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26.「千客万来にもほどがありますわ!」(後編)

 フェルナンは予定通り、半月後にベルゼストへ到着しました。

 黒鳥宮で旅装を解き、その日の夕方には青花宮にやってきます。

 今夜は家族で過ごすようエーリヒ様がはからってくださいました。

 クリフも「最初は姉弟で話すと良い」と言って、まだ白亜宮にいます。公務が終わったら帰ってきますから、三人で夕食をとる予定です。


「――それにしてもフェルナン、貴方ちょっと見ないうちに背が高くなって。この半年で遅まきながら成長期が来たようね。別人かと思ったくらいよ」


 ヨランダに紅茶を淹れてもらい、当たり障りない話題から始めます。


「大袈裟な。なかなか背が伸びなかったのは認めますが、僕ももうじき成年ですよ? いつまでも子供扱いはおやめください」


 怜悧な声音でピシャッと叩き斬る、クールな容貌の青年――それが私の弟、フェルナンです。


「ふふ、もう小さな弟ではないのね。何だか声も低くなった気がするわ」


「声変わりはとっくに終わっています。気のせいでしょう」


「……ツンツンした物言いはそのままですわね……お父様やお母様はお元気?」


「変わりありません。お健やかですよ」


 そっけない答えです。

 変わりないとはつまり、家庭内別居でそれぞれ愛人と過ごしているって意味ですから仕方ありませんが。


「そう。でも貴方が来てくれて嬉しいわ」


「広い世界を見てみたくなったんです。本当はリュース殿下も行きたいとおっしゃったんですけれど、許可が下りませんでした」


 第三王子リュース殿下には、私も何度か会ったことがあります。

 明るくて好奇心旺盛、冒険好きなご性格。外国に興味があるのも納得です!

 でもだいたいの貴族は、アストニアの外は魔境同然と思ってますから普通反対しますわね。


「僕は姉上の結婚式ですから押し切りました。それにご存じですか? 父上の愛人に男児が生まれたんですよ。僕に何かあったら、そっちを後継ぎにすればいい」


「そうだったの。でも無茶は駄目よ?」


「姉上に言われたくありませんが」


 あ、矛先がこっちに来ましたわね?

 私は澄まし顔でお茶を一口飲んで答えます。


「あら、私は望んで国を出たんじゃないわ。いきなり森に捨てられて結構危なかったのよ? ヒースクリフ殿下が助けてくださったけど」


「だからと言って結婚なさる必要がありましたか? 父上が許可なさった以上、僕は反対できませんが納得しかねます」


 お父様は侯爵家の体裁さえ悪くなければ、細かいところは気にしないのよね。

 好きの反対は無関心とはよく言ったもの。フェルナンの方がよほど私のことを考えてくれています。

 私はしみじみと、不機嫌そうな弟を眺めました。

 アラサーだった前世を思い出して、精神年齢が上がったのかしら?

 以前なら分かってくれないフェルナンにイラッとしたでしょうけど、今はこの年頃らしく不器用で尖った言い方をしているだけだな〜と思えるのです。

 イラつくどころか――――


 ――カワイイ弟じゃん! 図体はデカくなったみたいだけど〜


 前世さんに全面同意ですわ。

 昔の私は、その人のごく一部分しか見えていなかったのです。


「姉上はお人が好すぎる……せっかくあの屑と離れられたのに、なぜまた王族の男など碌でもない相手と。ご自分の幸せというものをもう少し――――」


「考えていますわよ、フェルナン。だからヒースクリフ殿下と結婚するの」


「説得力皆無ですが? 女性関係で苦労なさるに決まっています」


「あのね、誤解しないように言っておくけれど。ベルーザや周辺の国ではもう、男性王族が複数の女性を娶るのは一般的ではないのよ」


「はっ?」


 ぶつくさ言っていたフェルナンが、ぽかーんとした顔になりました。

 そう、アストニアの常識はこちらの非常識。

 あちらの陛下は王妃陛下の他、二人の側妃様がいらっしゃいます。

 王妃陛下の子供が王太子殿下、リュース殿下、第一王女殿下。

 第一側妃様の子供はロニアス殿下と第四王子殿下。

 第二側妃様には双子の王女殿下と、生まれたばかりの幼い王子殿下という具合です。


 ロニアス殿下も私を正妃、サーラ様を側妃になさるのでしたら別に問題はありませんでした。

 私も、王族の妃はそういうものだと飲み込むつもりでした。

 ロニアス殿下はなぜか、サーラ様を正式な妻にすげかえようとしたんですけれど。


「でもね、こちらでは側妃を置くのは時代遅れとされているの」


「そ、そうなのですか? しかし……」


「ええ、ヒースクリフ殿下の母君はベルーザの側妃でいらっしゃったけれど、それは当時の正妃様にお子ができなくなったという理由があってのことで例外なの。殿下に他の女性はいないわ、誠実な御方よ」


「……知りませんでした。ですが姉上、それでも王族に嫁ぐなど大変なことばかりではないですか。僕は……」


 フェルナンは目を伏せて、悔しそうな表情をしました。


「――僕は、平凡でも良いから姉上には幸せになっていただきたかった」


 テーブルの上で、きゅっとこぶしが握られます。クロスが少ししわになりましたが、神経質なフェルナンには珍しく、気付かないようでした。


「ありがとう、フェルナン。でも大丈夫よ」


「お言葉ですが。ご自分の『大丈夫』に信頼性があると?」


「……えっ?」


「底意地の悪いとりがらみたいな教師の夫人にいびられた時も、ダンスパーティーで脳みそ空っぽな女どもに陰口を叩かれた時も! あの屑殿下に何度も茶会をすっぽかされた時もです! 判で押したように『大丈夫』しかおっしゃらなかったでしょう!!」


 うぐぐ、痛恨の一撃が炸裂しましたわ?!

 と言うか、弟を心配させたくなくて言っていなかったはずですが……


「フェルナン、知っていたのね……」


「飾りでリュース殿下の学友をやっている訳ではありませんよ。嫌でも噂が聞こえてきます」


「……よく考えたら、そうよね。貴方は頭が良いんだし」


「姉上は肝心なところで抜けていらっしゃる」


「ごめんなさい。不安にさせたくなかったの」


「かえって不安でしたが?」


「うう、反省していますわ。でも今度は強がりじゃないの。こちらの礼儀作法の先生はルイーズ・アリオット侯爵夫人と言って、優しくて素敵なレディよ。陰口を言う人は……時々いるけど、ちゃんと味方になってくれる人もいるわ」


 クリフは結婚相手として不動の人気があります。

 私との婚約が決まったにもかかわらず、諦め切れない貴族もいまして……

 で、私に面と向かって「貴女なぞヒースクリフ殿下にふさわしくない。このわたくし(男性なら我が娘・姉妹・従姉妹などなど)の方が美しく教養もあって〜〜〜」などと口撃してくる方も、当たり前に存在するのです。

 言い方は貴族らしく、すごーく遠回しですけど。

 陰で悪口を叩く人だって、そりゃもう数え切れないほどいるでしょう、って感じ。

 でもアストニアにいた時と違って、私を認めてくれる人も多いのよ。


 クリフの兄君、国王エーリヒ陛下。

 王妃エディス陛下。

 ルイーズ先生と、旦那様のアリオット侯爵。

 宰相ユノン侯爵。

 シーラーンや各国大使の皆様。

 お茶会や夜会、色んな社交で仲良くなった夫人や令嬢。

 ヨランダやアリスをはじめ、使用人達も。


「――それに何より、ヒースクリフ殿下は私をとても大切にしてくださるの。私もお慕いしているわ」


「…………本当に? 身分ある御方に申し込まれて断れなかっただけではないんですか?」


 エメラルド色の目が、じーっと私を見据えています。

 疑り深い弟ですわね。


「本当よ。フェルナン、私ね……不敬と言われるでしょうけど、王族かどうかは関係ないの。闇の森で私を助けてくれた格好いい騎士様と結婚したいのよ」


「は…………?」


 控えめに惚気ておきました。

 弟にこんな発言をするなんて恥ずかしいですが、これも安心してもらうためです。


「あの人が身分のない一介の騎士でも構わなかったくらいよ? でも蓋を開けてみたらベルーザの王弟殿下だっただけ。好きな人と結婚できて幸せですわ、可愛い弟にも祝福してほしいのだけれど」


「…………………」


 フェルナンは深々と溜息をつき、椅子に座り直しました。


「姉上……反対した僕が間の抜けた道化のようではないですか」


「そんなことないわ、心配してくれて嬉しかったわよ。なんなら不安が消えるように、殿下がどんなに素晴らしい男性か一つずつ説明してあげましょうか」


「十二分に理解できましたので結構です」


 良い案だと思ったのですが、フェルナンはぷいっと横を向いてしまいました。

 子供っぽい仕草です。

 私はくすくす笑いました。


「まあ、つれないわね。遠慮しないで」


「結構です」


「そう言わずに」


「結構です」


 押し問答をしていると、エマリが入ってきました。


「ご歓談中に失礼いたします。ヒースクリフ殿下がいらっしゃいました」


「あら、お通しして」


「はい」


 私とフェルナンは席を立って、クリフを出迎えます。


「待たせてすまない。いま戻った」


 バーティスの先導でクリフがやってきました。

 白亜宮から戻ったあと身だしなみを整えたようで、いつにも増してキラッキラですわね。

 王族のオーラたっぷりです!

 フェルナンも少し驚いたようですが、さっと腰を落とし頭を下げてみせます。


「おかえりなさいませ、殿下。私の弟を紹介させていただけますか」


「ああ、もちろん。俺の弟でもあるからね」


「フェルナン・フォンテーヌと申します。どうかフェルナンとお呼びください。この度は――――」


「待った。大袈裟な礼はやめてほしい。フィリアを通じて家族になるんだろう?」


 クリフは穏やかに片手を上げて、正式な礼を施そうとしたフェルナンを止めました。

 フェルナンも頷いて立ち上がり、軽いお辞儀だけします。


「アストニアから足を運んでいただき感謝する。食事をしながら、旅の話などを聞かせてもらいたい」


「喜んで、ヒースクリフ殿下」



✳︎✳︎✳︎



 晩餐室へ移動して、会食になりました。

 フェルナンが失礼な態度を取らないかヒヤヒヤしましたけど、要らぬ心配だったみたい。

 きちんとフォンテーヌ家代表として振る舞っています。

 良かった!

 美味しい夕食が頂けましたわ。


「――殿下、姉上、ありがとうございました。明日以降もよろしくお願いいたします」


「こちらこそ。会いに来てくれて嬉しかったわ、フェルナン」


「長旅で疲れているだろう。今日はゆっくり休んでくれ」


 そして晩餐会が無事に終わり、フェルナンは私とクリフに見送られて馬車に乗り、黒鳥宮へと去っていきました。


「ふう、終わったか。良かった」


 クリフがそう言って、首元に巻いていたクラヴァットを少し緩めました。

 きらきらしい王弟殿下から、いつもの彼に戻ったようです。

 緊張が解けたのかしら。

 私だって、クリフの兄君に面会する時は――相手が国王陛下というのも大いにありますが――緊張しましたものね。

 私はねぎらいを込めて、彼の腕にそっと触れました。


「ありがとう、クリフ。忙しいのに時間を取ってくれて」


「俺の弟も同然だ。礼儀を尽くすのは当たり前だよ。……そろそろ戻ろうか」


「はい」


 私達も手を取り合って、室内へ入ることにします。

 廊下を歩いているとクリフが不意に言いました。


「――実はね。最初に君達のところへ行った時」


「え? ええ」


「誓って盗み聞きするつもりはなかったんだが、話している内容が聞こえてしまって」


「そうでしたの? どんな話を…………あっ」


 クリフが来る直前に話していた内容と言えば……

 私がフェルナンに惚気てみせていて……

 あれを本人に聞かれていたですって?!

 見上げると彼はやたらニコニコしています。


「わ、わ、忘れてくださいませ!」


「忘れるのは無理だな。凄く嬉しくて、危うく締まらない顔になるところだった。フェルナンに呆れられたくないから頑張って引き締めたんだが」


「気合の入った表情をしていると思ったら、そんなくだらない理由でしたの?!」


「くだらなくはない。ちっとも。貴重な本音を聞かせてもらったよ?」


 とっても甘い雰囲気でクリフが微笑み、私は思わず目をそらしました。

 さっきまで顔を引き締めていた反動ですか?

 直視できませんわ!


「と、とにかく! 気を抜くのはまだ早いですわ。明日はディウム教国の枢機卿も到着されて、歓迎の式典とパーティーが予定されていますのよ」


「分かってる、明日からが本番と言っていいくらいだ……だから、フィリア」


「何でしょう?」


「補給させて」


 え、何を……?!


 と、聞き返す暇もありませんでした。

 私のウエストにクリフの手がきゅっと巻き付いたかと思うと、腕の中へ閉じ込められました。

 ……この力加減が絶妙でして、すっぽりがっちり抱き込まれて身動きが取れない割に、苦しくはないのですよね。


「……早く結婚したい……」


 ハーフアップにしている黒髪へ顔をうずめるようにして、クリフがつぶやきます。

 結婚式までは、あと半年弱ですが……

 ……ええ、まあ、その、ね?

 私も前世で、男性とお付き合いしていた記憶がありますから。

 分からないではないです。彼の気持ち。


「……私もよ、クリフ。愛してるわ」


 私は少し考えて、自分からキスを贈りました。

 軽くですわよ。軽く。

 もう少しよ、という想いを込めて数秒間くっつけただけです。

 が。


「フィリア。俺の忍耐力を試さないでくれ……」


 倍になって返ってきました。


 ………………失敗と言うか、逆効果だったかもしれません。

 結婚式の後が少し心配です。



✳︎✳︎✳︎



 予想外の出来事が起こりました。


 翌日のことです。

 私とクリフはありがた〜い賓客であるディウム教国の枢機卿をお迎えするため、正装して白亜宮におりました。

 式典が始まるまで、控えの間で待機していたのですが――


「――ヒースクリフ殿下、フィリア様。ラナール枢機卿猊下がいらしております……どうしても内密にお話しなさりたいことがあると」


 ヨランダが困惑した様子でやってきました。

 私達と猊下は面識がないのにおかしいですわね。

 ですが……


「……断るのも難しいな。フィリア、良いかい?」


「ええ……」


 ある意味で国王陛下よりも偉い御方です。仕方ありません。

 了承しますと白亜宮の侍女に案内されて、白い聖衣に赤い上着を纏った初老の男性が入ってきました。

 この方がラナール枢機卿猊下……ですか。

 背後には白いローブを着て頭巾をかぶった、従者らしき方がいます。


「突然の訪問をお許しくだされ。私めはラナールと申します。御二方にどうしても申し上げたきことがあり、こうしてお邪魔いたしました」


 互いに礼をしてから着席し、挨拶もそこそこにラナール様はおっしゃいました。


「……用件をお聞きしよう。枢機卿猊下がわざわざお越しとは何事だろうか?」


 クリフが王弟として対応します。

 するとラナール様は柔和な笑顔を浮かべたまま、とんでもないことを口にしたのです。


「誠に残念ながら、私どもは御二方のご婚約……引いてはご結婚を認めることができませぬ。そのことをお伝えするために参ったのでございます」


「――何だと? いったいなぜ」


 クリフの声が低くなりました。

 しかしラナール様は全く動じません。


「そちらのフィリア・フォンテーヌ嬢は以前、別の御方と婚約を結んでおられた。違いますかな」


「……いえ、おっしゃる通りですわ。ですが既にお相手の方とも話し合い、両者合意の下で解消されていて――――」


「合意はされていない」


 途端に、ラナール様の背後にいた白ローブが鋭い声を出します。


「えっ?!」


「婚約の解消は合意されていない」


「……そう言われましても」


 なぜ口を挟んでくるのでしょうか。

 嫌な感じがしました。

 声に、聞き覚えがあるのです。


 ――まさかと思いますが、この方は……


「この私が同意はないと言っているのだ。ゆえに、()()()()()()()()()()()()――フィリア」


 白ローブの男性が、ばさりと頭巾を取りました。

 うわあ……

 少し前まで嫌と言うほど見た顔ですわ……


「――ロニアス殿下……なぜ……」


 目眩がしそうです。

 アストニアの第二王子ともあろう人が、どうしてベルーザにいるのでしょうか。

 しかも枢機卿猊下と一緒だとは。


 千客万来にもほどがありますわ!

細かくてどうでもいい設定ですが、アストニア王家の子供達は上から順に、

王太子(20歳)→ロニアス(19歳)→リュース(15歳)→第一王女(13歳)→第四王子(11歳)→第二・第三王女(3歳双子)→末っ子王子(赤ちゃん)

となってます。

王妃と第一側妃は同時期に嫁ぎましたが、第二側妃は遅れて王宮へ上がったため子供の年齢に差があります。

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