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22.「あら、こんなところに雨蛙が。これは食べられませんわね」(前編)

 私は正式なクリフの婚約者になりました。

 つまり王妃であるエディス様に次いで、ベルーザで二番めに偉い身分の女性になってしまったのです。

 こんな女ですのに、ベルーザ王国は大丈夫ですの?


 でも現実問題、王族の数が少ない……というか残っているのがエーリヒ様とクリフしかいないのです。

 なのでクリフは私と結婚後も、しばらくは臣籍降下はしない予定になっています。

 最短でもエーリヒ様に子供が生まれ、立太子されるまでは王弟のままでしょう。

 ひょっとすると甥っ子か姪っ子に代替わりするまで、とかもあり得ます(ベルーザはかつて女王もいたそうです)。

 私の超VIP待遇も、結構先まで続くのですよね……


 そうなると避けて通れないのが貴族の社交!

 皆様、いきなり王弟の婚約者に成り上がった私に興味津々です。

 お茶会だの夜会だの、薔薇を愛でるだの。

 山ほどお手紙が来て、机の上に積み上がりました。


「重要度が高いものは、これとこれと……ああ、こちらもですね。どうなさいますか、フィリア様」


 ヨランダが手紙をささっと仕分けてくれました。


「どうしても必要なもの、欠席してはいけない会には出るわ」


 アストニアにいた頃は、苦手な社交にも頑張って取り組んでいました。

 でも、もう背伸びはしないつもりです。


 ――そーそー。無理してもイイことないからさ!


 前世さんの言う通りですわ。

 そもそも私、「ベルーザの王弟」ではなくクリフと結婚したかっただけです。

 王弟妃になりたかった訳でもなく、不敬な言い方ですけど「勝手にくっついてきたオマケ」に過ぎません。

 もちろん、女性社交界に君臨しようとも思っていませんわ。

 エディス様が社交をお休みされている今、私が積極的に動くと目立ってしまって逆効果だと思うのです。

 王妃陛下に成り代わろうとしている〜だとか、アストニアの女は出しゃばりだ〜とか言われそう。


 もっとも――出なければ出ないで、人付き合いが悪い〜だとか、お高く止まってる〜だとか言われるのですけど!


 ――人間そんなもんよね〜! 煽り耐性のある「私」にお任せだよん。


 ゆーちゅーばーだった前世さん、頼もしいですわ。


 クリフも「俺のせいでフィリアに無理をさせたくない。全部断ってもいいよ」と言っていました。

 が……さすがに全部はマズいですわ、クリフは私に甘すぎます!

 社交界を敵に回さない程度にやっていきましょう。



 そうやって大部分は遠慮しまして、厳選に厳選を重ねていったのですが……

 一通だけ、断りたくても断れないご招待がありました。


 イリシス公爵夫人が開くお茶会です。


「フィリア様もご存じの通り、ベルーザ王国二大公爵家の一つがイリシス公爵家です」


 ヨランダが溜息をついて言いました。


「王宮を去った王太后様のご実家ですわね」


「はい」


 クリフの暗殺未遂をはじめ数々の罪を犯していた王太后様ですが、政治的な思惑から秘密裏に処分されました。

 夫であった先王陛下を失った悲しみが癒えず、修道院で祈りの日々を過ごす……というのが表向きの内容で、そこだけ聞くと温情に思えますが事実上の幽閉です。

 贅沢はできず清貧を旨とする毎日ですね。

 侍女を連れていくことも許されなかったそうです。

 そうなると……


 ――ドレスが()ェ! 宝石も()ェ! 湯浴みの用意で三時間!……って感じじゃない?


 前世さんが日本の替え歌で言いました。

 まあ、そうでしょうね。

 自分で言うのもなんですけど、高位貴族の女って本当に生活能力が皆無!

 料理洗濯はもちろん「服を着る」「顔を洗う」といった基本動作からして他人に手伝ってもらってますから。

 私は前世の記憶があるので、ある程度は自分でできますが王太后様は……

 うん、無理そうですわ。

 日本で言えば、キャンプ未経験の都会人をいきなり無人島に放り込むようなものです。

 ご年齢もあって苦労しているでしょう。それも因果応報なのですけれど。


「この件では前イリシス公爵も、妹である王太后様に協力していたことが分かって密かに処分を受けました。公爵位を譲って完全に隠居、前公爵夫人もご実家へ帰られています。現公爵はご子息のアレクセイ様。エーリヒ陛下とは、いとこ同士でもあらせられます」


 ヨランダが滔々と説明してくれました。

 相変わらず事情通です。

 もちろん、私も概要は教わっています。


「アレクセイ様は前公爵と王太后様……アレクセイ様にとっては父君と叔母君ですが、悪行を全く知らなかったそうですわね」


「はい。真っ青になって陛下とヒースクリフ殿下に謝罪したと聞いておりますが」


「絶賛、微妙な関係ですわねえ」


 今回の招待はその妻、レイラ様からです。


 うーん、まず女同士で仲良くなろうという話でしょうか?

 それとも私が気に入らなくて、けちを付けようとしている?


「絶対にお茶の味がしなさそうで気が進みませんけれど」


「――お断りはできませんね」


 敵に回したくない貴族女性ナンバーワンです。仕方ありませんわ。

 私は出席のお返事をしたためました。

 


✳︎✳︎✳︎



 十日後――――


 私はマダム・ガブリエッラが仕立ててくれた水色のドレスを着て侍女達に飾り付けてもらい、馬車に乗ってイリシス公爵邸に向かいました。


 秋口には珍しいほど暖かい日だったからか、お茶会はガーデンパーティー形式でした。

 薔薇などが咲く美しい庭園に案内され、着席します。

 レイラ様以外の出席者は、私を含めて五人。

 一人は私もよく存じ上げているルイーズ先生ことアリオット侯爵夫人。

 それから婚約式で挨拶をしたことがある伯爵夫人と、そのご令嬢。

 もう一人、髪を結っていない若い令嬢がいます。


「初めまして。グレース・イリシスよ」


 なるほど。

 ちゃんと予習してありますわよ、アレクセイ様とレイラ様の愛娘、グレース様ですわね。

 金髪碧眼、ビスクドールのような美少女です。色合いは背後のレイラ様もですが、エーリヒ様に似ています。血の繋がりを感じますわね。

 背が高く大人びて見えますけれど、まだ十四歳。社交界デビューをしていないため、先日の婚約式には出席していなかったはずです。


「今日はおいでいただきありがとうございます。グレースは、フィリア様にお会いしてみたいと申しておりまして」


 レイラ様が淑やかに微笑みます。

 お茶会ならばデビュー前でも、その家の娘が参加するのは普通ですね。社交を学ぶ場という位置付けです。


「光栄ですわ。グレース様、よろしくお願いいたします」


 挨拶しますと、グレース様はパッと顔を輝かせて身を乗り出しました。


「ねえ、フィリア様はヒースクリフお兄様と結婚なさるんでしょう? グレースね、お姉様も欲しかったんです!」


「まあ」


 ……うわあ。ほんとにおっしゃったわ、お兄様って。

 グレース様は王族の私的な集まりで何度かクリフに遊んでもらったことがあり、彼を「お兄様」と呼んで懐いているとは聞いていました。

 クリフ自身はイリシス公爵家とほぼ血が繋がっていなくて(公爵家は王家から分かれているので皆無ではないですが)、親戚のかっこいいお兄さんというにも遠ーい間柄なのですが。


 それって、なんだか地雷臭がするな〜と思ってしまうのですけど。

 クールジャパンなマンガや小説の読み過ぎでしょうか?


 なおポイントはグレース様は別に一人娘ではなく、立派な実のお兄様も三人いらっしゃる点だと思います。


「姉代わりだなんて。私はベルーザに来たばかりで、むしろ教えていただくことばかりですのに」


「うふふ! じゃあ教えて差し上げるわ! ヒースクリフお兄様はね――――」


 グレース様は朗らかに喋り出しました。


 ――小さな頃からグレース様を子供と馬鹿にせず、レディとして扱ってくれたこと。

 女嫌いと言われているけれど、グレース様にはいつも優しい笑顔を向けてくれたこと。

 王族しか入れない王宮の庭園を、二人で何度も歩いたこと……


 可愛らしい自慢話が続きます。

 ふむふむ。

 意図は明らかですわね、ぽっと出の外人女よりも、自分の方が昔からクリフに愛されている!と言いたいのです。

 単純に憧れのお兄さんを取られて悔しいのか、女として張り合いたいのか……

 何となく後者かしら?


 マウントを取られていますが相手は子供。ムキになってはいけません。

 私は令嬢の微笑みを浮かべたまま、愛想よく聞いて差し上げます。

 昔のフィリアなら「私はクリフにふさわしくないかも」と悩むかもしれませんが、今の私にそのような繊細さはありません。

 あと……グレース様の思惑とは裏腹に、意外と分かってしまうのですよね。

 クリフはグレース様に一部の隙もなく、礼儀正しく接しただけで妹とも女性とも思っていないのが。


 もちろんクリフは大変優しい人です。

 王太后様のことさえ、憎悪より憐憫がまさると言っていました。

 まして幼いグレース様に罪はありませんし、人前ですから丁寧に相手をしたのでしょう。

 その辺りを勘違いしてしまったのですね、グレース様。


「――グレース、いい加減になさい。お茶会が始められないでしょう」


 にこにこしながら聞いていると、レイラ様がついに声をかけました。

 そして私にも頭を下げます。


「申し訳ありませんわ、フィリア様。グレースは末の子で初めての女の子だったもので、つい甘やかしてしまって」


「構いませんわ。私も殿下がお若い頃の話を伺えて嬉しく思います」


「全くお恥ずかしゅうございます。グレース、あなたももう子供ではなくなってきたのよ? フィリア様を見習って、淑女の作法を身に付けなさいな」


「……はぁい。フィリア様、許していただける?」


「ええ、もちろん」


「ふぅん……フィリア様って、優秀な御方なのね!」


 なんだか棘のある言い方ですわね?

 でもそれ以上は何も言わず、グレース様は私の隣の椅子に座りました。


 さて正式にお茶会が始まります。

 香り高い紅茶が注がれ、お茶請けのお菓子も並べられました。

 まずレイラ様がお茶に口をつけ、菓子――今日は食べやすい一口サイズになった、色とりどりのマカロンが用意されています――をたおやかな指でつまみ、一つだけ召し上がります。

 これは毒味も兼ねて、客を招いた側が最初に飲食する決まりなのです。

 その次が、この中で一番身分の高い私。

 作法通りティーカップを持ち上げ、一口頂きます。

 そしてマカロンを……と思ったところで――――


 何かがピョーンと目の前を横切りました。


 ……ん?

 視線を落とせば、白いクロスの上に薄緑色のちっちゃな生き物。

 ……んん??

 目が合いました。私と同じ黒い目です。うるんとしています。

 しばし見つめ合ってしまいました。

 ややあって生き物は頬を膨らませ、ケロケロケロ〜と鳴き声を出します。


「あら、こんなところに雨蛙が。これは食べられませんわね」


 いけない、うっかり本音が出てしまいましたわ!

 に、しても一体どこから跳ねてきたのでしょう?


 私は首をかしげました。



✳︎✳︎✳︎



「――まああ」


「きゃ……」


「フィ、フィリア様……!!」


 周囲の貴婦人や令嬢から押し殺した悲鳴が上がっています。

 今にも腰を浮かせて逃げ出したい模様ですけれど、私が動かないものですから彼女達も動けません。

 身分制度って、罪深いですわね。


 ――ケロロ、ゲ〜コゲコゲコ。


 騒ぎの元は招かれざる客、雨蛙。

 ガーデンパーティーだったのがあだになり、ピョーンと乱入してきてしまったのです。

 ちょっとしたハプニング!

 と言っても親指の先ほどしかありませんし、今は動かず私の前でげこげこ鳴いているだけですが。

 私は慌てず騒がず、レイラ様に顔を向けます。


「レイラ様。万一にも毒のある種類だといけませんので、〈鑑定〉をしてよろしいかしら」


「えっ?! は、はい、ええ、もちろんでございます」


 レイラ様は顔が青くなっていますが、何とかうなずきました。

 蛙がお嫌いなのかしら?

 大きなヒキガエルなら分かりますが、このくらい可愛いものですのに。


「では失礼して〈鑑定〉。――ああ、やはり雨蛙ですわ。毒はありません、良かった」


 ですが、このままではお茶会になりません。薄緑の身体につぶらな黒い目、愛らしい蛙ですけど、レイラ様や皆様は駄目みたい。

 私はテーブルの上に手のひらを出してみました。さすがにむんずと掴むのは淑女らしくありませんものね。

 すると雨蛙は空気を読んだのか、ぴょこんと小さく跳ねて手のひらに乗りました。


「あら、賢い良い子ですわね。ほら、森に……じゃなかった、庭にお帰り」


 日本の「あにめ」を真似して言ってみました。ほら今日の私、青系のドレスを着ていますし。風の谷のなんとやら。

 花壇の方へ手を差し伸べますと、雨蛙はケロケロ〜と一声鳴いて大ジャンプし、薔薇の茂みへ消えていきました。

 ふう、やれやれですわ。


 私は素知らぬ顔で椅子に座り直して、フィンガーボウル(手が汚れた時のために用意されているものです)で手を洗いました。


「皆様お待たせして申し訳ありません。続けましょうか。ああ、お茶が冷めてしまったかしら?」


「フィリア様。そ、その……大変、失礼ながら……その……」


 レイラ様が青を通り越して白い顔になっています。

 私が蛙を逃してあげたので、びっくりなさったのかしら?

 なので私は澄ました表情で言いました。


「なんのことかしら、レイラ様? 私、何も見ておりませんわ。そうでしょう?」


 ここは強権発動です。

 身分の高さをかさに着て、なかったことにいたしましょう!

 悪戯な雨蛙なんて存在しなかったのです!!


「は、ええと、はい、ご温情に感謝を……」


 私を招いたお茶会が台無しになったらレイラ様、ひいてはイリシス公爵家にとっても一大事です。

 レイラ様はコクコクと首を縦に振りました。


「皆様もよろしいですわね?」


 お客様にも念を押します。


「――ふふ、驚きましたが、フィリア様のご判断であれば」


 ルイーズ先生が扇で口許を隠しつつ、艶やかにうなずきます。

 伯爵夫人と令嬢も顔色はよくありませんが、同意しました。言い方は悪いですけど、王弟の婚約者と公爵夫人と侯爵夫人に対して、反論はできないでしょう。

 ところが、です。


「――――信じられないわっ!!」


 最後のお一人、グレース様が椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がりました。


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