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6. 「私もずいぶんとチョロい女だったようです」

 私はマグロの大トロを一切れ、取りました。

 前世の味覚と、口の中で素敵な再会です……!!

 ああ、とろける舌触りよ。

 そして素晴らしき醤油の香り……!


「美味しい……おいしい……最高ですわ!」


 語彙力なんてどこかに行ってしまいました。


「はっはっは、料理人冥利に尽きるじゃないか。じゃあ、コイツはどうだ? 赤身をサイサに漬けて薬味を振ったやつ」


「ヅケですわね! んんー! トロと甲乙付け難いですわ」


「お嬢様〜、カルパッチョはいかがですか」


「抜け駆けするな! 先にこっちだ、旨辛味ダレと温泉卵で和えたものです」


「まあ、ユッケ風ですの? カルパッチョももちろんいただきますわ」


 皆様とても親切……!!

 おかげで食欲を出しすぎてしまいました。


「……はっ?! 申し訳ありません。すっかりお仕事の邪魔をしてしまい……」


 我に返った時には、おなかがいっぱいになっておりました。

 料理長をはじめ皆様は笑って許してくださいましたが、私は大いに反省をしましたわ。

 何もかもマグロ……

 ……ではなくて私の食い意地のせいです。

 ヨランダとアリスも茫然としていましたわね。

 ごめんなさい、昔はともかく、今の私はこんな女なのです。


 悪食(あくじき)を直す方法ってあるのでしょうか。

 粗食に耐える訓練でもすれば良いかしら……



✳︎✳︎✳︎



 ところが、粗食に耐えるどころか。それからというもの、さらに気合の入ったごはんが出るようになりました。

 高級な食材を使ったりしないでください、むしろ皆様の賄いと同じものを食べたいですと申し上げてあったのですが……

 いえ、その、遠慮やご機嫌取りではなく、本気も本気で。

 ………………。

 だ、だって……

 賄いの方が美味しそうだったんですもの!

 ジル料理長をはじめ、厨房の皆さんは漁村の出が多くて魚介好き。

 同じく魚介を愛好するラング伯爵が氷魔法を使える商人と取引していて、賄い用の魚介も同時に仕入れているらしいのです。


「好きなだけ魚介を買い付けていい、賄いや新しい料理の研究にも使っていいというのが伯爵様との約束でしてね」


 そんなの絶対「げきうま」に決まっています。

 私もぜひ研究のお役に立ちたいとお願いしますと、料理長はニヤッと笑って……お宝を目の前にした海賊のような顔でした……「任せとけ!」と言ってくださったのですが――

 出されるようになったごはんは、嬉しいことに海産物がぐっと増えて。

 一方で盛り付けが華やかに、そうスモークサーモンでできた薔薇の花ですとか、超絶技巧な飾り切りの野菜や果物ですとかが添えられるようになり……

 どう見ても賄いメシではないです。

 美味しいですけれど。

 とっても美味しいですけれど!!(二回言いました)

 残すなんてもったいないことはできません。


 ……大いに食生活が充実してしまった私ですが、一方で根本的な問題は解決していませんでした。

 相変わらずヒースクリフの想い人と勘違いされ続け、ささやかに否定してみても恥ずかしがっている、もしくは身分差で遠慮していると思われているのですよね。

 いえ、伯爵家の皆様は悪くありません。

 ベルーザにおいてヒースクリフは国王エーリヒ陛下に次ぐ高貴な人ですから、彼が言えば白いものも黒くなります。

 私だって彼の指示があったからこそ、平民には不相応なレベルで快適な療養生活をさせてもらっているのですし。

 ただ……このままではいけませんわ。

 身体も健康になってきました。

 そろそろ、あるべき姿に戻らなければ。



 じりじりしながら待つこと、十日ほど。

 ようやく彼が伯爵の城へやってきて、会うことができました。 


「会いたかったよ、フィリア」


 とても晴れやかな笑顔で、クリフ――いいえ、ヒースクリフ殿下が言います。

 私はつい、食べられない毒虫を見るような目をしそうになってしまい、さりげなく視線を逸らします。


「……私もお会いしたかったですわ。色々とお話したいことがあります」


「うん。勝手をしてすまない。でも君を失いたくなかったんだ」


 ヒースクリフも無茶を通した自覚はあったようです。

 ですが、そのおかげで健康を取り戻すことができたのも事実。


「元気になってくれてよかった。本当に……」


「手厚い治療を受けさせていただいて、ありがとうございます。貴方のお力があってのことですわ」


「これくらいは当然だよ」


 彼はうなずいて人払いをしました。

 もっとも結婚前の男女ですから、ドアは少し開いていて侍女が控えていますけれど。

 ……私は少しためらいました。

 ヒースクリフと私は互いに想い合っている、ということになっています。

 よそよそしく畏まるのは変です。

 と言っても、あくまで方便。森にいた時のように、気安く接するのもおかしいような……

 戸惑いを見抜いたのか、ヒースクリフがふっと微笑みました。


「まだ身体が本調子ではないよね? 座ろうか」


「……はい」


 私がソファに腰かけますと、彼は当然のように私の隣へ座りました。

 距離が近いですわよ?!


「あまり人に聞かれたくない話をするから。少し付き合って」

 

 そう言われると反論しにくくなります。

 彼が、縁もゆかりもない私を助けてくれたのは事実。

 多少やり方が強引ではありましたが……

 貴族は名誉を大切にするものです。私は彼にとても大きな借りがあり、何を求められても差し出すしかない状態ではあります。

 ……なんでしょう、どんどん外堀を埋められていくような。

 気を取り直して咳払いをしました。

 

「何を考えていらっしゃるのですか。このままでは本当に私などと結婚する羽目になってしまいますわ」


「一番丸く収まると思わないか?」


「どこがですの、私は身元の知れない他国人で」


「アストニア王国のフォンテーヌ侯爵令嬢だよね?」


「……ご存知だったのですか」


「調べれば分かることだよ」


 どうもヒースクリフは責任を感じ、ラング伯爵と一緒になってあれこれ調べてくれたようですわね。

 私の身元を突き止めてお父様に連絡を取り、さらには私の名誉を回復させるべく動いてくれたそうです。


「ですが私は婚約破棄されて国外追放された上、闇の森で毒草や蛙を食らって生き延びていたような女ですわよ?」


 醜聞まみれの私はヒースクリフにふさわしくありません。

 そう言ってみたのですが。


「貴女は闇の森へ置き去りにされた直後に俺と出会って、その後はずっとこちらの伯爵家に匿ってもらっていたことになっている。伯爵は俺の母の遠縁だというのは聞いてる? 彼も了承してくれている」


「そんな強引な」


「アストニア王国で起きた出来事については、そもそもフィリアに非はない」


 ……その言葉は嬉しいですけれども……


「……貴方に何もメリットがないでしょう。私なんかと結婚しても」


「あるさ。一目惚れした素敵な女性と結婚できる」


「――――へ?」


 令嬢らしくない、とても間抜けな声が出てしまいました。

 彼を見上げますと、柔らかく微笑んでいます。

 ――は、反則ですわ、その顔は?!


「闇の森で目を覚ましたら、花畑に貴女がいただろう? あの時からだ。白い花の妖精かと思った」


「え、えええ…………」


 本当に最初の最初ではありませんか。


「それに優しく怪我の手当までしてもらった」


「ぐ、具合が悪そうで気になっただけです!」


「俺が知っている貴族の令嬢はそんなことしないよ」


「うっ、それは……」


 ……前世の彼女は大人の女性で、男性と交際していた経験もそれなりにありました。

 森での私はかなり前世に引っ張られていましたので、彼の服を緩めるのも手当をするのも恥ずかしくはなかったのですが……艶めいた意図はなくて、全部脱がせたのでもありませんし……

 しかし今、思い返すと確かに普通の貴族令嬢なら、男性の服をはだけさせるなんてしませんわね。


 ――と思ったのですが。


「いや。自分で言うのもなんだが、俺は女性に追いかけ回されて参っていた時期があってね」


 彼が苦笑いをします。


「……侍女達がそんな話をしていましたけれど」


「うん、そうなんだ。部屋や馬車に、見たくもないはだ……あられもない格好の令嬢が待ち構えていたり、儀礼的な挨拶をしただけで身籠ったことにされたり、酒や薬を盛られて既成事実を作られそうになったりするのもしょっちゅうだった」


「……大変でしたのね」


 侍女達は私を気遣ってマイルドに表現していたのですね。

 ベルーザ王国の貴族女性達はずいぶんとただれた……げふんげふん、積極的な迫り方をしていたようです。


「だから、俺が動けなくなっているのにフィリアが丁寧に普通の手当()()してくれて感動したよ。妖精どころか天使だと思った」


 何やら出世?しておりますわ……

 内心で呆れておりますと、彼はますますニコニコして続けます。


「極めつけが、あの料理だったな」


「……ただのゲテモノではないですか」


 この麗しい王弟殿下に、毒抜きした蛙だの毒草だの毒キノコだのを食べさせたのですよね、私……

 今更ながら遠い目になってしまいますわ。


「そんなことはない。あの森では食料はとても貴重だったはずだ。フィリアは俺の身分を知らなかっただろう、なのに食べ物を分けてくれた。手間暇をかけて料理までして。それにね、かつて散々苦しめられた毒を美味しく頂いているんだと思うと愉快で仕方なかった」


 ……満面の笑みって、こういうのを言うのでしょうね。

 アストニア貴族はあまり感情をあらわにしないように教育されるのですが、ベルーザは違うのでしょうか。

 ――この時は分かりませんでしたけれど、後でヨランダが教えてくれました。

『ベルーザ王国も同じです。特にヒースクリフ殿下は女性にすり寄られても、一切顔色を変えないことで有名でした。あんな明るいお顔は初めて拝見しましたわ』と。

 そう、ヒースクリフは、私の前では本当に上機嫌なのです。

 とにかく容姿が整っているものですから、笑顔の破壊力は言うまでもありません。

 まともに見ていられないので、私は目を伏せていたくらいです。

 が、彼はさっと立ち上がると、何の躊躇もなく跪きました。

 そして、驚いている私の顔を見上げて言ったのです。


「その時に確信したんだ、貴女は俺の女神だって。結婚してほしい」


 妖精から始まって女神ですか……

 前世で言う「わらしべ長者」もびっくりですわね。


 ――ヒースクリフは一見すると恵まれた境遇でありながら、実際はかなり苦労してきたのでしょう。

 私に求婚したのも遊びではなく、貴族らしい美しい女性に見飽きてしまって「おもしれー女」枠に目移りしたという単純な話でもなく、真剣に想ってくれているのは分かります。

 ですが……だいぶ私を美化しすぎでは?!


 私が返事をしないので、ヒースクリフは少し焦ったようです。


「……フィリア、俺ではいけないか? 誰か好きな男がいるとか」


「いえ、おりません。私は幼い頃から婚約者がおりましたので、言い寄る男性もいませんでしたわ」


「じゃあ何がいけない? 全力で口説いているつもりだが」


「貴方がどうこうではなくて。もう誰とも結婚せずに、平民として生きていこうかと思っていたものですから」


「それは駄目だ。貴女は心が綺麗すぎる。悪い男に騙されたりしたら目も当てられない!」


 騙されるのが前提なのでしょうか?

 前世の記憶が蘇ったことは誰にも言っていませんから、世間知らずの令嬢が強がっていると思われても仕方ないですけれども……

 でも、せっかくなら日本で得た知識や経験を生かしたいのですわ。


 ――別に、こだわらなくてもいいんじゃない?


 前世の意識が、不意に語りかけてきました。


 ――今世のフィリアにも、十七年の人生で身につけた知識や経験があるんだよ? あの顔だけクソ王子の奥さんになるつもりでたくさん勉強してたじゃない。こっちのイケメンと結婚する方が無駄になんないよ?


 ……意地悪ですわ、前世さん。ここで梯子(はしご)を外さないでくださいませ。


 ――だってフィリア、この人が嫌いって訳じゃないよね?


 ……………そうですわね。

 私は溜息をつきました。

 そう、彼女が言う通りですわ。

 私だって、最初に彼と出会った時から……


 じんわりと頬が熱を持ちました。たぶん赤くなっているでしょう。

 私は表情を誤魔化すように俯いて、これだけは言いました。


「……敢えて申しますけれども、闇の森に咲いていたあの白い花はズィーゲル草と言って(れっき)とした毒草でしてよ。煮ても焼いても食べられませんわ」


「そうか。名前はもちろん知っているし何なら煮詰めたエキスを飲まされたこともあるが、花の姿は知らなかった」


 ちっとも悪びれませんわね。

 

「可憐で美しいのに、本当は毒があって強かで生き延びる知恵に長けている……俺はそういうフィリアがいい」


 ……本気で言っているのですね。

 もう信じるしかないようです。


「貴方こそ身分があってハンサムで頭も良くて、剣の腕も立ちますのに。女性の趣味だけは変わっていますわね……クリフ」


 あえて愛称で呼びますと、クリフも気付いたようです。それはそれは嬉しそうに口元を緩めました。


悪食(あくじき)同士で似合いだと思わないか?」


 ……そんなキラキラした空気を出さないでくださいませ!

 ぶんぶんしっぽを振る犬みたいな目つきをしても格好良くて、その、なんというか――私の好みの一番真ん中だなんて!

 どういうクリフでも素敵だと思ってしまうのですから、私もずいぶんとチョロい女だったようです。


 嬉しい一方で、恥ずかしくてなりません。

 私が顔を隠して横を向きますと、クリフは何か勘違いをしたようで、たちまち狼狽えて私の機嫌を取ろうとしました。

 その様子をドアの陰から見ていたヨランダとアリスの口から「ヒースクリフ殿下は既に恋人の尻に敷かれている」という噂が広まっていくことになります。


 ――この時、クリフは既に私を逃すつもりなんて、これっぽっちもなかったらしいのですが。

 私が恋人の手強さと、本気になった場合の執念深さを思い知るのは、だいぶ後になってからでしたわね。



 こうして私は美貌の王弟殿下にゲテモノを食らわせたのに、なぜか気に入られてしまったのでした。


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