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27.「闇の森で魔物に齧られてしまえばよかったのに」

投稿の間が空いてしまい、失礼しました。

 ロニアス殿下は顔立ちの美しい男性です。

 襟足にかかる長さの髪は少し癖があり、見事な黄金色。

 瞳はアイスブルーで、冷たい感じがする典型的な貴族の容貌です。

 クリフも金髪碧眼かつ、リーザ様似の華やかな容姿で、がたいの良い騎士達に混じっていると細身に見えるんですけれど……

 並べてみるとロニアス殿下の方が圧倒的に、なよやかな貴公子ですわね。

 ああ、目の保養。


 いつも格好良いクリフがより精悍に見えて、良き……


 いえ、見惚れている場合ではありませんわ!


 ロニアス殿下は、なぜ他国の枢機卿猊下に同行しているのでしょう?


「ベルーザへ参る途中に、たまたま行き合いましてな。最初はアストニアの第二王子殿下とは存じ上げませんでしたが、これも神々のお導きであろうと同行させていただきました」


 ラナール様の説明によると、闇の森の近くで立ち往生しているロニアス殿下の一行に偶然遭遇。行き先が同じくベルゼストであることを知り、聖職者として困っている相手には力を貸そうと考えて一緒に旅をしてきたのだそうです。

 ……事実上、保護されたようなものですわね。

 王族が他国の貴人に借りを作ってどうするのですか……

 私はもうじきアストニア人でなくなるとは言え、行き当たりばったりを地で行く暴挙に頭痛が痛くなり一番最初に馬から落馬しそうです。


「そもそも、なぜロニアス殿下が闇の森の近くなんて危険な場所に……?」


 あまり深入りしたくありませんが、仕方なく聞きました。

 ロニアス殿下は腕組みをし、ふんっと息を吐き出します。


「愛するお前を迎えに来てやったのだ。やり直すためにな」


「結構です」


「何だと?!」


 ついフェルナンの言い方がうつってしまいました。

 いくら私でも分かりますわ。

 ロニアス殿下はサーラ様と婚約し、結婚すればオルダン伯爵家に婿入り予定です。

 ですが肝心のサーラ様とうまく行っていないようで、王族のさまざまな特権を失うのも嫌がっている様子。

 私とよりを戻せば王族にも戻れるだろうと短絡して考えたんでしょう。

 勢いで国を飛び出したけれど、碌な準備もなくて当然行き詰まった。

 そこにラナール様が通りかかって、これ幸いとくっついてきたのですね!

 ……行動パターンが読めてしまう自分が哀しい……


「事情は概ね想像がつきますのでお聞きしません。ですが、私達の婚約は正式に解消されております。やり直す気はありませんわ」


「解消されてはおらぬ。私は同意なぞしていないからな」


「殿下、お忘れですの? あの婚約は殿下と私ではなく王家とフォンテーヌ侯爵家の間で結ばれたものです。当人同士は関係ありません。アストニア国王陛下と私の父……フォンテーヌ侯爵がサインすれば解消されるのです」


「それは間違いだ! 神官がこれを認めなければならぬ」


 ロニアス殿下は自信満々に言い、さらにラナール様もうなずきます。


「創造神の教えでは、夫婦はあらゆる艱難辛苦を乗り越えて共に歩むもの。婚約も結婚も、神々との神聖なる約束です。些末な諍いで取り消して良いものではありませんよ」


「な……」


「アストニアとベルーザにいる神僕は世俗に塗れ、本懐を忘れてしまったようですな。実に嘆かわしい。私が敢えて聖地を離れたのは、教会を在るべき姿に戻すためなのですよ」


 これは……まずいですわ。

 確かに離婚、婚約解消は表向き認められていません。

 ですから白紙――「最初から婚約していなかったことにする」という詭弁で対応しているのです。

 つまり私とロニアス殿下の婚約はまだ生きており、クリフとの婚約は無効。軽い気持ちで適当な手続きをしたアストニアとベルーザの神官が悪い。

 そういう論法のようです。


「……フィリアに非があると言うのか? 最初に婚約破棄を言い渡したのは、アストニアの第二王子殿下だと聞いているが」


 クリフが口を挟みます。

 表面上は平静に見せていますけれど、青い目が底光りしています。

 かなり怒っていますわ……!

 ロニアス殿下も一瞬、気圧されたのか目許が引きつりましたわね。


「わ、私はあの毒婦に騙されて目が曇っていたに過ぎぬ! しかし、あの女はすぐに本性を現した。全く役に立たんのだ」


「……貴方以外の方はとっくに気付いていましたわよ。サーラ様は勉強が苦手で、礼儀作法も身に付いていませんでしたわね。読み書きの基本も怪しくて」


 かろうじて自分の名前は書ける……というレベルだったと思います。

 もっと問題なのは真面目に勉強する気がないことでしたけど。『サーラ、むずかしくてわかんなぁい』と目をうるうるさせ、逃げ出してしまうのです。


「――ですがロニアス殿下は、そういう女性こそ可愛いらしく魅力的だと申されていましたわよね? 私は陰気で融通が効かない、サーラ様を見習えと何度も何度も……」


「は、ははは……あれはお前も悪いのだぞ、いつも暗い顔で小言ばかり言っていたではないか。だが今は分かっている、私を愛しているから嫉妬していたのであろう?」


「違います」


 愛ではありませんわね。

 義務感、かしら?


「なに、恥ずかしがらずとも良い。私もな、悟ったのだよ。――やはり、お前を一番愛しているのだと!!」


 ふぁさり、と髪をかきあげてから、芝居がかった仕草でのたまうロニアス殿下。

 マンガなら背後に薔薇が咲くか後光が射すかしそうですわね。

 ――闇の森で魔物に齧られてしまえばよかったのに……

 ちょっと精神が……前世で言う暗黒面(ダークサイド)に落っこちてしまいそうです。


「さあフィリアよ。そんな男はやめて、こちらへ来い。私の寵愛はお前のものだ」


 なんてムカつく上から目線でしょう!

 バカアホマヌケ、キモいわくそが、と前世さんが脳裏で喚いています。

 お下品ですわよ前世さん。

 気持ちは同じですけれど。


「――お断り致します」


 私も怒りを込めてロニアス殿下……いえ、屑男を睨みつけました。


「何を申すか。お前さえ戻ってくれば全てうまく行くのだぞ?」


 ロニアスは得意そうでした。

 目鼻立ちは秀麗かもしれませんが、ねちゃっとした表情は醜悪にしか見えません。

 ……フェルナンが言う通り、こんな人でも誠心誠意お仕えしようと思っていた私は底抜けの馬鹿でしたわね。

 ロニアスは元々単純で思い込みも激しいですが、ここまで増長させてしまったのは私にも原因がないとは言えません。

 自分に自信が持てなくて。

 文句一つ言わずに、王子の公務も何でも、彼の代わりにやっていました。

 前世で言う社畜状態……思考停止に陥っていたのだと思います。

 ロニアスも私にやってもらう、もしくはやらせるのが当然になり、面倒くさいことは丸投げする癖がついてしまいました。

 駄目男(ダメンズ)製造機になっていたのですね、私。

 責任を取って最後まで面倒を見るべきなのでしょうか……

 すると、心の中で前世さんの声が聞こえました。


 ――やめなよ、フィリア。フィリア一人のせいじゃないよ。周りにいる人達だって、気付いてて何も言わなかったんでしょ?


 ――え、ええ。他に取り柄のない私ですから、ロニアス殿下によくお仕えするようにと言い聞かされていましたわ。


 ――でしょ! ちっちゃい頃から刷り込まれてたんでしょ? だいたいさ〜、ウワキして婚約破棄してきたのはコイツじゃん。心を入れ替えてマトモになったんならまだ考えなくもない、かもしれないけどさ。ドクズのまんまストーカーに進化してるし。


 ――分かっていますわ。私も間違ったことをしました。でも、やっぱり、戻ろうとは思えません。私の居場所はここですわ。


 もう終わりにすべきです。


 私はロニアスを睨んだままドレスの裾を払って、すっと立ち上がりました。

 同時に隣のクリフも席を立って、ごく自然に私の肩へ手を回しました。

 ――絶対に守る、手放さない。そう言われた気がしました。


「――――ずいぶん騒がしいな。いったい何事だ?」


 そこへやってきたのは、エーリヒ様です。

 ヨランダ達が呼んでくれたようですね。


「兄上、申し訳ありません。俺とフィリアの婚約は認めないと枢機卿猊下がおっしゃるものですから」


「ほう? 我が国の後継者問題にも関わる一大事だな。猊下はなにゆえ、そのようなご発言をなさったのだ?」


 エーリヒ様は冷静な態度を取りつつも、しっかりと牽制してくださいます。

 「我が国の後継者問題」という発言には即ち『ベルーザへの内政干渉だよな? 喧嘩を売られてるのか?』という副音声がついていますわ。


「俺にも理解しがたいのですが、そちらにいるアストニアの……第二王子とフィリアの婚約が生きているためだそうです。そう簡単に白紙にはできない、と」


「ふむ、これまでと変わりなく、滞りなく手続きを終えたと思っていたが。神官は神々の代理人、信じて任せたにもかかわらず、よもや間違いがあったというのか?」


 こっちの副音声は『我々に非は一切ない。新しい婚約とて簡単に取り消せると思うなよ』ですわね。


「……神々は偉大にして万能でございます。しかし我等は人の子でもありますゆえ」


 おや、ラナール様は暗に間違いを認めました。

 ……なぜでしょうね?

 教会の権威を高めたいというお話だったのに。

 認めてはダメなやつ、のはずですが?

 枢機卿がロニアスに味方して、私とクリフの婚約を無効にするメリットが見えませんわ。


「神官を信じることができぬ、となると事は重大だな……ヒースクリフ、どうする?」


 エーリヒ様がこちらを見ました。


「俺はフィリア以外の女性を妃に迎える気はありません」


 クリフは即座に断言しました。


「生まれて初めて、心から大切にしたい……生涯を共にし、誰よりも幸せにしたいと願った女性(ひと)です。どんな事情があったにせよ、浮気をするような不誠実な男にフィリアを渡すなどあり得ない。俺が持てる全てを使って叩き潰します」


「ク、クリフ……」


「はっはっは! 長らく女性という女性を寄せつけなかったヒースクリフがそこまで言うとは。兄として嬉しいぞ! では、フィリアはどうだ」


 エーリヒ様に尋ねられ、私は紅くなっていた顔を隠すために広げていた扇子を閉じました。

 クリフから熱烈過ぎる宣戦布告を聞かされて、頬が熱を持っています。

 なるべく毅然とした表情を作って答えました。


「――わ、私も同じ想いですわ。結婚したいと願う相手はヒースクリフ殿下、ただお一人です。もし、どうしてもロニアス殿下との婚約を元に戻すというのであれば、その時は……」


 令嬢らしく、つんと顔を上げて言い放ちました。


「――ベルーザ王国に亡命し、フォンテーヌ侯爵家からは除籍してもらいますわ!」


「なな、何だと?! どうしたのだフィリア!!」


「フィ、フィリア嬢?!」


 ロニアスとラナール様が口々に驚きの声を上げました。

 ええ、そうです。

 かつての婚約は「アストニア第二王子」と「フォンテーヌ侯爵令嬢」の間で結ばれたもの。

 私が令嬢の身分を手放し、ただのフィリアになれば解決です。

 こんな人達の言うなりになるつもりはありませんわ!!

 陛下がニヤッと笑います。


「思い切ったな」


「はい。私は以前、確かにアストニアの第二王子殿下と婚約しておりました。ですが殿下の心変わりで婚約破棄だと言われ、着の身着のまま闇の森へ放逐されて、大変な思いをしたのです」


 ……実際にはキャンパーズハイ状態で悪食無双をしていたのですが、それは言いませんわ!

 大変だったのは事実です!!

 陛下もしたり顔でうなずきました。


「うむ、そうであったな」


「……私にも至らぬところはあったでしょう。ですが、こちらの言い分も聞かずに放り出すような男性と添い遂げるのは無理です」


「至極もっとも。一つ付け加えるなら、私はそなたほど素晴らしい令嬢は早々いないと思っているぞ」


「ヒースクリフ殿下や皆様のお力で、私も強くなれたのですわ!……それを無視してアストニアへ連れ去られるくらいなら、身分も何もかも捨てて亡命を選びます。陛下、認めてくださいますか?」


「無論だ。受け入れ先はラング伯爵家でも良いが、遠方ゆえ手続きに時間がかかるやもしれん……エディスの実家、キュグニー侯爵家という手もあるぞ。養女になってヒースクリフに嫁げば良い」


「ありがとうございます。――フェルナン、ごめんなさいね」


「姉上……!」


 ちょうどいいところにフェルナンと……久しぶりに見る外交官のパヌ伯爵が駆けつけました。

 フェルナンは事情を聞いて、呆れた声で答えます。


「……簡単に言ってくださいますけど父上は仰天するでしょうね」


「お父様や貴方には申し訳ないわ。でも絶対に譲れないのよ」


「仕方ありません……もし姉上が家を離れても、僕は永遠にあなたの弟です。お忘れなきよう」


「もちろんよ。ありがとうフェルナン。貴方が弟で良かったわ」


「ところで、そこにいらっしゃるばか……コホン。我が国の王子殿下のご発言を撤回していただく方が早いと思いますが。いかがですか?」


「それもそうね。招かれざるお客様ですから、ひとまずパヌ伯爵に引き取っていただこうかしら」


 私とフェルナンの視線を受けたパヌ伯爵ですが……

 ロニアスを見て完全に固まっておりますわ。

 全く知らなかったみたいですわね。

 フェルナンにつつかれて、ようやく我に返ったようです。


「――ロ、ロ、ロニアス殿下……なぜベルーザにいらっしゃるのです……ほほほ本国は!アストニアの陛下は!把握しているのですかっ」


 プルプル震えながらロニアスに詰め寄るパヌ伯爵。


「ええい、うるさいぞ……フィリア! なぜ、いつものように『はい』と言わぬのだ!」


「もう婚約者ではないからです」


「だからそれは――――」


「形式よりも心の問題ですわ。婚約者として貴方を支え、助けようという気持ちがなくなったのです。綺麗さっぱり、ひとかけらも」


「なん、だと……?」


「そもそも私と貴方は幼い頃に家の都合で婚約しました。お互いを想い合ってのことではなく。ですから貴方が私を女として見られなかったのも、他の女性――サーラ・オルダン様に心を移されたのも、理解はできます」


「い、いや、それはだな……」


「私も同じですわ」


「なにっ?!」


「私も貴方を男性として見られませんでした。臣下として、フォンテーヌの娘として貴方にお仕えしていたのです」


「…………!!」


「ですが、婚約破棄だと言われ追い出されたあの時に、私の忠誠も砕け散りました。いくら貴方がとうとき身分の御方でも、もう元には戻せないのです」


「そ……そんな馬鹿な」


 ロニアスは目を見開いて、放心してしまいました。

 ちょっと間抜けに見えましたわね。


 が、スカッとする暇はありませんでした。


「――そろそろ時間だ。予定通り式典は行うぞ! 今更中止できん……しようとも思わん! ベルーザ国王の名において、ヒースクリフとフィリアには何が何でも結婚してもらう。二人とも覚悟は良いな!」


 エーリヒ様が不敵な顔で宣言なさったからです。

 私とクリフは目を見合わせて、どちらからともなく深くうなずきました。


 望むところですわ!!


見捨てずに読んでくださる皆様、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
前回ラストからどうなるかとハラハラしてましたが、フィリア嬢と前世ちゃんの揺るぎ無さと、クリフを筆頭に周りの人達の心強さにスッキリです♪ 短編の時から大好きで、今一番楽しみにしている物語です♫初めて感…
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