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24.「あら、こんなところに雨蛙が。これは食べられませんわね」(後編)

いつも読んでいただきありがとうございます。

「全くフィリア嬢からは目が離せませんねえ! 本物の妖精だなんて、僕も初めて拝見しましたよ〜」


 コーヒーによく似た黒茶を楽しみながら、レオニス様がニコニコしています。


「妖精は自然界の魔力が濃い場所で生まれ、基本的にそこから出ないと言われています。旅に出る妖精は稀で、相応の実力者ですね!」


『えっへっへ、そのとーり! おいら、人間と遊ぶのスキなんだ。だから生まれた妖精境を出て、あっちこっちフラフラしてたのさっ』


 褒められたパックは得意げな顔をして、クッキーを齧り始めます。

 私達にとっては普通の大きさですが、パックには身体の半分くらいあるビッグサイズ。妖精的には大口を開けて頬張っていますけど、ちょっとずつしかなくなりません。


『あむあむ……うみゃいなコレ……ばはー(バター)のかほりする……あとなんは、このちゃーろいの』


 今日のチョコチップクッキーがお気に召したようで、埋もれるようにして食べ進めていますわね。

 でも口にクッキーが入ったまま喋るのはどうかと思います。


「これはチョコレートですわ。ハイバリクを経由して届けられる南方からの交易品ですの」


『おいら気にいったほ!』


 私とクリフ、パック、それにレオニス様は、青花宮の庭園でコーヒータイムを楽しんでいました。

 なぜレオニス様までいるかと言うと、いきなり棲みついたパックをクリフやバーティス達が少し警戒しているからです。

 パックは悪戯っ子というだけで邪悪な存在ではないですわよ?

 でもクリフは「妖精は滅多に人前へ現れないから、詳しいことが分かってない。念のためレオニスに見てもらおう、俺を安心させてくれ」と譲りませんでした。

 で、パックが機嫌を悪くしないように「妖精に興味があるという人間の魔法使いに会ってほしいのだけど良いかしら?」と訊いて許可をもらい、こうしてレオニス様をお招きして仲良くおやつを堪能しています。

 なお、私の隣にはアリスとヨランダが控えているのですが――


「ねえ、本当にアリス達には見えないの? パックの姿」


 妖精は、これと決めた人以外には姿を見せないそうなのです。

 お茶会の時は怒っていたので、特別にレイラ様達にも見えるようにしていたんですって。

 あと魔法使いなら、魔力を目に集中させれば見えるらしいです。

 ですがアリスとヨランダは一般人なので、コクコクとうなずきました。


「何もない空中にクッキーが浮かんでるのだけ見えてますっ」


「しかもクッキーがひとりでに、少しずつ減っていくので……本当に化かされている気分ですね。頭では分かっていても不思議です……」


「うーん、私には、パックが羽をパタパタさせながらクッキーを食べているのが見えますわ。クリフも見えるのですよね?」


「魔力を使えば何とか。でも、ぼんやりした光の球体みたいにしか見えない。レオニスは?」


「僕の優秀さを疑うのかい? くっきりハッキリ見えてるよ、まあ油断すると見失いそうになるけどね。妖精の能力は興味深い」


『ふほほ〜ん、おいらのまほーをバカにふゅんなよ? よーせーのひはら(チカラ)()ふほひんはほ(すごいんだぞ)〜』


「パック、口にクッキーを詰めすぎですわ。何を言っているのか分かりません」


『こほくっひー(クッキー)、うまふぎるのがいけないんら!!』


「全くもう、チョコレートにハマってますわね」


 妖精の神秘性なんてありませんわね。邪悪さも見当たりません。


「ははは! でも、このクッキーは僕も好きですよ。チョコレートは苦いばかりだと思ってましたが、こんな食べ方もあるんですね。黒茶にもよく合います」


 前世のチョコレート菓子は甘くて口溶けが良かったですが、大量の砂糖とミルク、それに製造技術の賜物ですわね。

 カカオの実本体は甘くないんです。前世さんは「ぢごくのバレンタイン!!カカオの実からチョコレートつくってみた」をやりましたから知っております。

 こちらの世界では板チョコレートにする技術はあるのですが、カカオ100パーセント状態で流通していまして激苦です。交易品で大変高価なこともあり、風味付けに少量使うか、薬にする方法が主流だったみたい。

 それを溶かして砂糖とミルクを混ぜて練り固め、前世のチョコレートに近付けました。

 まあまあ高価なのが難点ですわね……砂糖も良いお値段ですし……バンバン消費してごめんなさい。とろける甘さのチョコレートには抵抗できません。


「確かに、こうやって食べるととても美味しい。貴族に流行りそうな気がするよ」


 クリフも綺麗な所作でクッキーを食べています。

 この世界にはもちろんバレンタインデーなんて無いのですが、二月の半ばになったら彼にチョコレートを贈ろうかしら?


「贅沢ですが、私はこの食べ方がお気に入りなのです。……ところでレオニス様に教えてほしいことがあるのですけど」


「何なりと」


「私、雨蛙に姿を変えていたパックを〈鑑定〉した時、正体をちっとも見抜けなかったのです。なぜでしょうか?」


 私は気になっていたことを尋ねてみました。


「ああ、それは簡単にお答えできます。前に叔父上が言った通り〈鑑定〉は融通の効かない魔法ですからね。魔力で『撫でた』程度ですと表面的な情報しか得られないんですよ。それに……」


 元々、植物より動物の鑑定は難しいもの。魔力が多く、複雑な生き物になればなるほど難易度が上がるそうです。


「人間を〈鑑定〉するのが難しいと言うか、ほぼ不可能である理由もこれですね。また知識の神は強大であるだけに、一人一人の人間の見分けがつかないと言われています。仮にフィリア嬢が僕を〈鑑定〉しても『人間の男』ぐらいしか分からないはずです」


「お名前などの個人情報は出ないのですね。雨蛙がたくさんいても、私達には顔の見分けがつかないようなものかしら」


「まさにそうです。で、パックは妖精として強い魔力を持っていますんで〈鑑定〉しても非常に読みにくい! 雨蛙か妖精か判別する程度なら、ギリギリいけるかな?」


「本気で魔力を込めれば〈鑑定〉できますか?」


「恐らくは。試してみてはいかがです?」


「本人次第ですわね……パック?」


 パックはあんなにあったクッキーを食べ終わって、満足そうにお腹をさすっていました。


『ふい〜、美味しかったぁ。あ、フィリアどうかした?』


 ご機嫌も良さそうなので、雨蛙の姿で〈鑑定〉をさせてほしいと頼んでみます。


『へ〜、魔法? 別にいいよー!!』


 簡単にオッケーが出ました。

 パックが蜻蛉羽を羽ばたかせ、宙で一回転すると――


 ――ゲゲッ、ゲコゲコ〜〜!


 薄緑色の雨蛙に変身し、テーブルに着地します。

 うるんとした黒い目を見つめ、私は知識の神に魔力を捧げました。


「神よ、どうか私にお知恵を分け与えてくださいませ。〈鑑定〉!」


 ふわっ、と私の魔力がパックを包みます。

 同時に頭へ流れ込む情報――――


 ――森の高位妖精。大陸最大の妖精境エルヘヴン出身。


「読めました! ……高位妖精?」


 旅に出る妖精は相応の力の持ち主と言っていましたから、それでかしら?


「ふむ、高位妖精ですか! それはそれは。青花宮は考え得る限り最強の番人を手に入れましたねえ」


「そうだな、俺が留守の時も少し安心できる……と言って良いのか?」


「誰かが妖精を怒らせなければ、だね!」


 レオニス様はおかしそうに笑いました。

 良かった、パックは悪しき妖精ではないってことですわよね?


『ケロケ〜ロ! 任せとけ、ここは居心地良いから守ってやるよ! おいらを怒らせたヤツはみんな虫や鳥や蛙に好かれまくるノロイ……いやいや祝福を授けてやるさ〜!!』


 んんっ?!

 今、呪いって言いかけました?

 安心してはいけないかも?!


「パック、乱暴はしないでくださいね? 私は生き物が好きな方ですけれど、世の中には苦手な人もいますから」


「少なくとも、フィリアが邪悪な魔法を使っているなどと誤解されないようにしてからだな」


「妖精よ、もし不届き者がいてもすぐに報復しないで僕か……こちらのヒースクリフ殿下にこっそり教えておくれよ。何とかするから」


『ええ? ん〜仕方ないなぁ、フィリアのためなら我慢するか。美味しいおやつが食べられなくなったらイヤだし』


 抑止力はおやつ……

 完全に妖精を餌付けしてしまったようです。

 レオニス様が止めてくれて良かったわ。

 パックはチョコレート好きになったようですから、お菓子をもっと研究して機嫌を取りましょうか。

 やっぱりキノコとタケノコかしら?



 ……その後クリフとレオニス様はパックと色々話していましたが、私はキノコとタケノコどちらから再現しようか脳内で大論争が起こってしまい、あまり聞いていませんでした。

 ちょっと反省ですわね。



✳︎✳︎✳︎



 高位妖精の凄さを知ったのは、その少し後のことでした。

 教えてくれたのはルイーズ先生。

 レイラ様のお茶会ではほとんど話ができなかったため、アリオット侯爵邸でお茶会を開いてくださったのです。

 先日の伯爵令嬢やルイーズ先生と仲の良い貴婦人も加わって和やかにお喋りし、親交も深まった頃合いで、ルイーズ先生が淑やかに話しかけてきました。


「……そう言えばフィリア様、お聞きになりまして? イリシス公爵邸の庭園が大変な有様になっているそうです」


「まあ、そうでしたの?」


「あのお屋敷はこれまで庭の美しさで知られていました。栽培が難しい繊細な気質の薔薇なども、見事に咲かせることで有名だったのですけれど」


 少し前から急に草花の調子が悪くなり、枯れたりしおれたり病気になったり。どこからともなく大量の虫が湧き、雑草もはびこって庭師達がてんてこ舞いになっているとか。


「それは苦労なさっているでしょうね」


 私は澄まし顔で相槌を打ちます。

 ちなみに、先日のレイラ様のお茶会は「なかったこと」――私はイリシス公爵家に招かれたものの、グレース様が急病になりレイラ様も看病をなさるためお茶会は中止、私やルイーズ先生はお見舞いだけ言って引き返した――ということになっています。

 私が雨蛙をけしかけられたことも、妖精パックのことも秘密です。

 耳ざとい貴族なら「何かあった」と察しているでしょうけど。


 なので私も知らんぷり。

 イリシス公爵家の皆様、ご愁傷様ですわね?

 でも虫を食べてくれる蛙を追い出してしまったからではありませんの?


「ふふふ。ちょうどフィリア様をお招きした直後からだそうです。()()()()の機嫌を損ねたために天罰が下ったのでございましょう」


 ちょ、ルイーズ先生?!

 言葉と微笑が意味深すぎますわ?!

 皆様、()のせいだと勘違いなさるではありませんか?!

 原因は悪戯なようせ……雨蛙でしてよ?


「動植物はなかなか人間の思い通りにはならぬものです。でも公爵家には優秀な庭師がいらっしゃるはずですから、そのうち持ち直すと信じております」


「ええ、いつの日か元のように美しくなったお庭を、また拝見できると良いですわねえ」


 ひええ……

 ルイーズ先生、モナリザのような表情ですわね……!

 言葉とは裏腹に、当分そんな日が来るとは思ってなさそうな感じが漂いまくっています。

 これぞ貴婦人の匂わせ社交術ですわ。

 私なんてまだまだ。

 先生の手のひらでコロコロされている気がします。


「……ねえ、フィリア様。実はわたくし、夫と結婚するまでは山出しの田舎娘でしたのよ。実家はローレンス伯爵家と言って、歴史は長いですがのんびりした家で。子供の頃はわたくし、結構なお転婆でした」


 そんなルイーズ先生が、急に話題を変えました。ふぁさりと扇子を広げて。


「今の先生からは想像もつきませんわ……いつも洗練されて素敵でいらっしゃるもの」


「ふふ、ありがとうございます。それでね、ローレンス伯爵領の一角には、妖精が住んでいると言われる場所がございましたの」


「――えっ?!」


「彼等は悪戯好きで困ったところもありますが、味方につければ得難き幸運をもたらすとされております。心の美しい者にしか姿が見えないとも言われていますけれど、フィリア様なら見えるのではないか、とも思うのです」


 妖精のこともご存じだったのですね、先生……

 ……って、ちょっと待って?!


「買い被りですわルイーズ先生……私、全くそのような眼力はありません」


 蛙は前世から慣れ親しんでいました。

 闇の森にいた時だってズィーゲルフロッグには大変お世話になっていましたわ、()()として!

 ですからちっちゃい雨蛙程度、何ともなかっただけです。正体が妖精だなんて思っていませんでした。

 ――が、本当のことは言えない! 妖精(パック)の存在がバレては面倒です。令嬢の擬態も剥がれてしまいます。

 口ごもっておりますと先生はコロコロと笑い、周囲の女性にも声をかけました。


「ねえ、皆様もそうお思いになるでしょう?」


 ルイーズ先生、本当にどうなさったのですか?!

 私のために言ってくれたのは分かります。

 ベルーザの社交界ではろくな後ろ盾のなかった私を、先生はバックアップしてくださっています。

 でも、あくまで対等な協力関係。

 ルイーズ先生にもアリオット侯爵夫人として立場があり、全面的に私に肩入れすることはない……はずだったのですが。

 今の態度ですと完全に軍門へ降ったと言いますか、私の下へついたと取られかねません。


「え、ええ……」


「そそそ、そうですわね……」


「……ルイーズ様がおっしゃるのならば……」


 夫人や令嬢は戸惑っていましたが、やがて一人、二人とうなずく方が現れ、最終的に十人以上が言わば「王弟妃派」になりました。

 ――が、肝心の私自身がよく分かっていません。

 令嬢モードでやり過ごすのが精一杯です。


「先生……いったいどういうことですの?」


 やがてお茶会がお開きになり、帰り際にお尋ねすると。

 ルイーズ先生は再び、モナリザのごとき表情でささやきましたわ。


「貴女様の不思議な魅力に心酔いたしましたの」


「そんなご冗談を」


「フィリア様はあのヒースクリフ殿下ばかりか、妖精さえ虜にしてしまったでしょう? わたくしも遅まきながら気付いたのです」


「どれも偶然ですわ。先生のお気持ちは嬉しいですけれど……そこまでしていただくなんて」


「わたくし、妖精にはいささか詳しいのですよ? 彼等は嘘や誤魔化しが効きません。貴女様は幸運を引き寄せる素晴らしい方だわ、もっと自信を持ってよろしいのよ」


 ――なぜかとっても好意的になったルイーズ先生に見送られ、私は馬車に乗り込んだのでした。



✳︎✳︎✳︎



「うう……やっぱり、こんなのおかしいですわ……」


 それからしばらく経ったある日の夕食後、私はクリフに愚痴をこぼしておりました。

 今日もお茶会に出席したのですが、疲れる話題があったのです。


「『フィリア様には妖精の加護があって、無礼を働くと妖精の怒りを買うらしい』だなんて。事実と微妙に違うのですが」


 犯人?はルイーズ先生。

 貴婦人の社交術を駆使して、それとなーく情報を操作なさったのです。


「アリオット侯爵夫人は、社交界でも顔が広いから。皆、多少は疑いつつも信じたみたいだね」


 クリフの穏やかな声が耳元で聞こえます。

 私は楽なドレスに着替えてソファに座り、彼は隣に腰かけているので距離が近いのです。

 ようやくこの密着にも慣れてきたと思います。クリフの肩に頭をもたれさせながら話をするのが、ここ最近の習慣でした。


「ええ。何しろ、私に頭が上がらない筆頭がレイラ様なものですから……」


 レイラ様、以前は公爵夫人として優雅に振る舞っていらしたそうです。王太后様の縁者でもありましたから、実質上ナンバーワンの王太后様、名目上ナンバーワンの王妃エディス陛下についで三番手だった訳です。


「……それが今は、私の顔を見ただけで青ざめて挙動不審。恐らく庭園の惨状は私のせいだと思っていらっしゃるのでしょうね。実際には何もしていないんですけど。可愛い雨蛙を一匹引き取っただけですわ!」


「はは。アレクセイもレイラ夫人も悪い人間ではないんだが、二人ともおっとりしていて浮世離れしたところがあると言うか。問題が起こっても他人任せなことが多かったんだ。今回の件は良い薬だと思うよ」


「そう言えばグレース様は大丈夫かしら。教師をつけ直して、厳しい教育を施されているそうですわね。社交界デビューまでに矯正できると良いのですが」


「どうかなあ。割と思い込みが激しい娘だから……それこそアリオット侯爵夫人がつけば再教育できるかもしれないけど、彼女は引き受けないだろうね」


「先生のことも頭が痛いですわ……もちろんありがたいですけれど……」


 私はクリフと正式に婚約しましたが、外国出身で以前に婚約破棄をされた女ですから、妃にふさわしくないと主張する貴族もいました。

 そんな中ルイーズ先生は真っ先に味方になってくれて、水面を泳ぐ白鳥のごとく巧みに泳ぎ回り、私を推しまくってくださいまして。

 結果、女性社交界をほぼ制圧してしまいました。

 でもね。

 私のことを持ち上げすぎなのですわ!


「実際の私はただの悪食令嬢ですのに……!!」


 ええ、ただの愚痴です。頭では分かっています。贅沢な悩みだって。

 ですけど、どうにも居たたまれません。

 妖精さえ手懐ける奇跡の女だとか、本当の私とかけ離れているんですもの。

 ……その点クリフの側は安心できます。

 私が悪食で淑女らしくもなく、駄目なところがいっぱいあることを知っていて、そういう君も好きだと言ってくれるから。


 すり、と頬を寄せれば、クリフは髪を撫でてくれました。

 温かいのもあって段々眠くなってきます。


『――フィリア〜、ちょっと話が……って、寝てる?』


 どこかでパックの声がしました。


「パックか。フィリアはちょっと疲れているみたいなんだ。後でも構わないか?」


 クリフが代わりに答えてくれています。


『そお? んじゃ、あんたに言っとくよ〜』


 パックは人間の身分を気にしないから、王弟にも口調がぞんざいですね。クリフは平気ですけれど。

 そこから二人は小声で何やら話し始めましたが、私にはよく聞こえません。


「……、…………、……」


『――――、………………』


 ああ起きなきゃ……と思うものの。

 クリフの手がなだめるように私の頭を撫でているものですから、つい心地よくてウトウトしてしまいます。


「……イリ……ス公爵家と言えば、令嬢のグレースを覚えているか?」


 ふっと覚えのある単語が聞こえて、少しだけ意識が浮上しました。


『あ〜あの無礼な女? うん、分かるぜ』


「再教育しているが、現状ではうまく行っていないらしい。フィリアや君に謝りもしないし。このままだと修道院行きかもしれない」


『シュードーインって?』


「俗世……家族や友人と離れて、質素な生活をすることだな。だが、もしそうなったらフィリアは悲しむと思うんだ。そこで相談なんだが――――」


『――なるほどなっ! フィリアってメチャクチャやさしーんだな。よっしゃよっしゃ、おいらに任せろ。コッソリ手伝ってきてやるよ!!』


 ううん……クリフ?

 パックにそんな話をして大丈夫なの?

 グレース様も反省してくれれば許したいとは思いますけど……


 でもパックの声はそれきり聞こえなくなってしまい、私は相変わらず夢うつつで起きられず。

 そのままクリフに抱き上げられたのを感じた辺りで、完全に寝落ちしてしまいました。

 翌朝、目覚めてみるといつの間にかベッドにいたのでびっくりしましたわ。

 ……クリフは紳士に徹してくれて、私の世話はヨランダ達に任せてすぐに寝室を出たそうですけど。

 恥ずかしさのあまり、クリフとパックの会話はしばらく忘れていました。


 思い出したのはその日のお茶会で、奇妙な話を聞かされた時です。


「ねえ皆様、もうお聞きになって? イリシス公爵邸の庭に大量の蛙が湧いて、夜じゅう鳴き通しだったそうですわ〜。アレクセイ様から末端の使用人に至るまで不眠になったそうです!」


 ………………!


 当然「何も知りませんわ」と言いましたが、誰も信じてくれませんでした。


 クリフ! パック! いったい何をやっているんですの?!

 皆様が妙にキラキラした目でこっちを見てくるのですが?!

 問題がちっとも解決していませんわ!

クリフもルイーズ先生も当然暗躍しています。

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