31.「どうしても食べるとおっしゃるなら」
三回ぐらい大幅に書き直し、三十回くらい見直していて遅くなりました。
この異世界には魔法があって魔物がいます。
でも「魔力を扱える動植物」という感じで、善でも悪でもありません。
邪悪な魔王や正義の勇者というのは御伽話の存在です。
もちろん聖女も。
……と、思っていたのですけど。
私が聖女の子孫?
いきなりすぎませんか?
「……これはディウム教国でも一部の者しか知らぬことです。簡単にご説明いたしますと……」
戸惑う私に、ノイダン様がゆっくりと話し始めました。
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――ディウム教国では、〈守護〉の魔法の持ち主のことを男性なら聖人、女性なら聖女と呼んでおります。
非常に数が少なく、また人によって魔法の強さに差がありましたが、居るだけでその地に豊穣と幸運をもたらすとされております。
ゆえに古来より尊ばれる一方で、〈守護〉を手に入れようと争いが起こることも珍しくなかったそうです。
いつの頃からか、ディウム教国は聖人や聖女を探し出しては密かに保護するようになりました。
〈守護〉は神々に深く愛されし者である証。
彼等を匿い、俗世を離れて穏やかに過ごしていただく……それが神の御心にもかなうと信じておったのですな。
ですが、ある時、年若い聖女の一人がディウムを出奔し行方知れずになりました。
神官達が方々を探して回り、苦労の末に聖女を見つけたものの帰国を断られてしまったのです。
帰りたくない、聖女ではなく普通の娘として生きていきたい、と。
聖女の決意は固く、神官達も諦めるしかありませんでした。
そこで本人はもちろん周囲の者にも、娘が聖女であったことを口外せぬよう誓いを立てさせたと言います。
そのためでしょうかな、記録がほとんど残っておりません。代々の教皇聖下へ受け継がれる覚書に、わずかな記述があるのみ。
最後に、こう書かれているそうです。
――黒髪の聖女は森の彼方の王国へ去っていった、と。
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ノイダン様が語り終えると、周囲はシーンとしてしまいました。
私もびっくりですが、皆様も意外だったようです。
でもクリフは知っていたみたいですわね?
(クリフ。ひょっとして、先程?)
小声で聞きますと、彼も小さくうなずきました。
(ああ。ノイダン総神官長、兄上と会っていた)
そう、昼食会当日の朝にクリフがいなかった理由……それは白亜宮から急使が来て呼び出されたからでした。
この件だったのですね。
「……確かに、私めはフィリア様をディウムへお招きしたいと思っております。しかし聖女の子孫をお守りするため、ひいては無用な争いが起こるのを防ぎ、世界の安寧を保つためです」
ラナール様は渋々という様子で認めました。
「ふ〜む、儂は疑り深い性分でしての。どうも理解が及ばんのですが、消えた聖女様がフィリア様の曽祖母君だという証拠はあるのですかな?」
口を開いたのはウルクス師長です。水色の目が油断ならない感じに光っています。
レオニス様も胡散臭いくらい爽やかな笑顔で続きます。
「それにディウム教国は魔物がいない緑豊かな森に囲まれていますね? 闇の森とは限りません、教国から見ればベルーザやリトランドも『森の彼方の王国』。今のお話だけで、アストニアのフォンテーヌ侯爵家だと断定はできないかと」
「とぼけないでいただきましょう。聖女が身を寄せるなら相応の貴族家であったはず。また他国と交わらぬアストニアであったからこそ、聖女の子孫が今まで見つからなかったと考えられるのですよ!」
「おっとラナール猊下、年寄りがいきり立つと宜しくありませんぞ〜脳の血管に障りますでな。ま、仮に……仮にです、フィリア様が聖女様の子孫であったとしても儂の意見は変わりませぬよ。フィリア様は優れた魔力を持っておられるが、生得の魔法と言えるのは〈鑑定〉のみですからの〜」
ウルクス師長は、なんでもない顔で言ってのけました。
凄い強心臓!
私の魔力判定で「珍しい魔法の名残がある。〈守護〉の魔法では?」みたいに言っていたのはどこへ。
庇ってくれて嬉しいですが、ヒヤヒヤしますわ。
「それだけでディウム教国に保護されるべき御方と言えませんね〜。生得の魔法は神々からの贈り物。血によって受け継がれるものではない……ああ、ラナール猊下なら当然ご存じでしたね」
レオニス様も丈夫な神経ですこと。
ところがラナール様は。
「いやいや。フィリア様はこの通り、かつての聖女を彷彿とさせる御姿をしていらっしゃる。フィリア様こそ新たな聖女にふさわしい! ですからフィリア様を――――」
この御方ひょっとして、ロニアスよりしつこいかもしれませんわ。
フィリア様フィリア様とうるさいです。
その割に、さっきから一度も私の意見を聞こうとしませんけど。
「――私、ディウム教国へ行きたいなんて思っていないのですが……」
小声で言ったつもりでしたが、ラナール様がちょうど息継ぎをするタイミングだったので意外と大きく響いてしまいました。
皆様の視線が一斉に突き刺さります。
「なっ……なんですと?!」
何故か驚くラナール様。
「私が望むのはヒースクリフ殿下の妻になることです。〈守護〉の魔法も持っていませんし、ひいおばあ様は私が生まれる前に亡くなられていて本当に聖女であったどうかも分かりません。あまりに畏れ多いことでご辞退申し上げます」
「この世で最高の栄誉を捨てるのですか?!」
「もっと大切なものがございますので」
ちらっとクリフを見上げると、彼も微笑んで額にキスをくれました。
完璧ですわね!
「この通りですわ。私、全く聖女にはふさわしくありませんの」
「……教会は認めませんぞ、フィリア様!! これも枢機卿として世界の安寧を守るため。どうあっても協力していただきます!!」
ラナール様が怖い顔になった、その時でした。
『――――ちょっと待ったぁ〜! 腹ん中真っ黒のきたねーオッサンが、おいら達の大事なフィリアにさわるんじゃな〜い!!』
元気いっぱいの『声』がしたのです。
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『おいらはフィリアと、フィリアがつくった庭を気に入ってるんだぞ! さすがに黙ってられないぜ〜!』
ふよふよ〜っと飛んできたのは、妖精パックでした。
えっ、どうしてここに?
パックは青花宮の庭園に棲みついているので、居てもおかしくはありません。
ですが、私やクリフ以外の人もいるのに出てくるなんて……
でも姿隠しの魔法を使っているのか、他の人には見えていないようです。
『声』も私にしか聞こえていないみたい。
パックは勢いよくラナール様の前へ飛び出すと、顔めがけて金色に光るものを投げつけました。
ふぁさ〜〜!と舞い散る、キラキラの粉。
「フィリア様、決して悪いようには致しませんぞ。枢機卿のこの私が…………ぶえっくしょん!!」
急に、ラナール様が特大のくしゃみをします。
「へぶしっ、げほっごほっ! せ、聖女としてディウムへ……ごふぉっハクション! ヘぶショォイ! ええい、なんだこれは!!」
枢機卿の威厳も何もありません。一瞬で鼻水まみれです。
たちの悪い花粉みたいなものかしら?
と、思ったら……
「げほごほ! 私の力で小娘を聖女にしてやるのだから、本物かどうかなど関係ないわい! 黙って言うことを聞けば良いものを、恋情にのぼせた色ボケ娘になりおって……ふぁくしょっ」
んんん?!
「輝けるディウムの権威は弱まる一方……今こそ聖女を迎え、聖なる使徒座もよぼよぼのじじいより私のように優秀な強き者が座るべき……ハーーックション!ごほげは!」
ええー……本音ダダ漏れ……
くしゃみと一緒に、出したら駄目なものがボロボロ出てきてませんか?
(パック! 何を振りかけたの?!)
小声で聞きますと、パックはぱちんとウインクします。
『えっへっへ〜、こいつは自分のココロに素直になって、な〜んでも喋りたくなっちゃう妖精の魔法の粉さぁ!!』
ちょっ……自白剤?!
『でも、ココロがきれーな人間にはあんま効かないんだぜ。普段からウソつきまくってる証拠だよ』
素敵な効果のヤバすぎる粉ですわ……!!
「おお〜? ラナール猊下、どうなさったやら。本当に脳の血管が逝かれましたかの〜」
「聖職者にあるまじきお言葉ばかりですねえ〜」
ウルクス師長やレオニス様はパックに気付いたようで、とってもニヤニヤし始めました。
クリフもちょっと口許が緩んでいます。
「……ラナール猊下。まさかと思うが、フィリアを新たな聖女に仕立て上げ、利用して教皇の座を奪おうと考えたのか?」
「ぶえっくしゅ! 当たり前だ。ふぁっぶしょ……あんな弱腰、教皇にふさわしくない。退位させてやる。アストニアの王子は思った以上に使えなかったが、あと少し――何とかして小娘をベルーザから引き剥がし、聖女に仕立てれば可能になる!……へ、へ、ヘックシュ!!」
さらにクリフが突っ込んで質問しますと、ラナール様は迷わず大暴露!
うわあ……
ディウム教国のクーデター計画だったのですか、これって。
「お……思った以上に使えなかっただと……?!」
どこぞの王子様には流れ弾が直撃していますわね。
もうどうでもいい人ですが。
「……なんということだ。非常に残念です、猊下……いいえ、罪人ラナールよ」
ノイダン様が溜息をつきました。
「ざ、罪人だと! 馬鹿を言うな! 放せ、私は次期教皇だぞ――――ぶえっしょぉん!」
ちょっと前までの重々しい空気はどこへやら。
「ファークショーン! は、はっくしょん!! な、何故だぁ――――!!」
全くさまにならない感じで、ラナール様は警備の騎士達に連行されていきました。
これって…………もしかしなくても最初からパックに協力してもらえば良かったパターンですの?
いえ、でも、あの粉って絶対に危険ですわよね。
安易に頼ったらアウトなやつです。
私が頑張ったからパックも助けてくれた、そう思っておくことにしましょう……
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ロニアスは結局、一口も料理を食べずに魂を抜かれたような表情で帰っていきました。
私とクリフがただならぬ仲だと理解(誤解も混じっていますが)したこと。
さらにラナール様が実は味方ではなく、ロニアスは利用されていただけだったという事実に、ショックを受けたようです。
『へえ〜……アレがフィリアの前のオトコ?』
煤けた後ろ姿で去っていくのを、パックがじーっと見ています。
(その言い方はやめてくださいな。形だけの婚約者でしたけど、もう関係ない人です)
『ふーん。ねーねー、あいつも粉振っとく?』
(あのヤバい粉? いえ、何もしないで! ほんのちょっとでも関わりたくないの)
『ええ〜……う〜ん、ま、いっか。おいらがやらなくても』
大人しく帰国してほしいものですわ。
嘘偽りない本音です。
クリフと私は他の招待客の皆様に、この場で騒ぎが起きたことを詫び、同時に他言しないよう依頼して昼食会をお開きにしました。
元々、私達に好意的な人ばかりですから大丈夫でしょう。
「ああ、少し待った。その料理は持っていかなくていい」
あら?
テーブルの上を片付け始めた侍女に、クリフが声をかけていますね。
「はい?」
侍女は不思議そうに首をかしげます。
クリフが料理の残り…… ロニアスが一口も食べなかった皿を指さしているからです。
「俺が食べる」
「ええっ?! で、殿下が、でございますか?!」
「何をおっしゃっているの?! 貴方に残り物を食べさせるなんて!!」
また爆弾発言を投下しましたわ、この王弟殿下!
こういう貴族の会食の料理は、高級な食材を使って一流の料理人が手がけたもの。残り物でも捨てたりせずに使用人へ下げ渡されて、「スタッフが美味しく頂きました」になるのが普通なのです。
青花宮の主人であるクリフが食べるのは論外です!
「フィリアの手料理だろう? 俺だって一度しか食べたことがない。他の奴にやれるものか」
「うっ?! そ、それは……!」
私だってクリフに手作りのチョコレートやお菓子をプレゼントしたいと思っていましたが、忙しくて後回しになっていました。
その「ツケ」がここで炸裂するとは予想外です。
「ま、待ってクリフ。あの料理はちょっと……万が一を考えて仕掛けがしてあって」
「……仕掛け?」
「その、ロニアスはとても偏食でして口を付けないだろうと思っていたのですが。何かの弾みで齧りついても飲み込めないように、巨大唐辛子が隠し味に入っているんです」
ロニアスは食べ物のえり好みが激しい人でした。
特に辛いものを病的に毛嫌いしており、少し胡椒が効いている程度でぶちギレて、料理人をクビにしろと騒いだこともありました。
なので今回、ロニアスの皿にはこっそりと唐辛子の粉を振って、カレーの超超超辛口くらいにしておいたんです。
「『私を愛しているなら残さず食べられますよね?』みたいに言っておいて、最初から完食させる気はなくて。プライドの高いロニアスに恥をかかせてやろうという、ひじょ〜に陰険な嫌がらせだったのですわ!」
「……いや、君はとても優しいよ。俺なら遅効性の致死毒を盛るぐらいはする。それでも食べるけど」
「……自分でも食べられない辛さにするのは、悪食のプライドがありまして……いえ、毒はやり過ぎです! いくら貴方に〈毒無効化〉があるからって! とにかく絶対に駄目!」
私は諦めの悪いクリフを引っ張って、青花宮の廊下をずんずん進み、自分の部屋へ入りました。
「……そんな無茶を言うなら私にも考えがありましてよ?」
ぱたんとドアを閉めました。
二人っきりです。
ヨランダもアリスもいません。
私は彼に抱きつきます。
背中に手を回して、ぴったりくっついて。
耳元でささやきましたわ。
「――悪食な私の殿下。どうしても食べるとおっしゃるなら……『特別な甘いデザート』にしてくださいませんか?」
「?! フィリア……」
クリフが息を飲みました。
青い目を見開いて私を見つめます。
「……私、甘かったですわ。手段を選ばずなんて言っておきながら、ちっとも思いつかなかったんですもの。貴方と絶対に結婚する方法……」
ものすご〜く身も蓋もありませんけれど、既成事実をつくってしまえば良かったのです。
ベルーザでは、パートナー同士で愛を確かめ合うのは普通の行いです。
ヨランダから聞いていたのに、私ったらアストニア人の意識が邪魔をしていたのでしょうか?
「クリフ。貴方は気付いていたのでしょう?」
「うん、それは……ね。でもフィリアはアストニア生まれだし……そういう理由で手を出すのも、なんだか違う気がして」
「まあ、優しさの宝石箱!」
なんですの、私の婚約者様って心が綺麗すぎるのでは?
「いや。そんな凄いものじゃなくて、もっとくだらない――――」
胸がいっぱいで言葉になりません。
彼の顔を手で挟みまして、私から長いキスをしました。
クリフは何か言いたそうでしたけれど、聞かなかったふりです!
貴方、甘いものも嫌いじゃないでしょう?
……いえその、そこまで好きでもないかもしれませんけど、私に付き合って食べてくれますよね?
いつもみたいに……
………………
…………………………
………………………………………………。
……結局デザートはともかくとして、その日は二人そろってディナーを食べ損ねてしまいました。
手付かずで残った料理は昼食会のぶんも合わせて賄いにアレンジされ、青花宮の使用人みんなで楽しく片付けたそうです。
「特にスープが美味でしたよ、恋のスパイスが程よく効いておりまして。ご馳走様でございました」
翌朝……と言うか昼近くになって部屋へ来たヨランダが、澄ました顔で言うものですから。
私は唐辛子を丸ごと齧ったみたいに頬が熱くなって、しばらく顔が上げられませんでしたわ。
カーク「今夜は俺達もパーティーだぜ〜!」
小さく刻んで他の材料とも合わせて、大鍋いっぱいのスープの具に。激辛が薄まってピリ辛ぐらいだったようです。
なおベルーザやアストニアはスパイス類が貴重なため、王侯貴族でも辛味に慣れていません。みんなカレーの中辛〜辛口ぐらいでギブアップ。
ロニアス君は子供用甘口カレーレベルっぽい。




