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19.「問答無用! 食べれば分かります!」(前編)

 早いもので、私が青花宮に住むようになって二か月が過ぎました。

 闇の森でクリフと出会ったのは夏でしたが、ラングヘイムでひと月、さらに王宮へ移り住んで過ごすうち、少しずつ肌寒くなって今は秋真っ只中というところ。

 ベルーザは大きな国で、王都ベルゼストは国土の中央からやや南寄りにあって温暖です。真冬には雪がちらつく日もあるそうですけど、滅多に積もらないのだとか。

 アストニアは北寄りに位置していて冷涼な気候、ラング伯爵領はその中間というところですわね。


 たった二か月ですけれど、色んなことがありましたわ!

 庭に生えていた謎ハーブに始まって、魔法塔での魔力鑑定、メアリ嬢との遭遇。

 婚約式の準備も本格化していきます。ドレスの仮縫い、試着。アクセサリーや靴も。

 加えて専属庭師を決めたり、庭づくりの打ち合わせをしたり。アリオット侯爵夫人を先生に、ベルーザの礼儀作法や貴族界について教わったり。

 アストニアにいる家族や、親しくさせていただいていた他家のご令嬢に手紙を出したり。

 なんだかんだで忙しかったです。



 クリフも同じくらい忙しかったのですが、折を見て乗馬デートは続いています。

 朝少し早起きをして簡単に身だしなみを整え、同じように支度をしたクリフと二人で(もちろん護衛はいますが)馬に乗って出かけます。

 遠出する時間がないので青花宮の敷地内を二、三周するか、王宮内の馬で行ける庭園へ行っていますわ。

 いずれまた遠乗りにも行きたいものです。



 それとカークにお願いして、前世の醤油と味噌に当たる調味料、サイサとソム造りも始めました。

 毎日でなくてもいいですから、また食べたかったのです!

 出来上がるまでに時間はかかりますが。


「……フィリア様は、ほんと気にしないっすね」


 報告をしに来てくれたカークが言います。


「あら、何がですの?」


「いえ、その。サイサやソムって、豆から造るでしょ? 魚介もそうですが、お貴族様が口にするもんじゃねえって言うか」


「私もアストニアにいた頃は食べませんでしたわね。でも気にしませんわ!」


 豆類って栄養豊富で保存性も高くって、素晴らしい作物なのに、なぜかベルーザやアストニアでは評価が低いのですよね。

 魚介類も似たようなもので特に根拠はないのですが、なんとな〜く貧乏くさいと思われています。

 ちなみに、この異世界には一応、お米があります。リェゼと呼ばれているのですけど、これも豆と一緒くたに庶民的な食品とされています。

 私はやっぱりお米が恋しくなるので、カーク達に頼んで時々、リゾットなどで頂きます。

 ただし長粒種……前世でいうインディカ米なんです。食感がパラっとしていて日本の艶々もっちりご飯とは違いますわね。ああ、惜しい!

 ……こんなことばかり考えているから、悪食扱いされるのです。


 でもね。

 私に言わせれば「甘い」ですわ!!

 たかが豆や米や普通の魚くらいで!

 私、げってげてなモンスターにしか見えない深海魚に始まって、蛙、蛇、ホンオフェ、そこら辺の草なんかをもりもり頂いてきた前世の持ち主ですわよ?

 問答無用! 食べれば分かります!

 ……という精神でやってきたのです。

 だいたい地球にだって奇天烈な食べ物がたくさんあったのです、異世界ならもっと凄いものがあっても良いはずですのに!

 ほら、ドラゴンをお刺身にして食べるですとか!


「ドラゴンって百年に一遍出るかどーかっていう大害獣っすよ! 食えませんって!!」


 カークに至極もっともな突っ込みを受けてしまったのでした。



✳︎✳︎✳︎

 

 

 そんなある日、私は窓の外に広がる秋晴れの空を見つめながら、ひたすら立っているだけという簡単なお仕事をしておりました。

 ええ、とっても簡単です。

 私を飾りつける侍女達の方がよほど大変ですわ。

 ヨランダもアリスも、他の侍女もほぼ口をきかずに真剣な表情をして、私のドレスをチェックしたり微調整したり、宝飾品を装着したりしています。

 私はその間、余計なことは言いません。生きたマネキンになって、じっと立ち続けます。この辺りは腐っても侯爵令嬢、慣れていますわ。

 やがてエマリがやってきて、私の装いを最終確認します。


「……よろしいかと存じます。フィリア様、お疲れ様でございました」


「大丈夫よ。ヨランダ、アリス、それに皆ありがとう。少し休憩してちょうだい」


「私は大丈夫です! フィリア様こそ、一度おかけください!」


「飲み物を持ってまいります」


 アリスが椅子に座らせてくれました。

 何しろ正装しているので、些細な動作にも誰かの手助けが要るのです。おしゃれも楽ではありません。 

 私はヨランダが持ってきてくれたレモン水を、ガラスのストローを使って口にします。飲みすぎてトイレへ行きたくなっては大変なので、少しだけ。


「フィリア様。ヒースクリフ殿下がいらっしゃいました」


「お通しして」


「はい」


 侍女が開けた扉から、大好きな人の姿が見えました。

 彼も正装しています。

 ――今日は私達の婚約式なのです。

 私はクリフの目の色に合わせた青系のドレスを着て、金を使ったアクセサリーを着けておりますし、クリフもシャツやトラウザーズは慣例通り白ですが、私の髪や目に合わせて黒い上着を羽織っています。


「フィリア、綺麗だ……」


 クリフはそう言って、照れくさそうに微笑みました。


「あ、貴方こそ。その……格好良すぎて困ります!」


 黒って、こちらだと喪服以外ではあまり着ない色です。

 でもクリフの上着は金糸銀糸で絢爛な刺繍が施されているので、暗い感じは全くしません。むしろビシッと引き締まってカッコイイですわ!

 実は私も、襟元の刺繍を手伝いました。ほんのちょっとだけですけど、ね。

 さりげなくチェックしましたが、特に糸がほつれたり、そこだけ出来がビミョーだったりはしていません。お針子達がうまく誤魔化してくれたようですわ。

 少しお喋りした後、クリフが差し出してくれた腕を取って立ち上がります。


「行きましょう、クリフ」


「ああ。ようやく皆にフィリアを紹介できる。この日を心待ちにしていたよ」


 私の婚約者様、甘さが増していませんか?

 既にクラクラしそう!

 エスコートされ、馬車に乗って青花宮を後にしました。

 到着したのは白亜宮の一角です。

 ベルーザでは、結婚式は王都にある大神殿で行いますが、婚約は人前式。今日は王家が貴族を集めて舞踏会を催し、私達の婚約を発表する予定です。


「お待ちしておりました」


 馬車を降りると、三十代半ばに見える男性が深く頭を下げました。

 バーティスよりもずっと若いですが、服装や雰囲気がよく似ています。


「フィリア様にご挨拶申し上げます。私はディラン。侍従長を務めております」


「初めまして、ディラン侍従長。よろしくお願いいたします」


 敬意を込め、軽く腰を落として礼をします。

 侍従長は陛下の身の回りを整える重要な役職。ただの使用人とは全く違います。機嫌を損ねると大事な用件でも、陛下に取り次いでもらえなかったりします。

 ディランは栗色の髪と灰色の目をした、真面目そうな方です。でもクリフと私を見ると、ほのかに口元をほころばせ歓迎の意を示してくれました。


「陛下がお待ちです。ご案内させていただきます」


 とりあえず受け入れてもらえそうで良かったわ!

 私はクリフにエスコートしてもらい、ディランの先導で白亜宮の内部を進んでいきました。



「――来たか、ヒースクリフ」


 大広間のそばにある控室に入りますと、そこに国王エーリヒ陛下……クリフの兄君が既に座っていらっしゃいました。


「兄上。すみません、遅くなりました」


「良い、私が早く来ただけだ。ようやくフィリア嬢にもお会いできたな。なかなか時間が取れず済まなかった」


「いえ、そんな。お目にかかれて光栄にございます」


 魔力鑑定の後も陛下は多忙で、王妃陛下の体調不良も続いていたため今日が初対面です。

 淑女の礼をしようとしましたが、陛下が軽く手を上げます。


「礼儀は気にせずとも良い。義理の兄として接してもらえぬか?」


 冗談めかして言い、ぱちりとウインクをなさいます。どうやらお茶目な方みたい。クリフも苦笑いしています。陛下と仲は悪くないのだ、と言っていましたものね。

 私は「かしこまりました」と軽く頭を下げるだけにとどめ、クリフと一緒に陛下の向かいへ腰かけました。


「では、改めて。私がヒースクリフの兄、エーリヒだ」


「フィリア・フォンテーヌと申します」


 私達は互いにもう一度、自己紹介をしました。

 国王エーリヒ陛下は二十九歳で、クリフとは一回り近く年齢が離れています。王族によくある金髪碧眼で、色合いはクリフと同じですが、顔立ちはあまり共通点がありません。

 聞いた話では陛下は父君に似ているんだそうです。

 リーザ様譲りの美貌を持つクリフと系統は違うものの、陛下は陛下で男性的な力強さがある正統派イケメンという感じですわね!


「何ならお義兄(にい)様と呼んでくれ。きょうだいと言えば可愛げのない弟しかいなかったのでな、貴女のような妹ができて嬉しく思う」


 陛下……いえ、お義兄様ことエーリヒ様は上機嫌におっしゃいます。

 えっ、馴れ馴れしすぎるのでは?!


「フィリアが嫌でなければ、そうしてくれる? 俺達は家族が少ないから」


「うむ。身内だけの場なら問題ない。エディスもフィリア嬢に会いたがっていたが、今は子が流れやすい難しい時期だと宮廷医が言っていてな。安定期に入れば茶会くらいはできるようなのだが」


「まあ、ご懐妊が確定したのですね? おめでとうございます!」


「良かった。おめでとうございます兄上」


 二人でお祝いを言うと、陛下……エーリヒ様は、はにかむように笑いました。


「ありがとう。少し経過を見ていたが、間違いないと言われた。二か月……だそうだ」


 魔力や魔法がある異世界ですから、妊娠すると一、二か月でお腹に赤ちゃんの魔力が確認できるようになります。前世と同じくらい早く判定できるのですよね。

 エディス様はつわりなど体調不良が続いていることもあり、大事を取って、しばらく社交はお休みされるそう。


「今日はそちらも公表するつもりだ。フィリア嬢のおかげで王国の未来は明るいな」


「ご懐妊は私と無関係ですが……」


「それがそうでもない。実はなぁ」


 陛下が少し苦い表情をしておっしゃったのは、母・王太后様のことでした。


「私達になかなか子ができないので、エディスに当たりがきつかったようなのだ。エディスはずっと私に黙っていたが、母が修道院へ入られた後でようやく打ち明けてくれた」


「ああ〜……それはまた……」


 王妃の役目は一番に、お世継ぎになる子を生むこと。ただでさえ重圧ですのに、姑に責められたら余計駄目ですわ!

 前世の私は独身でしたけど、友人には結婚して子供がいる人や妊活中の人もいました。

 思い出しますわ……お酒やお茶を飲みながら愚痴を聞いてあげたりしましたっけ……

 その王太后様が王宮を追われたのは、私と出会ったクリフが思い切って陛下に相談したからです。ずっと王太后様に命を狙われていたって。

 調べたらクリフの暗殺未遂以外にも余罪がゴロゴロ出てきて、しかし処刑というのも角が立つので修道院へ送られることになったと聞いています。

 エディス様は妊娠二か月だと言いますから、逆算しますと……

 うん。

 妊活の大敵、ストレス源がいなくなったからでは?となりますわね。


「だから言ってるだろう、君は女神だって」


 クリフがまたも大袈裟な発言をします。


「その頃の私はラングヘイムで美味しいものを頂いて療養していただけですわよ? 実際に物事を進めたのは貴方と陛下……ええとお義兄(にい)様ですわ」


 私の存在はきっかけに過ぎませんのに、買い被りです!


「きっかけというのが重要だったのだよ。ヒースクリフにせよエディスにせよ、話してくれるまで気付かなかった私が至らなかったのだが」


 エーリヒ様は大きく溜息をつきました。


「……父上の跡を継ぎ、即位して五年。どうにか国政は安定してきたものの、身近な者達に手が回っていなかったと反省した」


 ……五年前って、エーリヒ様は若干二十四歳。

 しかもお父君は病で急逝。

 帝王教育を受けているにしても、一国の王として立つのは大変だったでしょうね。


 ――バイトでもよくあったな〜。誰かがいきなり辞めちゃうと、残った人間が死ぬ思いするんだよね。


 前世さんも同情しています。

 そう、それに王太后様はエーリヒ様の実母で、権勢を誇る公爵家出身のお姫様でもありました。簡単にスパッと切れませんわよね。


「お義兄(にい)様はこの五年、平穏にベルーザを統治してこられたと伺っております。国のため、民のために尽くされたのですわ」


「そうですよ、兄上。俺が王宮から遠ざかっていたのもいけなかった。ご自分を責めないでください」


「……うむ。幸いにして間違いを正す機会に恵まれた。この二か月はヒースクリフが公務を担ってくれて助かっているぞ。フィリア嬢もこれから王妃が表へ出ない分、楽もあれば苦もあると思うがよろしく頼む」


「はい。私にできることは何でも」


「俺も微力を尽くします」


「ありがとう。……そろそろ時間かな」


 エーリヒ様が、傍に控えていたディランに目を向けました。


「は。主だった貴族は皆、大広間に集まっております。頃合いかと」


 ディランは一礼して言いました。


「分かった。ではゆこうか」


 エーリヒ様がすっと王の顔になり、立ち上がって歩き出しました。

 クリフと私も、それに続きます。

 さあ、いよいよ婚約式ですわ!!


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