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EX.愚か者の末路(sideフェルナン/中編)

 姉上と益体もない押し問答をしているうちに、義兄となるヒースクリフ殿下がやってきた。

 正直、緊張した。

 ベルゼストへ到着するまでに色々噂は聞いていた。

 母君譲りの類稀な美貌の持ち主。

 冷淡な「氷の殿下」。

 一方で剣と魔法の双方に優れ、実力ある騎士の一人。

 そして国王エーリヒ陛下に子がいない今、唯一の王位継承者……


 侯爵家の嫡男である僕でも敵わない相手なのだ。

 ロニアスのように肩書きだけの屑だったらどうしよう、と少し警戒している。

 姉上は判断力に異常が出ているから、僕が見極めないと。



 果たして、どんな人なのだろうか……



 一目見た時の印象は「なるほど」だった。

 姉上より背が高く、鍛えていることがよく分かる体格。

 整った顔の人間というのは男女問わず、ある種の迫力が生まれるものだが、この人も例外ではない。感情の読めない深い青色の目でじっと見つめられると……精巧な作り物のようで人間に見えない。

 氷と畏れられたのも、そのせいじゃないかな?


「おかえりなさいませ、殿下。私の弟を紹介させていただけますか」


 でも姉上は全然気にしていないな。普通に話しかけている。

 すると殿下も表情を和らげた。


「ああ、もちろん。俺の弟でもあるからね」


「フェルナン・フォンテーヌと申します。どうかフェルナンとお呼びください。この度は――――」


「待った。大袈裟な礼はやめてほしい。フィリアを通じて家族になるんだろう?」


 殿下は穏やかに片手を上げて、正式な礼を施そうとした僕を止めた。

 少し口許を緩めるだけで印象が変わる。

 ロニアスなんか、顔かたちは整っていても浅薄さしか感じないんだが……ヒースクリフ殿下はちゃんとした王族の存在感があるようだ。

 少なくとも前の屑よりは良さそう、かな?

 まだ油断してはいけないが。



 三人で夕食を頂く。

 貴族が食するコース料理は、アストニアに限らず、どの国でもあまり差がない。

 敢えて言えばアストニアの方がバターの風味や甘めの味付けを好み、ベルーザは植物性のオイルや塩を効果的に使った料理が多いかな。

 青花宮の食事も問題なく美味しい。


「美味しいですわね」


 姉上もふんわり微笑みながら、よく食べる。

 マナーが綺麗なのは前から一緒だが、作り笑いじゃなく本当に美味しそうに口へ運ぶ。

 表情が豊かになったなと思う。

 僕が知っている姉上は……特に成長してからは、こうじゃなかった。

 でも今の方がいい。


 そんな姉上を殿下が優しい目で見ている。

 こちらも作法は完璧ながら、やはり男で身体を使う騎士をしているからだろう、姉上より早く皿が空になる。

 で、ちゃんと僕に話題を振ったり、僕や姉上の話に相槌を打ったりもしてくれるが、そうでない時は飽きもせずに姉上を眺めてニコニコしているんだ。


 氷を溶かしたって、こう言うことか……

 もう眼差しが甘い。

 可愛くて仕方がないなあって思ってる顔だよ。

 まさか姉上に向かってこうなる男がいるなんて、世界は広い……

 いや、いいんだ、姉上を大事にしてくれるなら。


 和やかな時間を過ごし、最後に寄り添う二人の姿を目に焼き付けてから、黒鳥宮へ向かう馬車に乗り込んだ。


 うん。ベルーザへ来たのは無駄じゃなかった。

 殿下は思っていたより、ずっとまともな人で姉上は幸せになれそうだ。

 僕もようやく前を向ける。

 明日の歓迎式典が終わったら、王宮やベルゼストの街を見て回ろう。

 黒鳥宮に滞在する各国の使節や大使と交流するのもいいな……

 そんなことを色々と考えた。



 実はこの時、王家の恥晒しことロニアスが姉上とよりを戻そうとして追いかけてきていたんだが……

 僕は残念ながら全然気付かなかった。

 何しろ連中は碌な下調べも準備もないまま出発していたんだ。

 今まで無謀を止めるか、止められないならば被害が小さくなるよう手配していた姉上もいない。

 で、思いっきり迷走して、僕達とは別のルートに出てしまっていた。

 あいつら、そこで野垂れ死しておけばよかったのにな……!!

 冥府の神も、あんな馬鹿どもを迎え入れたくなかったのかもしれないが。



 妙なところで悪運の強いロニアス一行はディウム教国の枢機卿に保護され、僕達に少し遅れてベルゼストへ到着していたとかで……またしてもやってくれた。


 姉上に跪いて愛を乞うならまだしも……まあ、それをやられても気持ち悪いだけだが……、そもそも姉上との婚約破棄は無効だとか言い出したんだ。

 恥の上塗りを重ねて城でも建てるつもりなのか……?

 ところが、要らぬ入れ知恵をした奴が横にいた。

 ディウム教国のラナール枢機卿だ。

 よりによって冠婚葬祭を司る、神々の代理人。

 ロニアスはすっかり得意になって、姉上を連れ戻せると思い込んでいる。

 ……おかしいと気付け! 馬鹿がっ!!

 こんな無茶にまともな人間が付き合う訳がない!

 絶対に何かある。

 そもそもこんな奴がアストニアの王族だと知れること自体、国の恥なんだが?!

 外交官のパヌ伯爵(アストニアで外交官は閑職中の閑職とは言え、びっくりするほどの無能だった)でさえ、ロニアスの襟首を掴まんばかりだ。

 そりゃ姉上も縁を切りたくなるだろう。

 エーリヒ陛下がひとまずその場を収めてくれたが、馬鹿二匹を片付けないと、姉上はヒースクリフ殿下と結婚できなくなってしまったのだった。



✳︎✳︎✳︎



 しばらくして、僕は姉上から昼食会に招待された。

 ベルーザの貴族だけでなく、ロニアスやラナール枢機卿も招待されているようだ。

 招待状には、少し変わった料理を味見していただきたいと書いてある……


 ふと子供の頃を思い出した。

 あれは姉上が七歳になり、王子妃教育で王宮に通い始めた頃だった。

 帰ってきた姉上が目をきらきらさせて、僕に一枚の紙を見せたんだ。


『みて、フェルナン! 今日はアストニアの生き物について習ったのよ。これは北アスト海にしかすんでいない、シャンマーという魚なんですって!』


『さかな? さかなって、おにわの池をおよいでるあれですか』


『ええ、そうよ! ()()()()()でしょう?』


 紙に描き写されていたのは、やたら細長い木の葉みたいな形の魚……だった。

 子供の割には上手な絵だったと思うが問題はそこじゃない。

 幼くとも性根がひねくれていた僕は冷静に指摘した。


『あねうえ。さかなは、にんげんがたべるものではないです』


『えっ?! そんなことは……』


『だって、しょくじででたことないでしょう?』


 隣にいた侍女を見ると、戸惑い気味にうなずく。

 そう、我が家の食卓に魚が上ったことはない。

 池を泳ぐ小魚だって誰も食べない。


『なぜ、たべられるとおもったんですか』


『うう……じ、自分でもよくわからないわ。でも頭の中で声がしたの、「これ絶対うまいやつ〜」って! 食べたらおいしいはずなのよ!』


『ふーん。あねうえのおもいこみですね?』


『ちちち違うわ! ほら、この白い野菜のすりおろしと! レモンみたいな酸っぱいくだものの搾り汁と! くろくてしょっぱいソースをかけたら優勝できるはずなの!!』


『なんでですか。あねうえ、ばかだなあ……』



 ……そんな思い出である。

 姉上はこういうところが抜けているんだよな。

 しかし……もう子供ではないんだ、食べ物とそうでない物の見分けぐらい付くだろう。

 ヒースクリフ殿下もいるし。

 大丈夫……だよな?



 出席したら毒を抜いた毒蛙と毒茸と毒草を出された。



 姉上ぇええ!



 一つも大丈夫じゃなかった!!

 貴族の子弟として鍛えた顔面は崩さなかったが、内心は疑問符だらけだ。

 闇の森でヒースクリフ殿下に助け出されるまで、これで食いつないでいただって……?

 いや、知識や先入観のない姉上だからできたんだろうし、追い込まれてもいたんだろうけど……他になかったのか?

 ……なかったみたいだな。

 懐剣一つ持たされなかった?

 ロニアスめ。本当に屑だ!!

 怒るべきか呆れるべきか。



 ヒースクリフ殿下は変わらずニコニコしている。

 姉上の悪癖……いや悪食か……知ってたんだろうな、当然。

 知っていて姉上にべた惚れで結婚する、と。

 …………義兄(あに)上と呼ぶしかないかもしれない。



 周囲のベルーザ貴族達にならって、僕も料理を頂いてみた。

 あ、意外と美味い。

 調味料や他の食材で誤魔化さず、あえてシンプルに調理されているようだが、ほとんど違和感がない。

 そうか……

 手を掛けずとも美味となれば、貴族のみならず広く庶民にも受け入れられるだろう。

 闇の森は広大だから、多くの人の腹を満たせる。

 出席者には闇の森近くに領地がある貴族も混じっていて、みんな顔色が明るい。


 フォンテーヌ侯爵領は闇の森に接していない。

 間にルッツ伯爵という別の貴族の領地が挟まっている。

 向こうは伯爵家なので爵位は下だが、良好な関係を維持していかなければならない相手だ。

 ルッツ伯爵や、同様の領地持ちの貴族達にこれを教えてやれば喜ばれるかもしれない。

 もちろん貴族同士、タダじゃないけど。

 大きな交渉カードという訳だ。



 さて………この程度、未成年(こども)の僕でも理解できる事柄だぞ?

 我が国の第二王子と外交官には分からないらしい。

 食べ物の好き嫌いが多いロニアスは固まっている。

 パヌ伯爵も奴に忖度しているのか手を付けようとしない。

 国を代表する王族と外交官だろうが!!

 コイツら全く……!!

 その癖、潔く姉上を諦める気もない。


 するとヒースクリフ殿下……義兄上が、横にいる姉上を抱き寄せてキスを贈った。

 おまけに凄い発言をしたんだ。


「そうだね、俺は完全に彼女の虜だ。フィリアは自分のことを食い意地が張った悪食な令嬢だと思っているようだが、そんなところも可愛くてたまらない。美味しく()()()()()()()俺の方が、ずっと悪食なのではないかと思うよ」


 めちゃくちゃ聞き捨てならないが?!!

 姉上が一瞬で林檎みたいに赤くなって、アワアワわたわたしている。


「フィリアッ! お前……お前……まさか……その男に、肌を許したのかッ?!」


 ロニアスが椅子を蹴倒して立ち上がったので、逆に僕は冷静になった。

 他の貴族達は全く動揺していなかったのもある。

 パヌ伯爵がしかめ面で言ってたっけ、ベルーザは男女の関係がアストニアより大っぴらなんだと。

 人前でも軽く抱き合ったり、口づけしたりは普通の行いで、特に婚約者なら全然問題ないと見なされるんだそうだ。


 姉上達はそんなベタベタしてない(ただし空気は激甘だ)が、これはアストニア出身の姉上に義兄上が気を遣っていたらしい。


 ひょっとして義兄上、はったりを効かせただけなんじゃないかな。多少の……アストニアだと割と致命的なんだが、ベルーザだから……の悪評をかぶっても、絶対に姉上を手放さないという意思表示だ。

 ……僕個人としてもそうであって欲しい。


 まあ……姉上はものすごく恥ずかしがっているだけで、嫌がってはいないが。


 本気で嫌がられてるロニアスとは、そこが違うんだよな。

 姉上に蛙以下だと言われて放心していたよ。

 僕は性格が悪いから、ざまあ見ろとしか思わなかった。



✳︎✳︎✳︎



 さて……実は僕達の父、フォンテーヌ侯爵は結構な美男子である。

 歳を取った今でもモテるくらいだから、若い頃はもう凄かったらしい。

 色んな女性と浮名を流す放蕩者(プレイボーイ)だ。

 母上の愛人は特定の一人しかいない(むしろそっちが「本命」なんだろう)のと対照的に、父上はいつも取っ替え引っ替えしている。

 一方、貴族家の当主としては可もなく不可もない人で、侯爵の仕事はやってはいるけど、熱心とは言いがたい。

 領地が豊かで優秀な臣下がいるから、大きな失敗がなければそれなりにやっていけるってだけ。

 先代の侯爵(僕にとっての祖父)から当主の教育も受けたはずなんだが、真面目に聞いてなかったんじゃないかな。

 そうでもないと説明がつかない。


 ひいおばあ様がディウム教国から亡命してきた聖女だったとか、初耳すぎるんだが?!

 よそへ嫁ぐ姉上が知らないのはまだしも、嫡男の僕も知らなかったんだが?!

 と言うか、それが本当なら他国へ貴重な血筋を出せないじゃないか!!

 婚約しちゃってるよ、姉上!

 大国の王弟と!!


 これを他国の貴人であるラナール枢機卿から聞かされた僕の身にもなってほしい。


 ロニアスをやっつけたと思ったら、ラナール枢機卿がとんでもない発言をしてくれたんだ。

 実際に姉上や僕達フォンテーヌの人間が聖女の血を引いているかは定かじゃないが、可能性があるというだけで一大事だよ!


 僕の気も知らず、枢機卿はべらべらと自分の企みを暴露した。

 貴族令嬢が二度も婚約破棄されたら、まともな嫁ぎ先なんてない。姉上の結婚を妨害した後、聖女として教国へ連れて帰るつもりだったようだ。

 ロニアスは適当に言いくるめる予定だったと。


 ……教えてくれるのはありがたいが、バレたら不味そうな内容まで喋ってる。

 大丈夫かな?

 ()()()()でも食べたとか……

 ……食べたな。毒蛙と毒茸と毒草を。

 姉上、枢機卿の皿にだけ何か盛ったんじゃないでしょうね?

 いや、ここは義兄上を疑うべきか……?



 結局、ラナール枢機卿は現教皇聖下に対する反逆(クーデター)まで企てていたことが判明し、騎士達に連行されていった。



 ……何でこうなったのかイマイチ分からない部分はあるけど、まあ終わりよければすべてよし、という奴なのかな?


 難癖を付けていたラナールが排除されれば、姉上の婚約と結婚は最早誰にも邪魔されない。


 ロニアスもサーラと新しい婚約を結んでいて、無効にできなかったからもう終わりだ。阿婆擦れ女の婿に入って、新オルダン伯爵になるしかない。



 良かった、姉上の笑顔が曇らなくて。

 僕も嬉しい。

 でも、色々な意味で――お腹いっぱいです。

 どうしようコレ…………



 しばし悩んだが、諦めた。



 はー…………

 ……まあ良いか。

 や、ほんとは良くないんだが、僕の手には負えない。

 雑すぎる判断をしたのはアストニアで愛人とよろしくやってる父上で、ここにはいないんだし。

 もしも姉上がこの結婚を嫌がっているなら連れて帰ったと思うけど、全然そんなことないし。

 姉上が幸せなら……いいや。

 僕は結婚式に出席して、お祝いを言うためにベルーザまでやってきたんだ。

 それ以上でも以下でもない。

 そうだろ?


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― 新着の感想 ―
ちょっと苦労人の気配が漂う弟くん……(^_^;)
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