14.「毒にあたらないようにすれば、どうということはありませんわ!」
2025.1.31追記
宮廷魔法師長の名前が某有名アニメキャラクターとかぶっていたことに今更気付いて変更しました。寄せようという意図はありませんでしたが、不注意から紛らわしい真似をして申し訳ありません。
以降、宮廷魔法師長の名前は「ウルクス・フィングレス」で統一いたします。
「カークは素晴らしい料理人ですわね。さすがジル料理長の弟子ですわ」
晩餐の料理は、奇をてらったものではありませんでした。
突き出し、前菜、スープ、野菜料理、二種の肉料理、デザート。
正式な晩餐ですと途中に口直しを挟んだり、デザートを二種類以上出したり、ジル料理長なら魚介を取り入れたりもしますが、貴族でも相当、派手好きな美食家でなければ毎日そんなフルコースにはしません。
クリフは男性で騎士をしていますから結構よく食べますけれど、贅沢は好まないタイプです。騎士団に泊まり込んでいる時は、他の騎士達とほぼ同じ食事をしているそうですし。
なので青花宮の食事も新鮮な良い食材を使って一流の料理人が作っており、庶民に比べればご馳走ではありますが、毎日が酒池肉林〜でもないのです。
ですから、この日も献立はごく普通であったのですけど、味わいが違いますわ!
くっきりしていて立体感があるのです!!
そう!
私が前世で美味しいと思っていた物にかなり近いです。
思えば日本、恵まれていましたわね。
完全に庶民だった前世さんでも、こちらの王侯貴族より凄い物を当たり前に食していたんですもの。
スパイスもそうです。
胡椒はごく一般的でありふれた調味料で、カレーや激辛グルメも色んな種類がありました。前世さんがキワモノを調理する時もたびたび活躍していましたわ。
一度知ってしまうと、なかったことにするのは難しいものです。
堪能しつつ、クリフをちらりと見ますと彼もいつもより若干ペースが早いようです。気に入ってくれたみたい。良かったわ!
「スパイスは王宮の料理人でも、特別な時にしか使わないな……貴重な物だから」
「アストニアでもそうでしたわ。でも味が引き締まって、やっぱり良いものですわね」
「うん、美味しいし食が進む。やたら贅沢をしている気分になるけど、これで銅貨一枚も支払っていないのが凄い」
「庭に生えてきたハーブですものね。鑑定魔法と知識の神に感謝ですわ。それと『不思議な夢』にも」
済まし顔で言いますと、クリフが意外なことを言い出しました。
「あ、そうだ。今日たまたま宮廷魔法師長に会ったんだが、フィリアの鑑定魔法のことを話したら興味を持っていたよ」
「ええっ、そう言われましても……ごく普通の〈鑑定〉ですわよ? きっとガッカリなさいますわ」
私、魔力は多い方ですから繰り返し、細かい〈鑑定〉ができますけど。取り立てて特別なことはしていませんわ。
「そう? ウルクス師長は頭の良い人が好きだから、たぶんフィリアは気に入られると思う」
クリフが私を評価してくれるのは嬉しいですけれど、やっぱり過剰に美化しすぎです。
宮廷魔法師長は、王国に仕える魔法使いの筆頭。
魔法の才能は高位の貴族に現れることが多い――と言うか力ある魔法使いを輩出する一族が領主や貴族、王になっていった歴史があるのですけど、現代では王と宮廷魔法師長を別々に置いている国が大半です。アストニアもそうでしたわね。
ベルーザの宮廷魔法師長はウルクス・フィングレス様と言い、クリフに魔法を教えた方でもあると言います。
「フィリアにも一度は魔力鑑定を受けてもらわなくちゃいけない。近いうちに魔法塔でウルクス師長に調べてもらおう。俺も一緒に行くよ」
「分かりましたわ、私はいつでも構いません」
私の魔力……多いか少ないか、得意な魔法は何か、〈鑑定〉以外に特殊な魔法を持っているか――などを調べるのですね。
ベルーザに生まれていれば、成人の十六歳で魔力鑑定の儀式があるんだとか(ただし貴族は子供の段階で何度か調べます)。
私もアストニアで受けていますが、ベルーザでクリフに嫁ぐには念を入れてもう一度、という訳ですね。
私の魔法能力は悪くない方ですけど、飛び抜けた「ちーと能力」はありません。
気軽に受けて、ベルーザの魔法について教えていただく機会……と思っておけば良さそうです。
「他にも、兄上達がフィリアに会いたいと言っているんだが……今は執務が立て込んでいる上に、義姉上が少し、体調が優れないようなんだ。こっちは少し待ってほしい」
「ええ、もちろん。私も両陛下にお会いするなら、準備が要りますし」
ドレスや靴、アクセサリーを用意して、それから礼儀作法のおさらいもしなければ!
忙しく頭を働かせておりますと、クリフが笑いました。
「家族として顔合わせをしたいだけだよ。あまり難しく考えないで。兄上も義姉上も温厚な人で、フィリアのことを歓迎してる」
クリフがあまりに女性を遠ざけていたせいで「この際、平民でも良いから結婚してもらいたい」とまで思っていたらしいですわ。
それが他国とは言え、名門と言える貴族の娘を連れてきたため文句なし。歓迎一色なのだそうです。
でも本当に大丈夫かしら。
何しろ、こうも残念な……
そう、こんなデザートだって大好きな悪食ですわよ?
ちょうど運ばれてきた食後の一皿を、私は眺めました。
小さなガラスの器に盛り付けられているのは、淡いミントグリーンをしたスイーツです。
「氷菓かな? でも、色が珍しいね」
クリフも不思議そうに見つめています。
子供みたいな顔ですね。ふふふ。
「でしょう? これは私が夢に見た、チョコミントアイスですわ!」
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アイスクリームづくりは、氷魔法を使えば簡単です!
高位の貴族ですと子爵、男爵をはじめ貴族の血を引く料理人を抱えていることも珍しくなく、氷魔法で食材を冷蔵・冷凍保存したり、きりりと冷やした料理や飲み物、お菓子を作ったりもします。
青花宮の料理人にも氷魔法の使い手がいたので、基本のアイスクリームをこしらえてもらいました。
そこに、庭先で取れたハーブを毒抜きして作った抽出液を入れて、ミントフレーバーにしたのです。
ついでに色合いも再現できてしまいました。
……実は、前世のミントエキスはああいうビビットカラーではありません。スイーツ類は食用色素で美味しそうにしていたんですが。
なんとデススネークミント、エキスの色も強烈極まりない濃ゆい青緑だったのです!!
『めちゃくちゃヤバい毒薬にしか見えねえんですが?!』
……と、カーク達は震えていましたわね。
『たかが色合いぐらいで、大の男が情けないことをおっしゃらないで。毒は抜けていますから大丈夫ですわ、さあ、ひと思いにグッと入れてくださいまし!』
立ち会った私がどうにか彼等を励まし、乳白色をしたプレーンなアイス(なおバニラは非常に高価なため、今回は使っていません)に適量を合わせてもらいました。
そしてかき混ぜますと、鮮やかなペパーミントグリーンになったのですわ。
さらにチョコレートを……これは存在してはいるのですが南方からの交易品で大変貴重なものなので、薄く削って上から振りかけることにしたのです。
「こうしてベルーザ風チョコミントアイスが完成した、という訳ですのよ!」
クリフに向かって解説を終えた私は早速、チョコミントアイスを掬って口へ入れました。
「ああ、後味がスーッと爽やか! チョコレートの苦味とクリームのまろやかさ。これですわ、これ!!」
うっとりする私の向かいで、クリフが声を押さえて笑い始めます。
「フィリア……全く君って女は……くっ、駄目だ、面白くてしょうがない」
ふふ、そうでしょう?
恐らく王太后に繋がる誰かさんが嫌がらせのつもりでミントテロを敢行したんだと思いますけど、文字通りとんだ“お笑いぐさ”というものです。
――私達にかかれば〜ざっとこんなもんよ!
前世さんが脳裏でニヤニヤしております。
もう! 私まで令嬢らしくない悪い表情になってしまいそうですわ、おやめになって!
私は一つ咳払いをし、胸を張って言いました。
「毒にあたらないようにすれば、どうということはありませんわ!」
「はははは! 種を播いた犯人を見つけたら、このアイスクリームを振る舞ってあげることにしようかな」
美貌の王弟殿下も、ちょっと悪い顔をしましたわね。
「笑いすぎではありませんの、クリフ? 早く召し上がらないとアイスが溶けますわよ」
「ああ、そうだな。よく考えたら、こんな美味しい上に貴重で高級な品をくれてやるのはもったいないか。このミントが一番多く生えていたんだっけ?」
「ええ、たくさん生い茂っておりました。入浴剤や芳香材、匂袋にもするつもりです」
毒抜きした後に乾燥させると、ドライハーブとして使えます。
入浴剤にすれば爽やか。
匂袋もスーッとする芳香がしますから、気分が優れない時などにも役に立ちそうです。
「なるほど。この香りなら、男でも違和感はなさそうだね。俺も使おうかな」
「男性も問題ないと思いますわ。後で届けさせ――」
言いかけて気付きました。
貴族の間で匂袋はハンカチと並んで、女性から交際中の男性への贈り物によく使われるのを。
前世で言えばバレンタインデーにチョコレートを贈るような定番です。
「あの、クリフ……申し訳ありませんが私、刺繍の腕はごく普通です。差し上げるのに可もなく不可もなくて」
刺繍は令嬢の嗜みですが、私は得意と言えません。酷くはないですけれど……
ところが、クリフは顔を輝かせました。
「……くれるの?」
「え、ええ、受け取ってもらえるのでしたら……」
「当然だろう! 今から使うのが惜しくなりそうだが」
「まだ作ってもいませんわよ?!」
「それでもだよ」
素直に喜んでくれるのを見て、心が温かくなります。
奇跡って、あるところにはあるのですね。
生まれ変わって、捨てられて、前世を思い出して。
――この人に出会えたのですから、無駄ではなかったのかもしれません。
「……久しぶりですから、うまくできるか分かりませんが。出来上がったら持っていきます」
頬の熱を冷ますように、アイスクリームの最後のひと匙を舌の上へ乗せました。
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「――どの布地にいたしますか、フィリア様?」
「気に入る物がなければ取り寄せます」
「うう〜ん、悩みますわね……と言うか私よりもアリスとヨランダの方が張り切っている気がしますわ……」
目の前に、色とりどりの布の見本が並んでいます。
言うまでもなく、クリフに贈る匂袋を作るための素材ですわ。
昨夜の晩餐の後「急ぎではないけど、お願いできる?」とことづけたら、翌日の朝食後にはもうコレです。
仕事のできる侍女って凄いですわねえ……
今日の予定は特にないので、さくっと進めておきましょう。
「……香りを通すように、丈夫だけれど通気性の良い布にしたいわ。色は……こういう時、自分の髪や瞳と合わせるのが定番ですが、私の場合はちょっと」
漆黒ですものねえ……
やや不吉な印象になってしまいそうです。
「布は違う色にして、袋の口に通すリボンや刺繍糸に黒を使ってはいかがですか?」
アリスが提案してくれました。手に持っているリボンと刺繍糸は、どちらも光沢のある黒です。
「これなら良さそうですわね、ありがとうアリス。後は袋そのものの布地ね……」
「フィリア様のお好きな色になさっては?」
「それなら…………青、かしら?」
手を伸ばして、ずらっと並んだ中から一枚を取り上げました。
少し気になっていたのです。
クリフの瞳によく似た深い青色でしたから。
「まあ、フィリア様」
「うふふ、当てられちゃいますね!」
侍女二人が微笑みます。
なぜ選んだのかお見通しということのようです。
急に恥ずかしくなって、手に持った布を意味もなく丸めたり引っ張ったりしてしまいました。
「し、仕方ないでしょう……あんな、優しくて格好良くて素敵な人なんですから……」
……あ、あら?
いつの間にか手の中で布が完全にくしゃくしゃになっています。
慌てて皺を延ばしました。
ヨランダがそんな私を見て、にっこりします。
「ヒースクリフ殿下は素晴らしい御方ですけれど、あのように優しい笑顔をなさるようになったのはごく最近。具体的には、ひと月ほど前からですよ」
「フィリア様と出会って以降ですね〜」
「リーバン卿も似たようなことをおっしゃっていましたけど、そんなに……?」
私は孤高の「氷」がいきなり溶けて、ヒースクリフが豹変したのだとは思えません。
元々、彼は愛情深く優しい人で、今までは少しばかり周囲と行き違いがあっただけなのでは?
「もう、フィリア様ったら。殿下は人が変わったと王宮でも噂になってるんですってば! 昨日のご公務中、また性懲りもなく言い寄ったご令嬢がいたそうですが――」
「ヒースクリフ殿下はそれはそれは幸せそうに『心から愛する女性を見つけたので邪魔をしないでほしい』というお言葉で断ったとか。その際の笑顔の威力が凄まじく、ご令嬢は魂を抜かれたような有様で退散したらしいですね」
…………。
それ、部下の皆様が言うところの「締まらないにやけ顔」ですわよね?
確かに魂が口から出そうになりましたけど!
「ちなみにご令嬢は、以前より殿下にしつこく付きまとっていたリンデール侯爵家のメアリ様。『わたくしの殿下があのようなお顔を……』とつぶやいていたんですって。いつの間に勘違いをなさったんでしょうね〜?」
「まあ、身分だけ取れば王弟妃になってもおかしくない御方ではありましたからね。他の部分は、フィリア様の素晴らしさの足元にも及びませんが」
二人ともやめて!
言い過ぎですわ!!
にしてもヨランダとアリスは相変わらず情報通ですわね。
「王宮文官をしている私の従兄も『殿下はよほど良いお相手に恵まれたらしいな』と言ってきたので、たっっっぷりフィリア様の自慢をしておきました!!」
「……クリフもですがアリスまで何をやってるんですの?!」
社交界デビューの難易度が爆上がりしたような気がします!!
こんな女が出てきて皆様が失望しそう。
「失望だなんて。まさにお似合い、互いに想い合うお二人で羨ましい限りです。この匂袋だって、殿下がさりげなくご自分でも使うとおっしゃったのはフィリア様の手作りが欲しかったからでは?」
「……そ……そうかしら……?」
あのクリフがそんな回りくどい真似を……
……するかもしれませんわね。
時々、私もびっくりするくらい無防備なところがありますから。
……私が彼を好きになったのはそういう性格も含めて、なのですけれど。
「もうじきマダム・ガブリエッラの夜会用ドレスも届きます! 最新鋭のデザインで、ベルーザの貴族女性界に旋風が吹くこと間違いなしですね!!」
「うう、余計に重圧なのですが……」
――――はっ?!
気づけば手の中でまた、青い布が皺だらけになっております。
「と……とりあえず布はこれにします。ついでに自分の分の匂袋も作っておくわ」
「まあ、ふふふ。フィリア様ったら」
「おそろいですね〜」
「れ、れ、練習用ですわ! 刺繍なんて久しぶりですから!!」
そう!
いきなりでは失敗しかねません。
心を落ち着けませんと、指に針を刺しそうです。
私はなるべく厳粛な顔をつくって、裁縫箱を開けたのでした。
毒ミントテロはこうして愛と勇気と悪食に制圧されていきます。




