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20.「問答無用! 食べれば分かります!」(中編)

少し短いですが、きりが良かったので投下します。

「国王陛下、王弟殿下――並びにアストニア王国フォンテーヌ侯爵令嬢、御光来――――」


 王族専用の通路から大広間に入ると、無数の視線が私達に向けられました。

 煌びやかに着飾った貴族の男女。ざわめきが止み、誰も彼もがこちらに注目しています。


(ヒースクリフ殿下の御姿を拝見するのはいつぶりであろうか)


(ずっと社交を避けておられたゆえ、こういった場に現れるのは珍しい)


(見ろ、女性をエスコートなさっているぞ!!)


(あのご令嬢は何者だ?)

 

 ひそひそ声の中、私は顔を上げて、令嬢らしい微笑を浮かべながら進みます。居丈高ではなく、けれどへり下りすぎるのでもなく、優雅に。

 大丈夫。物心ついた頃からやってきたのですもの、慣れっこです。

 隣にクリフもいてくれます。

 陛下が玉座の前で足を止め、皆の方を向きました。

 片手を上げると、ざわめきは潮が引くように鎮まっていきます。


「――皆の者、よく集まってくれた。今日は喜ばしい知らせが二つある」


 静かになったところで、陛下は口を開きました。


「一つは、察している者も多かろうな。我が妃、エディスが身ごもった。私達はなかなか子に恵まれなかったが、ついにこの報告ができて嬉しい」


 陛下はにこりと笑ってみせます。

 大広間のあちこちから「おお」「ようやくか」といった安堵の息が漏れました。

 王政国家の一大事ですものね。


「王妃はしばしの間、社交に出られぬと思うが温かく見守ってもらいたい。さて、もう一つは――」


 さっと陛下の手が上がり、クリフと私を示します。


「見ての通り、我が弟ヒースクリフの婚約が整ったことだ。こやつもまるで結婚しようとせず心配していたが、ようやく心から愛する女性に巡り合うことができた。皆、祝福してやってくれ」


 すると今度は、驚きの声や小さな悲鳴が聞こえました。

 女性嫌いで有名だったクリフ――ヒースクリフが婚約したというのですから、衝撃的なニュースですわよね。


(殿下がアストニアの女性を囲っているという噂は本当だったのか?!)


(未婚のご令嬢方がハンカチを濡らすことになりそうね)


 どこからともなく、そんなささやきも聞こえます。


 一応、主だった貴族には陛下やクリフが事前に根回しをしてくれたそうですが、その他大勢から見れば私はいきなり湧いて出た「謎の女」ですものね……

 その中で、貴族達の最前列に立っていた男性がさっと一礼しました。


「これはこれは、まことに良き知らせが二つも重なり大層めでたい! おめでとうございます陛下、殿下!」


 あれは宰相のグレアム・ユノン侯爵ですね。

 アリオット侯爵夫人に教わった重要人物の一人です。

 小太りで顔も丸っこく、朗らかな方。裏表がなさそうに見えるほどですが、もちろん一国の宰相がお人好しなんてあり得ません。大変な切れ者だとか。


「うむ。こちらのフィリア・フォンテーヌ嬢はアストニア王国の青き血を受け継ぐお一人。教養や人柄にも優れた素晴らしい令嬢だ。ヒースクリフはずいぶんと理想が高かったと見える」


「小生は最早、ヒースクリフ殿下がお選びになった女性ならば誰でも構わぬ、とまで思っておりましたからな! 由緒正しきアストニア王国、中でも名門のご令嬢であれば文句なぞあるはずがございません。美男美女、お似合いのお二人でいらっしゃる!!」


 何だか、狐と狸が組んで漫才(コント)を始めたような雰囲気ですわね?!

 事前に打ち合わせしていたのかもしれません。


「少し前まで殿下は王宮にさえ近寄らず、気が気ではありませんでしたからな!」


 もしもクリフに何か不幸が起こり、さらに陛下にも子供ができなければ王家断絶の危機。王家から分かれた公爵家が二つあって、完全に血が絶えてしまう訳ではないんですけど。

 だからでしょうか、宰相様は満面の笑みで賛成してくださっています。


 王宮の実力者である宰相様が真っ先に歓迎したためでしょう、他の貴族からも表向き文句は出ませんでした。

 私とクリフの婚約は無事、受け入れられたことになります。


「――ベルーザの未来に栄光あれ! 今宵は共に楽しもうぞ」


 陛下の合図で楽団が音楽を演奏し始めます。

 舞踏会の開幕です。

 私とクリフは今日の主役。もちろん最初に踊ります。

 少し緊張しますわ……!

 運動好きな私ですが、音楽的なセンスやリズム感がなくてダンスは上手くありません。

 事前におさらいもしましたけれど、教科書通りの足運びです。

 応用は全く無理!

 一方、クリフは運動神経の良さがダンスにも反映されています。

 的確にリードしてくれるので、私もかろうじて形にはなっている感じ。


「一緒に練習した時から思ってましたが、クリフはダンスが上手ですわね。ちゃんとできる貴方が羨ましいですわ」


「フィリアも別に下手じゃないよ。基本に忠実だから凄くやりやすい。何より、こうして君と踊れて嬉しい」


 ステップを踏むクリフの口許が綻んで、いつか見たような極上の微笑を浮かべました。

 ひえっ、二度めでも直視できませんわ?!


「い、今はそのお顔はやめてくださいまし! 見惚れて足捌きを間違えそうです」


「ん? どの顔?」


「その、部下の皆様がおっしゃるところの『締まらないにやけ顔』です!」


「やめるのは無理じゃないかな。フィリアが可愛いから」


「……?!!?!」


 危うく高貴な足を踏んでしまうところでしたわ!

 冷や汗をかいたものの、表面上は令嬢スマイルを保って踊り終えました。

 はあ、何とか乗り切れて良かった!


「――お二人とも息の合った美しいダンスでしたな。仲睦まじきご様子」


 踊りの輪から抜け出して壁際に下がると、宰相様に声をかけられました。


「俺が宰相に褒められるとは思わなかった。明日は季節外れの雪が降りそうだ……フィリア、宰相はこう見えて口うるさい上に厳しい人だから気を付けて」


 クリフが苦笑を浮かべます。

 宰相様はフンッと鼻息を吹きました。


「酷いおっしゃりよう! 小生は常に、正直に物を申しておるだけでございますぞ。殿下であろうとも言うべきは言わせていただきます」


「ふふ。察するに、王弟の務めを果たして早く結婚しなさい……というお叱りを受けていた感じでしょうか?」


「ご賢察です。最近はシャッキリなさったようで、フィリア様のおかげと申せましょう」


「否定はしないが、それはフィリアだからだ。宰相の言うことを聞いていたら、多分こうはならなかった」


 ……それって、他の令嬢と結婚していたらやる気は出なかったという意味ですわよね?

 さりげなく惚気を挟まないで!

 恥ずかしいのですが!


「やれやれ、お人が変わったような溺愛ぶり……さて、殿下の幸運の女神たるフィリア様にも申し上げたきことがございます」


「私に……ですか?」


 何かしてしまったかしら?

 いえ、まあ、淑女らしくなくトラウザーズを穿いて馬に乗ったり、釣りをしたり、サイサとソム造りの過程で悪臭を発生させてしまったり、少々やらかしている自覚はあります。

 貴族女性にあるまじき暴挙、王弟妃にふさわしくない!的なお小言が来るかも――と思いましたが。


 なんと宰相様は人前にもかかわらず、深々とお辞儀をしたのです。


「宰相閣下?! どうなさったのです、頭を上げてくださいませ」


 慌てて言うとお辞儀はやめてくれましたが、態度は恭しいまま。想定外すぎてどうすればいいか……

 クリフもびっくりして青い目が丸くなっていますし、周囲にいる他の貴族達も驚いています。


「……実は、小生には六歳になる孫娘がおるのですが、生まれつき心の臓に病を抱えておりました」


 困惑をよそに、宰相様は突然お孫さんの話を始めました。


 ――ひゃ〜おじいちゃんトーーーーク! 長くなるやつじゃん?


 前世さん、鋭い。

 そこから怒涛の孫娘さん不憫で可哀想、ベッドから起き上がれず花や動物が好きなのに窓の外を眺めるだけ、食事も小鳥の餌ほどしか食べられず……という喋りが続きます。


「――ですがひと月ほど前、新しい薬を試したところ劇的に回復いたしまして。その薬の材料は元を正せばヒースクリフ殿下を通じて、フィリア様が提供なさったものと聞き及んでおります」


「えっ?!」


 全然心当たりがありません!

 が、クリフは合点が行ったようで「ああ」とうなずきました。


「あの魚だよ、フィリア」


「――――ああ! アレですわね」


 最初の乗馬デートで私が釣ってしまった奇怪な魚こと、ハンマーナマズですか。

 思い出しました。

 持ち帰って詳しく調べたら非常に珍しく、高値で取引される薬用魚だと判明しまして。

 食べてみたいという悪食根性を引っ込め、病気に苦しむ人を助けるために寄付したのです。

 巡り巡って、宰相様のお孫さんにも届いたみたいですわね。


「今では庭を跳ね回って遊んでおります。貴女様はまさに我が家にとっても救いの女神という訳ですな」


「大袈裟ですわ、でもお役に立てて嬉しく思います」


「いやいや。祖父として心より御礼を申し上げる」


 またお辞儀をなさる宰相様。

 やりすぎです!!

 たまたま釣れた……げふんげふん、手に入ったものを融通しただけなのですが……

 困っているとクリフが口を挟んでくれました。


「全く何事かと思ったが、宰相もこうなると単なる爺馬鹿だな、奥ゆかしいフィリアをあまり困らせないでくれ」


「むう、仕方ありませんな。しかし、それだけではございませんぞ。出来上がった薬の一部を買い取り、貧しい者に配るよう殿下に進言なさったのもフィリア様だとか」


「え、ええ。病のつらさや、健康になりたいという気持ちに貴賤はないと思いましたので」


 高価な薬ですから、ほぼ貴族か裕福な家しか買えないでしょう。

 でも世の中には、貧しくて医者にかかったり薬を買ったりできない人もいます。

 私は前世の医療や福祉を(ふんわりですけど)覚えていますし、アストニアにいた頃はロニアス殿下の婚約者として慈善活動をしていた……まあ面倒くさがったロニアス殿下に押し付けられていたとも言いますが、色々やっていた経験もありました。

 ですから救護院などに薬を寄付しよう!となったんです。


「尊きお心遣いにございますな」


「私は口先だけで何もしておりません、実際に手配してくださったのは殿下です。頼りになりますわ」


 何でもかんでも私に丸投げだった、あのロニアス殿下と違って!


「俺は女神の言う通りにしただけだよ?」


「クリフ、貴方まで! いい加減に人間扱いをしてくださいませ!」


 抗議するとクリフは声を抑えつつも楽しそうに、宰相様もお腹を揺らして笑い出しました。


「そこまで笑わなくても良いではありませんか!」


「ハッハッハ、失礼いたしましたフィリア様。これからも末永く、我が国と殿下をよろしくお願いいたしますぞ」


 宰相様は機嫌良く笑い続けながら去っていかれました。

 ああもう、嵐のようでしたわね……


「疲れた? 飲み物でももらおうか」


 思わず溜息がこぼれ、同時にクリフがさりげなく私を抱き寄せます。

 察しが良い婚約者様です。


「ええ……喉が渇きました。それに私、軽食も気になります」


「では、あちらへ行ってみよう」


 二人で手を取り合って、壁際のテーブルへ向かうことにしました。


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