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第2話 義経、寺を出て天狗に出会う

 平治元年、俺の父親源義朝は平治の乱によってあっさりと平家に討ち取られてこの世を去った。


 俺———源義経(みなもとのよしつね)の生まれ年だった。


 ろくに会話もできないままに父親とは死に別れ、二人の兄弟と共に大和の国———まぁ今で言う奈良県に落ち延びて、その後なんやかんやあって兄弟と別れてまた京都の都に母親、常盤御前と共に戻る。

 そして常盤御前は一条家という貴族の名門の家と再婚し、俺も一条家の子供となるかと思ったら、一条家から源氏の血はいらないと厄介払いをされるかのように寺へと放り出された。

 ひでぇと思ったが、これがこの時代の常であると納得はした。

 義経というかこの時代の源氏の人間は、平清盛をトップに据えた平家に徹底的に虐げられてどいつもこいつもひどい目にあっている。兄にあたる源頼朝しかり他の兄弟たちにしかり、大体後顧の憂いを断つために殺されているか、出家をさせられている。

 そして俺も預けられた京都の鞍馬寺で出家を迫られていた……。


「嫌だ! 絶対に嫌だ!」


 鞍馬寺のお堂の中。

 仏壇の仏さまが見守る畳が敷き詰められた部屋で、俺は逃げ回っていた。


「嫌だと言ってもあきまへん! あんさんを出家させるのはわてが御母堂様(ごぼどう)から(うけたまわ )った大事なお役目やねん!」


 法衣(ほうい)を着たハゲオヤジがその後を追う。

 奴の手には剃刀がしっかりと握られていた。


「嫌だ! ぜぇったいに嫌だ! オレは出家しない! 坊主になんかならない!」

「何を言うてますんやお嬢さん! お嬢さんは坊主じゃなくて(あま)や、尼僧(にそう)や、女の僧や! 尼になっていい加減にここを出て行ってもらいますえ!」


 ぐるぐると御堂の中を馬鹿みたいに追いかけっこをしていたが、いい加減に疲れ果てて柱を背にして俺はハゲオヤジ、覚日和尚(かくにちおしょう)と向き合う。


「いいだろう別に! ここに()たって。オレはまだ子供なんだから」


 親元を離れてから1年。

 この俺は12歳となっていた。


「何が子供や! すっかり女らしゅう成りおって! あんさんがいるとこの寺の風紀が乱れるんじゃ!」


 そして———嫌なことに体は立派な女として成長していた。

 すらりと長い手足に、黒い流水のような黒髪。キュッと引き締まったボディは……自分では本当に言いたくないが、男受けする体に成ってしまったと思う。


「まぁ、胸がないのが救いやねぇ……アダッ⁉」


 失礼なことを言う和尚の顔面目掛けて、近くにあった香炉(こうろ)を投げつける。


「あだだだ……いい加減にせえよ! 一体いつまでここにおるつもりなんや、遮那王(しゃなおう)!」


 剃刀の先を向けられる。


 遮那王(しゃなおう)———それが寺に入って授けられた俺の今の名前だった。


 本格的に仏の一員に加わる身として名を盧遮那仏に由来したものに改めさせられたが、実は俺はその名前を気に入っていない。


遮那王(しゃなおう)じゃない! オレは牛若だ!」


 だから、遮那王と呼ばれるたびに否定をする。


「何をいつまで子供の名前にこだわってんねん。そんなんじゃ大人の女になんてなれまへんで」

「ならなくていいんだよ大人の女には。それに〝しゃな〟って名前の響きが可愛すぎてなんか変な目で見られるから嫌なんだよ!」


 今も、この和尚との喧嘩のやり取りを同じ寺で暮らしている小僧たちが遠巻きに見ているが、「遮那王たんカワユス。ハァ……ハァ……!」と気持ち悪いことをいう気持ち悪い目を向けている奴がいる。それも複数人。


「結構なことやないか。可愛らしいことも変な目で見られることも。ここは男の寺や。俗世から切り離されて仏になるために修行をする男のための寺や。あんたの父親の義朝様にわてはよくしてもらったさかい、知り合いのおらん尼寺へ送るのを躊躇(ちゅうちょ)しとったが、いい加減堪忍袋の緒が切れましたえ! とっとと頭を丸めて鞍馬山(ふもと)の尼寺へと向かわんかい!」

「嫌だ!」

「何が嫌なんや⁉ ここにいたらあんさん襲われまっせ⁉ 若い情動にまかせて暴走したあの小僧どもに襲われんで⁉ それでもええんか⁉」

「それは嫌だが……あそこの尼寺に行くのはもっと嫌だ!」

「なんでや!」

「あそこ()(でら)じゃねぇか!」


 尼寺全体をそうと言うつもりはないが、少なくとも俺が今から入れられようとしている鞍馬寺麓の尼寺はそうだった。

 尼とは名ばかりの、家族に隠れてこっそりとヤリ(・・)たい貴族相手に性的サービスを行う、そんな女たちがいる寺だった。

 聖域で、仏に少しでも近づくために、清廉潔白に修行をする。

そんなのはあくまで名目で性に奔放で、性を提供する代わりに大金を払ってもらい、贅沢三昧をするそんな享楽に満ちた腐敗しきった場所が、鞍馬山麓の尼寺だった。


「しょうがないやないか! 儲かるんやもん!」

「もん! じゃねぇんだよ。そんな娼館(しょうかん)みたいな場所に(よわい )12のオレをぶち込もうとはどういう了見だこの生臭坊主!」

「その男らしい態度が気に食わん! あんたは女やろうが! そこにぶち込まれてちょっとは女らしくなりなはれ! 荒療治じゃボケ!」

「女らしくなる必要なんかねぇわボケカス! オレは平家を倒して源氏を再興する———源義経(みなもとのよしつね)なんだからな!」


 あ、やべ……。

 余計なことを言ったと思った時にはもう遅い。

 お堂の中はシン……ッと静まり返り、怒気が消えて冷静になった和尚が口を開く。


「あんた、平家様に対してなんてことを……誰かに聞かれとったらどうするんや? この寺ごと巻き込まれて潰されまっせ?」


 現在、平家に敵対するような言葉を言うのはタブー中のタブー。

それを理由に処刑されることだってある。

 それなのに俺は、つい言ってしまった。


「あ、いやその……今のは和尚が言い過ぎるから売り言葉に買い言葉で……」

「それに〝義経〟てなんや〝義経〟て……あんた女の癖に武士の(いみな)を自分でつけたんか? 馬鹿馬鹿しい。やはり源氏のもんなんて匿うんやなかった。無理やりにでも頭を丸めさせて、尼寺へと今すぐにでもぶちこまなあきまへんなぁ!」


 和尚の手がにゅ~っとこちらへ伸びる。


「————ッ!」


 ドガァンッ!

 俺は、ふすまをぶっ壊し、全力で外へと逃げた。


「ああ! 遮那王(しゃなおう)たん行かないで!」

「戻ってきてぇ! 遮那王たん!」

「いるだけでいいんだよ! 僕達の女神様ぁ!」


 俺の背中へかかる声に対して、振り返り中指を立てる。


「キモいんだよクソ坊主ども! バーカ! 二度と帰るかこんな場所(ところ)!」


 そして裸足(はだし)のまま、俺は野山を駆けた。

 ◆


 勢いづいて寺を出たものの。当てはなかった。

 鞍馬山を下りて徒歩三十分の京都の都に下手に向かおうものなら、平家の人間にあっさり捕まり、処刑されるかまた寺へと送り返されるだろう。

 なら人里には降りれないが、かといって寺に帰ることももはやできない。


「どうすっかなぁ……このまま動物と共に暮らすか……」


 と、口にしたもののそれこそ現実的ではない。

 この時代には野生のオオカミがいる。

 それにイノシシやシカだって凶暴化して襲い掛かって来るし、山で生きるというのはとても危険なことなのだ。


「本当に、どうすっかなぁ……」


 悩みながらトボトボと歩いていると、いつの間にか楓の木々で満たされていた森を抜けて、竹林(たけばやし)へと差し掛かる。

 そしてすぐ目の前に泉があった。


「とりあえず喉が渇いたな……」


 少し水でも飲もうと近づいた時だった。

 パシャッと水面が揺れて、中心から大きな魚が飛び出した。


「————え?」


 違う、魚じゃない。


「あら?」


 そいつが俺に気が付いたように声を上げる。

 だけれども———人でもない。

 翼があった。

 背中の肩甲骨辺りから伸びる、黒い大きな翼があった。


「あらあら、こんな場所でどうしたの? 可愛らしいお嬢さん」


 そいつは———ピトリと水面に足先をつけるとそのまま沈まずに波紋を広げて立ち続けた。

 異様な光景だった。


「あんたは……?」


「———〝天狗 (てんぐ)〟を見るのは初めて?」


 妖艶に微笑むそいつは———全裸の女に見えた。

 そして、その胸には豊満なおっぱいがたわわに実っていた。

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