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25.「千客万来にもほどがありますわ!」(前編)

 私とクリフの結婚式は一年後に決まりました。

 王族としては短い婚約期間ですわね。

 クリフのように高貴な身分の男性が二十歳を越えて独身なのは珍しく、よほど欠点があるのかと疑われかねないので急いでいるのでしょう。


 私もいよいよ忙しくなってきています。

 本格化する社交に、王弟妃の公務のお勉強。

 さらに結婚式の準備としてウエディングドレスの仮縫いや宝石選びもします。

 ブライダルエステやマッサージもありますわ。

 式典の手順確認やダンスの練習、招待される貴族の顔や役職、領地について覚えたりもします。


 やることが山盛り!!


 前世の友人が結婚する時、「仕事もあるのに忙しくてしぬ! 幸せ太りどころか激痩せしそう」と言っていたのが思い起こされます。

 日本の庶民でも忙しいのに、異世界の王族の嫁なんて尚更ですわね。

 私は闇の森で否応なくダイエットに成功……どころか少々やりすぎてしまい、ジル料理長やカーク、青花宮に来てからはシュルツ料理長達のおかげで、やや戻したところです。

 今の体形体重をキープしなくてはいけません。ドレスの作り直しなんてお針子の皆様が過労死しそう。


 美味しいものを適度に頂きつつ、頑張る予定だったのですが――――



✳︎✳︎✳︎



「フィリア様、アストニア王国からお手紙が参りました」


 婚約式から四か月ほど経ったある日のことです。

 今日のお茶会を終えて青花宮の部屋に戻ったところで、アリスが言いました。

 差し出された銀のお盆に封書が載っています。


「フォンテーヌ家の紋章ね。お父様かしら?」


 アストニア建国神話にも登場する「無限の水を生み出す聖杯」を象った、フォンテーヌ侯爵家の家紋。その印章が押されていますね。

 ペーパーナイフで封を切り、中身を確認してみます。


「厚みがありますわね。と、言うことは……?」


 折り畳まれた便箋が三枚も重なって出てきました。

 私の両親は典型的な政略結婚でして、お互いにまるで愛情がなく(双方愛人を抱えています)、我が子に対しても非常に淡白です。

 子供の頃は少し寂しさもありましたが、前世の記憶が戻った今は「しょうもな……」という感想しか出ません。

 そんなお父様が、こうも長々と手紙を書くはずがないわ。

 案の定、筆跡は別人のものでした。


「まあ、フェルナンからだわ」


「フェルナン様……フィリア様の弟君ですね?」


「ええ。フォンテーヌ家の跡取り……次期侯爵でもあるの。あら、今度ベルーザ王国へ来てくれるんですって」


 私とクリフの結婚式に、父母の名代として出席してくれるそうです。


「それだけではなくて、前後で半年ほど滞在してベルーザのことを学びたいと書いてあるわ。嬉しいわね」


 アストニア貴族はそろって引きこもり体質ですが、フェルナンは私のことがきっかけで外国に興味を持ってくれたみたい。

 良いことですわ! 私も、昔はアストニアの流儀に染まっていたけれど、ベルーザへ来て視野が広くなりましたもの。

 いくら闇の森があって行き来が難しいとは言え、アストニアもこのまま江戸時代の日本みたいにほぼ鎖国状態なのはよろしくないと思います。

 フェルナンは私と年子で、もうじき十六歳。こちらでの成人を迎える年頃です。せっかくなら、たくさん学んでいってほしいですわ。


「フェルナン様とは仲が良かったのですか?」


「どうかしら。お互い忙しくて、接する機会が少なかったの。でもフェルナンは優しくて良い子よ、ちょっと口は悪いけど」


 フェルナンが三、四歳の頃は「あねうえ、あねうえ」と言って私の後をくっついてきていましたが……

 私がロニアス殿下の婚約者に選ばれて、妃教育を受けるようになり。

 フェルナンも第三王子リュース殿下の学友に取り立てられ、次期フォンテーヌ侯爵としての教育も始まって。

 それぞれ忙しくなってしまい、男女の違いもあって姉弟と言ってもあまり顔を合わせませんでした。


 フェルナンは貴族らしい澄まし顔が上手ですが中身は直情型でして、しかも毒舌家。

 今回の手紙も文字は端正なものの、読み進めると段々表現が過激になってきているような……

 『最早名前を呼びたくもない王家の恥晒しと下品極まるそのアクセサリー』って、もしやロニアス殿下とサーラ様のことですの?

 さすがに言い過ぎでは?

 ええまあ……私のためにアストニアの情勢を詳しく教えてくれて、ありがたいと捉えることにしましょう。

 その後が気になっていたのです。


 便箋を一枚めくると、最近の様子が細かく書かれていました。

 ふむふむ。

 ロニアス殿下と私は表向き、性格の不一致で婚約を()()()

 私は傷心を癒やすためベルーザに旅立って、王弟殿下と出会い、結婚に至ったというロマンチックな恋物語になっているようです。

 色々と強引な筋書きですわね……

 アストニア王国人、特に貴族はほとんど国外へ出ないのですけど?

 私は異国から嫁いだというひいおばあ様似ですから、アストニアを出ても不思議ではない、って理由らしいですわ。

 何という無茶振り!

 フェルナンがあっさりと書き記しています。


『何とも馬鹿馬鹿しい作り話ですが、王家とフォンテーヌ侯爵家の威光で「そういうこと」で押し通した形です』


 一方ロニアス殿下は……

 晴れてサーラ様と真実の愛を実らせまして、めでたしめでたし――――

 でもないようです。

 一見してお咎めがなかったように見えるかもしれませんが、要するに王家から見限られたのですわ。

 臣籍降下しサーラ様の家へ婿入りする前提で、新たな婚約を結ばれました。

 仮にも王族ですのでサーラ様のご実家、オルダン男爵家は伯爵家に陞爵。領地も広くなります。

 もっとも、闇の森に程近い荒れた土地だそうです。

 オルダン男爵改め新伯爵はやり手の商人であった方ですが、今までの男爵領(小さいながらも栄えていました)は取り上げられており、新しい土地を一から開拓せねばなりません。

 しかも伯爵家になると国に納める税額が跳ね上がる上、伯爵の格にふさわしい屋敷や衣服なども必要になってきます。

 名誉を与えられる代わりにガチガチに縛られて、溜め込んできた財を吐き出させられる訳ですね。

 社交界でもヒソヒソされ、チクチクされ……という陰険なイジメを受けるのです。

 貴族ってこわい。


 これらはアストニア国王陛下や王太子殿下が裁定なさったとのことです。


 フォンテーヌ侯爵家はアストニア王家から口止め料を兼ねてかなりの違約金が支払われ、また金銭には替えられない貸しも作りましたので、決して損はしていません。

 王家はフォンテーヌ侯爵家に借りを作りましたが、次期当主のフェルナンは能力もやる気もあります。優遇しても問題ありません。

 新興貴族の中でも力があったオルダン家を取り込み、問題児のロニアス殿下も引き取らせる。

 うまくやりましたわね。

 はあ、陛下と王太子殿下は普通に優秀なのです。

 アストニアはベルーザと違って王族が多いので、当たり外れがあるのですわ。

 私が運悪くハズレを引いてしまっただけ。

 ロニアス殿下も私みたいな陰険な暗い女が婚約者だなんてハズレもハズレだとしょっちゅう言っていました。

 今思えばお互い様ですわ!

 もう過去のことです。

 私は私で、幸せになれば良いのです!


 フェルナンも『姉上を犠牲にするなど不愉快です。父上の適当さにはうんざりだ。しかし、姉上があのまま不良品の面倒を見続けるよりはマシな結果かと思われます』ですって。


 ところであの方、領地経営や次期伯爵のお勤めができるのかしら。

 第二王子に必要なアレコレは私がほぼ肩代わりしていましたが。


 …………………。


 きっとサーラ様がお支えしますわよね。

 目をうるうるさせて、お胸を揺らすだけの(ひと)ではないはずですわ!


 無理っぽくね?と前世さんが脳裏で言っていますが、聞こえないふりをして便箋をもう一枚めくりました。


 そうしたら三枚目の便箋には。


『愚か者同士お似合いで引っ付いておきながら、あの二匹は反省していない模様です。男の方は王族の面汚しから新興の伯爵令息などという素晴らしい身分に成り下がってご不満のご様子』


『女も女で、思ったように贅沢ができずド田舎へ押し込められると知って「こんなはずじゃなかった」と無様な雌牛のように泣き喚いています。真実の愛が聞いて呆れる』


『二度も婚約のやり直しができるはずもなく、このまま二人して結婚という人生の墓場へ逝っていただくしかないのに現実が見えておらぬようです』


『先が思いやられますが、フォンテーヌにはもう関係のないことです。尻拭いは大変有能でいらっしゃる王家の皆様方にやっていただく』


 ……あらら。

 ここ、インクが濃ゆくて筆圧高めですわね?!

 フェルナンの嫌味も冴え渡っています。

 貴族らしい無表情で目許だけ怒りまくっている弟の顔を想像しました。

 うん。有りそうですわね。

 私は苦笑しながら、最後まで読みました。


「フェルナン、相変わらずね……」


「フィリア様?」


 アリスが少し心配そうです。


「大丈夫よ、アリス。手紙を出した頃合いから考えて……そうね、あと半月くらいでフェルナン達が到着すると思うの。準備をしてもらえるかしら?」


「かしこまりました! 『黒鳥宮』にお部屋を手配しておきます」


 「黒鳥宮」もベルーザの離宮の一つです。かなり広く、こうして外国からの賓客に滞在してもらうための建物ですわ。


「楽しみね! クリフにも話しておかなくちゃ」


「あっ、噂をすれば帰っていらしたようですよ!」


「もうそんな時間? 本当だわ!」


 気付けば外が暗くなっています。

 いけないわ、帰ってきたクリフを出迎えなければ!

 私は便箋を畳み直すと、急いで立ち上がりました。



✳︎✳︎✳︎



「意外な国から参列の申し出があったよ」


 今日も今日とて美味しい夕食を頂き、食後のお茶が運ばれてきたタイミングでクリフが言いました。

 話題はもちろん、私達の結婚式についてです。


「どちらの国ですの?」


「ディウム教国だ。知ってる?」


「概要は習いましたが……」


 頭の中から知識を引っ張り出しました。


「確か創造神を奉ずる聖職者の国で……アストニアほどではありませんが、教皇聖下をはじめ高貴な方々は滅多に出国しないのではなかったかしら?」


 聖地ディウムを護るために成立した、小さいながら非常に長い歴史と格式を誇る国です。

 敬虔な信徒が多数、聖地巡礼に訪れるので他国と交流はありますけど……

 人の受け入れはするものの、反対に内部から人が出てくるのは珍しい――アストニアとは違った方向で、閉鎖的な国でもあったはず。


「うん、合ってる。教皇聖下ではなくラナール枢機卿という方らしいが、枢機卿だって他国の国王や王族の結婚式程度で出てくる相手じゃないんだ。兄上の結婚式にだって参列していなかった」


「いきなり参列する理由は分からないのですね? ですが、来ないでくださいとも言えませんわね」


「最上級の待遇で迎えるしかない。逆に気味が悪いけどね」


 ありがた〜いお坊様みたいな方です。お断りするなんて無理ですわ。


「では到着なさったら私も一緒に挨拶へ伺います。それと……」


 私もアストニアからフェルナンが来ることを伝えます。


「フィリアの弟か。緊張するな……ひょっとすると枢機卿よりも」


「私の家族だからって、気を使わなくても。フェルナンは他国の王族に無礼を働く子ではありませんわ」


「うーん……とりあえず、どんな人物なのか教えてくれる? 失礼がないように知っておきたい」


「フェルナンは……そうね、私にはあまり似ていません。性格も、外見も」


 私の容姿はいわゆる隔世遺伝。

 お父様は金髪で、他家から嫁いできたお母様も言わずもがな。

 フェルナンはそんな両親の特徴をストレートに受け継いで、金髪とエメラルド色の目をしています。

 それを説明したら、クリフがふっと微笑みました。


「じゃあ、この綺麗な黒は君だけの色か」


 さりげなく格好いいことを言いますのね。

 そう、昔の私は、家族とも周りの貴族とも違うこの見た目が嫌いでした。

 ――今は違いますけれど!

 胸を張って答えられますわ。

 貴方のお陰ですもの。


「ええ! フォンテーヌどころか、アストニアの貴族を見渡しても私だけです」


「ベルーザの貴族も金髪が多いんだが、俺がシーラーンの王女と婚約していたように異国の血が混ざることもある。でも、フィリアみたいに綺麗な色合いは珍しい……間近に見られるのは俺の特権だな」


「ふふ、嬉しいですわ。――話を戻しますと、フェルナンはとても頭が切れるんです。口も達者で、私は姉なのに口げんかで勝てた試しがありません」


「けんかが多かったのかい?」


「多かったと言うか……私が不甲斐ないものだから、怒られていたような感じかしら」


「不甲斐ない? そんなはずはないだろう。例えばどんな?」


「私は礼儀作法にしても何にしても、なかなか上手くできなかったのです。教師の前では頑張って令嬢らしくしていましたが、家へ帰ってくると気が抜けて泣いてしまったり癇癪を起こしたり……」


「君も子供だったんだから仕方ないと思うが……」


「そういう時フェルナンに会ってしまうと『覚えればいいだけでしょう』とか、そんな風に言われるのよ。あの子は何でも苦もなくできるものだから余計に憎らしくなってしまって……」


 私も冷静になれないので弟の憎まれ口にいちいち突っかかってしまい、それも返り討ちに遭うという悪循環。お馬鹿も良いところです。

 結構きっつい嫌味も言われましたわね。


『――あの顔だけ王子をどうして庇うんです。姉上まで底無しの考え無しがうつったようですね』


『教師と合わないなら変えれば良い。姉上が我慢する必要がありますか?』


『しなくて良い苦労までするなんて姉上は馬鹿だ』


 で、でも根っこは優しいのよ。

 言い方はひじょーにアレながら、私を心配してくれていたの。

 あの頃の私は、どんなことでも完璧にできるようにならなければいけない、と思っていました。

 自分が「上手くできない」ことを認められなかった。

 ただでさえ()()()()()()()()欠点のある娘だから……

 せめて他のところで埋め合わせをしないと、みたいな思考だったのです。

 フェルナンは、そんな私がもどかしかったのでしょう。


「頭の回転が速いフェルナンにとって、私はいつまで経っても鈍臭い姉なのかもしれません」


 するとクリフが苦笑を浮かべました。


「フィリア? 俺もそれなりに教育を受けた身として言うけど、女性の方が礼儀作法は面倒だと思うよ? ドレスや装飾品の決まりごとも複雑だし」


「え、ええ。そうですわね……」


「惚れた弱みを抜きにしても、フィリアは十分以上によくできているからね? 俺だけじゃない、みんな認めている」


「分かっていますわ。ルイーズ先生にも褒めていただきました」


「だろう? まあ、君達の仲が良いのは把握した。敬愛する姉を誑かした悪い男として決闘の一つも挑まれそうだ、覚悟しておくよ」


「い、いくらフェルナンでもそんなことはしないと思いますわ……たぶん」


 語尾がちょっと怪しくなってしまいました。

 フェルナンの手紙、その締めくくりの一文を思い出したからです。



『――人の好い姉上におかれましては、なぜまた王族の男などと結婚なさるつもりなのか伺いたく思いますゆえ、この愚弟にも理解できるようなご説明を考えておいてください』



 …………………ちょっと不安になってきました。


 大丈夫ですわよね?


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