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EX.愚か者の末路(sideフェルナン/おまけ)

 ――物語ならここで「めでたしめでたし」だと思うが、生憎と僕の人生は続いていく。

 もちろん、他のみんなも。



 ただし姉上の一件をきっかけに、明暗は分かれた。



 まず父上。

 フォンテーヌが密かに聖女の血を受け継いでいたことは表向き秘匿されたが、やはりどこかから漏れたようで面目が台無しになった。

 それはそうだ。

 結果、聖女の色合いを持つ姉上を手放してしまったんだからな。

 知っていて敢えて姉上をベルーザへやったのと、知らないでテキトーに処理してしまったのとじゃ天と地ほども違う。

 一番悪いのはロニアスと王家ではあるけれどね。


 ついでにと言っていいのか、愛人とも揉めた。

 男児が生まれたと嬉しそうにしていたのだが、どうやら父上の子じゃなかったとか何とか。

 そもそも後腐れのないお付き合いをしてたんじゃないんですか?

 すっかり泥沼だよ。

 色男ぶりにも翳りが窺える。



 母上も長年の愛人と別れてしまった。

 僕もその人のことは知ってる。

 下級貴族の出で身分が釣り合わなかったらしいが、いつも母上の少し後ろに控えていた護衛騎士だ。

 両親の体調が悪くなったため郷里に帰ったという。


「――元々、そういう約束だったのですよ。彼は嫡男でしたから。家を継ぐまでの関係です」


 成年したので、育てていただいた御礼を申し上げる――自分でも笑ってしまうような理由をこじつけて母上にお会いし、聞いてみると、さばさばとした口調で言われた。


「思ったよりも長い間、よい夢を見せてもらったわ。わたくしに許される範囲で退職金を渡しました。これで貴方に代替わりした時、迷惑をかけることもないでしょう」


「……想い合っておられたのではないんですか?」


「…………」


 母上は知らぬ顔で優雅にティーカップを傾けている。

 僕だから冷たいんじゃなく、この人はいつもこんな感じだ。

 護衛騎士とも人前ではこうだったくらいなんだけど、二人きりだと違ったのかな?

 ……とろけそうに甘い表情をしてる母上なんて想像もつかないが。

 何となく脳裏に義兄上、ヒースクリフ殿下の顔を思い浮かべた。

 ベルーザの貴族がみんな、義兄上が笑ってるのを見て目を疑っていたけど、こんな気持ちだったんじゃないかな……

 母上はこの先、誰かに心から微笑むことはあるのだろうか。


「……家を継ぐと言っても、あの騎士殿は母上と同い年なのに結婚なさっていませんし、御子もいませんよね。卿の後継ぎは?」


「縁戚から迎えた養女がいると聞いています。元はご両親の養女でしたが、彼と養子縁組を結び直しました。あと数年で成年するので、婿を取って継がせると」


「ふうん……」


 僕も紅茶を一口飲んだ。


「――そう言えば母上は僕が生まれた数年後にご病気をなさって、一年ほど領地で静養していたことがあるそうですね。社交界にも全く御顔を出されなかったとか」


「……何が言いたいの?」


 母上が少し眉を上げて、ようやく、僕を正面から見る。


「いえ、別に。愛する人と結ばれた姉上を見て感ずるところがあったんです。望んだ相手と夫婦になり、子が欲しいと思うのは当然でしょう。たとえ貴族でも、ね」


「フェルナン、貴方……」


 かちゃんと音をさせてカップが置かれた。

 母上には珍しい失敗だ。

 僕が言いたいことに気付いたかな?


「僕はもう子供ではないんですよ、母上」


 貴族界ではよくある話。

 母上は秘密裏に愛人の子を産んで、彼の実家に預けたんだろう。


「……待ちなさい、私は侯爵家に迷惑をかけないようにしているわ。彼も、彼の養女もフォンテーヌとは無関係よ」


「ええ、そうでしょうね。そんな険しい顔をせずとも大丈夫ですよ、母上。どうもしません」


 母上は侯爵夫人として過不足なく家内を取り仕切り、社交界でも華やかに活躍なさっている。

 完璧すぎると言ってもいいくらいだ。

 後継ぎの僕がいるんだから、愛人を囲うのもまあまあ普通だし、父上も黙認してる。

 僕の成年を機に、その愛人とも手を切った。

 「フォンテーヌ侯爵家には」迷惑をかけていない。

 でも……

 姉上は。

 それに僕は。

 どうすれば良かったんですか?


「……父上も母上も、姉上と僕には取り立てて何も家族らしいことをなさらなかった。ですから僕も、特に何もしませんよ」


 父上も、母上も。

 愛人だった彼も、僕の異父妹であろうその子にも。

 嫌がらせなんてしないけれど、手助けもしない。


「…………」


 次期当主として約束したのに、母上は何故か顔色を失って黙ってしまった。

 僕は紅茶を飲み終え、一礼して母だったひとの元を去った。


 親の愛と庇護が必要だった子供時代は行ってしまった。

 もう良いんだ。

 僕が大切にするべき人達じゃないから。



✳︎✳︎✳︎



 ――ロニアスはどうしたって?


 アイツは論外だ。

 謹慎中だったのに抜け出してベルーザ王国にまで迷惑をかけたんだぞ。

 なかったことになったけど!

 つまりロニアスの脱走自体が揉み消され、予定を前倒ししてサーラ嬢と結婚させられ新オルダン領に押し込められた。

 普通なら臣籍降下はそれなりに体裁を繕って盛大な結婚式の一つもするんだが、今回は無し。

 ……その理由、サーラ夫人が早々に懐妊したからだとか。

 ベルーザと違ってアストニアでは致命的な不祥事(スキャンダル)

 この先ずーっと、腫れ物扱いが続くだろうな。


 とは言えロニアスの奴、一時期ベルーザにいた訳で。

 うちの父上と同様のきな臭さが漂ってくるが……

 敢えて肥溜めの蓋を開ける趣味はない。

 勝手にやってくれ。



 僕は自分の問題で手一杯なんだ。



 愛人に引っかき回され、ますますやる気のない父上に代わって侯爵家の古い記録をひっくり返したのはこの僕だ。

 公的な文章は見つからなかったけど、ひいおじい様の日記が出てきたので読んでみた。

 ひいおばあ様と結婚後に付け始めたみたいで、こんなデートをしただの、あんな贈り物をしただの、妻のために菓子職人を呼んで色んな甘味を作らせただの……と胸焼けしそうなエピソードが満載。


 惚気か!

 肖像画に描かれたひいおじい様は立派な髭を蓄えた、いかにも厳格そうで眼光鋭い老紳士なんだけど?!


 でも気になる記述を発見した。

 菓子を用意すると、一部がいつの間にか消えるんだそうだ。

 姉上とのお茶会みたいに、姿が見えない妖精に持ち去られたんじゃないか?

 と思ったら、その後ろの文章にさらりと書いてあったよ。


『……妻は何しろ素晴らしい女性である。夜空に輝く星も同じにして地上に降り立った女神である。きっと小さき妖精にも愛されているに違いない』


 …………偉大なるひいおじい様。

 重要なヒントを愛の(ポエム)に紛れさせるのはやめてほしかったです。


『妖精は気に入った者には寛大で深い恩恵を授ける。だが「お気に入り」に害を加えた者には容赦しないとも言われている。私を豪運の持ち主だと評価する者は多いが、全ては妻の功績であって私ではない。もちろん私は彼女が彼女故に愛しているのだ。妖精もまた私の善き好敵手(ライバル)である。生涯、負けてなるものか』


 対抗心を燃やすところ、そこなんですか?

 やれやれ。


 どうやら聖人や聖女は、妖精とも関わりが深いみたいだ。

 天の神々だけでなく妖精にも愛されるってことかな。

 姉上もひょっとしたら、本当は…………

 ま、言わぬが花だろう。

 無理矢理ディウム教国へ連れて行ったって、姉上は幸せになれない。

 妖精だって怒るよ、それは。

 もしかしたら、神々も。


 ラナールはそこが分かっていなかった。

 枢機卿の癖に、大した信仰心がなかったのかもしれない。

 教国で弾劾裁判にかけられて地位を剥奪され、平の神官に降格されたそうだ。

 極刑もあり得たのだが、姉上と義兄上が厳罰を望まなかった。エーリヒ国王陛下も「王弟の結婚という慶事を血で汚さないでもらいたい」と要望したので、監視を兼ねて小さな教会で聖務に従事させることになったという。



✳︎✳︎✳︎



 しばらくして、僕は王太子殿下主催の夜会に参加した。


「フェルナン様ぁ〜、お待ちしておりましたわ」


「ダンスのお相手は決まっていらっしゃるの? もし、まだでしたらぜひ私を」


「どきなさい、わたくしが先よ!」


 ごてごてと盛りに盛ったドレス姿の令嬢が群がってきて、心の底からうんざりする。

 実は、僕にはまだ婚約者がいない。

 正確に言うと少し前にお見合いをして決まりかかっていたんだが、ロニアスと姉上の婚約破棄騒動の影響を喰らって破談になっていた。

 元々、家同士の釣り合いが取れているという理由で選ばれた純度の高い政略結婚である。

 相手のご令嬢のことは好きでも嫌いでもなかった。

 向こうも同じで、利があるから縁を結ぼうとし、利がなくなれば縁も切れる。王家と揉め事を起こしたフォンテーヌにうまみはないと思ったのか、彼女はすぐに別の家へ嫁いでいった。

 あの頃はどんなパーティーに参加しても、僕の周囲は静かだったっけ。わずらわしさがなくて、逆に良かったんだけど。

 ところがその後、姉上には非がないことや、ベルーザの王弟殿下に一目惚れされて妃になったことなんかがアストニア社交界にも広まって――また空気が変わった。

 ほんと、風に揺れる木の葉よりもふわふわひらひら、頭はからっぽ。手のひらも扇子もくるんくるんと向きがひっくり返って、僕に適齢期の令嬢が押し寄せるようになった訳だ。


「はー……くだらない」


 貴族らしく婉曲なセリフを駆使して全員を撃退したが、疲れたので庭園へ出てみた。

 ぼんやりと月を眺める。


 姉上、お元気かな。

 また何か変な食べ物を拵えていないといいが。


 そんな現実逃避をしていたら、視界の端で何かがキラッと光った。

 うん? なんだあれ?

 顔を向けると、蛍みたいなちっちゃい光の粒がすーっと宙を舞って、木陰の向こうへ消えていった。

 ……妖精か?

 根拠はないけど、今は秋。

 蛍なんて季節外れだよな。

 気になる。

 行ってみると、そこには――――


「……?! 大丈夫ですか?」


 真っ青な顔色のご令嬢が木の幹によりかかって、今にも倒れそうになっていた。


「……だ……大丈夫……です」


 声も凄く小さい。

 いや大丈夫じゃないだろう、これ。


「……ちょっと失礼しますよ」


 一言断って手に触ってみると、氷みたいに冷たい。

 上着を脱いで羽織らせ、肩を抱いて会場の前へ戻った。


「フェルナン、どうした?」


 同じく夜会に出席していた第三王子リュース殿下が、目ざとく僕達のところへやってきた。


「こちらの令嬢が体調を崩されたようです。家へ帰した方がいいでしょう。……レディ、お名前は?ご家族はどなたか参加していますか」


「……ミラ・リンデンと申します。父が……」


「リンデン伯爵のお嬢さんか。伯爵ならさっき、あちらにいたはずだ」


 リュース殿下が人をやって伯爵を探し、急いでやってきた父親にミラ嬢を引き渡す。伯爵はひとの良さそうな小太りの男で、ぺこぺこ頭を下げてミラ嬢を連れていった。

 ふう、これでいいか。


「フェルナンが令嬢に優しいとか珍しいなあ」


 と思ったらリュース殿下が絡んできた。


「……幾ら僕でも、体調の悪い女性を放っておくほど冷血じゃありませんよ」


「ふーん、ま、そういうことにしとくけど。で、上着どうする?」


「あ」


 ミラ嬢に着せかけた上着、返してもらうのをうっかり忘れていた。

 殿下から予備の衣装を貸してもらう羽目になった。



 ……上着を取り返し損ねたらどうなるか。

 答えは簡単だ。

 つまり後日、丁寧なお礼の手紙と刺繍入りのハンカチと、元気になったミラ嬢本人がくっついた上着がフォンテーヌ侯爵家へ届けられてきたのである。

 わざわざ来てもらったんだ、お茶ぐらいは飲むよ、僕だって。たまたま時間があったからだが。たまたま。


「体調はもういいんですか?」


「はい。私はお酒に弱いのに、誤ってワインを口にして気分が悪くなってしまっただけなのです。お恥ずかしい限りですわ」


「そう。大事ないなら良かった」


「ありがとうございます……フォンテーヌ侯爵家の方は皆様、とても親切なんですね」


 明るい光の下で見るミラ嬢は顔色もよく、栗色の髪と、生き生き動く茶色の目をしていた。夜会では暗くて色なんて見てなかったな。

 ……ところで親切って誰が?

 

「私、以前参加したお茶会でフィリア様に助けていただいたことがあって……」


 意地悪な令嬢に難癖をつけられて困っていたら、姉上が――当時はまだロニアスの婚約者だったが――「はしたない真似をなさるのね。およしになった方がよろしいわ」って、毅然と言ってくれたんだそうだ。


「格好いいフィリア様は私の憧れの方ですの。その弟君にまた助けていただくなんて……どうしてもお礼を申し上げたかったのです」


「……別に大したことではありませんよ。普通です」


 我ながら素っ気ない言い方になったが、ミラ嬢は目を丸くしてから、堪えきれないように微笑んだ。


「ミラ嬢?」


「あ、ごめんなさい。フィリア様と同じようにおっしゃるから」


 姉上もミラ嬢に「大したことではありませんわ」とかなんとか言ったらしい。

 全く姉上ったら。僕のセリフを取らないでもらいたい。

 思わず顔をしかめてしまう。


 ――その時ミラ嬢の近くで、また何かがきらりと光った。

 今度こそ見間違いじゃない。

 一瞬で消えてしまったけれど、蝶のような(はね)を持つ小さな人がいたんだ。

 ……ミラ嬢は妖精に好かれる体質なのかな?本人は気付いてないみたいだが。

 それとも僕だって聖女の子孫で……姉上とも仲が良いから、たまには妖精がやる気を出してくれたんだろうか。

 その辺りは不明だ。

 とにかく僕はこの時、千載一遇の導きに従おうと決めた。


「……ところで、この菓子は姉がベルーザで新しく考えたものなんです。アストニアの貴族女性にも受け入れられそうか、意見を聞かせてくれませんか」


「まあ! 実は気になっていました。ですが幾つも頂いたら、意地汚い女と思われそうで……」


「僕は全く気にしません。甘いものはお嫌いなのかと思ったくらいです」


「そ、そんなことは。……好きです……」


 ええと……甘いものが好きという意味だよな?うん。


 そんなこんなで僕は新しい菓子の試食だの、ベルーザで流行のドレスだの、ミラ嬢にぴったりな酒精のないカクテルだの、色んな理由をでっち上げては彼女と会うようになり――――

 即ち敬愛する姉を散々だしに使い倒して意中の人と仲良くなって、最終的に僕の婚約者に昇格させてもらったのだった。


 やっぱりあの直感は……この人だ、と感じたのは間違っていなかったんだと思う。


 ――あれきり妖精らしき姿は現れないが、ミラの笑顔はいつもキラキラと輝いて見える。

 しかし人に言えば「あのフェルナン・フォンテーヌが婚約者を溺愛し過ぎるあまり馬鹿になった」と思われるに決まっているから、一生秘密にしておく予定だ。


フェルナンによるざまあ総集解説編&おまけ、これで終了です。

ありがとうございました。

またそのうち、思いついたら書きます。

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― 新着の感想 ―
前半部分でどうなるかと思いましたけど、フェルナンくんも幸せになってくれて良かった…!(*´ω`*) また彼らに会えるのを楽しみにしています♪
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