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EX.他人の恋路を邪魔する奴は(sideアルヴィオ⑥)

アルヴィオ最終話

 おれとユーフェミアはその後も乗馬や絵を通じて交流を深め、一年後に結婚した。

 式は王都で挙げ、ヒースクリフとフィリア妃も参列してくれた。

 良い結婚式だった。

 花嫁姿のユーフェミアは、それは美しかったぞ。


 伯爵夫人になったユーフェミアは才能をいかんなく発揮し、素晴らしい絵入りの図鑑や本を幾つも手がけた。

 闇の森に生息する動植物の図鑑に始まり、庶民向けに読み書きを勉強するための教本も作ってくれた。

 絵が多くて子供でも分かりやすい。

 フィリア妃の後押しもあり、図鑑や教本を使った教育が広がっていった。

 ま、かいつまんで言えばラングの住人は上から下まで身分を問わず脳筋ばっかりだったのが、ちょっと賢い脳筋どもに進歩していった訳だ。

 良いことずくめである。



 それに、ユーフェミアはラングの美しい風景をそのまま写し取ったような絵もたくさん描いてくれた。

 何しろ後見人(パトロン)はフィリア妃だ。

 ユーフェミアも言っていた通り、写実的な絵というのは今まであまり受けがよくなかったらしいが、王弟妃が真っ先に買い求めるとなれば人気爆発。貴婦人の間でも流行した。



 その影響でラング領へ旅行に来たり、避暑の別荘を買い求めたりする貴族が増えた。

 おれは親父と相談し、ラングに存在しなかった観光産業の立ち上げに取り組んだ。

 ユーフェミアのおかげで、ラング伯爵領はより栄えていくことになったのさ。



 その親父が一番喜んだのは『ラングの薔薇図鑑』だったな。

 実は、お袋が育てていた薔薇には独自に作り出した新品種がたくさんあったのだ。

 親父も婚活には苦労したクチで、変わり者の園芸好き令嬢として有名だったお袋に「うちの領地で好きなだけ薔薇を育てていいから妻になってくれ」と言って結婚してもらったらしい。


 だが園芸に疎い親父やおれは全く価値が分かっていなかった。生前お袋が大事にしていたから人を雇って世話はさせていたが、貴重な薔薇だなんて知らなかったよ。

 しかしユーフェミアは素晴らしい観察眼の持ち主だし、読書家で博識だ。

 おれと一緒にラングへ行った際に気付いた。

 で、薔薇園へ通って一種類ずつ観察し、丹念に特徴を描き分け、世に知らしめてくれたのである。


 一冊しかないユーフェミア手描きの原本は親父に進呈された。

 親父はおれと同じく、薔薇がちっとも似合わん無骨者だ。しかめっ(つら)で受け取ったが、涙がにじむのを誤魔化そうとしていたのはバレバレだったな。

 「ラング伯爵家の家宝にする」と言い出して王都の魔法塔まで足を運び、色褪せないように長期保存の魔法をかけてもらっていた。



 ま、そう遠くないうちに本当の家宝になるだろう。

 画家としてユーフェミア・ラング伯爵夫人の名声は高まる一方。たまに社交へ出ても、おれの方がユーフェミアのおまけになってるくらいさ。

 だが、ユーフェミアは決して驕らず、優しくて思慮深い性格のままだ。

 付き合う相手も落ち着いた人格者がほとんどではあるが、たまにしつこく図々しい奴が寄ってくる時もあるから、おれが睨みを効かせて追い払っている。


 大事な妻だからな!

 おれなんぞと結婚してくれた上に、ラングを豊かにしてくれる最高の女性だ。


「ありがとうアルヴィオ、貴方はいつでも私の騎士様ね」


「騎士団はもうじき退役するが……貴女の夫で、貴女の馬で、絵の一番のファンであることに変わりはないな」


「馬はやめてと言っているのに……仕方ない人」


 そう、おれはついにラングへ帰って伯爵位を継ぐことになった。同時に騎士は引退する。

 ヒースクリフが総騎士団長、ジュードが第一分団長になったのに続き、ブラムが第三分団長に就任するのだ。

 ライルとイザークがそれぞれの副長を務める。

 アイツらなら大丈夫だろう。



 そうそう、フィリア妃の乗馬教室も変わらず盛況だ。

 指南役の騎士は馬の扱いはもちろん、女性や子供に優しく、素行も悪くない奴が選ばれる。

 身分が低い生まれでも真面目に努力していれば、妃殿下が乗馬教室に呼んで美しい令嬢を紹介してくださる……って訳だ。

 そいつを励みに頑張る騎士が増え、騎士団全体の質が向上して士気も高まった。


 さすがフィリア妃、慧眼だ……と思ったが。


「私は女性でも乗馬を楽しんだり、身体を締めつけず動きやすい服を着たりするのが当たり前の世の中にしたかったのです。完全に私欲まみれですわよ」


 謙遜……でもないかもしれんな。

 最近フィリア妃は乗馬服――つまり男装で白亜宮へ赴いて公務をしている時がある。

 最初はたまげたが、フィリア妃は堂々かつ生き生きとしているし、夫である王弟ヒースクリフが許しているなら文句が言える奴はそういない。

 すぐに慣れた。


 ユーフェミアにも自由にしてほしいと言っておいた。ユーフェミアは少々戸惑っていたものの、やがて敬愛するフィリア妃とお揃いになると気付いて、乗馬をしない日も時々着てくれている。

 ……ここだけの話、ユーフェミアには男装がよく似合って魅力的なんだ。

 おれも私欲まみれだな。

 嫌がる嫁さんに無理を言ってる訳じゃないから許してもらいたい。



 幸福で、賑やかで、変化の彩りにあふれた日々が過ぎていき――――



✳︎✳︎✳︎



 またラングに夏が来た。

 暑いは暑いが、北寄りゆえにベルゼストよりは爽やかだ。

 昼を過ぎ、やや和らいだ陽射しが降り注ぐ下で、おれは模擬剣を振っていた。

 日課の鍛錬である。

 隣では六歳になる長男のレグリオも一生懸命、子供用の模擬剣で素振りをしている。

 模擬剣でも当たりどころが悪いと怪我をする。修練を始めるにはちょっと早いんだが……父親の真似をしたがるものだから、おれが見ている時だけ許可しているのだ。


「――アルヴィオおじさま!」


 そこへ、ぱたぱたと新しい参加者が駆けてきた。

 一人は、つややかな黒い髪と目をした小さな姫様。

 言うまでもなくヒースクリフとフィリア妃の長女、九歳のミザリアだ。

 それから……


「おあよーございましゅ……」


「おはようという時間じゃないぞ、ヒルドレッド。昼寝から起きたばかりかな?」


「ん……ねーしゃまが、おきろ〜って……ふぁ……」


 手を引っ張られてついてきたが良いが、眠そうに青い目をこすっている金髪の子供は弟のヒルドレッド。四歳だ。


 かわいい盛りの高貴な子供二人が、どうして青花宮ではなくラングヘイムにいるかと言えば――――


 実は今、ウィンディアス大公になったヒースクリフとフィリア妃は公務で周辺国へ外遊の旅に出ているのだ。

 子供達は同行させるか最後まで迷ったらしいが、結局ヒースクリフが使者を寄越して頼んできた。

 自分が子供の頃ラングで過ごしたように、夏の思い出をつくってやってくれないか、と。

 おれは謹んで拝命し、ミザリアとヒルドレッドを預かっているのだった。

 二人とも最初のうちこそ親を恋しがっていたが、慣れてきた今は大らかな田舎暮らしを楽しんでいるようだ。


「おじさまー! わたしも鍛錬やりまーす!」


「怪我をせんようにな」


「はーい! レグリオ! 一緒にやろー!」


 活発なミザリアは剣術にも興味津々。なかなか筋も良い。


「い、い、いいけど! ジャマするなよ!」


 レグリオはいきなり現れたお姫様にまごまごしているのが手に取るように分かる。

 ミザリアは実際、ヒースクリフの美貌とフィリア妃の神秘的な色合いを受け継いでいるからなあ。つまり、とんでもない美少女だ。

 将来は傾国になりそうだが、中身はめちゃくちゃ活動的なお転婆。

 田舎伯爵の息子には困惑しかないだろうな。

 まあ頑張れ、と思っている。


「ぼくもやる〜!」


 こちらも高らかに宣言したヒルドレッドは、姉と対照的だった。

 色合いはヒースクリフで、顔立ちはフィリア妃の優美で柔らかな輪郭がよく出ている。

 性格ものんびりおっとり。天使みたいな美少年である。


 ただし――――


「きょうこそー、アルおじしゃん、たおすー!」


「あー、お手柔らかに頼むぞ。小さな殿下(ハイネス)よ」


「あい!」


 模擬剣を握り、澄んだ声で良いお返事をした次の瞬間。

 しゅぱんっ!とヒルドレッドが消えた。

 迎え撃つおれ。

 キィン!と噛み合う模擬剣。


 そう。

 ヒルドレッドは、こんなところまで父親(ヒースクリフ)そっくりだった。

 天使の顔して底無しの魔力お化け。大人顔負けの身体能力がある。

 しかも四歳だから加減というものが分かっていない。

 色々とおとなびていた八歳のヒースクリフとは違って「でっかいアルおじしゃんをやっつける」ために後先考えず、全力で突っ込んでくる。

 子供同士では危険すぎる。

 よって、おれがもっぱら過激なるチャンバラごっこのお相手を務めているのだ。


「えーい! やあ! とおーっ!」


 掛け声は非常に可愛らしいんだがなあ。

 斬撃の嵐は全く可愛くない。

 幸い、真っ直ぐな動きをするので避けるのは難しくない。

 今は技を教えたりするよりも、元気いっぱい手足を動かして基礎的な体力や魔力量を伸ばす方がいい。


 しばらくするとヒルドレッドは体力と魔力が尽きて息切れし、小休止と相成った。


「頑張ったなヒルドレッド。だいぶ動きが良くなったぞ」


「うん! ねえねえ、とーしゃまとアルおじしゃんは、どっちがつよいの?」


「ふーむ! 難しい質問だな」


 おれはちょっと考えた。

 ヒースクリフはお飾りじゃなく本当に強い。

 長期戦になればなるほど、魔力に優れるヒースクリフが有利だろうな。

 しかし大公になって以来、鍛錬は続けているはずだが実戦からは遠ざかっている。

 しょっちゅう魔物狩をやってるおれの方が、勘は鈍っていないと思いたい。

 その辺を差っ引いて、だいたい互角かヒースクリフがやや上なんじゃないか?


 目をきらきらさせているヒルドレッドに、そう説明した。


「そっかあ。とーしゃま、つよいんだ!…………はやくかえってこないかなぁ。かーしゃまも……」


 急に、声が小さくなった。

 ……そりゃそうだろう。賢くて聞き分けがよくても子供なんだ。寂しいに決まってる。


「二人とも遊びじゃなくて大事な仕事だからな。かなり強行日程でもある……ミザリアやヒルドレッドが旅先で風邪を引いたり危ない目に遭ったりしないように、お前達のことを想ってこうしたんだ。なに、もうじき帰ってくるさ」


「うん……」


 ――実は、大公夫妻が最後の外交を終えて帰国するという連絡はもらっている。

 ラングヘイム経由で子供達と合流したのちベルゼストへ向かう、とも。

 と言っても、旅程には遅れがつきもの。

 子供達をぬか喜びさせたら可哀想だから、あえて具体的には伝えていないんだが。

 あと少しのはずなのだ。


 おれは、眉が下がっているヒルドレッドの金髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。

 ついで、抱き上げて肩の上へ乗せてやる。


「ほれ、下を向くのはよせ。綺麗な景色を眺める方が良いぞ」


「わあっ」


 子供はだいたい肩車が好きだ。特に、図体がでかいおれの肩の上は視点の高さと言い、厚みのある安定感と言い、幼児に絶大な人気がある。

 レグリオやそのきょうだいの夜泣きが酷い時も、イヤイヤしかしない時も、概ねコレで乗り切っているくらいさ。


「どうだ、ここからばぁばの薔薇園が見えるか?」


「んん〜、ええっとねえ……」


 ヒルドレッドもすぐに機嫌が直った。

 キョロキョロと周囲を見回していたが――――

 不意に、声を高くしたのである。


「あっ!――――とーしゃまと、かーしゃまだ!」


「なに?!」


 驚愕するおれの肩から、しゅたっとヒルドレッドが飛び降りる。

 抜群の身体能力……って、そうじゃない! 危ないぞ!!


「かえってきたーっ! ねーしゃま、あっち!!」


「えっ? ほんとに?! 早く行かなきゃ!!」


 ミザリアだってお姉さんぶってはいるが、まだ子供。模擬剣を放り出し、ヒルドレッドと一緒に勢いよく走り出した。


「おれは聞いていないぞ? 待て二人とも!!」


 把握していた状況とだいぶ違う!

 こんなに早いご到着とは思わなかった。

 ヒースクリフ! フィリア妃! 一体どういうことなんだ?!

 おれはレグリオを連れて、慌てて追いかける。



 近付いてくる人影が見えた。

 賑やかだな、四人……いや、五人いる。



 先頭はオレンジ色の髪を揺らし、ちょこちょこと小走りになっているユーリカ――四歳になるおれの娘だ。

 その次がユーフェミア。二歳になったばかりの次男、アレンを腕に抱いている。


「貴方、お客様をご案内しましたわ」


「しまちたわ〜!」


「ああ。ありがとう、ユーフェミア。ユーリカもお手伝い偉いぞ」


「えへ〜」


 おれはうなずいてユーリカの頭を撫で、それから「お客様」を見た。

 言うまでもなくヒースクリフとフィリア妃だ。

 こっちは鍛錬中だったためシャツとトラウザーズ、足元はブーツという軽装なのだが、向こうも似たり寄ったり。揃って乗馬服だった。


 これで謎が解けた。

 馬車じゃなくて馬を飛ばしてきたんだな?!

 全く無茶しやがって。


「お母様!!」


「かーしゃま!!」


 ミザリアとヒルドレッドが母親目がけて飛び込んでいった。


「ミザ! レド! 会いたかったわ!!」


 大きく腕を広げて、姉弟を抱きしめるフィリア妃。

 ぎゅうぎゅう、ぐりぐりと、犬猫みたいに頭をすりつける子供達。

 じゃれあっていたかと思えば、ぱっと離れて今度はヒースクリフへ突撃する。


「――おかえりなさい、お父様!!」


「とーしゃま、だっこしてー!」


「ああ、ただいま。会いたかったよ、二人とも良い子にしていたか?」


 ヒースクリフも微笑みながらヒルドレッドを抱き上げ、ミザリアの頭を撫でる。


「――感動の再会に申し訳ないが、こっちは準備ができていないぞ……」


 思わずぼやいてしまう。

 声量は最小限に抑えたがユーフェミアには聞こえたようで、くすくすと笑われた。


「客間はいつでも使えるようにしてあるわ。もう執事長に指示は出しています。支度は済んでいるはずよ。両殿下もお疲れでしょうし、ひとまず今日は親子でゆっくり過ごしていただいて……晩餐会や歓迎会は明日以降に考えましょう」


 ……それなら何とかなるか。

 できる嫁さんにいつも助けられている。


「苦労をかけるな」


「殿下がたは私の恩人でもあるんですもの、このくらいは当然よ」


 小声で話していると、フィリア妃が近寄ってきた。


「ごめんなさい、アルヴィオ様、ユーフェミア様。あと少しのところで馬車が故障したものだから、待ち切れなくなってしまったの。子供達の顔を早く見たかったのですわ」


「はは、お気持ちはよく分かりますよ。おれも領内の視察や魔物狩で留守にする時、ユーフェミアや子供達と離れるのはツラいですからね」


 びっくりはしたが、この夫婦らしいとも思う。

 大公とその妃になっても変わっていないな。体裁よりも家族を優先する辺りが。

 ……おれも難しく考えないで、友人夫婦を歓待すればいいか。


「……父さん」


「おとうしゃーん……」


 すると、ちょいちょいと両手を左右から引っ張られた。


「ん?」


 見ればレグリオとユーリカが、期待に満ちた顔を向けてくる。

 あっち見て、と示す先にいるのは……

 父親に高い高いをしてもらっているヒルドレッドだ。

 ミザリアは順番待ちなのか、むぎゅーっとヒースクリフの背中にしがみついているな。

 ヒースクリフは二人に纏わりつかれて、ちょっと重そうだが……

 きらめくような笑顔である。

 アイツがまさか、こんな子煩悩になるとは誰が想像しただろうな。


 ま、状況は理解できたぞ。


「レグリオ、ユーリカ、おまえ達もか?」


「うん!」


「うんっ」


 元気よくうなずく、うちのちびども。


 どうやらウィンディアス大公とラング伯爵は二人して、子供達のお馬さんをやらねばならんようだ。


 もちろん異存はない。名誉あるお役目である。


 おれは笑って、騎士が主君へ跪くように腰を落として手を差し出した。

 小さな身体に幸せがいっぱい詰まっている宝物を、肩と背中へ乗せてやるために。


長くなりましたが、これでアルヴィオ編を終わります。

途中、忙しくなって更新が途絶えがちとなりすみませんでした。

お付き合いありがとうございました。

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