EX.愚か者の末路(sideフェルナン/後編)
種明かしをしてもらったのは、姉上の結婚式が終わって半月ほど経ってからだった。
昼食会の後、姉上も義兄上も式の準備で忙しくなってしまって深い話をする余裕がなかったんだ。
一応、王弟侍従長のバーティス殿が来て表向きの処分――ラナールが罪人として教国へ送り返され、ロニアスとパヌ伯爵も早々に帰国させられたことを伝えてくれたけどね。
僕も結構忙しかった。
パヌ伯爵はほんっとうに仕事をしてなかったみたいで、アストニアはベルーザでほとんど知られていなかった。
王弟妃の位を射止めた「奇跡の令嬢」の出身国として注目度が上がっていたけど、姉上は殿下ががっちりガードしていて気軽に会える相手じゃない。
そこへ弟の僕がのこのこやってきたものだから、社交の嵐で溺れるかと思ったよ。
幸い、パヌ伯爵の部下には身分が低いけれど割と有能な文官がついていたので、彼等に色々と教えてもらって乗り切った。
そして、ようやく姉上とお茶を頂く機会に恵まれたって訳だ。
義兄上、ヒースクリフ殿下は騎士団の方に行っているそうで今回はいない。
「しばらくぶりね、フェルナン。どう? ベルーザの空気にも慣れてきたかしら」
結婚式ぶりに会う姉上は黒髪を綺麗に結い上げ、品の良い藤色のドレスで現れた。
既婚者になったのもあると思うが、落ち着いたデザインのものを着ていて姉上によく似合ってる。
こうして見ると……アストニアにいた頃の姉上は最高級の絢爛なドレスやアクセサリーで飾り付けられてはいたけど、姉上自身に合うかどうかはあんまり考えられていなかったんだな。格式とか、そういうのが優先で。
魔女みたいだと姉上を毛嫌いしていたロニアスが、真面目に贈り物をするはずもないし……
型通りのものを型通りに着せていた感じだろうか。
姉上にそう言ったら、嬉しそうに微笑んで傍らの侍女に目を向けた。
「ここにいるアリスや、ヨランダ達が頑張ってくれるのよ」
アリスと呼ばれた侍女は僕と大差ない若い娘で、たちまち頬を赤くしてはにかんだ。
「フィリア様は元から女神みたいに美しい方ですもの、私はお手伝いしているに過ぎません」
「いや……今は小さな髪飾り一つ取っても、姉上は愛されてるんだなと思います。義兄上はもちろん、他のみんなにも」
「もったいないお言葉です!」
アリスはお辞儀をし、姉上と僕のカップへ茶をついで後ろへ下がった。
「――それで、姉上。ひいおばあ様のことはどうするんですか?」
お互い忙しい身だ。前置きは飛ばし、早速尋ねてみる。
「私はどうもしないわ、フェルナンも……ひょっとしたらお父様も知らないのでしょう?」
「いくら父上でも、知っていれば姉上をもっと大事にしたと思いますよ。帰ったら侯爵家の古い記録を探してみますが」
「ええ、お願いね。私も魔力をもう一度よく調べてもらったけれど、やはり特別な力は無いという結果だったわ。たまたま昔の聖女様と、ちょっと容姿が似ているかもしれないだけ……そんなの完全に別人でしょ? もう殿下と結婚しているし」
「ですね。義兄上、絶対に離縁しないでしょう」
結婚式の光景を思い出す。
父上の代わりに付き添いとしてバージンロードを歩き、花婿に花嫁の手を託した時……
あの人、それは幸せそうに微笑んでいた。
すっっっごい威力だった。
氷が溶けたという噂は知ってても、見たことない貴族が結構いたらしい。義兄上も人前では自制してたんだろう。
でも結婚式では遠慮なく甘い表情を披露して、大聖堂にいた令嬢と夫人の半数以上が気絶しそうになっていたんだよ。
姉上は義兄上しか目に映らなかったんでしょうけどね。
アレはもう新手の魔物なんじゃないか?
「……まあ、その話はいいです。あと僕が知りたいのは、ラナール元枢機卿があんなにぼろぼろ喋った理由ですよ。何を食べさせたんです?」
「あら、貴方に出した料理と変わらないわよ? 特別なことは何も」
嘘つけ!!
「……僕には教えてくれないんですか? 酷いや」
少し不貞腐れてみせると姉上はくすくす笑って、お茶請けのクッキーを一枚取った。
「あのね、フェルナン。これは秘密なんだけど、この青花宮の庭園には妖精が棲んでいるのよ」
「……は? 妖精?!」
いきなりおとぎ話ですか?!
もうちょっとマシな作り話をしてほしい。
「とっても気まぐれで、いつも協力してくれる訳じゃないけれど本当にいるのよ? 今回はたまたま、ラナール様の悪巧みを暴いてくれたの」
「そんな馬鹿な……」
言いかけて、僕は口をつぐんだ。
さっき姉上が取ったクッキーが、いつの間にか消えていたからだ。
おかしい。
姉上は僕と喋っていて、クッキーを口へ入れる暇はなかった。
食べながら喋るなんて無作法はしない。
皿を見るけど、やはり一枚減っている。
「姉上……いつの間に奇術を身に付けられたんです?!」
「あら、アストニアもベルーザも妃教育に手品は入っていないわよ? 妖精はね、甘い物が好物なんですって。自然界では花の蜜をおやつにしているけど、人間が工夫を凝らしたお菓子も気に入っているみたい」
本気で言っているのか……
でも目の前でクッキーが消えたのは事実だ……
すると、耳元で不思議な声がした。
『ん〜、しょ〜がないなあ! フィリアの弟だから、ちょっとだけ相手したげる』
なんだ、この声は。……妖精、なのか?!
『そ〜だよ〜、これで分かった? フィリアの悪口は許さないよ〜?』
「…………!!」
背筋がぞっとした。
見えないけれど何かがいる。
肩の辺りだ……冷たい空気の塊を押し付けられているような気分。
これが妖精?
声色は無邪気な子供さながらで可愛らしい。
しかし理屈じゃなく、本能的に「怖い」と思った。
『ふ〜ん、妖精の怖さが分かるんなら、完全な馬鹿でもないんだね。そうさ、おいら達は気に入った人間じゃないと優しくしないんだよ』
「…………」
「フェルナン? どうしたの?」
姉上が不思議そうに首をかしげている。
妖精は僕にだけ声を聞かせているようだ。
おまけに僕の思考も筒抜けになってる……
魔法を使っているんだろうけれど、そんな魔法があるなんて初めて知った。
『スゴイだろ〜、このくらい朝飯前さ! で? 無敵な妖精に愛されるフィリアのコト、君は認められないのかい?』
戯言を言わないでほしい。ちょっと驚いただけだ。
『また姉上の思い込みかって思った癖に』
…………そこまで分かってしまうのか。
そう、姉上は生粋の侯爵令嬢でありながら、高位貴族の女性らしくないところがあった。
黒髪黒目の容姿もそうだし、図鑑で見た変な魚が美味しそうだと言ったりするのもそうだし、身分が低い相手や使用人にすら気を使って我儘を言わないのもそうだ。
僕は姉上を嫌ってはいなかったが、常にもどかしいとは思っていた…………
『でも、おいら達はそのままのフィリアが好きなのさ。ヒースクリフもそうだよ。だからフィリアをシアワセにできると思って、結婚するのを妖精みーんなで認めてやったんだぜ〜?』
「…………」
ひょっとして結婚式の直後に小鳥が飛んできて、祝婚歌を歌ったことを言っているのか?
あれも妖精の仕業か?!
『分かった? おいら達はフィリアが大好き。よーく覚えておくように!!』
妖精の気配が、ふっと消える。
不思議な声もそれきり聞こえなくなった。
「――ねえ、フェルナン? 本当にどうしたの? 具合でも悪いの?」
姉上の声がする。
僕は慌てて温かいお茶を飲んだ。
「すみません、ちょっと考え事をしてしまって。姉上は、ずいぶん妖精に気に入られているんですね」
「どうかしら。私も甘いお菓子が好きだから、好みが合うだけかもしれないわよ? 妖精が味方になってくれるのは心強いけれど、頼りすぎは良くないと思っているわ」
冷静だな、姉上は。
でも、それがいいと思う。
深く関わったら絶対よくない。
「――姉上、疑って申し訳ありませんでした」
潔く謝った。
姉上は馬鹿な人だと思ってた。
でも……それは間違いだった。
僕らが姉上を理解できなかっただけなんだ。
父上も母上もロニアスもみんな。
僕は……僕だけはマシだと思ってたけど、本当は似たようなものだったんだ。
もっと要領よくできないのかと、顔を合わせるたびに生意気なことを言っていた。
僕の方こそ、出来の悪い……馬鹿な弟だった癖に。
だが義兄上は――ヒースクリフ殿下は気付いた。
周りの人達も(一部ヒトじゃない存在もいるが)、姉上の素晴らしさを分かってる。
「いいのよ、フェルナンが素直だと逆に調子が狂うじゃない」
「……酷いですよ、人が反省しているのに」
「あら、ごめんなさい。明日は雨の代わりに小魚が降るかしら?」
「また魚ですか? ……さては調理して召し上がる気ですね」
「いけない、ばれてしまったわね。そうよ。殿下も面白がってくださるはずよ」
「ああもう、惚気は結構です!」
姉上は朗らかに笑った。
ベルーザ王国は姉上の美しさや才覚を認め、受け入れ、褒めて伸ばしてくれる。
姉上はきっと、この場所でもっと輝かしく花開いていくのだろう。
アストニアでは、できなかったことだ。
僕も、何もできなかったけれど……
「ふふ、そんな顔をしないで。ね、良かったらフェルナンもこのクッキーを食べてみて! とても美味しいのよ」
「はい」
色々なものが変わった。
でも姉上の優しさは変わらない。
僕はありがたく、茶色の粒みたいなものが散っているクッキーを頂いた。
遠くハイバリクから取り寄せたチョコレートなるものを使っているそうで、甘くて、少し苦かった。
✳︎✳︎✳︎
飛ぶように時は過ぎ、ベルーザを離れる日がやってきた。
その間に僕は一つ歳を重ね、成年した。
もう子供だという言い訳は効かない。
フォンテーヌ次期当主として、やるべきことがたくさんある……名残惜しいが、お別れだ。
「――姉上、義兄上、ありがとうございました。お二人のご多幸をお祈りしています」
わざわざ見送りに来てくれた姉夫妻に向かって、僕はお礼を述べた。
「私こそ貴方が来てくれて嬉しかったわ! 道中気をつけて、みんなによろしくね、フェルナン。手紙を書くわ」
「はい、姉上。僕も手紙を書きます。それから、義兄上……」
姉の傍らに寄り添う人を見て、深く頭を下げた。
「僕は……昔から姉上を守りたかったけど、馬鹿な子供で……何もできませんでした。でも、義兄上なら守ってくださいますよね?」
「フェルナン? 貴方いったい……」
姉上がびっくりした顔をしている。
……最後くらい本音を言ってもいいでしょう?
しばらく会えないんですから。
ヒースクリフ殿下も少し驚いたようだけど、すっと前へ出て僕の肩へ手を置いた。
「……母が亡くなった時、俺は小さな子供だった。あの時の俺には本当に何の力もなかった。側妃として弱い立場にあった母を守れなかったどころか、棺にしがみついて泣くことしかできなかったよ」
聞いたことはある。
先王の側妃リーザ様は深い寵愛を受けていたけれど、身分が低い生まれで後ろ盾も弱く、今の義兄上とさして変わらない若さで亡くなったんだったな。
側妃制度を維持するアストニアにも、似たような話はごまんとある。
義兄上も色々な苦労をしてきたんだろうな。
でも、今のこの人は押しも押されもせぬ王弟で、確固たる自分の地位があり、騎士としての力量にも優れている……
「――王族の妃になったフィリアに、一切苦労をかけないとは言えない。でもフィリアのためなら、今の俺に許された全てを使って守ってみせるよ。神々と母の名にかけて誓う」
「はい…………どうか姉上をお願いいたします」
僕は再び頭を下げた。
侯爵令息である僕は、容易に他人へ弱みを見せてはいけないけど……
構うもんか。
「もちろんだ。それから……フェルナン、君も同じだよ」
義兄上は、微笑んで言葉を続けた。
「君も大人になった。いずれフォンテーヌ侯爵を継ぎ、力をつけて、領地と民と、君の大切な人を守っていけるようになる。俺の義弟には必ずそれができると信じているよ」
「…………!」
ああ、敵わないな。
僕のことまで気にかけてくれるなんて。
「……ありがとうございます。お二人の弟として、恥じないように生きていきます」
僕が笑って言うと、相対する二人もそろって、よく似た笑顔を見せる。
「うん。再び会える日を待っている」
「またね、フェルナン。大好きよ」
「はい。いつか、また」
僕は一礼して馬車へ乗り込んだ。
扉が閉まる。
御者の掛け声。
ゆっくりと馬車が動き出す。
こうして僕は帰国の途についた。
さようなら姉上、お幸せに。
愚弟が祈るまでもなく、そうなるでしょうけどね。
もう一回だけ続くんじゃ。
(想定外に長くなりました)




