28.「………………それ、ぜ〜んぶ私ですわよ?」
結婚式までの時系列の計算を間違えていたため、前のエピソードも遡って修正しました。申し訳ありません。
そんなこんなで歓迎式典はフェルナンや他の賓客の皆様、ベルーザの貴族が参加して盛大に行われました。
ただし予期しない事件の影響で、ラナール様は体調が優れないという理由で欠席。
元々、招待客ではないロニアスも同様でして、王宮の一室に留め置かれることになりました。
ですが、何もかもうまく行った訳ではなく……
「――私はフィリアを愛しているッッ! フィリアも貞淑なアストニアの女、恥ずかしくて素直になれないだけで本当は私に惚れているはず!!」
そう、あの馬鹿王子……じゃなかった、ロニアスの斜め上っぷりは変わっていませんでした。
嘘でしょ、と思いましたわ!
一ミリの余地もなく、きっぱりはっきり否定したつもりだったんですけど?!
ロニアスが無理筋な主張を続けるので、ラナール枢機卿猊下も引っ込みがつかないようです。
私とクリフの結婚は認められぬ、神々の御意志に背くと言い続けていらっしゃいます。
「……ラナール猊下も何を考えておられるのか。儂は創造神の御名に誓って、疾しいことはしていませぬぞ」
そうおっしゃったのは、ベルーザの総神官長ノイダン様。
クリフとの婚約を認めてくださった、ベルーザの教会で一番偉い方です。
真っ白な長い髭が特徴的で、日本のさんたくろーすにそっくり。服は赤くなくて、聖職者の白ですけど。
この日は早朝から、王宮にほど近いベルゼスト大教会へクリフとお邪魔しています。
幸い、ノイダン様は私達に協力的。ありがたいですわ!
「ヒースクリフ殿下は魔物の脅威から民を護るべく戦ってこられた御方。フィリア様も王妃陛下がご静養中の折、教会の奉仕活動にさまざまなご配慮を頂いて助かっておりますぞ。お若いのにご立派でいらっしゃり、しかも愛し合うお二人ではないですか。祝福こそすれ、引き裂くなど思いも寄らぬ」
わお、ずいぶん高く評価されています。
こそばゆい!!
「……殿下はともかく、私は大したことはしていませんわ。でも総神官長様のお言葉、嬉しく思います」
「いやいや、ご謙遜を。しかし、フィリア様が亡命なさりキュグニー侯爵家の養女に入られるとなると、一つ問題がございます」
「問題?」
「ヒースクリフ殿下とのご婚約も、フィリア・フォンテーヌ侯爵令嬢のお名前で結ばれておることですよ」
「……あっ!」
私はハッとしました。確かにそうです。
あの時はまさか、こんなことになると思っていませんでした……!
「高位貴族にとって、名は大切なもの。名付けの時や名を変える時、失う時、あらゆる場合において神々にこれを認めていただく手順を踏まねばなりません。今回はもちろんフィリア様に非はござらぬ。ご事情がご事情ですゆえ可能な限り急がせますが……」
「……時間がかかってしまいますわね……」
「……それに、王族の結婚には公布期間を設けなければいけない。すると結婚式の日取りはどうしても後ろ倒しになってしまうな……」
クリフも少し眉を下げてつぶやきます。
公布期間というのは、噛み砕いて言えば「王弟殿下、結婚するってよ。お相手はフィリア・フォンテーヌ侯爵令嬢!」というおふれを出すことです。
クリフは王族なので、国民に広くお知らせする必要があります。
そしてこの世界にはインターネットは当然、テレビやラジオもありませんから、超アナログな人力。各地の主要な都市に使者を出して公布を行うのです。
こればかりはベルーザの法律で決まっていて、都合よくスッ飛ばすことはできません。
最短でも、半年。
私達の婚約期間も、ただドレスなどの準備だけではなく公布期間を考えた上で設定されていました。
私がフィリア・フォンテーヌではなくフィリア・キュグニーになるのなら、それもやり直しになります。
…………どう考えても延びてしまいますわね、結婚式。
おのれ、ロニアス!!
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません、ノイダン様。それに殿下も……婚約者が私であったばかりに」
「君のせいじゃないよ、フィリア」
「ええ、あなた様は何一つ悪くありません。ラナール猊下の……恐らくは政治的な思惑に巻き込まれておるのです。今、聖地ディウムに人をやって事情を探らせておりますゆえ、お心を強く持ってくだされ」
「あ、ありがとうございます……」
「ありがとう、ノイダン総神官長。俺は絶対にフィリアを妻に迎えたいんだ。どうか力になってほしい」
「私からもお願いいたしますわ」
「お任せを」
ホワイトサンタ……いえ、ノイダン様は力強く請け負ってくださいましたが、私の気分は晴れませんでした。
あのウザキモ王子、何とかしなければ。
良い知恵はないかしら……
✳︎✳︎✳︎
ノイダン様の元を辞した私達は、白亜宮へ向かいます。
がたんと馬車が動き出すと、私達はどちらからともなく身を寄せ合いました。
「ごめんなさい、クリフ……」
「さっきも言った通り悪いのはフィリアじゃない。謝らないでくれ……早く結婚したいのは本当だが、遅れたから気持ちが変わったりはしない。時間がかかっても構うものか」
クリフが、きゅっと手を握ってくれました。
温かくて力強い、私に勇気をくれる手ですわ。
私もギュッと握り返して――そして言いました。
「――私は構います!」
「え?」
優しい婚約者様には悪いですけど、堪忍袋の緒が切れたとはこのことです!
「我慢の限界ですわ!! 早く貴方の妻になりたいですから、どんな手段でも厭わずアレを追い返してみせます!」
「どんな手段でもって…………フィリア?」
クリフはいきなりブチ切れた私に驚いたのか、ぱちぱちと青い目を瞬いています。
「あんなのに邪魔されるだなんて納得できませんもの……!」
もう腹が立って腹が立って仕方ありませんわ!
私はどうやってロニアスを撃退するか考え始めました。
とは言え、あのゲス求婚もどき――気持ちが悪すぎて求婚だと認めたくないレベルです――を正面切って断ったのに、ちっとも諦めない相手です。簡単ではありません。
いっそ前世でいう強制送還、アストニア王国に返品したいところですけれど……
ラナール枢機卿猊下がロニアスに肩入れしているのがネックになっています。
ディウム教国への忖度で、強引な手段が取れない……
私もベルーザの王弟妃になる身で、品位に欠ける真似はしたくないですし……
手段を問わずと言っても、悔しいですが八方塞がりの状況なのです。
やはりロニアスに「こんな女は願い下げだ! 私にはふさわしくない!!」と言わせるのが早いんですけど……
我儘に生きてきて、思い込みも激しくて、諦めない相手ですから――――
ああ〜、まさに堂々巡り!!
悩まされていること自体にも怒りが湧いてきます!
「――リア、フィリア。白亜宮に着いたよ」
「えっ?!」
そっと肩を叩かれて顔を上げると、馬車はいつの間にか停止していました。
考えに没頭する余り、全然気付きませんでしたわ。
私は急いで彼の手を取り、一緒に馬車を降ります。
――実はフェルナンの手紙を受け取った頃から、私も白亜宮で公務をするようになったのです。
これまでベルーザでは、王族の妻はそれぞれ離宮を与えられ、公務もそこで行う習わしでした。
エディス様も王妃宮である〈紅雅宮〉を拠点にされています。
ところが、私には不便で仕方ありませんでした。
紅雅宮は、白亜宮に隣接しているからまだ良いのですが、青花宮は馬車の距離です。
ちょっと結婚式についてクリフの意見を聞きたい時も、わざわざ使者を立てて白亜宮へ行ってもらうか、公務が終わって帰ってくるのを待たないといけなくて……
――だあぁああ! めんどくさ〜い! かったる〜い!!
最初に前世さんが音を上げてしまいました。
向こうではデンワやメール一本で済むような用件ですものね。
『もっと白亜宮に近い別の離宮へ移られますか?』
ヨランダが提案してくれましたが……
『クリフも私も青花宮が気に入っているのよ。引っ越しするのも大変だし』
こじんまりしている青花宮は、使用人も少数精鋭。好きな人と静かに暮らせる環境で気に入っています。
クリフも子供の頃からの思い出があるでしょう。
引っ越しするのも手間や時間がかかってしまうわ。
そこで私はレオニス様を呼んで尋ねてみました。遠くの人と話す魔法はありませんか?って。
『う〜ん。似たような魔法でしたら、あるにはありますが……使い手が非常に少ないんですよ。特異体質と言えば良いかな? 僕や叔父上も使えないくらいです』
どうもテレパシーのような特殊能力みたい。
使える人はほぼ全員が王家や大貴族にスカウトされて諜報員的な任務に従事しており、軍事機密の一つなんだそうです。
それでは気軽に頼めませんわね……
『しかし……遠くの人と話す魔法ですか。言われてみれば興味深い研究テーマだ! やはりフィリア様は素晴らしい、霊感の女神ですよ!!』
新しいおもちゃを見つけたレオニス様は、スキップをしそうな勢いで帰っていきました。
大袈裟に褒められた私は、あんまり嬉しくありませんでしたわ。
いつかは素晴らしい魔法が発明されるかもしれませんけど、目の前の問題は解決していないからです……!
その話をクリフにしましたら、彼はちょっと考えてから言いました。
『じゃあ、俺の執務室に来る?』
『えっ、良いんですの?!』
『確かに現状では効率が悪い。それに俺もフィリアが側に居てくれたら嬉しいよ。他の仕事もはかどりそうだ。良いことしかないだろう?』
『ええ、ええ! その通りですわ! クリフ、大好き!!』
私は有能な婚約者様にぎゅっと抱きついてお礼を言いました。
こういうところ、クリフの美点だと思うのです。
前世の知識がある訳でもないのに、発想が柔軟で……私のために色々と心を砕いてくれるんです。
『このくらい我儘のうちにも入らない。すぐに手配するよ』
その二日後には、白亜宮にある王弟の執務室に私の机が運び込まれ、隣同士で公務ができるようになりました。元々広い部屋でしたから、私の席が増えても問題ありません。
ついでに補佐を務める文官もつけてくれて、スムーズに仕事が進むようになったのです。
「――殿下、フィリア様。おはようございます」
そういう訳で二人で執務室へ入りますと、文官のデニスが頭を下げて出迎えました。
鳥の巣みたいなもじゃもじゃの茶髪に丸眼鏡、太めの体形で、気性もおっとりしています。
一見するとモサッとしていて鈍重そうですが、実際の仕事は早くて正確。能力の高い助っ人ですわ!
ちなみにアリスの従兄です。似てないですけれど。
「何か変わったことはありまして?」
「特には……ああ、アストニアの第二王子からお手紙が来ています」
「……またですか。懲りない人ね……」
「まー、引っ込みがつかないんでしょう。手ぶらでアストニアへ帰れないんじゃないですかねえ」
「迷惑だわ……デニスにも面倒をかけていますわね」
「いやいや、私は大丈夫です。大した手間じゃありませんよ」
デニスはパタパタと手を振りました。
ロニアスは王宮に滞在していますが、見張りがついていて外出は禁止されています。
アストニアなら「王子に逆らうのか!」と言えば我儘が通って出られたでしょうけれど、ここはベルーザ。勝手はできません。
その代わりなのか、しきりに手紙を寄越すのです。
書かれているのは……
その一)サーラ様の悪口
その二)騙された可哀想な自分
その三)昔の私がいかに気の効かない女であったか
その四)でも許してやるから戻って来い
書き方をちょっと変えてあるだけで基本コレ。
前世さんでなくても「ウザいわぁっ!!」と咆哮して蹴飛ばしたくなります。
もちろん一度も返事をしていません。
もう送ってこないでほしいと伝えてもらったんですが、暇なんでしょうね。
繰り返し手紙攻撃が来るんです。
そろそろ受け取り拒否にしようかしら。
私は嫌々ながら封を切りました。
見覚えのあるロニアスの、少しばかり癖のある字が目に飛び込んできます。
全くもう…………
あら?
いつもと手紙の雰囲気が違う……?
『聞け、フィリア。ベルーザの王弟は氷の如く非情で女にも冷たい、生きた人形のような男だというぞ。しかも母親は側妃の中でも身分いやしい下級侍女の出身だったとか。高貴な令嬢にふさわしからぬ男だ』
「――――まあ!」
言うに事欠いて、あの、ウザキモ屑男!
今度はクリフをけなしてきたんですの?!
あれほど思いやりにあふれた人を冷たいだとか。
聞きかじった適当な噂を真に受けたんでしょうけど!!
わなわなと怒りに震える私を見て「フィリア、どうしたんだ?」とクリフが横合いから手紙を覗き込みました。
「あっ。駄目ですわクリフ!」
自分の悪口なんて嫌でしょう?
でもクリフは背が高いので、ばっちり上から見えてしまったようです。
「氷か、久しぶりに言われたな。母上のことだって、今更どうとも思わない。言いたい者には言わせておくよ。……にしても彼は意外と字が汚いね」
とても冷静な反応ですわね。
「……お恥ずかしい限りですわ。いえ、私にはもう関係ない人ですが」
「王族は普通、書き取りを徹底して仕込まれるはずだ。文書を作ったりサインしたりするから…………ん? ひょっとして?」
「ええ。かつては私が大部分の代筆を」
「やっぱり。それから……何々? ああ、これは――――」
手紙を読み進めたクリフが急に忍び笑いを始めたので、私も慌ててその先に目を通しました。
すると――――
『……しかもあのヒースクリフとやらは王弟の癖に下賤な食べ物が好きだと言うではないか。魚やら貝やら、庭に生えた雑草やら異国の調味料やらを食したと噂になっているぞ』
勘違いも甚だしい文章がつらつらと続き……
『王族とも思えぬ、卑賎な生まれの程度の低さが知れるというものだ! お前も顔と王弟の身分に騙されている場合ではないぞ。目を覚ませ。真実を教えてやった私に感謝するがよい。寛容な私は今なら広い心で許してやる』
いつもの上から目線で締めくくられていたのです。
「………………それ、ぜ〜んぶ私ですわよ?」
ずいぶん都合の良い耳をしてらっしゃる!
注意深く噂を聞けば「王弟ヒースクリフ殿下は悪食だ」ではなく「王弟妃候補のフィリア嬢は悪食だ」という内容だと分かるでしょうに!
短絡的なロニアスらしいですわね!
……ですが、おかげさまで良いアイデアが浮かびました。
これならロニアスをやっつけられるかもしれません。
「クリフ。思いついたことがありますわ!」
私はクリフやデニスに作戦を説明します。
ただでさえ忙しいのに、やることが増えてしまいますけど……
クリフと結婚するためです。いま頑張らなくていつ頑張るのですか。
やってやりますわ!




