、どうにでもな~れ。


 果たして俺は、源義経としてこの世界で生きていけるんだろうか?


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