12.「謹んでお断りいたします。ごはんが美味しくありませんので」
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食べ物の恨みをちょっとだけ晴らしますが、ざまあに入りますか?
青花宮で私が住むことになったのは、水色でまとめられた上品なお部屋でした。
私があまりゴテゴテした感じを好まないのを知っているヨランダとアリスが、事前にエマリと連絡を取って派手すぎないよう整えてくれたそうです。
甘さ控えめ、しかし女性らしさや清潔感もあって素晴らしい! 改めて二人の有能さが分かりますわね。
ソファやテーブル、簡単な書物机などを備えた居間、寝室、衣装部屋などが完備されています。
アリスは青花宮の侍女達と早速親交を深めつつ、衣装部屋にドレスや靴などを収めているところです。
「どうなさいますか、フィリア様?」
ヨランダが私の側へ来て、こっそり耳打ちしてきました。
「どうって……?」
聞き返しますと、ヨランダはコホンと咳払いをして小声で解説してくれました。
寝室の向こうには、クリフと正式な夫婦になったら使うことになる共用の寝室がありまして、さらにその先にクリフが使っている部屋もあるそうですが……
「今は鍵がかかっておりますが、どうなさいますか、と」
「…………閉めておく以外の選択肢があるの?」
「あまり褒められた話ではないんですが……ええまあ、場合によっては」
「…………」
アストニアとベルーザの気風って、こうも違いますのね。
私はアストニア王家に嫁ぐ予定でしたから、特に貞淑であるよう教育されたとは思いますが……故国では考えられない発言です。
アストニアが古風でお堅いのか、ベルーザが柔軟すぎるのか。
前世では「郷に入っては郷に従え」とも言いましたけど……
――押し黙ってしまった私とヨランダの間に、衣装部屋からアリス達の賑やかなお喋りが聞こえてきます。
私もコホンと咳払いしました。
「そこは……後で考えます。とりあえず、そのままにしておいて」
「かしこまりました。妙なことをお伝えして申し訳ございません」
「いいえ、いいのよ。ヨランダは既婚ですものね。アリスでは言いにくいことを、あえて言ってくれたのは分かるわ」
「え、ええ。ご賢察の通りです」
「絶対に嫌、ではないけど。ベルーザでも褒められた話ではないなら、他の貴族に侮られたりしないように……落ち度は一つでも少ない方が良いでしょう? 私とクリフは正式な婚約もまだ。乗り越えるべき問題が色々とありますわ……」
私、冷静に話せているでしょうか?
前世で男性とお付き合いした経験もありましたけど、相手があんなキラキラしい美男子で……しかも観賞用ではなく両想いとなりますと、平然としていられませんわ……
私はヨランダにレモンを絞った冷たい水を用意してもらい、ぎりぎり上品、と言えるスピードで一気飲みしました。
……ふう。
さっぱりしました。
頭を切り替えましょう。
………………、
……………………、
…………………………。
ヨランダ、もう一杯レモン水をもらえるかしら?
――結局、その日は荷解きやら何やらをして終わりました。クリフと一緒に夕食を頂いて、もちろん別々に就寝しましたわよ。
✳︎✳︎✳︎
翌日は朝食後、クリフが王弟の公務で白亜宮へ行くのを見送ってから応接間へ向かいます。
アストニアのパヌ伯爵と面会するためですわ。
アストニアとベルーザは交流が少ないですが、一応は隣国なのでお互い、王都に外交官の役割をする貴族がいます。前世で言う大使みたいなものですわね。
私がフィリア・フォンテーヌ本人であることを証明し、心置きなくクリフと結婚できるように頑張りましょう!
少し待つとパヌ伯爵がいらっしゃいました。
「パヌ伯爵、お久しぶりでございます。最後にお会いしたのは、確か二年前の国王陛下生誕祭の時でしたわね」
挨拶を申し上げますと、パヌ伯爵は色白の顔にぱっと笑みを浮かべてオーバーに手を広げてみせました。
「おお……久方ぶりですフィリア様! 間違いない。ご無事だったのですね、創造神のご加護だ!」
パヌ伯爵は三十代で、貴族の当主としては若い方です。上品な顔立ち通り性格も気弱でして、アストニアがぜんっぜん外交に力を入れていないのが丸わかりの人選です。
大袈裟に喜んでいますけど……
私が無事だったのは主に前世の記憶と、クリフ達のおかげでしてよ?
前世さんがいきなり蘇ったのは神のご采配かもしれませんが、いい気がしませんわ。
私は完全なる侯爵令嬢モードを装備しまして、口許にだけ微笑を貼り付けました。
「……ええ、五体満足で無事ですわ。一時期、伏せっておりまして皆様にご連絡もできておりませんでしたが、今はこの通り回復しております」
「うむ、うむ! 顔色もよい。輝くばかりの美しさはお変わりなく、むしろ磨きがかかったのではないですか」
輝くばかり、ですか。
……根暗で陰険と言われていた私に、一番縁のなかった褒め言葉ですわね。
「お上手でいらっしゃること。……私のような女が美しく見えるとしたら、ベルーザで心穏やかに過ごせているためでしょうね。ヒースクリフ殿下をはじめ、周りの皆様に深く感謝しております」
「は、ははは。ベルーザ王国の手厚い対応、もちろん私からもお礼を申し上げるつもりですよ。してフィリア様、いつ頃に帰国なさいますか?」
パヌ伯爵は揉み手をしそうな態度で言いました。
帰国?
意味の分からない発言ですわね。
「パヌ伯爵はご存じありませんの? 私、ベルーザに移住して骨をうずめるつもりでおります」
「はあっ?! そんな馬鹿な! い、いや失礼。ですが、フィリア様はロニアス殿下の婚約者で」
「ロニアス殿下と私の婚約は円満に解消されたはずですわ。私、お父様から手紙で許可も頂いております。ベルーザで良き縁があることを祈っている……とも書かれていました」
「し、しかしフィリア様は献身的に殿下をお支えしていたではないですか。ロニアス殿下も一時の気の迷いが醒めれば――――」
気の迷いと来ましたか。
パヌ伯爵、悪い方ではないのですけど、魂胆は見えすいていますわよ。
ロニアス殿下は母君の身分が高くありません。曲がりなりにも王族でいられるのは、フォンテーヌ侯爵令嬢である私と婚約していたからです。
これが私から男爵令嬢のサーラ様に乗り換えてしまうと、臣籍へ降りて王位継承権も返上する可能性が一気に高まります。
が、ロニアス殿下には王族でいてもらって、甘い汁を吸いたい貴族はそれなりにいます。パヌ伯爵もそのお一人。
私とロニアス殿下は一時的な仲違い。このまま結婚して正妻は私、サーラ様は愛人にでもすれば良いと考えているのでしょう。
――ずいぶん舐められてない? やっちゃえ、フィリア〜!
私も同じ気持ちです。
でも、身近?に自分より怒っている前世さんがいると、冷静になれるものですわね。
優先順位を間違えてはいけませんわ。
一番大切なのは「落ち度のない形でクリフと結婚できるようにすること」……でしょう?
――それもそうだね。キノコ採りとか魚釣りだって、欲張ると碌なことないもん。
ええ。ロニアス殿下の肩をトントンして「今どんなお気持ちですの?」と申し上げてみたくもありますが、そもそも、あの方は関われば関わるほど疲れるんですもの。
私は令嬢らしい微笑を絶やさず言いました。
「……私は幼い頃からロニアス殿下と共に育って参りましたので、畏れ多くも兄か弟のような気持ちでお仕えしておりましたの。ですが、もう私の役目は終わったのです。サーラ様との真実の愛を貫き、幸せになっていただきたいと思っていますわ」
「い、いえ、サーラ嬢は王子の妃としては色々とその、不足が――」
「ふふ、愛があれば問題ありません。作法や教養は頑張れば身に付きます。私でもできたのですから大丈夫ですわ! 身分はどなたかのご養女になればよろしいでしょう」
……言うほど簡単ではありませんけれどね。
赤くなったり青くなったりしているパヌ伯爵に、私は駄目押しをしておきました。
「これは内密に願いますが、私は今ベルーザの王弟ヒースクリフ殿下の妃に内定しています。私もヒースクリフ殿下のことを……心からお慕いするようになりました」
「なっ……噂では聞いていましたが」
「……もしお父様に反対されたら、縁を切って嫁ごうかと思ったくらいでしたわ。幸い、ベルーザの貴族で養女の当てもございましたし」
「な、ななな!! フィリア様がそんなことをなさっては、我が国との外交に差し障りが――」
「ええ、お父様が鷹揚にお許しくださって何よりでした。今後はヒースクリフ殿下の妃として、二つの国の架け橋になれればと思います」
大国ベルーザの王弟の妃として、アストニアの女が輿入れする――
その時、実家と絶縁しているか祝福されているかで、国と国の関係にも天と地ほどの違いが出てきます。
つまり私はとても優雅かつ貴族らしく、パヌ伯爵に圧力をかけたと言えます。
私とクリフは愛し合っていますが、この結婚は双方の国益にも叶うのです。よもや反対なさいませんよね?と。
パヌ伯爵はがっくりと項垂れました。ですが諦め切れないようで、上目遣いで言いました。
「本当に……もう一度だけでも、ロニアス殿下とやり直していただくことはできないのですね?」
「…………パヌ伯爵はご存じかしら? ここ数年ロニアス殿下は、私とまともにお茶会をされたこともありませんのよ」
アストニアの王宮、中庭にあるガゼボを私は思い出しました。
月に一度、親交を深めるためのお茶会。
毎回、私は来ない人を待っていました。
目の前で冷めていく紅茶。綺麗に盛り付けられていた可愛らしいお菓子。
夜会などでも同様です。
私はいつも一人で壁際に立っていました。
口さがない方はあんな暗い女、壁の花ではなく大きな黒い染みのようだと言っていましたわね。
煌びやかな王宮の軽食も、私はほとんど口にしたことがありません。アストニアでは、料理はパートナーの男性に取ってもらうものだったのです。
もし食べても味がしなかったのではないかな、と思いますけど。
「わ、私は二年前からベルゼストにおりますゆえ見てはいませんが……はあ、何と言うことだ……」
しょげてしまったパヌ伯爵に、私はさらに淑やかな表情を向けました。
アストニア王妃陛下の直伝、必殺の笑顔ですわよ。
ここぞという場面で使うように、と言われていました。
今こそ、その時です!!
「ですから、謹んでお断りいたします。ごはんが美味しくありませんので」
✳︎✳︎✳︎
話し合いを終え、哀愁漂うパヌ伯爵の背中を見送ると昼時になっていました。
昼食はカークが早速、腕を奮ってくれたようで、ホタテっぽい貝柱の干物でダシを取ったスープパスタが出されました。
前世のボンゴレビアンコに似ていますが、こちらの世界では前世よりもスパイス類が貴重なので控えめ。優しい味わいですね。
充分美味しいですが、唐辛子か胡椒の風味を足したら、もっと良くなりそうです。
今度、カークにベルーザで入手できるスパイスについて聞いてみようかしら。
「ご馳走様でございましたわ。さて……」
次は、軽い食後の運動をいたしましょう。
ヨランダと青花宮の庭を散策することにしました。
身支度を整えてから建物を出て、白い石畳が敷かれた小道を歩いていきます。
背の高い木がたくさんあって、広大な庭園です。探検しがいがありますわ。
「元々、ここは狩猟を楽しむための離宮だったそうです。城門を出て馬を走らせると水場があって、鴨など水鳥の狩猟ができるらしいですよ。今はあまり使われていませんけど」
私に日傘を差しかけながら、ヨランダが教えてくれます。
「クリフが私といつか遠乗りへ行きたいと言っていましたわ。そこのことかしら?」
「景色が良いと聞きますので、恐らく」
「楽しみですわ……あら?」
その時のことでした。
ふわりと前方から風が吹いてきたのです。
日除けにかぶっていた帽子を、私は軽く押さえます。
すぐに止みましたが――
私は異変に気付きました。
「――ヨランダ。この風、ちょっと爽やかすぎませんこと?」
「……さようですね。青草のような匂いが」
風がスゥッとする匂いを運んできています。
私達は顔を見合わせて、さらに先へ進みました。
すると、そこには――
花壇……の、なれの果てがあったのです。
元は何か別の草花があったのでしょうけど、今は緑色で爽やかな香りがする植物がびっしり生い茂っていて跡形もありません。
この草……
前世さんの知識にある植物に大変よく似ていますわ……
「〈鑑定〉!」
私は久しぶりに魔法を発動させました。
結果はすぐに現れましたわ。
――デススネークミント。闇の森原産。全草に強い香りを持ち、非常に丈夫で繁殖力が強い。虫下しや滋養強壮などの効果がある一方、素手で触れたり生食したりするのは危険。肌や食道の粘膜に強い痒み、腫れ、ただれが生じる恐れがある……
「なぜ闇の森に生えているはずの草がここに……?」
「私が知る限り、以前はありませんでした。これはもしや、誰かが」
「ええ……」
誰かがわざとやった可能性大ですわね。
ミントは爽やかな香りを持つ有用なハーブですけど、繁殖力がとても強く、雑草化すると物凄く手強いのです。他の植物を駆逐して増えまくり、抜いても抜いても復活する緑の悪魔ですわ。
そんなミントの種を嫌いな人のお庭へこっそり播いてしまう犯罪チックな嫌がらせ行為のことを、前世の一部界隈では「ミントテロ」と称していたのですが。
いんたーねっとの彼方にある、都市伝説な武勇伝だと思っていましたわ!
まさか異世界転生した先でお目にかかってしまうとは……!!
しかもデススネークミントって異世界ならではの、ほぼ毒草クラスの強力なヤツです!!
クリフは〈毒無効化〉の魔法持ち。仮に接触しても最初の一回、少し痒くなる程度だとは思いますけど……すると標的は私や、青花宮の使用人達?
ひょっとしてクリフと対立していた王太后様が、王宮を去る時の置き土産でしょうか。
まさに恨み骨髄な「鬼女」の所業!!
「フィリア様……」
「大丈夫よ、ヨランダ」
心配そうな顔をしているヨランダを尻目に、私はもう一度〈鑑定〉魔法をかけました。
うん、思った通りです!
「加熱するだけで無毒になって、とても使えるハーブに変身しますわ! カークを呼んできて。革手袋と山刀を持ってくるように言ってね」
ああ、恐ろしい恐ろしい!
チョコミント! アイス! クッキー!
ミントティーもキャンディも怖くて怖くて、口の中がひえひえスースーしちゃいますわねっ……!!
王太后様は鬼女板の住人……ではありません。
(このネタが分かるのって何歳くらいからでしょうかね……前世さんはミントの使い道をググってる時に発見したらしいですよ)




