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33.「いいえ、悪食令嬢です。聖女なんかじゃありません」(後編)

前後編を一度に更新しています。よろしくお願いします。

 大聖堂に着きました。

 巨人でも通れそうな、大きくて立派な扉があり、左右に一人ずつ神官が控えています。

 私達を見ると恭しく頭を下げてから、ゆっくりと扉を開けてくれました。


「――花嫁と付添人が参られました。皆様、お立ちくだされ」


 ノイダン様の声が聞こえ、大聖堂いっぱいに詰め込まれている参列者……ベルーザの名のある貴族の招待客が一斉に起立します。

 ここにいらっしゃるのは王家と特に血縁が深い……公侯爵以上の家だけですが、それでも結構な数です。


 私はフェルナンと共に中へ入り、淑女礼(カーテシー)をするように頭を軽く下げてエディス様を待ちます。

 エディス様は滑るような足取りで入場し、私の前に立ちました。


「……フィリア、貴女の母君に代わって祝福します。貴女は私の妹よ。神々の光が在りますように」


 たおやかな白い手で、小花模様が揺れるヴェールを私の顔の前へ下ろしていきます。


 ベルーザの結婚式では、花嫁の母親がヴェールをかぶせて送り出す風習がありました。

 ニホンにもあったのかしら? 結婚したことがないので詳しくありませんが。

 今世の私の母はアストニアに残っていますから、エディス様が代わりに引き受けてくださったんです。


「……これでいいわ。ベルーザで一番美しい花嫁よ」


「ありがとうございます、エディスお姉様」


「ふふ、ようやく姉と呼んでくれるのね? 嬉しいわ。また後でね」


 エディス様は後ろへ下がり、参列者のお一人になります。さりげなくエーリヒ様が迎えに来ていまして、仲良しですわね。

 そう、国王ご夫妻さえも今日この場では脇役。

 主役は私とクリフなのです。


 私とフェルナンは一礼してから、絨毯が敷かれた通路を進んでいきました。


 祭壇の前にクリフがいます。

 さっきも格好良いと思いましたけど、こうやってステンドグラス越しの光を浴びて立っているのを見ると、まさしく一幅の絵画ですわね。

 眼福だわぁ、と前世さんがこっそり言うので、少し笑ってしまいます。


 クリフも私をじっと見つめて、それは幸せそうに微笑みました。

 ……何やら、周囲の参列者が息を呑んだような気配がしましたわ。

 この人があまりに美しいものだからびっくりしたのでしょうか?


 不思議になりつつも彼の元へ辿り着き、フェルナンに代わってクリフの手を取ります。

 今度は二人で取り合って(きざはし)を上がり、ノイダン様の前で礼をしました。


「天の神々よ照覧あれ。今日ここに、夫婦として誓いを交わす二人が参りました」


 ノイダン様が厳かに言い、ディウムの教えにある、夫婦の愛と絆についての一節を述べました。

 私達は軽く頭を下げて拝聴します。


 前世の私はクリスマスにチキンを食べた数日後に、正月でお雑煮を頂いて神社で初詣をするような、よくいる宗教ちゃんぽんな日本人でした。

 今世もそんなに信心深くはないですが、私をこの世界へ送り込んだことや、前世の記憶が甦ったことが神々のみわざなら……

 心から感謝したいと思います。


「――では、誓いの言葉を」


 ノイダン様が言うと、クリフが一歩前へ出ます。

 右手をさっと挙げてから、自分の肩へ当てました。

 各国共通の、神々への宣誓を行う際の作法です。


「高き空に坐す神々へ申し上げる。私、ヒースクリフはこの女性フィリアを妻とし、いつ如何なる時も愛し、信頼し、慈しみ合って生きることを誓う。私にその資格無しと思し召しになられるならば、怒りの(いかづち)を以て応えたまえ」


 ややあって、ノイダン様が言いました。


「……善き哉。神々はヒースクリフ殿下の宣誓をお認めになられました」


 クリフはにこりと微笑んでうなずきました。

 次は私です。

 私も右手をかざしてから肩口へ添え、同時に軽く腰を落とす女性の宣誓の姿勢を取ります。


「高き空に坐す神々へ申し上げます。私、フィリアはこのヒースクリフ様を夫とし……」


 ――そのまま定型句を続けようとして、ふっと前世を思い出しました。

 こういう時にぴったりな、有名な言葉があったな、って。


「――その健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も、愛し、敬い、慰め、助け、真心を尽くすことを誓います。……私にその資格無しと思し召しになられるならば、怒りの雷を以てお応えください」


 過去の私は独身で、口にする機会はなかったのですけど……だいたい、こんな感じですわよね?

 いきなり台詞を変えてしまったのですが、ノイダン様は落ち着いた様子で聖杖を掲げました。


「……善き哉。神々はフィリア様の宣誓をお認めになられました。ここに婚姻が結ばれたことを宣言いたします」


 聖杖の先から、ぱっと虹色の光が散りました。

 高位の神官が使う祝福の魔法だそうです。

 幻想的な光に包まれる中、クリフが私を抱き寄せ、ヴェールを上げて……

 唇に永遠の約束をくれました。


 こうして私達は、正式な夫婦になったのです。



✳︎✳︎✳︎



 ちょっとした出来事(ハプニング)があったのは、ベルゼスト大教会を出て王宮へのパレードをするために(王族なのでそういう公開処刑的なのもあるのです……!)、屋根のない馬車へ向かおうとした時でした。

 


 どこからともなく一羽の小鳥が飛んできたのです。


「……フィリア!」


 クリフが私の前へ出てくれたのですが……小鳥はパタパタと私達の周囲を飛び回り、逃げる様子がありません。

 雀くらいの小ささですけど、白くてフワフワで見たことのない鳥です。

 これ、もしかして……

 手を差し出してみると、小鳥は指先にちょんととまって……

 歌い出しました。


「えっ……」


 ちるちるりるりるりる

 りるるるるちるちるちる

 ぴゅいぴゅいぴゅいぴゅい

 ふぃりりりりりり


 身体が小さい割に声は大きく、よく響きます。

 私もクリフも、周りの人達も動けませんでした。


 小鳥が奏でる音楽がとても綺麗だったのです。


 きゅるるちるりるりりり

 きゅるるちるりるりりりりり

 ぴゅいぴゅいぴゅいいい

 りーりーるりりるちるちるふぃりりりりり


 そして、さえずった後は機嫌よさげにパタパタ羽ばたいて。

 また大空へ飛んでいってしまいました。


 残された私達はポカーンとするしかありません。

 え、今の……何だったんですの……?

 お祝いされた、のでしょうか…………


「……ほっほっほ、これはこれは」


 見送りに出てきたノイダン様が、白い髭を揺らして笑いました。


「雷が落ちるどころか、お二人の婚礼を神々も大層お慶びのようですな。祝福あれ」


「あ、ありがとうございます……?」


「フィリアはやっぱり最高だ。君が一緒だと毎日が楽しくて仕方ない」


 クリフも何だか楽しそうです。


「そんなことありませんわ。と言うか、あの小鳥は……」


 言い訳しようとしたのですが、「わぁあ……!」という周囲の歓声にかき消されてしまいました。


「すごいぞ、奇跡だ!」


「素晴らしい歌声、天上の調べだったわ!」


「フィリア妃殿下万歳! ベルーザの聖女!」


「そうだ、聖女様だ! フィリア妃殿下万歳! ヒースクリフ殿下万歳!」


 そう、ベルゼスト大教会の前には既に大勢の見物客が集まっていました。

 貴族もいますが、ほとんどは平民です。

 皆様、大興奮ですわね。

 熱気が伝播して大変な騒ぎになりそう……!


「……とりあえず馬車に乗ろうか、俺の聖女様」


 クリフが微笑み、私の手を取って指先にキスをしました。

 ワッと盛り上がる観衆。

 いいぞーもっとやれーなんて声まで聞こえます。

 クリフ、貴方まで! なんてことを!!


 私はツンと顎を上げて訂正しましたわ。


「いいえ、悪食令嬢です。聖女なんかじゃありません!!」


 そうしたら、私の殿下(マイ・ハイネス)は爽やかに反論なさいました。


「令嬢じゃなくて妃だろう? そこは譲れないよ」


 言うなり私をふわりと抱き上げて、スタスタ馬車へ歩き出してしまったのです。


 ………………?!?!??!!


「ひ、人前で何をなさるの! お姫様抱っこはダメです、恥ずかしいですわ!!」


「ん、大丈夫。すぐそこまでだから。パレードへ行くよ、奥さん」


 大事な宝物を扱うような手つきで馬車の座席へ乗せられました。

 隣に彼も乗り込んできて、私を抱き寄せ額へチュッと唇を落とします。


「ううう、理解と包容力のある悪食な旦那様で、この上なく幸せになれそうではありますけれど……!!」


 頑張って心を落ち着けている間に、馬車はゆっくりと走り出します。

 一層の歓声が上がりましたわ。

 もとニホン人の私は空気を読んで口をつぐみ、沿道への笑顔とお手振りへ専念することにしました。


 はあ……あとで言えばいいですわよね。

 わざとじゃなくて、私も知らなかったんですもの。


 ――パックは蛙だけじゃなくて、小鳥にも変身できたんだってこと。


 さすが高位妖精ですわ。


『――おめでと、フィリア! おいらにも王宮の美味しいおやつヨロシク! チョコレート〜アイス〜シュークリーム〜パルフェ〜ドラジェ〜いえーい!』


 あの歌声がパーティーで出されるお菓子のリクエストリスト「おいらが考えたさいきょうのおやつのうた」であったことも……

 しばらく黙っておきましょう。



✳︎✳︎✳︎



 そうやって結婚式は無事に終わって、十日間のお休みをもらって。

 その後はまた忙しくも充実した日々がやってきました。


 闇の森近隣の領主の皆様に頼まれて、新しい『食材』の探索や調理法を考えたり。


 エディスお姉様と協力して、コルセットで胴体を締め付けすぎないドレスを流行させたり。


 ウルクス師長やレオニス様達と夢の国――前世にあった便利なものを魔法で再現する研究をしてみたり。


 自分で言うのもなんですが、好き放題させてもらっています。

 お妃の仕事もしないではありませんけれど、正直言いまして失格なんじゃないでしょうか。

 少し前から公務中もドレスは着ないで、シャツとトラウザーズで過ごしていますし。


 いえその、そもそもはクリフと一緒に白亜宮へ行く際に、馬で『通勤』し始めたのがきっかけです。

 はじめは到着後にドレスへ着替えていたのですが、段々とフワフワヒラヒラが鬱陶しくなってきてしまい……

 女性の乗馬が流行って、男装姿が珍しくなくなってきたのもありまして。

 クリフも全く構わないと言ってくれたので思い切って、社交の予定がない時はドレスを着ないことにしました。

 ……快適で仕事がはかどりますわ!


 私は()()変わり者の王弟妃、役に立つところもあるけれど、お妃としてはエディス陛下より一段も二段も落ちる……そう見られておく方がいいという「大人の判断」もあります。


 なぜか「聖女」だと持ち上げられそうになるのですよね。

 もう一度よくよく調べてもらったのですが、私にはやはり聖女の〈守護〉魔法はありませんでした。

 ひいおばあ様の強い祈り……愛した人の子供や孫や、その先に連なる者達も皆健やかであれ、という願いが、うすーく残っているだけみたいです。

 凄かったのはひいおばあ様。私には特別なちーと能力なんてありません。

 なのに、ラナール元枢機卿みたいなお馬鹿さんが時々います。


 勘違いされては迷惑ですから、私はもう我儘な魔女……いいえ悪食令嬢、もとい悪食妃で結構です。

 炎上覚悟でドンと来いですわ!!



 ――やがて、エーリヒお兄様とエディスお姉様の第一子……双子の兄であるクリストハルト王子殿下が七歳を迎えて立太子されたのを機に、クリフはウィンディアス大公の位を賜って臣下の一人になりました。

 私も大公妃と呼ばれるようになります。


 与えられたウィンディアス領は、ラング伯爵領とも近い闇の森付近の広大な地ですね。

 え? 辺境へ左遷??

 私は全くそんな風に思っていませんわよ。

 田舎暮らし、素敵ではありませんか!

 もしも住まいが朽ちかけた猟師小屋でも何とかしてみせます!!

 クリフも自由闊達な人ですもの、ようやく肩の荷が降りた気がするって喜んでいましたわ。

 両陛下は私達夫婦のことをよくご存じで、のびのび過ごせる環境をくださったのです。


 もちろん王都で社交もしますけど、私とクリフは緑濃いウィンディアスが気に入って、一年の半分はそちらで過ごすようになったのでした。



✳︎✳︎✳︎



「――――おかーしゃま〜!」


 花畑の向こうから、小さな女の子が駆けてきます。


「ミザ! そんなに走ると転ぶわよ」


「へーきだもーーん!!」


 私は椅子から立ち上がり、突進してきた黒髪のミザリア――最愛の娘をうまく受け止めました。

 結婚して一年半後に生まれたミザリアは、いま五歳。

 誰に似たのか、物凄〜くお転婆です。


 ……実はこの子が生まれるちょっと前から、前世さんの声が聞こえなくなりました。

 ニホンの記憶は残っているのですが、もう一人の私……底抜けに明るい人格はどこかへ行ってしまったみたいなんです。


 ですから、全く何の証拠もないのですけれど……

 前世さんの心が今度こそ本当に生まれ変わって、私の娘になってくれたのかも……なんて思う時もあります。


「おかーしゃま?」


 娘が真っ直ぐ見上げてきます。

 私は黒い宝玉のような目を覗き込んで微笑みました。


「何でもないわ、ミザ。貴女が大好きよ」


 今のところミザリアは赤ちゃんのうちから喋ったり大魔力があったりはしません。

 私と同じ黒髪黒目ですが、顔立ちはまんまクリフでして絶世の美少女です。

 それから、とっっても活動的。


 でもね、そんなのは全て些末なことですわ。


 この子は私とクリフの可愛い可愛い娘。

 お日様のように明るくて温かい宝物です。

 それだけで十分。


「ミザ、それでどうしたの?」


「うん、あのね! おとーしゃま帰ってきたの!!」


「あら! ではお迎えしないと」


「――もう居るよ。ただいま、フィリア」


 深みの増した愛しい声がしました。

 慌てて顔を向けると、そこに彼がいます。

 相変わらず綺麗な人だこと。最近では大人の魅力も出てきたようで、実にけしからぬ旦那様です。


「クリフ! おかえりなさい。迎えに行けなかったわね……」


「小さなお姫様が出迎えてくれたんだ、問題ないよ。君は身体を大事にして」


 クリフはそっと私を抱きしめて、幸せそうに微笑みました。


「とっくに安定期へ入っているのに大袈裟な」


 そう、私のお腹には今、二人目の子がいます。

 経過は順調なのですが、クリフが過保護なことと言ったらもう。


「ちっとも大袈裟じゃないよ。さ、もう部屋へ入って温かいものでも飲もう」


「ねえねえミザも! おやつ食べていい?」


「夕食の前ですから、ほんの少しだけよ」


「うん! ごはんなにかなぁ」


「そうだな……ズィーゲルフロッグとマンドレークニセニンジンとガルムイモじゃないか?」


「え〜? おとーしゃま、それなに?」


「美味しいものだよ」


「悪食大公一家ですものね」


 私達は笑い合いながら、ウィンディアスの城へ帰ることにしました。



 私、幸せですわ。

 とても。


次回、最終話

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