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EX.それぞれの誤算②(sideレオニス)

読んでくださる方、応援してくださる方、いつもありがとうございます。

 僕――レオニス・フィングレスは昔から、ひねくれた可愛げのない性格だった。

 一応は貴族に生まれ、さして裕福じゃなかったが、庶民よりは贅沢な暮らしをしてた。

 でもね。

 食事なんて『胃に入れば一緒だよな〜』と思ってた。

 そりゃ生のまま人参をかじったりするのは嫌だが、食べられるように調理されていれば良くないか?


 ものの美醜もよく分からなかった。

『ほらレオニス、ウィステリアの花が咲いているわ。綺麗でしょう? ね?』

 母は、僕が書斎にある小難しい本ばかり読んでいるせいで性根が曲がってしまったのではないかと心配して、しょっちゅう庭に連れ出しては情緒を教えようとしていたな。

『……ええ、綺麗ですね、母上』

 澄まし顔で僕は答えるものの、次のセリフはこうだ。

『すぐに枯れるけど』


 ……ませた嫌なガキだよね。自分でも思うよ。

 ひとの美醜も関心がない。僕の顔も女性受けは良いらしいが、所詮は皮一枚の話だろう?

 美の基準だって結構、適当だしさ。例えばベルーザ王国の建国当初は肉感的でふくよかな……現在なら肥満体型としか言えないような女性が美しいとされていたらしい。本で読んだ。

 今はすらっとした細身で色白な女性が持て囃されていて、母や姉も食事制限や美白に励んでいたけど。


 一事が万事こんな調子で変な子供であった僕だけれど、魔力には恵まれていた。

 実家はフィングレス伯爵家の分家に当たる貧乏貴族だったんだが、そこから才能を見込まれて本家の養子に入った。

 そしてウルクス師長の弟子になった。

 師長は先代伯爵の異母弟で、厳密には大叔父だが血の繋がりは薄い。面倒なので叔父上と呼ばせてもらってる。

 ベルーザどころか他国にも滅多にいない大魔法使いだ。

 僕は幸運にも、その背を追って魔法の道を歩いている。


 魔力、それに魔法は創造神からの贈り物。もう一つの生命力であり、無限の可能性を持つ深遠なもの。

 難解で複雑だが、答えは常にシンプルで永遠。

 移ろいやすい俗世、魔法塔の外とはそこが違う。



✳︎✳︎✳︎



 ベルーザの魔法塔は、その名の通り魔法師――王国や貴族に仕える魔法使いのことを指す――が集う場所。僕と似たりよったりの変人がいっぱいだ。

 王宮の外に屋敷を構える者もいなくはないが、塔に隣接する寮に住む者がほとんど。僕も叔父上も住み着いているクチで、用のある時しか外へ出ない。

 しかしこの日、僕は青花宮の近くへやってきていた。

 離宮の周りに張り巡らせた魔法結界を確認するためだった。

 あちこちに設置した魔法の仕掛けを一つずつ調べていくが、今のところ異常はなさそうだった。


「――さすがに考えすぎだったかな」


 小声で独り言を口にする。

 僕が警戒しているのは、とある令嬢だった。

 リンデール侯爵家。

 力ある魔法使いを多数送り出してきた名家だ。

 が、現侯爵とその兄弟には魔力の高い者が出なかった。

 魔法の才能は、必ず親から子へ受け継がれるとは限らない。魔力持ち同士で結婚すれば子供も魔力が高い場合が多いけど、絶対ではない。

 それでだいぶ凋落してしまったんだが、侯爵の娘であるメアリ嬢はなかなか良い線を行く魔力持ちだった。

 ただしベルーザをはじめ、ここらの国では女性――それも伯爵家以上の身分ある女性が魔法を教わることはまず、ない。

 フィリア嬢は魔法に興味があって、教師に頼み込んで初歩の魔法だけ・人前では絶対に使わないという条件で習ったらしいが例外と言える。

 魔力持ちの女性はその魔力を自分で使うのではなく、高魔力の男性と結婚して子供に引き継がせるのが一番良いとされているからだ。

 魔力は使えば一時的に減るけれども、使わないでいれば自然に回復するんだけどね……子供に影響があるという根拠はない。

 単に、夫婦げんかの時なんかに妻の魔法で吹き飛ばされてはたまらない、という男の身勝手じゃないかな?

 しかし僕は以前、王宮で偶然メアリ嬢を見かけた時に「おや」と思った。

 身に纏う魔力が整えられてるように感じたんだ。

 こっそり魔法の修練をしているのではないだろうか?

 その時はそれで終わったが……こうなってくるとねえ。

 恋焦がれる彼女が忍び込んできて魔法を使った場合、普通の騎士や使用人では取り押さえるのが難しくなる。

 ヒースクリフならできるけど。

 アイツは剣にも優れていたことや、王弟として立場があったことから魔法騎士の道を選んだが、魔法使いになってもおかしくない高魔力持ちだ。

 ただし王弟の公務が忙しい。

 で、僕に出番が回ってきた。


「……ここも問題なし。これで半分くらいか」


 空を見上げると、木々の向こうに高くなった太陽がかかっている。

 僕は一つ息を吐いて、また歩き出した。

 青花宮は木立の中に建っていて隠れ家のような雰囲気があった。殿下の母である先王の側妃リーザ様は元の身分が低く、慎ましい気性でもあったので、この離宮を与えられたと聞いている。

 建物も小ぢんまりしてるけど、魔法結界を確認しながらだと結構時間がかかるんだ。

 しばらく進んだところで、僕は異常を察知して足を早めた。

 覚えのある魔力を感じる。

 魔力感知は物理的な壁や距離があっても働く。僕の場合、半径二十歩くらいは手に取るように分かるし、その先も精度は落ちるが何となく感じ取れるんだ。

 すると樹木に隠れて、ほっそりした人影を見つけた。

 緩く波打つ金髪。背中を向けているけど魔力で分かる。メアリ嬢――いや、罪を犯した今、敬称は要らないかな。メアリだ。


「あ……」


 物音に気付いたのか、振り返ったメアリがさっと青ざめる。


「僕の勘が的中したね。ご機嫌よう、リンデール侯爵令嬢」


「レオニスさま……ど、どうして」


「魔法結界をすり抜けられた感触がしたから来てみたのさ。言っとくけど、君を通してあげたのはわざとだからね? 勘違いしないでよ」


 僕がその気になれば、メアリは通れなかった。

 でも魔法結界を通る前だと、散歩していただけとか何とか言い逃れされかねないからね。

 決定的な証拠を掴むために泳がせたんだ。


「謹慎させられてるはずなのに、よくやるよ。〈反結界〉以外にも魔法を使ったのかな?〈姿隠し〉とか」


「……べ、別に良いでしょう。殿下にどうしてもお会いしたかったのよ!」


 開き直りか。たちが悪い。

 僕は溜息をついた。


「ヒースクリフから害虫みたいに嫌われてる癖に? そんなくだらない理由で魔法を使ってほしくなかったな」


 魔法は強力だから、やろうと思えば犯罪だってできてしまう。

 ゆえに魔法使いは畏怖され、時に爪弾きにされる。

 メアリのせいで風当たりがキツくなったら、どうしてくれるんだ?


「……ちなみに君、どうやって魔法を学んだの? 侯爵が許したのかい」


「お父様には秘密に決まっているわ。書物を読んだり、お兄様や一族のみんなが修練しているところをこっそり見たり……」


「正式に学んだ訳じゃないんだね」


 それだけで魔法を身に付けたんならセンスがあるんだな。使い方は最悪だが。


「……お前が男だったらな、って何度も言われたわ。でも女に魔法なんて要らない。容姿と魔力を生かして媚を売って、最高の男性の妻になって最高の子供を産むの。リンデールに栄光を取り戻すために」


「ふぅん、つまらない価値観だなあ。貴族としては当たり前なんだろうけど」


 フィリア嬢が現れなければ、メアリが殿下の妃に選ばれる可能性はあった。

 でもその場合、ヒースクリフが今みたいに笑うことはなかっただろうし、メアリも愛されるなんて夢のまた夢。

 俗世の虚栄の中でも一番どす黒い感じに煮詰まっていくだけだったと思うよ?


「――ずっと努力してきたわ。なのにどうして、あんな異国の女なんかを。なぜ殿下は分かってくださらないのっ」


「え〜。分かっても何も……そうだなあ。君みたいな俗世にまみれた女性にも理解できるように言えば、黄色のドレスが着たいのに周りから赤いドレスばっかり勧められるようなものじゃないかな」


 僕やアルヴィオは、殿下と長い付き合いだから知ってる。

 ヒースクリフはどんなご令嬢にも靡かず女性嫌いと言われてきたけど、要は全く心が通わない相手と過ごすのが嫌だったんだよね。

 メアリをはじめベルーザのご令嬢に、ほんのちょっとでも思いやりがあれば違ったんじゃない?

 アイツは物分かりが良い。良すぎるくらいさ。

 いずれ結婚して子供をもうけるのも王族の義務と飲み込んで、耐えるつもりだったんだから。


「わたくしは他の女なんかと違うわ! ああ、ヒースクリフさま……」


 メアリはうつむいて涙をこぼし始めた。

 やれやれ。結局、お可哀想な自分のことだけか。

 妙な徒労感がある。

 ……これからどうしようかな、と僕は考えた。

 普通なら、このままヒースクリフに引き渡すんだが。


 木立が切れた先に見える青花宮。

 その扉の向こうに、目には見えないがヒースクリフと……フィリア嬢がいるのを、僕の魔法は感知している。

 近々休みを取って二人で過ごすって言ってたっけ。

 今日がたぶんその日なんだ。

 邪魔したら悪いよなあ。ヒースクリフ本気の氷嵐(ブリザード)に晒されそうだし。

 メアリは魔法塔へ連行して、叔父上から国王陛下の耳に入れるのが良いかな。

 魔法を犯罪に用いたのなら、魔法塔(ウチ)の管轄だ。

 だがメアリが涙ながらに抵抗する。


「待ってレオニスさま! 殿下に……ヒースクリフさまにひと目お会いしたいの……!」


「いい加減にしなよ、もう。〈捕縛〉」


 社交界の妖精と呼ばれ、可憐な容姿のメアリがはらはらと涙を流してみせれば、たいがいの相手は言うことを聞いてきたんだろうね。

 でも生憎、僕は優しくない。

 魔法を使って身体の自由を奪い、抱えて撤収しようとしたところで青花宮側に動きがあった。

 使用人が数人現れ、忙しく働き出す。

 馬が二頭、連れてこられた。

 片方はヒースクリフの馬だ、フィリア嬢と遠乗りでも行くのかな?

 そっちの護衛は依頼されてないが……まあいいか。

 下手に動くと見つかりそうだったので、僕は自分とメアリに〈姿隠し〉の魔法を使って気配を消す。

 息を殺していると、ヒースクリフが現れた。

 アイツは相変わらず、嫌味なくらいキラッキラしいなあ。

 いや、前より酷いかもしれない。幸せが光になって乱反射してる気がする。

 その隣にフィリア嬢がいて、しっかり手を繋いでるんだが――

 おっと、これは凄いや!

 フィリア嬢が男装の麗人になってる!

 すらっとした肢体がドレスではなく、シャツとトラウザーズに包まれていた。

 茶色の乗馬用ジャケットを羽織り、ブーツの踵をコツコツ言わせながら歩いてる。黒髪は後頭部で一つに結び、化粧もほとんどしていないけど、その姿は僕みたいな朴念仁の魔法使いでもびっくりするほど優美かつ颯爽としていた。

 ……僕は仕事柄、平民の魔法使いに会ったり市井で研究素材を仕入れたりもする。数はごく少ないが、平民女性の魔法使いや冒険者が男装しているのを見たこともある。

 でも貴族の女性、それも王族の妃になろうという(ひと)が、ああいう格好をするとはね。

 鮮やかだなあ……


 僕達が潜んでいることには気付かなかったようで、二人はニコニコして馬を撫で、それぞれ馬上の人になった。

 ヒースクリフは騎士でもあるから当然だが、フィリア嬢も(使用人の助けを借りてはいたが)問題なく跨って――そう、足をそろえた横乗りではなく、男性と同じように乗って――手綱を握る。


「フィリア、大丈夫か?」


 ヒースクリフが話しかけている。

 この声がもう甘ったるい。


「平気ですわ! 私の愛する騎士様と同じ……とは行きませんけど、着いていけるように練習したんですのよ」


「はは、分かった。でも、時間はあるからゆっくり行こう」


「ええ! お手柔らかにお願いします」


 二人は仲良く、馬を並べて出かけていった。

 もちろん身分が身分だから、二人きりではなく護衛が何人かこっそり着いていくけど。

 あっという間に彼等は見えなくなった。

 ……覗き見するつもりじゃなかったが、結果的にそうなってしまったな。


「――――」


 傍らでメアリが目を見開いている。

 もう良いかと思い、捕縛魔法を解く。

 アレ見たら嫌でも分かるだろ。

 あの二人、蟻一匹入る隙間もないってことが。

 メアリもさすがに暴れたりはせず、うなだれた。


「……どうしてなの。わたくしが、何もかも諦めなければいけないなんて……」


「ん〜。まあねえ。その点だけは君に同情しなくもないかな」


 僕も、もし女に生まれていたら……どんなに強い魔力があっても魔法使いになれず、メアリのようになっていたかもしれない……

 ヒースクリフとフィリア嬢が駆けていった方を、何となく見つめた。

 自由で、対等で、生き生きとしていたな。二人とも。

 ヒースクリフはああ見えて色々と苦労してきた。

 フィリア嬢も話に聞く限り、アストニアでは大変な思いをしていたみたいだ。

 でも、今はあんな風に笑ってる。

 僕はメアリに視線を戻した。


「メアリ・リンデール。僕は君に女性的な魅力をちっとも感じないし、誰とも結婚する気はないけど……君が真剣に魔法と向き合うつもりがあるなら、協力してもいいよ。それだけ言っておく」


 何だろうな、僕の人生に魔法以外は必要ないはずだった。

 こんな我が儘で面倒くさい生き物を抱え込むなんて真っ平だったのにな。

 後から考えても、レオニス・フィングレス最大の誤算だったと思う。


 でも……その時は言わずにいられなかったんだ。

 あの二人の眩しさに、目がくらんだに違いない。


この後めちゃくちゃ平手打ちされます。

微粒子レベルでデリカシーのない男。

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