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32.「いいえ、悪食令嬢です。聖女なんかじゃありません」(前編)

前後編を一度に更新しています。よろしくお願いします。

 イヤおかしいでしょ。

 闇の森に捨てられて、もう一年経ったの?


 窓の外を眺めていると、前世さんの声が聞こえました。

 確かにその通りですわね。

 指を折って数えてみました。

 ええと……婚約破棄され、国外追放され、闇の森で二か月ほどさばいばるして。

 クリフに連れ出され、ラング伯爵家でひと月弱過ごして。

 王都ベルゼストへ移り住み、青花宮で暮らすようになって……


 計算してみると、一年以上が経っています。

 慌ただしくて濃い日々でしたので、ちっとも意識していませんでした。


 ――色々あったね〜、おつかれフィリア!


 と、前世さんがのんびり呟きます。

 私も心の中でうなずきます。


 そう、あの昼食会の翌日からも結構大変でしたわ!



 なぜってクリフはもちろん、エーリヒ様や宰相のユノン侯爵、ノイダン様、そういう地位も能力もある皆様が凄い勢いで結婚式の準備の前倒しを始めたからです。


『フィリアがキュグニー侯爵家の養女になれば、式の日程も後ろにずれるという話だっただろう? それがなくなったから、日取りも元に戻しただけのことだよ』


 クリフはにこにこしながら言っていましたけど……


『いえあの、元通り以上に早まってますわよね?!』


『気のせいだって。少し忙しくなると思うけど、フィリアは無理をしないでくれ』


 爽やかにスルーされてしまいました。


 ――またキラッキラで外堀ガンガン埋め立てに来てるわぁ……


 前世さん、感心しないでくださいませ!


 ――いや〜、このイイ笑顔には逆らえないっしょ。イケメン王族オーラがマシマシじゃん。


 ラナール様の捕縛でディウム教国が混乱しているうちに!

 また要らん横槍を入れてくる前に!

 とっとと結婚してしまえ!


 ……みたいな圧をひしひしと感じましたわね。



 「無理をしないで」と言われましたが……花嫁の方が支度が多いので、デスマーチにならざるを得ませんでした。

 特にドレスや宝石!!

 日に日に目の下の隈が濃ゆくなっていくお針子の皆様によって、豪華な婚礼衣装が出来上がっていき。

 同じく鬼気迫る表情の侍女達が、合わせる宝飾品を選び出し。

 私はその中心で、あーでもない〜こーでもない〜と試着を繰り返しました。


 その他にも各国の招待客が引きも切らずやってきて挨拶を受け、顔と名前を覚えて。

 式典やパーティー、そこで踊るダンスの練習やリハーサルなんかもして。

 最小限に抑えたとはいえ社交もしていた訳でして。


 朝と昼と夜がみんな、羽が生えたように飛んでいきました。



 あまりに忙しくて、クリフともほぼ別行動。

 妙な言い方ですけれど、そこは一緒に就寝するようになって良かったくらいです。

 寝室も別だったら顔も見られないところでした。

 と言っても色っぽい雰囲気どころか。クリフを待っていても眠気と疲れに勝てず、いつの間にか寝入ってしまうことも多々ありました。

 そういう時でも、ふと目が覚めるとクリフの美貌と体温が至近にあったりして心臓に悪かったですわね。

 慣れましたが。


 ――人類(ホモ・サピエンス)の最大の武器は環境適応力だからね!


 異世界でも変わらないんでしょうか、それ……

 と言いますか、他人事だと思っていませんか、前世さん?

 昼食会があったあの日、脳裏で(フィリア)をけしかけたのは貴女ですわよね?

 せき立てられるような気持ちになって、自分からクリフに迫ってしまって……その……


 ――だって君達、もどかしかったんだもん!


 だもん、ではありませんわ!

 ところが前世さんは、何やら神妙な雰囲気になって言ったのです。


 ――うーん、でもね。ほら「私」は結婚しないまんま死んじゃったじゃない。彼氏がいて歳も歳だから結婚も意識してたけど、少し前に別れちゃってたんだよね。私もさぁ〜森の中でツキノワグマじゃなくてイケメンに遭遇したかったわぁ〜。


 うっ……その話を持ち出すのは卑怯では?

 (フィリア)と前世さんは二心同体。

 ニホンでお付き合いしていた男性がいたのは覚えていますわ。

 名前や顔、お別れした理由は思い出せないですが、交際していた時のふんわりした幸せや、その人が離れていった後の何とも言えない寂しさ、人恋しさは記憶に残っています。


 ――いつか新しい恋をして、結婚もしてみたかったんだけどね〜。人生って、いつどうなるか分かんないよね。フィリアには目いっぱい幸せになってほしい訳よ、私の分まで。


 それはその……コホン。

 私も前世さんの記憶と一緒に、幸せに生きていく予定です。


 ――ありがと! んでさ、好きな人に抱きしめてもらうのって幸せになれるっしょ?


 ひ、否定はしませんが……


 ――殺人的に忙しくっても、クリフといちゃらぶの時間があったから乗り切れたんでそ? 甘えたり甘えられたりしちゃってさ〜?


 ちょ、おやめになって!

 物凄く恥ずかしいですわ!


 ――にっひっひ、ご馳走様ぁ! ガンバレ〜!


 ななな何を頑張るんですの?

 おせっかいな親戚のおばちゃんみたいな真似をしないで!


 ――何をもなにも〜とりあえず結婚式でしょ。今日が本番なんだからさ。まぢで感慨深いわぁ!


 はぐらかされてしまいましたが……

 そうなのですよね。

 前世さんが言う通り、今日が結婚式当日であったりします。



✳︎✳︎✳︎



 この日は朝から入浴をしてエステを受けて、髪を結い、コルセットを締めてドレスをまとい、お化粧をして、盛り盛りの宝飾品(値段は考えたくありません)をつけられました。

 そこから馬車でベルゼスト大教会へ移動して控室へ入り、また時間をかけて仕上げやら化粧直しやらを施されまして……

 着付けというより出撃準備と呼びたくなるようなキンキラキンの重装備が完成しています。


 ようやくひと段落つきまして、小さなスツールに座って休憩中。

 これまでのあれこれを回想していたところだったのです。

 すると……


「フィリア様。ヒースクリフ殿下がお越しです」


 ヨランダに先導されてクリフが姿を見せました。

 ――まあ……!!

 花婿として着飾っていて、究極に格好いいわ!

 クリフは国王陛下に次いで高貴な身分にありますけれど、騎士をしているので礼装もそれに準じたもので、装飾が増えた形です。

 なので凛々しさと華麗さと、生来の端正な容姿という最強の調和が出来上がっています。


 ええ……私、本当にこんな素敵な人と結婚するのでしょうか……

 嘘とか夢とかではなく……?!


 スツールから腰を上げたものの、見惚れて突っ立ったままになってしまいました。

 近付いてきたクリフが頬を緩めて、はにかむように微笑みます。


「……それは、俺の台詞だと思うよ? 綺麗だ、フィリア」


 えっ。


「こ、心の声のつもりが、もしや口から出ていたんですの?」


「うん、聞こえてしまった。ありがとう?」


「そんな……わ、私としたことがうっかり本音を!」


 思わず口許を押さえると、クリフは声を上げて笑い出しました。


「俺の妃になってくれる人が可愛すぎて困る。おまけに、何度でも言うけれど綺麗だ」


「あ、ありがとう……侍女達が頑張ってくれたの。今日はベルーザで一番……は言いすぎでしょうけど、自分史上で最も愛らしくなっているはずよ」


「何を言ってるんだ、地上へ降りてきた女神のようだよ。ドレスも……すまない、うまく言葉にならないんだが……とても美しいよ。似合ってる」


 ベルーザでは結婚式のドレスに決まりはなく、どちらかと言えば淡い色が好まれる程度で何でも良いのですが、私は前世で一般的だった純白のドレスを選んでいました。

 スカートをやたら膨らませるのは動きにくくて好きではないので、マダム・ガブリエッラに相談してすっきりしたエンパイア風のデザインに。

 その上に重ねたレースや刺繍、それにヴェールの裾などには、小花のモチーフを忍ばせています。

 もちろん、あの花ですわ。


「これって……ズィーゲル草?」


 クリフが、ヴェールにそっと触れて言いました。


「ええ、そうよ。私と貴方が出会った場所で咲いていたでしょう?」


「もちろん覚えてる。花畑に棲む妖精かと思ったんだ」


 鈴なりの小さな白い花をつけますが、綺麗なだけではないズィーゲル草。

 強烈な毒を持ち、魔物を寄せ付けず、闇の森でも静かに咲き誇る花です。


「私の印章もズィーゲル草にしようと思っているわ」


 ベルーザの王族にはそれぞれ、その人を象徴する印があります。

 エーリヒ様は獅子、エディス様は白鳥、クリフは剣をモチーフにしています。

 私も正式な王族に迎えられるに当たって印を定めるのですが、この花にするつもりです。


「貴族令嬢として育てられ、貴方のように剣を振るって臣民を守ることはできませんが……私なりの方法で愛する人とベルーザの力になりたいのですわ」


「……ありがとう。君に選んでもらえて、そう言ってもらえて……とても嬉しいよ。フィリアにぴったりだ」


 クリフも賛成してくれました。

 良かったわ!


「まことに似合いのお二人ですね」


「こちらまで嬉しくなっちゃいますね! フィリア様も殿下も魅力的でいらっしゃいます!」


 ヨランダとアリスもニコニコしています。

 そのまま服装を褒め合ったり式の手順を最終確認したりしていると、別のお客様がやってきました。


「姉上、お招きありがとうございます。改めてお祝い申し上げます」


 堅苦しい挨拶を寄越すフェルナンと……

 

「――フィリア、とても綺麗よ。わたくしの本当の妹にしそびれたのが残念なくらいだわ」


 それはそれは艶やかな容姿の女性……義姉となる王妃エディス様でした。


 エディス様は濃い金色の波打つ髪、ブルーグレーの瞳、ぽってりした唇……と、ヴィーナスのごとく神々しい美女です。

 ひと月ほど前に、双子の男女の出産を終えたところ。国母となったのもあるのでしょう、これぞ王妃!という気品と威厳に満ちています。


 一方で気遣いの人でもあります。

 私も顔を合わせた回数こそ少ないものの、まめに手紙を頂いたり知り合いの夫人を紹介してくださったり、細やかに世話をしていただきました。


 私も「夢の知識」を生かして(前世さんの友達にも双子を出産した人がいたのを思い出したんです)、いくらかお伝えしたら予想以上にお役に立ったみたい。


「わたくしや子供達が健やかに過ごせるのはフィリアのおかげよ。言葉では足りないほど感謝しているの。今度は貴女が幸せになる番だわ」


「大したことはしていませんが、エディス様にそう言っていただけて嬉しいですわ。お身体の具合はいかがですか?」


 妊婦のお腹って、赤ちゃんが生まれてもすぐ元に戻る訳ではないんですよね。

 私とおそろいのエンパイア風ドレスなので、ウエストの締めつけは少ないはずですが……

 前世では「出産は交通事故に遭うのと同じ」と言っていたくらいなので心配です。


「大丈夫よ、ありがとう。回復魔法を毎日かけてもらっているわ」


 ニホンと違うのは傷口を塞いだり体力を回復させたりする魔法があること。

 使える人は数が少ないのですけど、そこは王妃。貴重な癒し手を呼び寄せて魔法をかけてもらい、順調に回復なさっていると言います。


「良かったですわ。でも無理をなさらない程度に、よろしくお願いいたします」


「ええ、任せて。ヒースクリフ、そろそろ時間よ。先に行っていてくれるかしら」


「はい、義姉(あね)上。フィリア、また後で」


 クリフがエディス様の言葉にうなずき、私を軽く抱きしめてから控室を出ていきます。


「わたくしは扉の向こうで待っているわ」


 エディス様も王妃付の侍女を連れて去っていき、使用人達の他はフェルナンと私だけになりました。

 家族の時間を取れるように気を使ってくれたのです。


「姉上……どうかお幸せに」


 皮肉屋のフェルナンも、さすがに思うところがあるのでしょうか。

 エメラルド色の目が、少し潤んで見えました。


「……フォンテーヌの娘ではなくなるけれど、血の繋がりは消えないわ。ありがとうフェルナン。お父様とお母様にも伝えておいてね、育ててくださって感謝している、って」


「僕が言うと盛大な嫌味にしか聞こえないと思いますが」


 フェルナンらしい即答です。


「日頃の行いね。では手紙を書いておくわ。私、感謝はしているのよ? 親子の情はあんまり無かったけれど、両親がいなければ私はこの世に居なかったんですもの」


「姉上は人が好すぎる。王弟の妃としてやっていけるか心配です。……あの義兄(あに)上がくっついていれば大丈夫でしょうけれど」


「あら、クリフはちっとも腹黒くなくてよ。悪食な人というだけでしょう?」


「…………………………今日はめでたき祝いの日ですから、そういうことにしておきます。行きましょう、姉上」


 ふぅ、と溜息をしてからフェルナンが腕を差し出します。

 捻くれ者の弟で困ったものだわ、と思いながら私はエスコートを受けました。

 控室を出てエディス様と合流し、式が行われる大聖堂へ向かいます。


 いよいよですわね……!


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