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4.「なんですか、私に骨抜きって。食材の毒抜きの間違いでしてよ!」

後半から連載版オリジナル要素が入ってきます。


 猟師小屋は完全に焼け落ちてしまいました。

 小さくて、狭くて汚くて、雨漏りするところもあって、掃除してもカビ臭さが取れなくて……でも二か月もの「さばいばる生活」でお世話になってきた、私の大事なすみかでしたのに。

 黒焦げの燃えかすしか残っていません。

 もう住むことはできないでしょう。

 私は小屋だったものの前に立って、これからのことを考えました。

 こうなっては仕方ありません。森を出るより他になさそうです。

 でも……


「――フィリア」


 声をかけてきた彼を、私は目を細めて見つめました。

 ……本当に着いていってもいいのでしょうか?

 心配そうに私を見る彼の背後には、何人もの騎士の姿があります。

 彼を探しに来た部下の方々、だそうです。


 ――私が思っていたよりも、彼はずっと身分の高い人でした。


 騎士達の恭しい態度。

 そして彼を「ヒースクリフ殿下」と呼ぶのを聞けば、私にだって分かります。アストニアと闇の森を挟んで隣にある大国、ベルーザ王国の王弟その人だと。


 アストニアとベルーザは隣国でありながら、闇の森を大きく迂回しないと行き来ができないため、あまり交流がありません。

 そのため、私はベルーザ王の異母弟であるヒースクリフの名前は知っていましたが、会ったことはありませんでした。

 前世と違ってテレビやネットは無論、写真もありませんから、顔も分からなかったのです。

 ですが、知ってしまった今は……

 もう気軽に「クリフ」だなんて呼べません。

 身分制度は厳格なものです。

 正式な名前ではなく愛称を呼ぶだなんて、よほど親しい間柄に限られます。

 もっと言えば、今の私は侯爵令嬢の身分を剥奪されています。貴族の娘として振る舞うのもおかしな話ですわね。

 平民なら王族には平伏しなければなりませんが……彼のまなざしがなんだか寂しそうで、私がそんな態度を取ったら悲しませてしまうような気もするのです。

 ああ、いけないわ。

 一度にたくさんのことが起こりすぎて、うまく考えがまとまりません。


「行こう、フィリア」


 手が差し出されました。

 私がまだ戸惑っていると、彼はさりげなく私の肩を抱き寄せました。


「……え?」


 騎士の一人が馬を引いてきました。

 彼はひらりと馬の背に飛び乗り、有無を言わせず私も引っ張り上げて、自分の前に乗せてしまったのです。

 ――なんてことを?!

 私は、声にならない悲鳴を上げました。


「いけません! 貴方のような御方が」


「良いんだ。貴女を置いていくなんてできない。他の奴に任せる気にもなれない。乗馬の経験は?」


「な、無くはありませんけど……こんな大きな馬は」


 妃教育を受けているフィリアは一応、馬に乗れます。ですが貴族女性はおとなしい小さめの馬を使い、横乗りをするのが普通です。

 今、乗せられているのは軍馬でしょうか。馬体が大きいので視点が高くて、正直怖いです。

 ふるりと震えたのが伝わってしまったようで、彼が笑って私を抱え込むようにしました……あああああ、不味いですわ! 色んな意味でクラクラします!


「ま、待ってください。私、行くなんて一言も」


「少し飛ばすから掴まっていてくれ。――行くぞ!」


 混乱する私に構わず、号令が下されて一行は出発しました。

 ――どう見ても誘拐です?! ありがとうございました?!

 前世の記憶も混乱したのか、よく分からないことを口走っていました。



✳︎✳︎✳︎



 そこからは怒涛の展開でした。

 クリフに闇の森から連れ出された私は、色々ありすぎた上に気が緩んでしまったのか……ベルーザ王国に入ってすぐの街に着くなり、熱を出して倒れてしまったのです。

 しばらくの間は意識が朦朧としたまま半分以上、夢の中にいるような感じでした。

 特に病気ではなく過労と栄養失調だったようです。

 それは「あうとどあ」で鍛えていた前世と違って、今世の身体はかよわい貴族令嬢でしたものね。

 もしクリフと出会うことなく火事に遭わなかったとしても、私は遠からず限界を迎えていたことでしょう。

 極限生活のあまり、状況が見えていなかったようです。反省ですわね。

 それで街と、その近隣を治める貴族――ベルーザ王国の伯爵家です――のお城で侍女に世話をしてもらって少しずつ回復し、ようやく起き上がれるようになったところで。

 由々しき事態に気づきましたわ。

 私、いつの間にかクリフの恋人扱いをされているのです。


 イヤおかしいでしょ!

 こんな傷物のゲテモノ女ですわよ?!


 正体不明の私を保護する際に、恋人ということにした方が通りが良かったのかもしれませんけども……!

 おまけに周囲の皆さんは、なぜか熱烈な祝福ムード。

 あんな美貌で頭も良く剣の腕も立つクリフですのに、今までコレと言ったお相手がいなかったそうで。

 それが私にはメロメロだということになっていまして、よくぞ彼の心を射止めてくれました! という感じ。

 結婚も秒読みだと思われています。


 あり得ませんわ!

 私ですわよ?!

 陰険で根暗で性悪な魔女みたいと言われ続けた、悪役令嬢――いいえ、悪食(あくじき)令嬢です!

 なんですか、私に骨抜きって。

 食材の毒抜きの間違いでしてよ!


 ……そもそもヒースクリフ、なぜ今まで女性の影がなかったのでしょう?

 そこがまず、おかしな話ですわ。


「ああ、それは……」


 世話をしてくれる侍女の一人、ヨランダが教えてくれます。


「ヒースクリフ殿下は最近まで婚約者がいらっしゃったのです……今は違うのですけれど」


 二人目の侍女、アリスも言います。


「お相手は海を越えた先の同盟国、シーラーン王国の王女様だったんですが一年ほど前、ご病気で亡くなられてしまって」


「まあ……ではクリフ……ヒースクリフ殿下ご自身も、つらかったでしょうね」


 私が相槌を打ちましたが、ヨランダはゆっくり首を振ります。


「いえ、殿下と王女様の仲は、良くも悪くもなかったと申しましょうか。あちらの国へは十日ほど船旅をしなければいけないので、ほとんどご交流はなかったようです」


 時候の挨拶や贈り物のやり取りくらいで、顔を合わせたこともなかったとか。

 政略結婚なら、特に珍しくはありませんね。

 当時ヒースクリフは十九歳、王女様は十五歳で、少し年が離れていたらしいですし。

 ところが王女様は(元々病弱な方だったそうですが)、十六歳の成人を迎えていよいよ結婚目前になったところで、不運にも風邪をこじらせて亡くなられ……シーラーンには他に年齢や身分の釣り合う相手もいなかったので――


「婚約が白紙になり、では国内から妃を……という話が出た途端、ご令嬢が殺到いたしまして」


「まあ……そうなりますわよね……」


「殿下は元から女性に人気がありましたが、お妃ともなりますとね。ですが競争が過熱して色んなご令嬢から少々はしたない……いえ熱烈なアプローチをたびたび受けるようになった結果――」


 ヒースクリフはすっかり嫌気がさしてしまい、女性という女性を遠ざけるようになってしまったと言います。


「……貴女方、王宮の事情に詳しいのですね?」


「実は私、以前は王宮の侍女をしておりまして」


 とヨランダ。結婚を機に半年ほど前、こちらの屋敷へ移ってきたそうです。熱々の新婚という訳ですね。

 もう一人のアリスは従兄が王宮勤めの文官で、噂が自然と伝わってくると言います。ちなみに彼女は恋人募集中だとか。恋バナが大好きです。

 そんな二人が、ニッコリと微笑みました。


「……ですから最初は目を疑ったものです。そのヒースクリフ殿下が、フィリア様とは片時も離れたくないというご様子だったんですから!」


「――え?」


 少し背筋がひやっとしました。


「お倒れになったフィリア様を見て血相を変えておられました」


「誰にも渡さないと言わんばかりに、大切そうに抱きかかえて運ばれて」


 まさかのお姫様抱っこ?!


「フィリア様が医師の診察を受けていらっしゃる間は当然廊下に出ていらしたのですが、心ここにあらずというお顔をなさって」


「ようやくフィリア様のお見舞いをなさる時も……申し訳ありません、二人きりにはできませんので私どもがおそばに控えさせていただいたのですけど、殿下はそれはそれは切なそうにフィリア様を見つめておられました」


 ちょ、待って?!

 あの見目麗しいヒースクリフに、私なんかの寝顔を見られるとか……恥ずかしくて死ねるではありませんか!!


「その後も何かにつけて二言目には『フィリアはどうしている』『体調は大丈夫だろうか』とおっしゃって」


「フィリアは俺の大事な女性(ひと)だから、くれぐれもよろしく頼む、と……伯爵様どころか私どもにまで頭を下げられたのですよ!!」


 侍女二人は「きゃー!」と黄色い声を出さんばかりです。


「な、な、ななな……?!」


 なんてことでしょう。

 悪い予想的中です。

 クリフ、やりすぎですわ!!

 責任を感じたにしても、やって良いことと悪いことがありますわよ?!

 誤解が誤解を生んで、とんでもないことになっているではありませんか!!


「「愛されておいでですね、フィリア様!」」


「……大いなる誤解ですわ……」


 そうとしか言えません。

 だって私と彼は、実際には恋人でも何でもありません。

 素敵な方だとは思いますわよ?

 でも醜聞持ちで平民に落とされた私とは釣り合いも取れていませんし……

 文句を言いたいところですが、クリフは今ここにいないそうです。

 どうしたのか尋ねてみました。


「ヒースクリフ殿下のことがご心配ですか? 大丈夫ですわ、王都でフィリア様とご結婚なさるために頑張っておいでです」


「ええ、どうか心を安んじてお過ごしください。殿下にお任せしておけば良いのです」


 ちがーう!

 違いますわよ?!

 ああもう話が通じませんわ……!


「クリフ、早く帰ってきて……」


 私は頭を抱えて呻いてしまい、二人から大変微笑ましいものを見る目をされました。

 だから違うと言っていますのに!

 早く彼に会って誤解を解きたいだけですわ!



✳︎✳︎✳︎



 私が今お世話になっているのは、ラング伯爵というベルーザ貴族の城館です。

 ラング伯爵は、ヒースクリフの亡くなった生母のはとこに当たる方で、王弟として難しい立ち位置にあるヒースクリフにとって数少ない味方と言える人なのだそうです。

 そのせいなのでしょうか、ヒースクリフが連れてきた私に対して、とても寛大です。

 今の私は客観的に見て、身元不明の怪しい女だと思うのですが……

 普通に侍女を二人もつけてもらい(監視役でもあるでしょうけれど)、令嬢時代とほぼ変わらないレベルのお世話をされています。

 伯爵ご本人は今、ヒースクリフに呼ばれて王都へ行っているそうですが、会ったらお礼を申し上げないといけませんわね。

 もう平民同然の私ですのに、よくしていただいて。

 病人扱いなので服装もシンプルな寝巻きながら、肌触りの良い上質なもの。

 食事も柔らかく煮込んだパン粥やスープ、肉団子といった食べやすいものがメインではありますが、私のためにわざわざ、特別に用意していただいているようなのです。


 ……そう、このごはんが非常に美味しいのですわ!

 シンプルで薄味ながら素材の良さを引き立てる調理!

 料理人の皆様の心意気と思いやりが感じられます!

 これはぜひお礼に伺いたいものです。

 そこで起き上がれるようになった私は、侍女達にお願いしてみました。

 軽いリハビリがてら、厨房を覗いて料理人さん達にお礼を申し上げたい、って。


「フィリア様のお気持ちはありがたいですけど……」


「我が家は料理長のジルを筆頭に、少々荒っぽくて気難しく……ご無礼があるかもしれません。腕は確かなのですが」


 何でもラング伯爵は、ベルーザ王国でも有名な美食家で、今の料理長であるジルも市井の料理人を引き抜いたのだそう。


「構いませんわ。どうかお願いいたします」


「そんな、私どもにまで頭を下げないでください! ヒースクリフ殿下に叱られます」


「私、こちらのお城でお世話になってばかりですもの。お礼くらいはぜひ」


 熱心にお願いして、どうにか許可をいただきました。

 ああ、良かったわ!

 お礼はもちろんですけれど……

 料理好きだった前世を思い出した今、この世界のプロの腕前や色々な食材を見るチャンスでもあります。

 楽しみですわね!


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