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15.「私の鑑定魔法に乙女の秘密なんてないのですが」

エピソード14にも書いた通り、宮廷魔法師長の名前を「ウルクス・フィングレス」に変更しています。


 魔力鑑定は、その数日後に行われることになりました。

 私はクリフと馬車に乗ります。王宮は敷地が広く、また貴族は自分の足で歩くのをあまり良しとしないため馬車が基本なのですわ。

 クリフは身体を動かすのが好きですし、騎士の鍛錬も兼ねて愛馬で毎日「通勤」していますけどね。

 今回は一緒に馬車で移動です。私とクリフが隣に座り、向かいにアリスがいます。

 ヨランダがいないのは、旦那様のガイスと合わせての休日です。

 いつもクールなヨランダは、ガイスが目の前にいても態度がまるで変わらないのですが……

『ベルーザの恋人や夫婦って、どんな風に過ごすの? 参考にしたいから教えて!』

 と頼み込んで渋々話してもらった内容は、溜息が出るほど甘さたっぷりでしたわね。

 久しぶりに夫婦で仲良く過ごしているのでしょう。


「魔法塔って、どんなところかしら。クリフは行ったことがありますの?」


「何回か。ウルクス師長に青花宮へ来てもらうことが多かったけど、攻撃魔法はちゃんと設備がある場所で練習しないと危ないから」


「庭園が火事になったり水浸しになったりしたら困りますものね」


「特に習い始めの子供は魔法が暴発しやすいだろう? 俺も何度か痛い目に遭った」


「ですわね。私も小さい頃、お母様が大事にしていた薔薇を風魔法で駄目にしてしまって嘆かれた記憶が……」


 私の場合は帽子が飛ぶ程度の風魔法だったのですが……繊細な薔薇の花びらを残らず散らしてしまって。

 お茶会で薔薇を愛でる予定がめちゃくちゃになり、お母様に申し訳なかったですわね。

 普通の魔法でもコレですから、威力が段違いの攻撃魔法は子供の練習であっても危険なのです。


「俺も魔力が多いから、それもあってウルクス師長が教えてくれたんだろうな。あの人の実力は本物だよ」


「お会いするのが楽しみです。……あ、見えてきましたわ。綺麗な建物ねえ……」


 白亜宮の近くにそびえる、細長い灰色の建物が「魔法塔」。王国に仕える魔法使い達の仕事場です。

 ニホンの十階建くらいはあるかしら?

 ベルーザでは相当な高さです。

 アリスを残して馬車を降り、塔の中へ入ります。

 すると宮廷魔法師を表す深緑のローブを着た男性がいました。


「――お待ちしていました、殿下。そしてフィリア様、初めてお目にかかります」


 その人がお辞儀をしていた頭を上げると、月光のような淡い色合いの金髪が揺れました。よく光る水色の目。クリフに劣らぬ美形です。

 それは良いのですが、どう見ても二十代なのです。

 え? こんな若い人が師長?

 ……驚きましたが、さすがに違いました。

 男性は別の名前を口にしたのです。


「レオニス・フィングレスと申します。よしなに」


「フィングレスと言うと、ウルクス師長の……」


「甥に当たります。叔父上、ウルクス師長の元までご案内させていただきますね」


 ローブを翻して、レオニス様が私達を先導します。

 ――階段が大変そう……

 と思ったら、私の予想はまた外れましたわ。

 円形の小部屋へ案内されました。

 床に魔法陣が描かれていますね?


「ご覧になるのは初めてですか? 魔法式の昇降機ですよ」


「そんなものがあるのですか。便利ですわね」


 クリフと一緒に、魔法陣の中心に立ちます。

 レオニス様も乗り込み、歌うように呪文をつぶやくと――

 ゆっくりと上昇が始まりました。


「まあ……! 浮いていますわね!」


 前世では何度もエレベーターに乗りましたけど、転生してからは初めてです。アストニアにはありませんでした。

 クリフは乗ったことがあるようで平気そう。私の肩を引き寄せてくれたので、素直につかまっておきました。


「あはは! 仲良しさんなんですね。この昇降機は一定以上の魔力がないと動かせませんが、使い方は至極簡単。宮廷魔法師ならば、まず失敗はしませんよ?」


 レオニス様は人懐こい笑顔を見せました。

 アストニアの魔法使いは研究者肌で人付き合いを好まない人達でしたけれど、レオニス様は違うようです。


「子供みたいな真似をして申し訳ありません。とても楽しい魔道具ですわね、毎日乗ってらっしゃる皆様が羨ましいですわ」


「うーん、僕らにとっては普通ですけど? フィリア様こそ楽しいレディだなぁ〜、好きになっちゃうかも」


 無邪気かつ危険な発言?!

 もちろん冗談でしょうけど、クリフが気にしないはずがなく。


「……良い度胸だな、レオニス」


「なんだい、女性として惚れたなんてひとことも言ってないが? 僕の恋人は世界の真理と魔法だよ? 人として好ましいという感想を表明したに過ぎない。俗世だと心が狭い男は嫌われるんじゃなかったかな」


「狭くて結構だ。二度と言わないでくれ」


 クリフ…………

 私の肩を抱き寄せる手に力が入って、横顔にも冷気が漂っていますわよ。

 ところがレオニス様はどこ吹く風です。


「……お二人は親しいのですか?」


 訊いてみればクリフは少し苦い顔。

 レオニス様は、胡散臭いくらい明るい笑顔になりました。


「いーえ! 共に叔父上、つまりウルクス師長の下で魔法を磨いた学友ですが、それだけですねぇ! 仲は悪くないですけど、決して良くもないです」


「……いつもこう、掴みどころのない奴なんだ……」


「まあ! ふふ、分かりました。とっても()()()()ご親友ですのね」


「僕はむしろ、フィリア様とでしたら親交を深めたく思いますよ」


「…………ケンカを売られているのかな、俺は」


「レオニス様。私、殿下と仲の悪い方とは親しくなれませんわ。別の女性になさってください」


「わあ、きっつう! 仕方ないなあ!……っと、もうすぐ最上階、ウルクス師長の部屋に到着しますね。減速しますよ〜」


 レオニス様が再度、手を動かすと昇降機は音もなく速度を緩め、静止しました。

 小部屋を出ると広い空間に出ました。

 ドーム型の天井。ガラス張りで、柔らかな初秋の陽射しが入ってきます。

 壁には本棚が備え付けられ、その他にも魔法の研究に使うのでしょうか、色々と不思議な形の道具らしきものが置かれていました。

 その真ん中に、一人のご老人が立っています。


 今度こそ間違いないでしょう。

 ベルーザ王国宮廷魔法師長、ウルクス様です。


「ほっほっほ。ようこそ、魔法塔へ」


 長身痩躯。深緑色のローブと相まって、森の木みたいに見えます。

 ばさりと頭巾を後ろへのけますと、白髪混じりの髪と髭、レオニス様とそっくりな、よく光る水色の目が現れます。一見、人が好さそうに微笑んでいますが、レオニス様以上に油断のならない雰囲気がありました。

 前世的に言うと、ちょいワルのイケジジという感じでしょうか?


「フィリア・フォンテーヌと申します」


「これはご丁寧に。宮廷魔法師長ウルクス・フィングレスにございます。フィリア妃におかれましてはご機嫌麗しゅう」


「まだ妃ではございませんわ」


「ほう、おくゆかしい御方ですの。そこにおるヒースクリフ殿下が惚れ込んだからには、妃になったも同然でしょうに。世の真理を見通す、魔法使いの目は誤魔化せませんぞぅ」


 とぼけた表情でおっしゃるけど、ここで調子に乗ってはいけません。

 私は澄まして言いました。


「私は平凡な世俗の人間ですので、些末なことでも気になってしまうのですわ。どうかフィリアとお呼びくださいませ」


「――ふむ、承知。ではこちらへどうぞ、フィリア嬢。殿下もついでに」


 王弟であるクリフを「ついで」扱いだなんて。

 飄々として、人を食った性格の方ですわね。


「男の顔なぞ見ても面白くありませんでの〜。ついででじゅ〜ぶんですわい」


 ウルクス師長は部屋の一角へ私達を先導しました。

 ソファとテーブルが並べられています。

 私達は勧められて腰掛けました。


「どうせ逢引きがてら、公務をほっぽり出して引っ付いてきたのでしょうが。困ったものよ」


 ウルクス師長が口火を切りました。

 すぐにクリフが言い返します。


「――何を言う。魔力鑑定には家族か後見人が付き添う習わしじゃないか。フィリアはベルーザに身寄りがいないから俺が来たんだ」


「ふん。フィリア嬢、宮廷魔法師には女性が極めて少なく、男所帯でしてな。飢えた狼がウロウロしておって危険だろう……と、そこな金髪の狼が言っとる訳ですのぅ」


「まあ、そうでしたの?」


「しかし魔法使いというのは皆して魔法大好き、おなごには興味のない変人ぞろいですゆえ、こやつが気にしすぎなのです」


 ウルクス師長はわざとらしい溜息をつきました。


「分からないぞ? 俺だってフィリアに出会うまで女性に興味なんてなかったが」


「ほーう? 国で二番目に尊き御方から同類のように扱われ、ちぃとも喜べないのは何故でしょうかの〜。まことにこの世は不思議に満ちておりまするのぅ」


「世の不思議を解明してゆくことこそ、魔法使いの存在意義――じゃなかったか? 俺は子供の頃、どこぞの宮廷魔法師長に言われた覚えがある」


「ふふん。そんなことも言いましたか。あの頃のちびっこい殿下はおなごと見紛うほどでしたが、今はま〜ったく可愛げがなくなりましたの〜」


「あってたまるか!……なあフィリア、レオニスと言いウルクス師長と言い、魔法師は性格が悪いと思わないか」


「殿下はウルクス師長とも大変に仲が()()のですね。よく分かりましたわ」


 微笑ましいですわね!

 クリフは不本意そうに唇を結んだので、私はちょっと腰を浮かせて彼の耳元でささやきました。


 ――私は貴方のそういう子供っぽいところも可愛いと思いますわよ、と。


「……不意打ちはやめてくれフィリア……あとウルクス師長は魔法で周囲の音を拾えるから、物凄く地獄耳なんだ。小さな声でも聞こえてるんだけど……」


 ――あらまあ。

 ウルクス師長を見ますと、とってもニヤニヤしつつ親指をグッと立ててくださいました。

 他の魔法使いはともかく、ウルクス師長やレオニス様が「女性に興味のない変人」とは思えませんわね。助平爺という感じがしないのはお人柄かしら?!


「仲良きことは美しき(かな)。さて、戯れ合いはこの辺りにして本題に入りましょうかのぅ」


「はい、お願いいたします」


「フィリア嬢が潤沢な良き魔力を持っておられるのは見れば分かりますが、魔力鑑定は手順が決まっていましてな」


 ウルクス師長は、テーブルに置いてあった箱の蓋を開けました。

 中には、淡い金色の輝きを放つ水晶玉が入っています。私もアストニアで見たことがある、魔力のこもった特別な水晶ですね。


「こちらの魔水晶に手を当てて、軽く魔力を流してもらえるかのぅ」


「はい」


 私は水晶玉に手を触れました。

 魔力も魔法も、前世では空想上のものでした。

 この世界では万物に不思議な力――魔力が宿っています。土にも水にも含まれており、植物も動物も、もちろん人間も、多かれ少なかれ魔力を持って生まれます。

 魔力は創造神に授けられた祝福で、少しでも持っていれば身体が丈夫になって病気にもかかりにくく、健やかな生を送れるのだと言います。

 さらに、ある一定以上の豊かな魔力を持っていると「魔法」を使うことができるのです。

 私は自分の魔力に意識を集中させました。

 内側を血液とは別のものが、さらさらと巡っていくような感覚が起こります。これが私の魔力ですわ。


 そうっと手のひらから魔力を押し出すようにして、水晶玉に流し入れていきました。


「ほうほう、思った通り。ヒースクリフはベルーザの王族でも群を抜いて魔力が多いのですが、フィリア嬢も負けず劣らずで大変結構」


 透明な水晶の内側では、白っぽい色をした私の魔力と、水晶玉に封じられていた金色の魔力がくるくると回転し、複雑な螺旋を描いています。

 ウルクス師長の皺のある指が動きますと、私の魔力だけが引き出されて宙に浮かび……いつの間にか水晶玉の横に用意されていた紙に、さあっと吸い込まれていきました。


「全く問題ありませんの。これでフィリア嬢の魔力鑑定書が完成しました。魔法塔で保管させていただきますぞ〜。レオニス、おるか?」


「おりますよ、叔父上。お呼びですか」


 いったん姿を消していたレオニス様が、部屋の奥にある小さな扉から出てきました。

 ウルクス師長から魔力鑑定書を受け取って、くるくる丸めて筒状の容器へ入れます。魔法塔の地下に保管場所があるそうです。


「あとは楽にしてくだされ、茶を運ばせましょう」


 するとレオニス様が再び扉の向こうへ歩いていきます。

 そしてカートを押して……

 ではなく。

 魔法で自走しているらしいカートを引き連れて現れました。

 さすが魔法塔。さりげなく凄い技術が使われていますね。

 テーブルにお茶とお菓子が並びます。

 ……んん?

 この黒っぽい飲み物は……?

 じぃっと見つめる私に気付いたのか、ウルクス師長が教えてくれました。


「これは『黒茶』と言いまして。苦味が強いですが、眠気覚ましになりますでの、魔法使いに愛用者が多いのです」


 とっても聞き覚えが!

 ついでに香りにも覚えがありますわ!

 勧められて一口、飲んでみます。

 ……やっぱりコーヒーです! 嬉しい!!

 コーヒーこと黒茶が苦いためか、お菓子は甘味の強いものでした。ジャムやドライフルーツ、ナッツが入ったものもあり、食べ応えがあります。


「魔法を行使すると甘い物が欲しくなるのですよ」


 ダンディーなイケジジと思わせて甘党ですのね。

 私も、もちろん美味しく頂きます。


「さて、儂にとってはこちらが本題ですのぅ。フィリア嬢の鑑定魔法についてです。乙女の秘密であれば、無理にお尋ねはしませんがの〜」


「いえ別に、私の鑑定魔法に乙女の秘密なんてないのですが……」


 ウルクス師長は、くくっと笑いました。


「言い方を変えましょうかのぅ。〈鑑定〉は融通の効かん魔法なのですよ。例えば、ここに一匹の猫がおったとしましょう。猫を知らぬ者が、この生き物の名前はなんだと〈鑑定〉をかける。すると一番単純な答えは何だと思いますかの〜?」


「えっ……『猫』ではないのですか?」


「うんむ。『猫』です。それ以外には()()()()()()()()。名前だけ返します。訊かれたことには答えるが、それ以外は一切無視されるのが鑑定魔法の特徴でしての〜」


「そう……ですか? ですが、私は……」


 ガルムイモも、龍牙茸も、デススネークミントも。

 百科事典のように、ある程度の情報が分かりましたが……


「それはフィリア嬢が貴族の生まれで、書物や図鑑などに触れる機会があったからですね」


「左様。『情報とはこういうものだ』という概念(イメージ)があり、その概念(イメージ)を細部まで具現化する魔力を兼ね備えているからこそ、魔法が答えを返すのですよ」


「………………」


 展開が読めてきました。

 魔法とは想像力。

 私は〈鑑定〉を駆使してさまざまな知識を得ていますけれど、そこには前世の知識や常識の裏打ちがあります。

 以前クリフが「〈鑑定〉して毒があると分かったら、普通は食べようと思わないよ」と言っていました。

 でも私は「毒を抜いて食べられないかしら?」と考えました。それは日本で生きた記憶を持つ前世さんの影響ですわ。


 ウルクス師長は魔法の専門家。

 鑑定魔法の裏に、何かがあると気付いていたのですね。


更新がいつもより遅れてすみませんでした。

読んでくださる方、応援してくださる方、ありがとうございます。

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