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29.「愛を込めた手料理ですから絶対に召し上がってくださいませ」

「はっはっは。フィリア様も面白いことを考えたものよ」


 大柄な男性が豪快に笑っています。

 クリフの悪友でラング伯爵の息子、アルヴィオ様です。

 身長は伯爵より高く、父君が力士体形ならばアルヴィオ様はプロレスラーのよう。夕陽を思わせるオレンジ色の髪は、亡くなった伯爵夫人譲りだそうです。


「私の思いつきを形にしてくださったのはアルヴィオ様ですわ。本当にありがとうございます」


 私は淑やかにお礼を言いました。


 今回の「作戦」にはラング伯爵をはじめ、闇の森の近くに領地を持つ貴族達が協力してくれました。

 アルヴィオ様はそのまとめ役になって活躍してくださったのです。


「なあに、我が故郷にも旨味のある話ですから! 隣近所の連中も皆、声をかけたら食いついてきましたよ」


「皆様、悩まされているようですね」


「それはもう。今まで少なからぬ金をかけて駆除していたものが、いくらかでも金に変わるなら言うことはありません」


「ですわね。このような目的で引っ張り出してしまって、申し訳ないほどです」


「フィリア様の役に立てるなら本望です。ついでに殿下もね。惚れ込んだ女性と結婚できなくなっては、さすがにアイツが可哀想だ」


 アルヴィオ様がいくらか砕けた口調になりました。


「ふふ、殿下が羨ましいですわ。身分を超えたご友人がいて」


 私はベルーザに来て日が浅く、社交はしていますが、なかなか友達というものができません。

 前世では動画配信を通じた「趣味友」がいて……あとは同じ大学出身の親しい友人が何人かいたように思うのですが。

 クリフがアルヴィオ様、レオニス様と気の置けないやり取りをしているのを見ると、ちょっと羨ましいです。

 結婚すれば既婚女性同士の社交も始まるので、友達と呼べる方ができるよう頑張るしかありませんわね。


「そんな大層なものじゃありません。子供の頃の腐れ縁です」


 アルヴィオ様、どこかで聞いた風な発言をしています。


「あら。レオニス様も似たようなことをおっしゃっていましたわね」


「な、レオニスとですか?! それも不本意な」


「まあ」


 私はクスクス笑ってしまい、アルヴィオ様は照れ隠しかオレンジ色の髪をがしがし手でかいています。



 ここは青花宮の庭園。

 今日は良いお天気です。計画していた昼食会にぴったり。

 私はアルヴィオ様と、お客様の到着を待っているところでした。

 と言っても、参加者は多くありません。

 まず主催者である私とクリフ。

 クリフは急用ができて白亜宮へ行っていますが、もうじき戻ってくる予定です。

 アルヴィオ様は護衛兼、私の後見役であるラング伯爵様の名代として同席してくれます。

 加えてルイーズ先生と旦那様のアリオット侯爵。

 ウルクス宮廷魔法師長とレオニス様。

 ノイダン総神官長。

 私の弟、フォンテーヌ侯爵令息フェルナン。

 アストニア外交官パヌ伯爵。

 ラング伯爵領の近隣に領地を持つ貴族も、王都にいる三人の方が出席予定です。

 それから……ロニアスと、ラナール枢機卿。

 十人強というのは、王弟とその婚約者が開く昼食会としては小規模な部類ですが、何とも顔ぶれが「濃ゆい」ですわね。


 木立の向こうから馬のいななきが聞こえました。


「殿下が戻ってこられたようね」


 クリフが文字通り愛馬で駆けつけてくれたようです。着替えなどを済ませたら、こちらへやってくるでしょう。


「どうやらそのようです。――フィリア様、一つだけ申し上げてよろしいですか。殿下が、いえ()()()()()()がここへ来る前に」


「え? ええ」


 アルヴィオ様は、ふっと真面目な顔になりました。

 そしてクリフを呼び捨てにします。

 臣下ではなく友人として言いたいことがあるようです。


「貴女がベルーザへ来てくださってよかった。ヒースクリフと巡り逢い、心を通わせ、救ってくださったことを言い尽くせぬほど感謝しています」


 真っ直ぐな目をアルヴィオ様が向けてきまして、私は驚いてしまいました。


「い、いきなり何を? 私の方こそ、殿下に救われた身です」


「……フィリア様は、以前のヒースクリフをご存じありませんから。本当に生きる気力がないと言おうか、目が死んでるお綺麗な人形のようでね」


「噂には聞いていますわ。信じられない思いですけれど」


「でしょうなあ。おれもどうにかしてやりたかったが所詮は田舎伯爵の息子、できることはたかが知れていた。アイツは貴女に巡り逢ってようやく、普通の人間の男になりました」


「え……普通? 色々とその、規格外では……普通どころか文句なしに素晴らしい人だと思っていますが……?」


 性格が良くて文武両道の美男子ではありませんか。

 前世なら「すぱだり」です。崇めたてまつられたって良いと思いますわ!

 アルヴィオ様が笑い出しました。


「あー、いやいや、言うだけ野暮かもしれませんがね。そんな奴でも好きな女の前ではただの馬鹿ってことですよ。空回りもすれば失敗もするし、情けないところを見せたりもするでしょう。ですが、どうか見捨てないでやってほしいんです」


「ええっと……クリフが私に呆れることはあっても逆はあり得ませんけれど……分かりましたわ。ご助言ありがとうございます、アルヴィオ様」


「こちらこそ。何とぞお願いいたします」


 優しい目でアルヴィオ様はうなずきました。


「……ところで、そういうアルヴィオ様はご結婚なさらないのですか?」


 この方も精悍な容貌で威圧感はあるものの、なかなか格好いいですわよね。気遣いもできて。

 ですがクリフの一つ上なのに、貴族男子としては珍しく独身で婚約者などもいないと聞きます。

 個人の事情に踏み込む気はないですけど、次期伯爵として後継問題などがあるのでは……


 するとアルヴィオ様は「たはは」という感じで言いました。


「それがですねえ……おれに寄ってくる令嬢は今まで、そろって殿下がお目当てだったんです。こっちは完全に踏み台でね。どうです、可哀想でしょう?」


「まあ……?!」


 とばっちりを受けてらっしゃる?!

 た、確かに気の毒ですわ!


「はは! そんなお顔をしないでください。おれはこの通りガサツな性格だわ、ラング領はベルゼストから遠いわ魔物は多いわで、元から女性には人気がないんです。ま、殿下と貴女がご結婚なさったら考えますよ」


「そ、そうですわね」


 いくらクリフでも結婚してしまえば、言い寄ってくる令嬢は少なくなるでしょう。きっとアルヴィオ様ご自身を見てくれる女性が現れるはず!


「――おっと、噂をすればアイツが来ましたよ」


 アルヴィオ様の言葉に合わせて、私も庭園の入り口へ目を向けました。

 身だしなみを整えたクリフが足早に近付いてきます。


「フィリア、アルヴィオ、すまない。遅くなった」


「大丈夫よ、クリフ。お客様がたもそろそろいらっしゃるでしょうですけど、まだどなたも到着されていません。ちょうど良い頃合いですわ」


「あとは例の男が怖気づかねば良いがなあ」


「来るだろう。途中で馬車を追い越したからね」


 クリフは白亜宮を出る際に、ロニアスが馬車に乗り込んで出発するところを遠目に見たそうです。

 そこで馬車が優雅にゆったり進む間、彼は別の通路を使って最短距離を駆け抜け、先に青花宮へ到着したんですって。


「ほほう、向こうの王子殿下はずいぶん気が早い。要らん執着心が透けて見える」


「ああ。間に合って良かったよ」


 うなずき合っていると、アリスがやってきました。


「皆様。アストニア第二王子ロニアス殿下がご到着されました」


 アリスは私がアストニアで受けていた扱いを聞いて、自分のことのように怒ってくれた子です。

 当然ロニアスも大嫌いで「ハゲてしまえばいいのに!!」としょっちゅう言っていますが……

 公式の場では弁えて、恭しく頭を垂れました。


 その後ろから「彼」――ロニアスが歩いてきます。

 金糸の縫い取りが施された水色の上着を着て、いかにもキラキラしく王子様然とした姿。

 少し機嫌の悪い顔をしていますわね。たぶん、私が言うことを聞かないからでしょう。

 アストニアにいた頃の私なら、懸命に原因を探ろうとしたはずです。


 ――ロニアス殿下、どうかなさったのですか。

 ――陰気な顔を見せられて気分が優れなくなった。それだけだ。

 ――申し訳ございません……


 そんなやり取りを何回したことか。

 でも、もう何も思いませんわ。

 自分でも不思議なほど冷静です。


「――お越しいただき光栄でございます、ロニアス殿下」


 唇の端っこ、ほんの数ミリにだけ社交用の微笑を貼り付けて。

 私は昔の婚約者へと、淑女の礼を施しました。


「……まだ意地を張っているのか。くだらん」


 ロニアスが吐き捨てるように言います。

 私はすぐに姿勢を元に戻しました。


「ずいぶんなご挨拶ですこと。アストニアの王族ともあろう御方が、礼儀をご存じないのですか?」


「生意気な。お前は婚約者であり王子でもある、この私の言うことが聞けぬのか?」


「私はもう貴方の家畜ではありませんので」


「な、なんだと」


 家畜という言い方には意表を突かれたようで、ロニアスが口ごもります。


「あら。言うことを聞かせるだけだなんて、愛する婚約者どころか人間にする仕打ちではありませんわ。高貴なロニアス殿下にとって私なぞ、人語を話す犬や豚と同じ存在なのでしょうね」


「……そこまで言っておらん」


「そうですの。では顔も見たくない陰気な女だと常々おっしゃっていましたから、ジメジメした蛙かトカゲでしょうか?」


 サーラ様と浮気をする前から、ロニアスはいつも私に冷淡でした。

 私の容姿や性格が好みに合わないのは仕方ありませんが、だから何をしても良いなどということはないのです。

 かつての私は婚約以前の問題で、一人の人間として尊重されていませんでしたわ。


 今さらなのです。何もかもが。


「フィリア様! どどどどうかご冷静に。大人の対応をなさってくださいっ」


 ロニアスの背後に付き従うパヌ伯爵が取りなそうとしますが……

 大人の対応? 事なかれ主義も極まれりですわね。

 しかもロニアスではなく私に言うんですの?


 ですが言い争っている間に他のお客様も到着し、続々と入場してきました。

 私は形だけ会釈して引き下がり、ロニアスも何も言わずに着席します。


 やがて招待客がそろいました。

 昼食会の始まりです。



✳︎✳︎✳︎


 

「……なんだこれは」


「本日のメニューですわ」


 貴族は夜会などで夜遅くに就寝して起床も遅く、朝昼兼用の食事をしてお茶の時間に菓子や軽食、あとは晩餐だったり、また夜会だったりします。

 ですから昼食とは言ってもコースではなく、四種の料理を盛り合わせてワンプレートにしてみました。

 配膳されたのはスープとサラダ、肉料理、甘さ控えめなパンケーキ。どれも量は少なめです。


 ロニアスは不審そうな表情で料理を眺めています。

 王侯貴族が食するにはシンプルなメニューですものね。

 私は澄まし顔で種明かしをします。


「……実はこちらの料理ですが。私が闇の森へ追放されてヒースクリフ殿下に救出していただくまでの間、口にしていたものを元にしておりますの。食材は全て彼の地で取れるものですわ」


「な……なに? お前が……侯爵令嬢のお前がこれを?!」


 ロニアスが驚くのも当然でしょうね。彼は典型的な貴族令嬢だった私しか知らないのですから。

 高貴な身分の女性は自分で料理などしません。かつての私もそうでした。


「意外と何とかなるものですわ。誇り高い令嬢ならば潔く短剣で喉を突いて自刃すべきだったかもしれませんが、あいにく持ち合わせがありませんでしたので」


 刃物の類は取り上げられて追放され、簡単に自害することもできなかったのです。

 猟師小屋でようやく包丁や草刈り鎌などを入手したのですけど、その時にはもう前世を思い出していて、簡単に死ぬつもりはありませんでした。


「…………」


 さしものロニアスも沈黙しました。みじめな飢え死にしかできないような命令を下したのは自分だ、という事実を思い出してくれたかしら?


「もう少し詳しくご説明いたします。本日の昼食会は、闇の森に産出する……これまでは毒があるとして食用にされてこなかったものを、食べられるようにする試みの一環で開催しておりますの」


「毒だと?!」


「はい。スープには龍牙茸、サラダはマンドレークニセニンジンとガルムイモ、肉料理にはズィーゲルフロッグ、パンケーキには死神麦が使われております。もちろん毒は抜いてありますわよ」


「……なぜ、そのようなものを」


 わざわざ食う必要ないだろ、と顔に書いてありますわね。


「それはこのところ、これらの動植物が闇の森近辺で大繁殖していまして近隣の領主の皆様を悩ませていると伺ったからです」


「フィリア様のおっしゃる通りだ。例えばラング伯爵領では特にズィーゲルフロッグがこの数年、非常に多くて難儀している。人里に被害が出る場合もありましてね……苦労して駆除した後も、油をかけて燃やしたり灰を埋めたりする手間が馬鹿にならん。ほとほと参っていたのですよ」


 アルヴィオ様が発言し、近隣領主の皆さんも深くうなずきました。


「ロニアス殿下もご存じでしょうけれど、私は鑑定魔法が使えます。知識の神に助けていただき、闇の森の生き物も毒を抜いて食べられるようにする方法をいくつか編み出しました。それで、興味がある方に試食していただこうと思ったのですわ」


「……それを、私にも食せと言うのか?」


「ええ。貴方に追放されなければ生まれなかった料理ですもの。ちなみに皆様の料理は青花宮の料理人が手がけておりますが、ロニアス殿下の皿は特別に私が調理させていただきました」


「なに?!」


 ロニアスがぎくっとしました。

 私はにっこりと笑ってみせます。

 少しばかり黒い微笑になっているかもしれませんが。

 さあ、覚悟はよろしくて?


「愛を込めた手料理ですから絶対に召し上がってくださいませ、ロニアス殿下」


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まさに、『悪食令嬢』の独擅場✧◝(⁰▿⁰)◜✧ 召しませ、愚王子♪(#^ω^)
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