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EX.それぞれの誤算④(sideアリス)

 私の名前はアリス。

 王弟ヒースクリフ殿下の想い人、フィリア様の侍女です。


 フィリア様はとっても美しくて素敵な方なんですよ!

 女性としては背が高く、細身ですが優美な輪郭を描くお身体。

 凛とした怜悧なお顔。

 神秘性と異国情緒にあふれた黒い御髪(おぐし)と瞳。

 ところがフィリア様は全く、ちっとも、ご自分の容姿に自信がありません。

 背が高すぎて女らしさに欠け、顔も可愛げがなく、髪や目も不吉な色合いで根暗に見える……と思っていらっしゃるんです。

 原因は分かってます、元の婚約者だった男です!

 信じられないロクデナシ!

 ヨランダが言うには「きっとフィリア様の方が社交や公務をこなす能力が高くて、他にけなせるところがなかったのでしょう」とのことですけど、それにしたって酷すぎですよ。

 しかしフィリア様はそんな屑と幼い頃から十年以上も婚約していたので、すっかり間違った価値観を刷り込まれてしまっています。

 ご家族も、高位貴族にありがちな希薄な間柄だったみたい。

 じゃあ使用人、特に侍女達は?

 お仕えするご令嬢を美しく着飾らせるのが仕事ですよ?

 機会を見つけて、そっと伺ってみました。

 すると……


『昔の私は、王子の婚約者にふさわしく在ろうとして肩に力が入りすぎていたのよね。侍女達の粗相や間違いも許せなくて、小さなことでも叱りつけてばっかり。厳しすぎて怖がられていたのよ』


 フィリア様は、少し寂しそうに微笑んでおっしゃっていました。


『それにね、アストニアって伝統や格式に厳格だから、私って最初から論外なの。私自身もおしゃれしても無駄だと思っていたし、周りも口に出さないけれど同じように思っていたでしょうね』


『フィリア様……』


『そんな顔しないで、アリス。平気よ、今は貴女やヨランダが一生懸命、私にも合うようなおしゃれを考えてくれるじゃない。幸せだわ!』


 …………。

 私、やっぱりフィリア様以外のアストニア人を好きになれないかもしれません。

 誰もフィリア様の味方がいなかったんですか?

 特に第二王子! ハゲてしまえば良いと思います!

 フィリア様は型通りの女性ではないからこそ、こんなにも魅力的でいらっしゃるのに。



 以来、私やヨランダは事あるごとにフィリア様の前で、そのお美しさを褒めちぎっています。

 フィリア様は困惑なさってましたけど、メルティエン服飾店のマダム・ガブリエッラ、誰よりもヒースクリフ殿下も一緒になって言いまくったおかげで、どうにか洗脳が解けてきたかな?って感じになってきました!

 そうです、この調子!

 今日も私はフィリア様のために頑張りますよ!



✳︎✳︎✳︎



 そんな回想を終えた私が衣装部屋でこぶしを握って気合を入れていると、柔らかな声がしました。


「まあ、まあ。大丈夫ですよアリス。女性は愛されて美しくなるのですよ。フィリア様はヒースクリフ様からあれほど愛されていらっしゃるんだもの、遠からず自信を持てるようになりますとも」


 青花宮の侍女頭、エマリさんです。

 穏やかなおば様って感じですけど、ヒースクリフ殿下がお生まれになった時からお世話をしているという大ベテラン。優しく諭されると説得力があります!


「ええ、焦っても良いことはありません。長い目でやっていきましょう」


 エマリさんに続いてヨランダも衣装部屋に入ってきました。


「はい! フィリア様はまだアリオット侯爵夫人とご一緒ですか?」


「ええ。とてもお話が弾んでいるようです」


 フィリア様は今、別室で作法の講義を受けていらっしゃいます。

 アストニアで厳しい教育を受けてこられたフィリア様のお作法は、既に完璧と言っていいレベルです。

 でも真面目なフィリア様はさらに上を目指してベルーザの王弟妃教育に取り組んでいて、教師役のアリオット侯爵夫人にも気に入られているみたい。

 私達ものんびりしていられません!


「アリス、例の衣装はどうなっていますか?」


 ヨランダに訊かれて、私は力強くうなずきます。


「もちろん万全ですっ! 帽子やブーツ、手袋。髪を編む紐や、お色味を合わせた口紅もそろえました!!」


 二日前、マダム・ガブリエッラや宝飾店からフィリア様の服飾品がいくつも届けられました。

 白亜宮から手伝いの侍女にも来てもらって、衣装部屋に収めてあります。

 その際に、侍女の一人が仕事をサボってヒースクリフ殿下のお部屋へ入り込もうとしたりして一悶着あったんですけど(ちなみに殿下はフィリア様とお茶をなさっていて部屋には不在。侍女はなぜか食材の保管庫に迷い込んだところをカークに見つかったそうです)、まあ何とか無事に終わって、これでフィリア様の衣装が一通りそろいました。

 ドレスはもちろん、下着やナイトドレス、靴、アクセサリー類までたくさん。

 もちろん夜会のドレスなんかは流行に合わせて、今後も仕立てることになります。婚約式のドレスも作っている最中です。

 ですが、その中でも――


「はあ、思い出すと今でもウットリしちゃいますね! フィリア様、本当にあの衣装がよくお似合いで……!」


「マダム・ガブリエッラがリリエンテ姫を引き合いに出したのも納得ですね」


「ですよね〜!!」


 ヨランダと話し合っているのは、今までにないご衣装のことでした。

 ずばり乗馬服です。

 なんとフィリア様が、男性と同じようなシャツとトラウザーズをお召しになるんですよ!

 もちろん、お身体に合わせて仕立ててありますけど。

 高位貴族の令嬢では珍しいというか、田舎出身の私だけでなくエマリさんやヨランダも聞いたことがないと言います。

 でもでも!

 試着なさった時のフィリア様が、格好良いことと言ったら!

 御伽話のリリエンテ姫みたいでした!!

 最初はちょっと難しい顔をしていたエマリさんもフィリア様のお姿を目にした途端、くるっと手のひらを返して「これは少女に戻ったような、浮き立った気持ちになりますねえ。素敵ですこと」と言うくらいだったんですよ〜!

 フィリア様も嬉しそうで「動きやすくて身体が締め付けられないからとっても楽ですわ! 毎日これでも良いくらいよ」と笑顔でした。

 いえ、毎日は駄目だと思いますよ?!

 まあ、そのくらいフィリア様も気に入っていて、乗馬の練習も熱心になさってました。これを着て殿下と馬でお出かけするのを楽しみにしてるんです。


「いよいよ明日ですね。抜かりなく準備しましょう」


「私は馬で追いかけますけど、ヨランダは留守番でいいんですか?」


「ええ、私は一人では馬に乗れませんからね。何しろ家が貧乏でしたから、乗馬は全く縁がなくて。アリスがいてくれて助かります」


 なんでもできそうな頼れる先輩のヨランダなのに、馬に乗れないなんて意外ですよね。

 でも私は知ってます。

 ヨランダはちょっと遠出する時やお買い物で荷物が多くなる時は……

 旦那様のガイスさんにお願いして、ガイスさんの馬に二人乗りしてお出かけしてるってこと!!

 なにげに仲良しなんですよね〜。


 フィリア様だってヒースクリフ殿下の馬に乗せてもらっても良いと思いますけど、それをしないのが逆にフィリア様らしいとも言えますよね。

 するとヨランダが驚くことを言い出しました。


「私は必要ありませんが、アリスは仕立ててみたらどうです? フィリア様と同じ乗馬服」


「ええ〜?! わ、私はさすがにちょっと……」


「あら、あら。でもアリスは乗馬が得意なんでしょう? おうちはロネー商会だとお聞きしましたよ」


「エマリさんまで! 私はフィリア様みたいに着こなせませんよぅ!」


 実は私、貴族ではなく裕福な商家の次女です。

 ロネー商会と言って、馬具を専門に取り扱っています。

 子供の頃から馬は身近でしたし、お客さんには平民の女性冒険者で男装する人もいましたね。

 ……平民と言いつつ、貴族の血が混じっていて魔力が強い場合もあるみたいです。魔法使いになれるほどじゃなくても、魔力が高ければ身体能力も高くなりやすいので、それを生かした職に就くって訳ですね。

 でも私は自分で言うのもなんですが、子爵家から嫁入りしてきた母と厳格な父によって、お嬢様っぽく育てられました。

 ラング伯爵家の侍女になったのも、結婚相手に良い男性を捕まえてきなさいという意味だったんです。私は侍女の仕事が結構面白くて、結婚は後回しにしてましたが。


「両親が許してくれませんよ〜、そんなの……」


 その時は、本当にそう思ってたんです。



✳︎✳︎✳︎



 翌朝になりました。

 いつもより少し早い時間に、フィリア様を起こしに伺います。

 洗顔や歯磨きをなさった後にお召し替え。

 ドレスは着付けも大変ですが、今日は乗馬服ですから短時間で終わります。


「フィリア様。御髪はこれで良いですか?」


「ええ、素晴らしいわ。ありがとうアリス」


 ベルーザでは未婚の令嬢は髪を下ろし、交際中の男性や婚約者がいれば一部だけ結い、結婚すれば完全に結い上げるのが一般的です。

 ただし馬上では髪を結んだ方が良いです。

 髪飾りも取れやすいですし、宝石や金銀がキラキラしていると馬が気にしてしまうことがあります。

 フィリア様も後頭部で結んで三つ編みにし、落ち着いた色の髪紐でくくることにしました。

 お化粧も控えめ。

 馬は香水の匂いも嫌うので付けません。

 さあ、これで完成です!

 ちょうどヒースクリフ殿下もいらっしゃいました。

 殿下に披露するのは初めてです。

 どうなるでしょう?

 侍女が開けたドアから入ってきた殿下は、フィリア様を見て立ち止まりました。

 フィリア様は軽やかに駆け寄って、殿下の目の前でくるりと一回転しました!


「見て、クリフ! これで貴方と一緒に行けますわ!!」


 …………。

 もしも殿下がフィリア様の男装や乗馬をよく思っていなかったとしても、これをやられたら一撃ですよね〜!

 ヒースクリフ殿下は元から鷹揚で、フィリア様のしたいことには反対なさいませんけど。


「……フィリア、とても綺麗だよ。そういう格好をしていると新鮮だな。俺は詩人じゃないから、うまく言えないが」


「あんまり褒められると恥ずかしいですから、言わなくていいですわ。行きましょう!」


「ああ。ではお手をどうぞ」


 殿下が手を差し出すと、フィリア様はほんのり頬を紅くして言いました。


「……あのねクリフ。今日は普通のエスコートではなくて……手を、繋いでくださらない?」


 ……という甘いやり取りを経て、お二人は指を絡めて手を繋ぎ、連れ立って出かけてゆかれました。

 行き先は王宮の隣に広がる狩猟場で、湖のそばで過ごして軽食を召し上がって帰ってくることになっています。

 私は何人かの騎士さん達と一緒に、後ろから馬でこっそり着いていきました。

 そして分かったのは、フィリア様はかなり活動的な女性だったんだな〜ということです。

 以前から行動力のある方だなって思ってましたが、あれでも控えめだったんですね?!

 男装なさると足取りが軽く、いつもは殿下に付き従っていらっしゃるのが嘘のように自分から殿下を引っ張っていく勢いです。

 行く道で馬に乗って、殿下と追いかけっこみたいなじゃれ合いをして。

 湖ではどこで身に付けたのか、堂に入った釣りの腕を披露なさり。

 殿下とも気安く身を寄せたり甘えたりもなさいますし。

 良い意味で子供っぽい、いえフィリア様は大人びて見えても私と一つしか違わないので年相応と言うべきかもしれませんが、元気いっぱいなんです。

 そんなフィリア様を眺めて、ヒースクリフ殿下も嬉しそうに終始笑顔を見せてらっしゃいます。

 軽食を取った後は湖の周りを散策なさってました。

 途中で殿下がフィリア様を抱き寄せて……

 …………!!!

 そ、そそそその先は見てません!

 騎士さん達と空気に徹しましたもん!

 フィリア様の頬が紅くなっていらしたのも見て見ぬふりです!


「……よし、良かった」


「そうだな。アレで済んで良かった」


 私の横で、副団長のライルさんと騎士のお一人が何やらごにょごにょと不埒な発言をしてますが、聞こえないふりをします!

 できる侍女の基本です!


「……これは今回だけで終わらないでしょうなァ。口の固い奴で当番作りますか」


「そーなんだが、既婚者が少ねえんだよな〜第一(ウチ)は。独りもんにあのフィリア様を見せるのはマズい気がするんだ」


「普段のきりりとしたご様子と全然違いますからなァ」


「ウチに任務の内容をペラペラ喋る奴はいねえけど、なんだかんだで噂になっちまうんじゃないかねえ……」


 ライルさんは溜息をついていました。

 私も一部、同意せざるを得ません。

 来たるべき次回のために、フィリア様の髪型やお化粧を一層研究しなければ!と気合を入れ直した記憶があります。

 ……この時はまだ、他人事だったんですよねえ。



✳︎✳︎✳︎



 ――ライルさんの言った通り、その後もフィリア様と殿下の馬上デートはちょくちょく行われました。

 一応お忍びではあるんですが、何回もやっていると人目につくようになります。王宮内は無人じゃないですから。

 最初はフィリア様が男装していたせいで、遠目には小柄な男性に見えたみたい。

 殿下が少年をご寵愛なさっているのでは?!という不名誉な噂が湧きかかって焦りました!!

 で、社交をなさるようになったフィリア様が「実はあれは私ですの」とおっしゃったんです。

『どうしても殿下とご一緒したかったものですから……』

 普段は完璧な淑女のフィリア様が頬を染めて恥じらうので、相手のご令嬢も『ま、まあ、仲がよろしいのね』としか言えません。

 一方のヒースクリフ殿下も男性の社交の際に、フィリア様が装いを変えると違った一面が見られて大変魅力的なのだ……というような発言をなさって、それが広まっていきました。

 結果、男女交際の一環で一緒に乗馬をするのが流行り出すようになったんです。女性もシャツとトラウザーズを着て。

 ――そこまでは別に良かったんですけど。

 目敏い商人である私の父、ロネー商会会頭ベネディクトが黙っていませんでした。

『これは商機だぞ、アリス!! なぜもっと早く教えてくれんのだ』

『だって私が子供の頃、男みたいな真似は許さん!って言ってたじゃない』

『むっ……じ、時代が変わったのだ!!』

『ええ〜?!』

 ……大人って汚いなあって思いましたよ!! 

 父は、女性向けのおしゃれな馬具や乗馬服をいち早く売り出して大儲けしました。

 すると当然、娘にしてフィリア様の侍女をやっている私も着たり使ったりしてみせることになる訳で――――


「アリスも似合いますね、新しい乗馬服」


「あら、まあ。若いって良いわねえ」


「ううっ、フィリア様みたいになんて無理ですぅ!」


 ボディラインが出てしまって恥ずかしいんですけど?!

 私はフィリア様のような美人じゃないのに!!

 でも……


「わあ、今日はアリスもおそろいなのね! 嬉しいわ!」


 敬愛する女主人にそんなことを言われたら、断れないですよねえ……

 もうちょっと自分の美容も頑張ろう、と私は決意したのでした。


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