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EX.他人の恋路を邪魔する奴は(sideアルヴィオ/中編)

 ヒースクリフは本来のあいつに戻った。

 文句なしに良い変化だ。


 しかしフィリア嬢に対して、独占欲が丸出しなのはいただけない。


 あのなあ、おれは弟分がようやく掴んだ幸せを祝ってやれんような狭量な男ではないぞ。

 おまえだ、狭量すぎるのは。

 フィリア嬢をおれに会わせたくないとは一体どういうことだ。

 言え! むしろ、吐け!!


 ――詳しく聞くと、原因はレオニスだった。


 レオニス・フィングレス。

 ヒースクリフの学友である。

 おれはラングヘイムでもっぱら剣技をヒースクリフと競っていたが、レオニスとヒースクリフはベルゼストで魔法を共に研鑽した間柄であった。

 レオニスも魔法以外のもの……身分だの体裁だのにあまり頓着しない。ウルクス師長に弟子入りしたのはレオニスの方が先であったため、ごく当たり前の顔でヒースクリフを弟弟子扱いしている。

 典型的な魔法使いだ。


 そんなレオニスが、ずいぶんフィリア嬢に肩入れしている。

 あいつはヒースクリフ以上に、絶対に結婚しないし恋人も作らないと公言している変わり者なんだがな。女より魔法の方が圧倒的に魅力があるという理由で。

 ところが、フィリア嬢が語る「夢で見た遠い(ニホン)」の話があまりに面白いんだとかで、レオニスには珍しくフィリア嬢に興味を示し、何くれとなく構いたがる。



 そこにヒースクリフは危機感を覚えている、と。



 ……待て、おれとレオニスを一緒にするな!

 レオニスだってこの前、メアリ嬢の一件や魔法結界の打ち合わせをした時に言っていただろう。

 興味はあっても異性に対するものではない、と。

 おれもそうだ。

 ヒースクリフの嫁になるんだから当然興味は持ってるが、恋愛感情はないぞ。

 おれが誰かれ構わず色目を使うと思っているのか?

 だいたい自分で言うのも悲しいが仮に使ったところでだな、おまえを振っておれに乗り換える令嬢がいるとでも?

 目をそらすんじゃない。王弟殿下じゃなけりゃシメるところだ。


 はあ? 自分に自信が持てない?

 どの口で言っているやら。


「いやそれが……フィリアは前の婚約者もアストニアの王子で、顔の良い男だったらしい。でも奴に酷い目に遭わされてるから、あんまり俺の身分も顔も効果が無い」


「身分や顔で転ぶような女じゃなくて良かったのと違うか?」


「そうなんだが……他に俺の取り柄があったかなと……宝石やドレスだって贈れば喜んではくれるが、本当に欲しいものじゃないと思うんだ」


「良い意味で貴族令嬢らしくないのが裏目に出ているってか」


「ああ」


 本人には会わせてもらっていないが、フィリア嬢については概ね把握している。

 親父と手紙のやり取りをしているし、ラング領から着いてきたガイスやアリス、カークなんかは顔馴染み。ヨランダ夫人もガイスとの結婚式に出たから知らない相手じゃない。

 情報収集に抜かりはないさ。


「なんか珍しい食い物でも探してやったらどうだ? それと……そうだな、親父は酒を飲むと時々愚痴ってるよ。もっと一緒にいてやれば良かった、ってな」


 お袋は十年前、ちょっと体調を崩したと思ったら悪化して、呆気なく逝ってしまった。

 子供がおれ一人だったから親父には再婚の話もあったんだが、結局しなかった。

 お袋も貴族らしさはあまり無くて、宝石よりもガンガン外へ出て薔薇を育てるのが好きで、頑丈な母親だと思ってたんだがなあ。

 ヒースクリフにも、そういう後悔だけはしてほしくない。


「……ああ、そうだな……一番大事なことだ。そうするよ。ありがとう、アルヴィオ」


 分かれば良いんだ。

 それと、おれにもフィリア嬢の顔ぐらい見せてくれよ。

 婚約式の前までには何とかしろ。

 警備上の問題もあるだろうが。全く……

 人間くさくなったもんだな。



✳︎✳︎✳︎



 結局おれがフィリア嬢と顔を合わせたのは、婚約式の直前。警備について打ち合わせした時だったな。

 ベルーザの貴族にも滅多にいない、漆黒の髪と目をした令嬢だ。

 アストニア人らしくないなと思った。いや、悪口じゃない。

 ラング領には時々アストニアの商人も来るのだが、閉鎖的なお国柄ゆえか気位が高く、ちょいと面倒くさい奴らという印象がある。

 だがフィリア嬢は気さくな性格だった。

 でかい猪みたいなおれを見ても怖がらないし、ブラックベリーみたいな目をきらっきらさせて話を聞き、相槌を打ってくれる。

 何となーくヒースクリフの懸念も理解できた。

 こりゃ、自分に好意を持たれていると誤解する男が出てきそうだな。

 女慣れしていない騎士とか特にまずい。

 だからって他人に見せない訳にもいかんが。王弟妃になるんだから。


 しっかし、分からんもんだな。

 こんな綺麗で優しい、御伽話の姫君みたいなお人が、だ。

 男と同じ服を着て乗馬もするし、魚釣りの名人だし、毒蛙や毒草の毒を抜いて料理して食っちまうんだろう?

 あの龍牙茸から良い出汁が取れるんだと聞いた時には、おれも腹の皮がねじ切れそうなほど笑ったさ。

 見かけに寄らないとはこのことだわなあ。


 ふむ。

 ヒースクリフも顔こそ美麗だが、三分の一くらいは雑で野蛮なラングの男だ。

 ちょうど良い具合なんだろうな、きっと。



✳︎✳︎✳︎



 その後も色々あったと言えばあったが、ヒースクリフとフィリア嬢は結婚して幸せそうにやっている。



 おれも相応に忙しくしていたが、結婚式から半年ほど経ったある日、フィリア妃に呼ばれて青花宮へお邪魔した。

 だが、ヒースクリフがいない。

 侍女が控えているから二人きりじゃないにしても……

 少々居心地が悪い。

 何事だ?

 するとフィリア妃が口を開いた。


「アルヴィオ様、立ち入ったことをお聞きしますが……まだ、ご結婚はなさいませんの?」


「え? ああ、その話ですか……残念ながら、まだ」


 そもそもラング伯爵の後継ぎであるおれが王都に詰めているのは、親父がヒースクリフを心配していたのと、おれが若いうちに色々な経験を積ませようとしたのと、もう一つ。

 嫁を探してこいという含みがあった。


 ところが、ヒースクリフと親しいおれはまとめて王太后から嫌われていた上、あいつと違って厳つくてガサツな男だ。

 輪をかけて、まともなご令嬢が寄ってくるはずもない。

 たまーに声をかけてくる女はおれを踏み台にして、ヒースクリフを狙おうとするようなのばっかりだったのだ。

 意外と仕事も忙しい。

 婚活はちっとも進んでいない。


 ――フィリア妃のお陰で王太后が失脚し、ヒースクリフも既婚者になった。

 いい加減、どうにかしなきゃならんのだが……


「一部の噂によればですけれど、アルヴィオ様が独り身を貫いていらっしゃるのは叶わぬ恋ゆえだとか……」


 フィリア妃もおれの事情はご存じのはず……と思ったら、いきなり妙な発言が飛び出してきた。


「いやいや、そんなお相手は居ませんが」


「あら、そうですの?」


「そうです! 一体どなたですか、んなガセネタを」


「殿下ですわ」


「はあ? ヒースクリフ? あいつがなんで」


 思わず地が出かかって、慌てて飲み込む。

 フィリア妃もヒースクリフも気にしないが、一応身分差というものがある。

 落ち着こうと紅茶を一口飲んだ。

 たぶん最高級の茶葉なんだろうが、正直言って味なんぞ分からん。


 するとフィリア妃は、こてんと小首をかしげた。


「ええ、ですからヒースクリフ殿下ですわ。アルヴィオ様と禁断の叶わぬご関係ではないかと、先日のお茶会で一部のご婦人がたが」


「――ぶっ?!」


 危うく紅茶を吹き出すところだった。

 何だソレは!!

 シャレにならんのが来たな?!!!


「……そのご様子だと違うみたいですわね」


「げほっ、ちょ、当たり前です! おれは普通に女性が好きですよ?!!! 壊滅的にモテないだけで!!!!」


「それは良かったですわ。安心いたしました」


「……心底から勘弁していただきたい……」


 ぜんぜん良くないが?!

 何が悲しくて王国で二番目に高貴なレディ相手に、こんな言い訳をしなきゃならんのだ?!

 頭を抱えたくなったおれにフィリア妃は言った。


「ではアルヴィオ様。乗馬の講師をしてくださいませんか?」


「はい?」


 急に話が飛んだな?

 次は何が出てくるんだ、おい。


「実はそのお茶会で、乗馬をしてみたいという方がいらっしゃいまして。私も人に教えられるほど上手ではないものですから、アルヴィオ様、教えてあげてくださらないかと。馬のことなら騎士に聞くものでしょう?」


「まあ、できますが……」


 騎士たる者、馬に乗れて当然である。

 おれも一通りできる。息をするのと同じくらいの基本技能だな。別に自慢するほどでもない。

 ふむ。

 妃殿下のお茶会の参加者なら女性だな。

 フィリア妃のご趣味の一つが乗馬というのは有名だ。

 ヒースクリフと一緒に遠乗りに行ったりもしてる。

 男と同じ乗馬服を着て、颯爽と出かけていくんだよな。

 その御姿に憧れる貴族女性……特に、若い令嬢も多いと聞く。

 自分もやってみたいとなったんだろうな。おかしくはない。


 ――――ん? 令嬢?


 ……ひょっとしなくても、そいつはあれだ。

 妃殿下のお茶会に出るような由緒正しい貴族の、恐らくは未婚のご令嬢に。

 おれが、乗馬を、教える…………?!


 さっきとは違う意味で変な汗が出そうなんだが?!


 ティーカップを持ったまま固まっていると、フィリア妃はにっこり笑った。


「あまり難しく考えないでくださいませ。普通に乗馬の先生になっていただければいいんです。それで、もしもお互いに気が合う令嬢がいれば改めて……という話ですわ。気軽なお茶会やパーティーみたいなものです」


 いや、これっぽっちも気軽じゃあないが、うむ。

 ありがたい話ではある。

 何しろ騎士団は男所帯で、女性との出会いがないからな。

 おれはこれでも伯爵の息子なのでお茶会や舞踏会に出たこともあるが、だいたいマナーや所作でヘマをしないか気になってしまうし、貴族のご令嬢を楽しませるような話題の持ち合わせもない。

 結果惨敗が続き、最近は億劫になってなあ。

 そういう場にはほとんど行っていなかったりする。


 ……こうやって考えると、縁談から逃げまくっていたヒースクリフを笑えんな。


 その点、乗馬を教えるというのは有りだと思う。

 女性に対するマナーさえ守れば良く、くっそ面倒な細かい作法も皆無じゃないにせよ少ない。

 馬の話をすればいいので、会話が続かなくて困るというのもないだろう。

 うむ。有りなのでは?


「大変ありがたく思いますが……その話、おれの他に何人か連れていっても構いませんか?」


 ついでにお伺いを立ててみた。

 結婚できなくて悩んでいる騎士というのは、実はおれ一人ではないのだよな。


 ベルーザ王国騎士団のうち、王都には第一から第五までの分団がいて様々な任務に当たっているが、中でも第二と第四に高位貴族が集中している。

 本来はヒースクリフを分団長に戴く第一こそ、高貴な血筋で固めるものなんだが。実際は副長のライルをはじめ、何人か子爵・男爵家の出身がいるくらいで後は平民だったりする。

 王太后は嫌がらせのつもりだったようだ。

 ヒースクリフはおとなしくて、お育ちが良さそうに見えるからなあ。叩き上げの平民騎士相手に苦労すればいい……とでも思ったんだろう。

 現実は言うまでもなかろう。

 あいつは着任初日に小隊長達と手合わせして軒並み叩きのめし、名実ともに認められて今に至る。ラングの夏を舐めるなよ。


 ……そんな訳で、第一、第三、第五分団は平民と下位貴族の、家を継げない次男以下が大半だ。


 第五は下町の治安維持が主な任務だから、女性を狙ったひったくりや泥棒を捕まえたら感謝されて交際が始まったり、馴染みの飯屋の店員と仲良くなったり、というケースもあるようだな。


 しかし、第一と第三の相手は……ほぼ魔物である。

 ネズミとかネズミとかズィーゲルフロッグとか。

 なのでおれの直属、第三分団の部下どもは半分くらい独身だし、第一も似たような状況にある。

 それを申し上げると、フィリア妃は馬鹿にせず聞いてくださった。


「分かりましたわ。では、最初はアルヴィオ様と部下の皆様を何人か。令嬢も何人かお招きしてやってみましょう」


 よし確保。


 おれはフィリア妃によくお礼を申し上げ、青花宮を後にした。


 ――分団長がモテないから下っ端もモテないのだとか何だとか、手痛い現実を盾にこき下ろしてくれた部下どもよ。

 喜べ。

 おまえらも道連れだ。


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