第1話 女義経として転生してしまった!
転生したら普通はファンタジー世界に行くものではないだろうか?
————おぎゃあ、おぎゃあ。
口が勝手に動く。
意識ははっきりしているのに、体と口と目と耳と、全てがぼんやりとしていて自由が利かない。
俺は確か、会社から帰る途中に電車の前に飛び出して……。
「おめでとうございます。常盤様。元気な童でございます」
俺の体を優しく抱え上げて、暖かいお湯につける。
体を洗ってくれているのだろう。
「おお……顔を、顔を良く見せてたもれ」
たもれ……?
どこの国の言葉遣いだと思っていると目の前に女の人の顔が現れる。
黒い長い髪で白無垢を纏っている。
和風。
視界の端の物をよくよく見てみれば、畳にすだれに木の天井と、世界観が非常に和のテイストを持っていることに気が付く。
「おお、我が子よ。愛おしい我が子よ」
俺の体を愛おしそうに抱きしめる女性。
今更だけど、俺って赤ん坊になってる?
もしかしてこれが転生って奴か?
視界や意識はぼんやりとしているが、記憶ははっきりとしている。
俺は現代日本で生まれ育ち、普通に小中学高校と進学して、Fラン大学に行ってその遊び惚けた結果としてろくな就職先に就職できずに、日夜残業漬けの毎日を送っていた。
ラノベや小説を読んで、自分もいつか転生しないかなぁと思っていたが……まさかこんな和風の世界とは……。
どうせなら剣と魔法のファンタジー世界でチートスキルを持って無双したかったのに……。
こんな和風な世界じゃ、どうせ魔法も何もない。
チートスキルなんか得ることなんてできは———、
「おお、お前は立派な源家の子供として、義朝様に尽くすのですよ」
母親らしき人がそういう。
源家? 義朝?
まさか、俺が転生した先って……。
「常盤様、その子のお名前を授かりにご当主様の元へ」
「いいえ、この子のお名前はもう授かっております。〝牛若丸〟……と。のう、牛若お前もこのお名前がお気に召したようじゃな」
牛若丸⁉
それってあの有名な源義経の幼名で、じゃあやっぱり俺が転生したこの体は源義経⁉
あの日本でほぼ最初の実在する英雄と言っていい、源義経に俺は転生してしまったのか⁉
やった! じゃあ、スキルってわけじゃないけどチートなスペックはこの体にあるってことじゃないか!
まさか過去に転生するとは、そんなのアリなんだ⁉
———きゃっきゃっきゃ!
口が勝手に動く。
「おお、牛若よ。そうはしゃくぐでない。この母の腕から零れ落ちてしまうぞ」
「フフフ……奥様に似ていらして、とてもおてんばなご様子でございますね」
「ああ、そうじゃな。わらわにこの子はよく似ておる……」
……何か、会話おかしくない?
お転婆って———男の子相手に使う言葉か?
それに俺を指して母親によく似ている、それをまるで喜ばしい事のように言っている。
それじゃあまるで、俺が———、
「おお、遂に生まれたか⁉」
パァンッとふすまが開かれると着物を着て髪の毛を結ったおっさんが現れる。
髭面でいわゆる一つ髻という武士の初期の、つるっぱげにはしないだけでちょんまげだけを結って作るような髪型をしているその男は、晴れやかな顔で俺に近づいて来て、
「義朝さま。この子でございます。是非抱いてやってください」
母親らしき女性から俺の体を受け取る。
「おお! これは……女子か!」
……え?
女……の子……?
誰が?
「ええ、元気な童女にございます」
「そうか! 牛若丸は女か!」
父親らしき男は、ハッハッハ! と快活に笑い、
「まぁ良し‼」
いや、良くないが⁉
ええ⁉ 俺って女なの⁉ 体が動かせないけど……、
「義朝さま。是非、あなた様のお手でお子を産湯に付けてくださいまし」
「うむ」
父が俺を桶に入った水の中に付けようとする。
その寸前に、灯篭のわずかな火の明かりが水面に反射し、俺の姿を映し出す。
———ない。
股の間にあるべきものが、ない。
嘘だろマジかよ⁉
ぽちゃんと、父、源義朝が俺を産湯に付けて、そしてざばあと引き上げて天に掲げた。
「牛若よ‼ お主は憎き平家を撃ち滅ぼす強い男子を夫に迎え入れるのだぞ‼」
絶対に嫌だ。
こうして、俺の女義経としての転生人生が始まった。