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17.「奥ゆかしさハイブリッドな私には難しすぎます!!」


 前世の私が生きた日本。

 転生したフィリアが生まれ育ったアストニア王国。


 全く違う国ですけれど似ているところもありまして、その一つが大っぴらなスキンシップをしない点です。

 日本は欧米と違って、親愛表現でハグやキスをする文化はありませんでした。破天荒なところがある前世さんも、その辺りの感覚は普通でしたわ。

 アストニアも貞潔さを重んじる国で、夫婦や婚約者など親しい間柄であっても、人前でスキンシップを取ることはまずありません。貴族女性がエスコートしてもらうくらいですね。

 ところがベルーザは割合に開放的。

 身分を問わず、お付き合いしている男女が(公衆の面前であろうとも)口への軽いキスやハグをする程度はよくあって、隠すようなことでもありません。

 不倫などの疚しい関係ではなく、ちゃんとしたパートナー同士ならば問題なし!むしろ仲の良さを周囲にも知らしめるべき!……という考え方なのです。

 これはもう文化が違うとしか言えません。

 ですので何かとクリフがくっつきたがるのも、ベルーザの男性として当たり前だと思い……どうにか慣れようと悪戦苦闘していたのですけど……

 先日ヨランダにばっさり言われてしまいました。

『フィリア様。ベルーザ王国人にも色々な者がおります。ヒースクリフ殿下は女性に触れるどころか近寄られるのさえ大変お嫌いでした。つまりフィリア様が特別に例外でして、途方もなく愛されていらっしゃるだけです』

『――ううっ、なんてことを言うのヨランダ……!』


 余計に恥ずかしいのですが?!

 日本とアストニア、奥ゆかしさハイブリッドな私には難しすぎます!!

 そんな私が愛情表現を試みると、どうも過激に振れるみたいで……逆にクリフや周囲をびっくりさせてしまうようですし……


 そんな訳で――――


 最早どうすれば良いのか分からず、今も彼の腕の中でひたすら、じっとしている私です。

 なお手足はぎこちなく固まっていますが、心臓は忙しなく大袈裟に動いています。

 だって、こうやって腕の内側へ閉じ込められておりますと……温かくて安定感があって、彼が使っているコロンの香りもして……

 いけません、もう手一杯ですわ!

 するとクリフがぽつりと言いました。


「君の素晴らしさは俺だけが知っていれば良かった、とも思う……我ながら心が狭いよね。でも、やっぱり星を隠しておくことはできないんだろうな」


 ずいぶんロマンチックな言い方をするのですね。

 あとで調べたらベルーザの有名な言い回しでした。

 才能のある者は、おのずから輝く星のようにいずれ世に知られていく――という意味でして、何代か前のベルーザ国王の口癖だったそうです。


「言いすぎですわ。ひいおばあ様譲りの魔力があると言っても出涸らし。夢の知識だって、ほぼ悪食限定ですのよ?」


「分からないのかい? 貴族的に見れば、十分以上に魅力的な要素ばかりだ」


「んんん……理解はできますけれど……」


 貴族は「持てる者」ですが、家と領地のために、さらなる富と権力、名誉を追求します。私の実家、フォンテーヌ侯爵家だってそうです。そのために、長女の私をアストニア王家に差し出していたのですから。

 お父様がクリフとの結婚を許したのも、傷物同然になった私の使い道としては悪くない――どころか、考えうる限り最良だと思ったためでしょう。

 実体は大したことがない私ですけれど、つまらないものでも取っておけば何かの役に立つかもしれない――目端の効く貴族なら、そう考えるでしょうね。

 それに私は、情報が独り歩きすることも知っています。特に今世は「いんたーねっと」がありませんから、噂が妙な方へ転がりやすいのですわ。

 なんでもできる幸運の象徴、みたいに過大評価される可能性はありそうです。


「……用心しておきますわ」


「うん……ああ、もうすぐ着く。ずっと、こうしていたいのにな」


 ぎゅうっと抱きしめられました。

 苦しくはないものの、愛の深さに溺れそうです……!

 ――いよいよ目を回しそうになったところで、馬車が止まりました。

 目的地に着いてしまったようです。

 馬車の窓から壮麗な宮殿が見えますわ、白亜宮ですわね。

 これから王弟の公務を行うクリフとは、夕食までお別れです。


「――フィリア…………」


 クリフが至近でこちらを見つめました。

 ……さすがに、これが察せないほど鈍感ではありませんわ。

 私は目を閉じて、その時を待ちました。


 ――ところが。


「――殿下!! ヒースクリフ殿下!! どうか、わたくしの話を聞いてくださいませ!! 殿下――――っ!!」


 馬車の外で、若い女性の金切り声が聞こえまして……

 甘い雰囲気は彼方に吹き飛んでしまったのでした。



✳︎✳︎✳︎



 何が、とはあえて申しませんけど、彼我の距離はあと数ミリだったと思うのです。

 それが、ぴたっと止まって……小さな溜息と共に離れました。


「…………どうしてくれよう」


 クリフが物凄く低い声で言いましたわ。

 ……私の聞き間違いでなければ、殿下(ハイネス)、貴方いま舌打ちもなさいましたわよね?

 高貴な身分の人ですのに。

 聞こえなかったふりをしますけれども。


「――リンデール侯爵令嬢、何故このような場所まで?! ここは許可のない方は立ち入りできません。どうかお引き取りを」


「黙りなさい! わたくしを誰だと思ってるの?! 下賎な手で触らないでちょうだい! わたくしヒースクリフ殿下にとても大切なお話があるのよっ!!」


 馬車の外が騒ぎになっていますね。

 どうやら高位貴族のご令嬢が入り込んでいたようです。

 クリフがもう一度溜息をしました。


「すまない、フィリア。君はここにいて」


 そう言うと身を翻して馬車の扉を開け、さっと外へ出ていきます。


「――これは何の騒ぎだ?」


 よく通る声が聞こえてきました。

 私がいつも聞いているのとは違って、王族らしく凛然とした声ですわね。

 優しさや甘さはなく、冷厳。

 ――「氷」と呼ばれていたのも、少し分かる気がします。

 すると、二者二様の答えがありましたわ。


「も、申し訳ございません殿下! こちらのご令嬢が道に迷ってしまわれたようです。今お帰りいただきますので!!」


 これは文官らしき男性で、慌てています。

 一方の女性は――


「ヒースクリフさま! ようやくお会いできたわ――――きゃあ?!」


 後半が悲鳴になりましたわね?

 クリフは馬車の扉を閉めていったのですが、この馬車はさすが王族用で、扉の真ん中にも透明度の高いガラス窓がついています。

 そこから切り取られた景色が見えますわ。

 令嬢はクリフに抱きつこうとしたのか突進してきたのですが、彼が咄嗟に横へ避けたので転んでしまいました。

 侍女らしき女性が駆け寄ります。


「殿下っ……何をなさるの?!」


 座り込んだまま令嬢が叫びました。


「……君はリンデール侯爵令嬢に大変よく似ているが、彼女ならば執務室やその周辺への出入りを禁じたはずだが? つまり君は偽者ということになる」


「酷いわ! わたくしは本物のメアリです!」


「では王弟の命令をまるで無視したと? ……舐められたものだ」


「……そ、それは! 殿下と言えども無体なお言葉でしょう?! ()()()()()()わたくしが、婚約式のことを知らないだなんて」


 …………。

 風向きが妙になって来ましたわ?


「殿下が先日、心から愛する女性がいるとおっしゃって……わたくし、それがどこの女なのか調べたわ。でも()()()()()()()の貴族を調べても、そんな身の程知らずな者はいませんでした。ですからあれは、殿下が愛する女性というのは……わたくし、なのでしょう?」


 令嬢は頬を染めて言い放ちました。

 …………、………………。

 困りましたわね。

 どこからどう突っ込めば?


 ――私は他国と交流が少ないアストニアの女、ベルーザではほぼ無名の存在です。

 ラング伯爵以外に後ろ盾もありません。

 伯爵様は大変よくしてくれますが、この時期は闇の森で魔物の動きが活発になるため、王都には滅多にいらっしゃらないのです。

 そこでクリフは私がベルーザの社交界で孤立しないよう、急いで正式に婚約してしまおうと考えていました。婚約すれば私も準王族の扱いになり、どんな貴族でも蔑ろにできなくなるからです。

 本当は王妃陛下に付いていただいて、非公式ながらも有力な貴族女性と顔合わせしておく予定だったのですけれど……延期になっています。

 その影響でメアリ嬢の勘違いが激化したようですわね。

 ……それにしても飛躍しすぎでは?

 私は青花宮に引きこもり状態ですが、逃げも隠れもしていません。少し調べれば分かるはずですけど。

 ――現実を直視したくない、ということかしら。


 私は静かに立ち上がり、馬車の扉を少しだけ開けました。


「クリフ。私、そちらの御方にご挨拶したいわ。……エスコートしてくださる?」


「……フィリア。馬車にいてくれと言ったよね?」


「ごめんなさい。だけど貴方の隣は譲れないわ」


「うーん……分かった」


 渋々ながらもクリフが差し出した手を取って、馬車を降りました。

 ……自力でも降りられなくはないのですが、無作法とされていますし今回はこの方が良いでしょう。

 口で言っても分かってもらえそうにない人が相手なので、こうやって仲の良い姿を見せるのが早いと判断しました。

 彼が私を気遣ってくれるのは嬉しいですが、いずれ通らなければいけない道ですもの。


「……リンデール侯爵令嬢メアリ様とお見受けいたします。私はフィリア・フォンテーヌ、アストニア王国から参りました。縁あって今は青花宮にお部屋を頂いております」


 私はメアリ嬢に、アストニア仕込みの礼を披露しました。

 ベルーザをはじめ、周辺国で共通のものです。

 故国はかなり礼儀作法に厳しいお国柄であったことを、私はベルーザへ来て初めて知りました。

 青花宮で先生を付けていただいて勉強もしていますが――エディス王妃陛下の教育係でもあったアリオット侯爵夫人という方です――ちゃんと及第点もいただきましたわ。

 落ち着いてやれば大丈夫。

 婚約者候補だの恋人だのと名乗りはしません。

 ただし王弟であるヒースクリフを愛称で呼び、彼のエスコートを受けることができ、彼の離宮に住んでいると言ったのですから――分かるはずですわ。


「そ……そんな馬鹿な……」


 一方のメアリ嬢はまだ地面にお尻を付けたままで、茫然と私を見上げています。

 ……あまりこういう言い方はしたくありませんが、社交的にはこの時点で「勝負あった」も同然なのですよね。

 クリフに拒絶され、無作法な姿を晒してしまったメアリ様。

 他方、クリフにエスコートされ今も肩を抱かれ、きちんとした格好で礼をした私。

 ……ついでに言えばメアリ様は小柄で、ふんわりした金の巻き毛と紫水晶(アメジスト)色の瞳をした、守ってあげたくなるタイプのご令嬢。

 これって悪役はどちらかしら?というところですわね。


「……お立ちになれまして? 転んだ拍子に足首を痛めてしまわれたかしら。アリス!」


 青花宮の馬車から降りてきたアリスを呼んで、メアリ嬢を助け起こします。


「あ、あなた……あなたが殿下の……」


 メアリ嬢はわなわなと震えていますが……

 転んだ場所が思ったより悪かったようですわ。

 地面が軟らかくなっていたらしく、ドレスがべったりと土で汚れ、帽子も曲がってしまっています。

 ……さすがに少々可哀想です。


「お召し替えが必要ですわね。よろしければ、あちらの馬車で青花宮へいらっしゃいませんこと?」


「フィリア、何を言うんだ」


「いいえ、女同士これは見過ごせませんわ。貴方もいけないのよ、クリフ」


 いくらメアリ嬢に腹を立てていても、転ばせるのはやりすぎです!

 わざとではなく、向こうの自爆に近いですけれども。


「メアリ嬢には申し訳ないが、本当に刺客かもしれないと思ったんだよ。警備の騎士は一体なにをやっているのだろうね。調査が必要だな」


「……そうですわね、王族のための区画ですのに」


「うん。まあ――君以外の女性に触れたくなかったのもあるけれどね」


 クリフはちょっぴり不貞腐れた顔をしました。

 ……気持ちは分かります。

 とっても良いところだったのですから。

 私は、彼の背中を軽く撫でました。


「……もう。仕方のない人。文官の方が待っていますわよ、今日は国王陛下も交えた大事な会議があると言っていませんでしたか?」


「ああ、もうじき刻限だな……やむを得ないか。この場は君に頼んでも?」


「もちろんですわ」


 私は目線でアリスに合図をしました。

 メアリ嬢は私に助けられるなんて不本意でしょうけれど、あんな格好で人前に出られませんから諦めたようです。大人しく俯いたまま、自分の侍女とアリスの助けを借りて青花宮の馬車に乗りました。


「ドレスをお貸しして、リンデール侯爵家に送り届けます。お任せください」


「すまない。助かるよ」


 クリフはうなずき、ふっと顔を寄せてきて――


「あ……」


 唇、ではないものの額に軽くキスされました。

 なんてことを?!

 クラクラしたけど、どうにか踏み止まりました。

 ――普通! このくらいベルーザでは普通! 日本でも恋人なら普通ですわ!

 大したことありませんわ! このくらい! いくら相手が美貌の恋人でも!!

 問題ないです!

 ……無いったら無い!!


「――また後で、フィリア。行ってくる」


「い、行ってらっしゃいませ……」


 真っ赤になっているであろう私に微笑みかけてから、クリフはお付きの文官を連れて白亜宮へ入っていったのでした。


自分が迫るのは平気だけど、相手に迫られるとアワアワしてしまうことって無いですか?

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