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2.「申し訳ありません。一般的な食材ではないのを忘れておりました」


 季節は夏になっていました。


 ズィーゲル草は前世の鈴蘭に似ていて、見た目だけは可憐な白い花をつけます。

 一面に花が咲き乱れるさまは、毒草だと知らなければ美しい景色にしか見えないことでしょう。実際、口に入れなければ無害です。

 え? いえ、食べませんわよ。

 毒成分が強力で、〈鑑定〉と前世の知識を総動員しても取り除けませんでしたので……

 そんな花畑の中に、男性が一人、うつ伏せに倒れていました。

 一体どういうことでしょう?

 私が言えた義理ではありませんが、ここは闇の森。普通の人間は立ち入ったりしません。どう考えても訳ありです。

 ……迷いましたが、放っておけませんでした。

 私にとっては久しぶりに見る、自分以外の人間です。

 元々、フィリアはフォンテーヌ侯爵令嬢として、たくさんの召使にかしずかれていました。

 前世では一人暮らしをしていましたけれど、さすがに二か月も全く人と触れ合わないなんてことはありませんでした。

 有り体に申しまして、人恋しくてならなかったのです。


「あの、もしもし。貴方、大丈夫ですか?」


 倒れている人が大丈夫な訳はありませんが、他に何と言えばいいか思いつきませんでした。

 ですが、相手はぴくりとも動きません。もしや、もう亡くなっているとか?

 近づいて、男性の頭をそっと抱え起こします。さらさらの金髪です。服装もあちこち汚れていますが、よく見ると上等ですね、腰に立派な剣を提げていますし、軍系の貴族でしょうか。

 触れた頬や首筋が温かいので、生きているようです。

 顔を見て驚きました。


 ――わお、ちょーイケメン。


 前世の知識がつぶやきます。

 そう、彼は大変な美青年でした。私の婚約者だった第二王子も顔だけが取り柄と言われた御方で、なかなかの美形でしたけれど……こちらの彼には敵わないでしょう。それくらい凄い。

 ですが、見覚えのない方ですね。私は王子妃になる予定でしたから、主だった貴族の情報は頭に入っているはずですのに。


「……ここは天上の国なのか……?」


 青年がうっすらと目を開けて、私を見て言いました。綺麗な青い目。高貴な色ですね。声もかすれていますけれど、深みのある好い声です。

 私は一も二もなく「はい」とうなずきそうになり、慌てて首を横に振りました。危ない。美しすぎて危ない。


「残念ながら天上ではなく、闇の森ですわ。立てますか?」


「ああ、そうか。何とか……」


 青年はよろめきながらも立ち上がろうとしました。

 が、突然「うっ」と呻き声を上げて、また膝をついてしまいます。


「どこか怪我を?!」


「いや、大したことは……」


 そうは言いますが、顔から血の気が引いて苦しそうですし……右手で、自分の左肩を押さえています。怪我をしているようです。


「つかまってください」


 私は彼に肩を貸し、ゆっくりと家に帰りました。相手は私より背の高い男性ですから、結構大変でしたけどね。



✳︎✳︎✳︎



 猟師小屋に帰ってベッドへ寝かせた途端に、彼は再び意識を失ってしまいました。

 上着を脱がせ、シャツもはだけさせて左肩を見てみると、傷そのものはかすった程度で出血も止まっていますが、その周囲がどす黒く変色しています。

 これは毒?

 ですが、どうしましょう……


「――大丈夫、だ。少し休めば良くなる……」


 青年がまた、薄く目を開けて言いました。


「俺は……〈毒無効化〉の魔法があるから……何も、しなくていい」


 そう言ったきり、力なく目を閉じてしまいます。


「……ずいぶん珍しい魔法をお持ちですわね」


 聞いたことはあります。毒を受けても、体内で無効化することができる魔法だとか。

 でも初めて見ました。〈鑑定〉よりも、さらに使い手が限られる希少な魔法です。

 本当かどうか分かりませんが……どちらにせよ私は食材の毒抜きはともかく、人間の治療なんてできませんし。

 彼の言葉を信じるしかありませんわね。

 私は傷口の周りを濡れた布で拭いてから、シャツを元に戻し、身体に毛布を掛けました。

 ――とりあえず食事を作らなければ。

 腹が減っては戦ができぬ、と前世の知識が囁いています。

 私だって男性に肩を貸すなんて重労働をしたものだから、お腹がぺこぺこですわ。

 それに彼が目を覚ましたら、滋養のあるものを食べさせてあげないと。

 ――ガルムイモと死神麦と、ドクスグリ、龍牙茸は採って溜めてあるわね。あとは何か探してくれば良いかしら……肉も欲しいから、ズィーゲルフロッグ辺り? さっさと毒抜きを始めないと日が暮れてしまうわ。

 私は疲労でぷるぷるしている両足に力を入れて、立ち上がったのでした。



✳︎✳︎✳︎




 もろもろの森の恵みを(もちろん毒抜きした上で)煮込み、味見をして塩――これは近所の岩場に岩塩の出る場所があって本当に助かった――を少し足します。

 ――ん! 割とイイ感じ!

 前世の言葉で自画自賛したところで、背後の気配に気付きます。

 振り返ると先程の青年が立っていました。


「目が覚めたのですね、身体はいいのですか?」


 意識して、少し崩した言葉遣いにします。高位貴族の令嬢がこんなところにいるのはおかしいですから。

 まあ人間がいること自体がおかしいですけれども。


 もっとも今の私、貴族令嬢には見えないでしょう。

 私は生まれつき黒髪黒目。でも、今世では金髪碧眼が高貴で美しい容姿とされています。目の前の彼みたいに。

 ……私とて紛れもない高位貴族の娘ですが、異国から嫁いだ曽祖母に似たようで、お世辞以外で美しいと言われたことはありません。

 むしろ魔女のようだの、陰険できつく見えるだの……皆様、ギリギリ聞こえる声量でおっしゃっていましたっけ。

 婚約者だった第二王子が心を移したご令嬢も、金髪碧眼の儚げなタイプでした。私はすっかり悪役扱いだったのが思い出されます。

 ……でも日本を思い出した今では、馴染みのある色合いで安心できますわ!

 目鼻立ちも前世よりよっぽど整っていて「ぶっちゃけイケてるんじゃ?」と思うのですが、こちらの美意識とは異なるのが現実。残念なことですわ。

 そういう「自称美人」の私も、自分一人では手入れが行き届きません。だいぶ煤けているはずです。

 服装も、馬車に乗せられる直前に着替えさせられたので、身分の低い下女用のものなのです。動きやすくて、浄化魔法の洗濯もしやすい逸品ですが、貴族らしさは皆無ですわね。


 つらつらとそんなことを考えておりますと、青年は品の良い所作でうなずきました。


「ああ、すまなかった……まだ少しだるいが問題はないよ。貴女のおかげで、助かった」


 先程よりも張りのある声。顔も少し疲労を滲ませているけれど、彼の場合はそれさえも(かげ)のある色気というか、美しさの一つになっていますわね。罪作りなお人です。


「それはよろしゅうございました。食事は取れそうですか? 大したものは出せませんけれども」


「いいのか? 貴重な食料なのでは?」


「二人分作ってしまいましたが、もちろん無理にとは」


「いや……腹は減っているんだ。では頂いてもいいかな」


「はい、どうぞ」


 青年はクリフと名乗りました。

 どう見ても貴族で家名があるはずですが、彼は言いませんでした。本名かどうかも微妙ですね。

 私も「フィリアです」とだけ名乗ります。

 お互いここにいてはおかしい人間ですもの、用心するのは当たり前ですわね。

 クリフがなぜズィーゲル草の花畑に倒れていたのか……気にならないと言っては嘘になります。

 でも聞いてしまったら、私の事情も話すことになってしまいそうですわね。

 ひとまず食事を終えてから考えましょうか。

 私は前の住人が置いていったであろう食器を取り出し、煮こみ終わったスープを注ぎます。

 パンケーキとジャムも添えました。


「美味そうだ。料理が得意なのかい?」


「ええ、まあ……趣味のようなものかしら。では創造神の御恵みに感謝しまして」


 私が食前の祈りを口にすると、彼は少し目を見開いてから「御恵みに感謝を」と唱和します。

 ふふ、と笑みが漏れました。なんてことはない、王国の民なら当たり前の祈りですけれど……これを言うのも久しぶりだと気付いたからです。

 温かい気持ちになりながら、私はスープに手をつけました。

 クリフもスープから食べています。まず煮汁をスプーンで掬って口へ運び、小さくうなずいてから、本格的に食べ始めました。男性らしい食欲です。気に入ってくれたようで嬉しいですわね。

 ――が。


「これ、何の肉だい?」


 彼に訊かれて、私は自分の失敗にウッと詰まりました。

 なんてこと。

 料理の説明をしていなかったのです。


「ええと……ズィーゲルフロッグの肉です」


 クリフの手がぴたりと止まりました。


「…………こんな分かりやすく毒を盛られたのは初めてだよ」


 ごろごろ入っていますものね、ズィーゲルフロッグ。今日は何故だかよく釣れたので、ご馳走のつもりでたくさん使ってしまいました。


「申し訳ありません。一般的な食材ではないのを忘れておりました。もちろん毒は抜いてありますわ」


 クリフは〈毒無効化〉の魔法を持っているから、もし毒が残っていても大丈夫でしょうけれど。

 良い気分はしませんわよね、普通。

 本当に申し訳ないことをしましたわ。


「待て、毒を抜いた? どうやって?」


 ……あら、まあ。

 普通の人なら間抜けな、ぽかんと口を開けた表情ですのに。

 クリフはそんな顔でも絵になりますのね……

 少々現実逃避をしてしまいましたが、質問には答えねばなりません。


「塩を加えて沸騰させた湯に入れ、茹でこぼすのを三回ほど繰り返しますと、食べられるようになります」


「そこまでして食べるようなものだろうか……?」


「貴重なタンパク源……いえ、お肉なので」


 今世には栄養学という考え方が無いのを思い出し、無難に言い直します。

 ズィーゲルフロッグは、一般的には単なる毒蛙です。でも闇の森ではたくさん棲息していて、他の生き物に食べられた経験がないのでスレておらず捕まえやすいのですわ。

 身体も大きくて食べでがあり、味も毒抜きすれば鶏肉のようになって悪くない……むしろ前世で数々のゲテモノを味わってきた経験から申しまして、美味と言っても良いほど。

 蛙って日本では馴染みが薄かったですけど、美食の国フランスでも食べられていたほどで、ちゃんと調理すればおいしいのです。

 ズィーゲルフロッグは地球で言うと、強めの毒があるウシガエル……食用蛙みたいな感じでしょうか?

 とても優秀な()()なのです。


「……じゃあ、このニンジンみたいなものも、もしかするのかな?」


 クリフは勘が鋭いですわね。


「それはマンドレークニセニンジンと申しまして」


「さりげなく猛毒だな」


「ご存知なのですか。半日ほど塩漬けにしてから塩抜きをしますと、毒も一緒に抜けます。歯応えと彩りがよろしくて使っております」


「そうか。では、この粘りがある芋は」


「ガルムイモですわね」


「やっぱり猛毒……」


「灰汁に一晩漬けておくだけですので簡単ですわ、お腹に溜まるので便利なのです」


「ふぅん。それから、こっちのキノコは細く割いてあるけど龍牙茸? ひとかけらで五人は殺せると有名だが」


「はい。細く割いて灰汁に漬けてから水にさらし、茹でこぼした上で、乾燥させてまた茹でるのを五回ほど行います。大変上品なダシが取れるので手放せず……」


「なるほど。パンケーキとジャムは何でできているんだい?」


 こんな調子でクリフは大変に良い笑顔を見せ、私の逃げ道を塞いでしまったのでした。

 ……パンケーキに使った死神麦は非常に物騒な名前ですけれど、実はある条件で病気になった時にだけ毒性を帯びるのです。ですから〈鑑定〉で健康な麦粒を選んで収穫するだけ。

 ジャムはドクスグリの実で……前世のブラックカラントが近いですわね。

 蜂蜜……これも蜜蜂が集めた毒草の蜜が主で当然有毒ですが、ドクスグリの実を一緒に漬け込んでおくとなぜか両者とも毒が消えます。

 どうして消えるのかって?

 ……さあ?


 前世さんの知識によれば、こういう時は「フィリア、馬鹿だからよく分かんな〜い。てへぺろ」と言っておくのがお約束らしいのですけれど。

 まさかクリフ相手にそんな真似はできそうにありませんわね。

 どうしようかしら?


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