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18.「おやめになって!悪食令嬢のライフは零ですわ!」

しつこい風邪+寒暖差+年度末デスマーチが重なって間が空いてしまい、すみませんでした。

読んでくださる方、いいねや評価で応援してくださる方、ありがとうございます。

 好きな格好で、好きな人と、好きなことをするって最高ですわ!!


 私は今、乗馬服を着て馬に乗っています。

 クリフが一緒に過ごせる休日を作ってくれまして、約束通り遠乗りへ出発したところなのです。

 乗馬服は、これまでのようなドレス型ではなくて、新しく仕立ててもらったシャツとトラウザーズ、ジャケットです。男性用と基本は一緒ですね。

 軽い! 締め付けない! 息しやすい!

 毎日これでも良いですわ!

 そのくらい素晴らしいので、ついついはしゃいでしまいます。


 ――フィリア〜! 子供じゃないんだから! 落ち着いて〜!!


 ウキウキし過ぎているのでしょうか?

 脳裏で前世さんにまで「どうどう」をされました。

 うぐぐ、中身アラサーの癖に大人気ないかもしれませんけれど!

 でも、今世のフィリアは十七歳ですわよ?

 今までロニアス殿下の婚約者として色々な我慢を強いられつつも頑張ってきた(頑張ったのに報われなかったとも言います)のですから、少しくらい良いですわよね?


 ――ま〜、クリフも嬉しそうにしてるからイイけど。落馬しないでね……


 気をつけますわ!


 そんな訳でぱからぱからと馬を走らせ、目的地に着きました。

 王家の狩猟場です。小さな湖があって、その周りは木に囲まれています。


「フィリア、釣りをする?」


 クリフはちゃんと約束を覚えていました。

 淑女らしくないとか、そんなことも全く思わないようです。


「良いんですの?」


「そのために釣竿を持ってきたんじゃないか」


「心の広い恋人がいて幸せですわ! ありがとうクリフ、大好き!」


「はは、これくらい幾らでも。どこにしようか」


「あちらの木陰にしませんか? 日焼けは厳禁だとヨランダに言われているので……それに、ああいう場所の方が面白い魚が釣れそうですわ」


「分かった、そうしよう」


 そういうことになりました。

 並んで座り、釣り糸を垂らします。


「クリフは釣りをしたことがありますの?」


「子供の頃に何度か。アルヴィオ……ああ、ラング伯爵の息子なんだが、あいつは野生児なものだから遊ぶというと野外がほとんどだった。あとは騎士団で、食料を現地調達する訓練というのがあって、俺もやったよ」


「現地調達! わくわくしますわね!」


 アドリブ力が試されてしまうアレですか。

 前世さんもよく動画ネタにしていましたわ。


「鹿や猪を仕留められれば良いんだけど、そう上手く行かないこともある。大変な訓練なんだ。……でもフィリアは大丈夫そうだね」


 クリフは楽しそうに笑いました。


「ええ、蛇でも蛙でもお任せですわ……あっ! 引いています!」


 気合一発!

 ちょっと手こずりましたが、最初の一匹が釣れました。

 ……前世のマスに似ているかしら?

 緑がかった銀色で、三十センチくらいあります。


「名前は忘れたが、確か食べられる魚だったと思う。俺も負けていられないな」


 そこから、二人とも立て続けに魚がかかりまして五匹ずつ釣れました。大きさは違いますけど、種類はどうやら同じですわね。

 ここは王家の所有地で、あまり人がいません。そのせいか、魚も比較的警戒心が薄いようです。


「釣果としてはまあまあかな」


「たくさん釣っても食べ切れませんし、そろそろ切り上げますか?」


 ……と言った先から、六匹めがかかりました。


「えいっ!」


 これもどうにか釣り上げたのですが……


「……見たことがない魚だなぁ」


「紫色ですわねえ」


 見た目の凄い魚でした。

 前世の出目金みたいに、左右に飛び出した目が特徴的です。しかも目は真っ赤でギョロッとしてます。

 体長は二十センチほどあり、黒ずんだ紫色。ナマズっぽい太めのシルエットですが硬そうな鱗がびっしり生えています。頭にはごつごつしたコブ、ひれにも棘があって危険な感じ!


「とりあえず〈鑑定〉だね」


 クリフが魔法を使ってくれました。


「ええと……ハンマーナマズ? 頭の形が変わっているからかな。毒はないようだが」


「無毒ですのね……私もやってみますわ」


 試しに私も鑑定魔法をかけてみます。


「身は苦味が強くて食べられないそうですわ。でも薬に使われるみたいです」


 〈鑑定〉は、使う者の知識やイメージに左右される魔法です。

 クリフはまず毒がないか、触れても大丈夫か調べてくれました。私は例によって食べられるかを知識の神にお尋ねしたのですが、どうも食用には向かないようです。

 ……苦味さえどうにかすれば食べられないかしら?

 ちょっと悪食センサーが疼く魚ですわね。


「薬用か。一応、持って帰ってみようか」


「そうですわね」


 せっかく釣れた魚です。持ち帰って、もっとよく調べてみることにしました。


 おなかも空いてきたので釣りはおしまいにし、手を洗ってから軽食を取りました。

 青花宮のシュルツ料理長やカーク達が作ってくれたサンドウィッチです。

 さすがプロの技、味も彩りも良いです!

 私も手伝いたかったけど、万が一にも怪我をしたら大変ですと阻止されてしまったのです。

 もうじき婚約式を控えているので仕方ないですわね。

 ですが、このままでは……

 クリフに食べさせたものが、毒蛙と毒キノコと毒草の煮込みをメインにした闇の森定食だけになってしまう……

 ちょっとマズいですわよね。

 どこかでリベンジしようと、心に誓った私なのでした。


「次はどうしましょう」


「良ければ、湖の周りを歩いてみないか?」


「素敵ですわね!」


 手を繋いで散策に出かけます。

 景色がとても綺麗。

 気の早いことに、葉が赤や黄色に色づいている木もあります。水面に映る様子も美しいですわ。


「良いところね、本当に」


「人目もないから、自由にできるだろう?」


「ええ。あら、水鳥がいるわ!」


 鴨でしょうか? 水辺に茶色と黒のまだら模様をした大きめの鳥がいます。

 よく見ようと近づいたのですが、途端にバサッと翼を広げて飛んで行ってしまいました。


「ああ〜……〈鑑定〉してみたかったのに」


「食べる気だったの、フィリア?」


「ち、違います! 名前を知りたかっただけ!」


 前世では見たことがない鳥だったんですもの!

 ……と、その時になって私は気付きました。

 いつの間にか、クリフの腕を抱えて引っ張っていたことに。


「あっ。ご、ごめんなさい!」


「いや、君の意外な一面をたくさん見せてもらって、とても楽しいよ。……フィリアから甘えたり抱きついたりしてくれるし……」


 うう、恥ずかしい!


 その後も、道端に生えている野草やキノコを〈鑑定〉してみたり、クリフとお喋りをしたりして、しばらく散策を満喫しました。

 この狩猟場は昔から、自然の恵みが豊かで王家の所有とされてきたそうです。

 特に三代前の国王が狩猟好きで、社交の一つとして狩猟が流行ったんだとか。今、私達が住んでいる青花宮もその時に建てられた離宮です。

 でも、その後は流行(ブーム)が去ってほとんど使われなくなり、現在では貴重な動植物の楽園になっているみたい。

 森に入らず、湖畔から見える範囲だけでも色んな植物やキノコがありましたし、時々、姿を見せる鳥や動物も珍しいものが多かったようです。

 大満足ですわ!

 私もクリフも「あうとどあ派」なのです。

 歌劇(オペラ)を見たり、買い物をしたりするのも嫌いではありませんが……こっちの方が私達に合っているのでしょうね。


「他の令嬢だったら、こんな過ごし方はできないかもしれないな。やっぱりフィリアは特別だ」


 クリフも同じようなことを言いました。


「クリフは騎士ですし、身体を動かす方が好きかしら?」


「ああ。兄上は読書や学問が好きで思慮深いんだが、残念ながら俺はどうも苦手だよ」


 眉を寄せて言うものですから、思わず笑ってしまいます。

 麗しい美男子なクリフは中身も完璧超人だと思われがちですが、こうして見ると等身大と言うか……可愛いと言うか。

 好きな人ならおーけーだなんて、私も大概ちょろい女ですこと。


「私、貴方のそういうところも結構好きよ」


「……え。なんで?」


 本人はよく分かってないみたいですけど。



✳︎✳︎✳︎



 ――楽しい時間ほど早く過ぎてしまうって本当ですわね。

 日が少し傾いてきました。そろそろ帰る頃合いです。

 私達は来た道を戻ることにしました。


「楽しかったですわ。ありがとう、クリフ」


「俺の方こそありがとう。とても楽しかった。――実はね、ここには昔、一度だけ来たことがあるんだ。母と」


 歩きながら、クリフがぽつりと言いました。


「リーザ様と?」


「ああ。俺はたぶん四歳くらいかな。母は俺を産んでから身体を壊してしまって、滅多に会えなかった。その時はたまたま体調が安定していたらしい。春で、小さな野の花がたくさん咲いてたな……」


「花畑!……それもきっと綺麗でしょうね」


 私は控えめに相槌を打ちます。

 クリフの整った横顔。風に揺れる金髪の下で、青い目が少し遠くを見ているように思えます。


「楽しくて、帰りたくなかった。子供だったからダダも捏ねた。結局また来ればいい、今日は帰ろうと言われてね。でも、母は直後に体調が悪化してしまって……二度目はなかったんだが」


「クリフ……」


 リーザ様が若くして亡くなられたのは、私も知っています。クリフはたった五歳でお母様と引き離されてしまったんですよね。

 思わず立ち止まってしまいました。

 小さかったクリフの孤独、彼を置いて逝かなければならなかったリーザ様の無念を思うと、胸がつきんと痛みます。

 貴族の女は、表情をころころ変えてはいけませんのに……今の私はどうやら、それに失敗してしまったみたい。

 ふっと私を見たクリフが、慌てて言葉を継ぎ足します。


「ああ、しまった。せっかくフィリアとデートしてるのに、湿っぽい話をするつもりじゃなかった。ごめん、何が言いたいかというと、君とここに来られて、楽しく過ごせてよかったってことだよ」


 そう言って優しく微笑んだので、私は胸がいっぱいになりまして、彼の手を取って言ったのです。


「また来ましょう、クリフ! 冬も春も夏も、次の秋も」


「……ありがとう。うん。また来よう」


 クリフの腕が私の背中へ回されて、ぎゅっと抱きしめられました。

 ――私、この人に出会えてよかった。

 唐突にそう思いました。

 闇の森でクリフに出会って、助けてもらって、愛されて。

 それは私にとって、この上なく「良いこと」でした。

 アストニアにいた時は色々ありましたが、もう全部過去の出来事になりました。もう思い出してもつらくはありません。

 でも……私だけではなかった。

 クリフにも「良いこと」だったのだと――彼のために私にもできることがあって、彼を愛して家族になって、独りにしなくて済んだのです。この優しくて綺麗な人を。


「愛しているわ」


「ああ。愛してる、フィリア」


 言葉と一緒に、唇へ軽いキスが落とされました。


「クリフ――――」


「この間のやり直し。ようやくできた」


 幸せそうに再び微笑まれて、私の心臓が跳ねました。

 ええ、あれから忙しかったり周りに人がいたりで、全くそういう雰囲気になりませんでしたから……

 でも!

 今だって周囲には護衛の騎士とアリスがいるんですのよ!

 クリフ自身も騎士で帯剣してますから多少ゆるめの警護で、視界に入らないように距離を取ってはいますけれど。

 私もクリフも王族や貴族として、人にかしずかれて暮らしてきたとは言え……気恥ずかしいものは気恥ずかしいんです。

 顔が赤くなってしまったであろう私を、クリフがくすくす笑いながらまた抱きしめまして。

 思いもよらないことを囁いたのです。


「――で、これは今日の分」


 ……えっ?!

 一瞬、何を言われたのか分かりませんでした。

 …………えっ、ええ?!

 まさかのおかわりですの?!

 ちょっと待って……


 …………。

 ……………………。

 ………………………………っ、っ!!


 ちょ、ちょっと待って!

 本当に!!


「――クリフ。私、このままですと腰が抜けてしまって馬に乗れなくなりますわ……!」


「可愛いなフィリア。大丈夫、俺が乗せていってあげる」


「大丈夫じゃありませんわ! 駄目、悪化してしまいます!」


 おやめになって! 悪食令嬢のライフは(ゼロ)ですわ!


 しっとりした雰囲気から一転、心臓がバクバクして大変なことになったのでした。



 帰るまでが遠足って、前世ではよく言われてましたが。

 まさか愛されすぎてヘロヘロになるとは思いませんでしたわ……


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