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EX.元王宮勤めの侍女は見た(sideヨランダ/前編)

所用で更新が遅れました。

また明日以降、リアル都合(仕事始め)で更新が不安定になります。

すみませんがよろしくお願いします。


 私はヨランダと申しまして、ベルーザ王国のラング伯爵にお仕えする侍女の一人です。

 生まれはしがない男爵家の三女。持参金が用意できないので結婚は諦めて十四歳で王都へ出て、王宮の下級侍女をしておりました。


 ですから、ヒースクリフ殿下のことはよく存じ上げていました。

 王宮侍女の間でも、憧れの君として有名でいらっしゃいましたので。

 ヒースクリフ殿下は母君譲りの、華やかな美貌の持ち主です。

 殿下の母君は身分の低い侍女でありながら、その美しさが国王陛下の目に止まって側妃に召し上げられたほどの御方。殿下が子供の頃に亡くなられ、私は会ったことがないんですが。

 ですが殿下は美貌を鼻にかけることもなく、物腰の柔らかい優しい方でもありました。私達のような下級侍女が相手でも、何かして差し上げると微笑んで「ありがとう」と言ってくださいます。

 なので擬似的な……片思いの恋愛、は言いすぎですが、偶然にでも麗しい御姿を拝見できれば目の保養になり、つらい仕事も一日頑張れる――そういう、真の意味で尊い存在であられたのです。

 もちろん年端も行かない少女時代の思い出ですよ?

 本気で殿下とどうにかなれると、不相応な夢を見ていた訳じゃありません。少なくとも私は。



 ――風向きがおかしくなってきたのは、殿下が十九歳になり、シーラーンの王女様とのご婚礼が迫ってきた頃のことでした。


 王族の男性がこの歳で独身とは珍しいですが、これは王女様が当時十五歳で、少し年齢差があったためです。あちらの成人を待ってご成婚となるはずでした。

 ところが、王女様が輿入れ直前に体調を崩されたという知らせが届きました。元々ご病弱なところがあり、最初はいつもの軽い発熱と思われたものの、なかなか治り切らず長い船旅に耐えられなくなってしまったというんです。


 そうしましたら、王宮内がきな臭くなってしまいました。


 ――ちっぽけなシーラーンごときに合わせて婚礼を待ってやったのに、何たる無礼!と憤る方。

 いやいやシーラーンは小国ながら、強力な海軍を擁する重要な同盟国。王女様が快癒されるまで婚礼は待つべきだ、と宥める方。

 この際、王女様とのご婚約はなかったことにして、国内から妃を迎えてはどうかと提案する方。

 それなら王女様ではなく、別の女性をシーラーンから差し出させては?と反対する方。


 もう言いたい放題です。

 なお、そこにヒースクリフ殿下自身のお気持ちは、これっぽっちも考慮されておりません。

 王侯貴族に政略結婚はよくある話ですが、いくらなんでも扱いが酷すぎませんか。殿下は物ではないのに……


 しばらくすると殿下の周りに、やんごとない身分のご令嬢が出没するようになりました。

 ご心痛のヒースクリフ様をお慰めいたします!などとおっしゃる。

 白々しいですね。

 関係を結んでしまえば王弟殿下の愛人どころか、うまくすれば妃になれる可能性まで出てきたためでしょう。見事な欲得ずくです。

 殿下は迷惑がっておられましたよ。宙に浮きかかっていても、王女様とはまだ婚約中。不義理はできないとおっしゃって。

 女好きなら嬉しかったかもしれませんが、この方はいかにも華麗で女性受けする見た目と違って(言い方が失礼ですけれど)、大人しくて真面目なご気性なんです。

 が、令嬢は次から次へと現れます。なまじ身分があるので、簡単に追い払えません。

 輪をかけてよろしくなかったのは、上級侍女の一部も同じ振る舞いに出たことです。彼女等は伯爵以上の家の娘がほとんどで、実家から圧力がかかったのもあるでしょうけど……

 下級侍女にまで、裸で殿下の寝室に入り込もうとする者がいる始末。殿下の母君も下級侍女だったし〜、ですって?

 鏡を見なさい、鏡を!


 ヒースクリフ殿下にしてみれば、心が安まらなかったでしょうね。

 そうでなくても殿下は以前より、義理の母であられる王太后様から目の敵にされていました。王宮の居心地は決して良くなかったと思います。

 お顔から、どんどん表情が消えてゆきました。

 それがまた(かげ)のあって冴え凍る美貌だと持て囃されてしまうのですから手に負えません。

 もちろん正気を保っている侍女もいまして、私もその一人でしたが多勢に無勢でした。令嬢という令嬢、侍女という侍女が殿下から害虫のごとく忌避されるようになってしまったのも、仕方のない成り行きだったと言えます。


 半年後、王女様の訃報が届きました。療養の甲斐なく、若くして亡くなられたんです。

 シーラーンには他に、ヒースクリフ殿下と釣り合う女性がおらず婚約は白紙になり、一年の喪が明けるのを待ってベルーザ国内から妃を迎えることになったのです。

 ……当然ヒースクリフ殿下に迫ろうとするご令嬢が増えました。

 どなたも高位の貴族女性の癖に、殿下のお身体に触れようとしたり触れさせようとしたり、あられもない姿で色仕掛けを試みたり、しまいには一服盛って同衾しようとしたり。行動がエスカレートしてしまっています。

 目を覆わんばかりの有り様です、どうして誰も止めないんですか!

 はい? 殿下には早く身を固めてもらって、子を作ってもらわないと王家の存続が危うい?

 あの方をなんだと思ってらっしゃるんです!

 先王陛下のお子が現国王エーリヒ陛下とヒースクリフ殿下、お二人しかいないのは事実ですが。

 それって王太后様の妨害で、側妃のなり手が少なかったからでしょう……殿下の母君も相当苦労され、若干二十五歳で逝去されています。実は王太后様……当時は正妃様でしたが、かの方から毒杯を賜ったらしいという噂まであるんです。

 ヒースクリフ殿下のせいではなく、むしろ被害者ですのに、よくもまあ……


 殿下も馬鹿馬鹿しくなってしまわれたんでしょう。

 ほとんど王宮に寄り付かず、騎士団の任務に従事しておられます。

 仕事熱心……いえ、それ以上に王宮が嫌になったんでしょう。

 私もです。

 ただれた王宮の雰囲気に厭気がさしていました。

 ――そんな時、意外な転機が訪れました。

 なんと結婚することになったんです。

 いえ殿下ではなくて私、ヨランダが。

 真面目でお堅すぎると男性に敬遠されてモテたこともなく、生涯未婚であろうと思っていたんですけどね。

 お相手はラング伯爵に仕える騎士で、主君の供をして王宮へ来た際に、道に迷って私と出会い……まあ意気投合いたしまして。不思議な縁もあるものです。

 それで王宮を結婚退職し、ラング伯爵家の侍女になったのでございます。

 頭の中が桃色になっている同僚やご令嬢がたに呆れ果て、不甲斐ない自分に疲れてもいましたので、未練は一つもございませんでしたね。


 ですので王宮を離れた今、ヒースクリフ殿下にお会いする機会なんて早々あるまいと思っていたんですよ。

 私の予想は大外れしました。

 ラングヘイム城で働くようになって半年ほど経った、ある日――殿下が前触れなく来訪されたんです。

 とある女性とご一緒に。



✳︎✳︎✳︎

 


 目を疑いましたね。

 だって殿下ですよ?

 どんな美女にすり寄られても醒め切った眼差しをして、スンとしたつまらなそうな表情をしておられた御方ですよ?

 それが、殿下のご来訪に急いで集まった私どもの前で……つまり人目があるというのに、ご自分で女性を抱きかかえて、さっと馬から飛び降りたんです。

 その女性はどうやら体調が良くないようで、気付いた殿下はたちまち顔色を変えました。


「フィリア? ――どうしたんだ、フィリア!!」


 まさかのお名前を呼び捨て?!

 と言うか、その心配で心配でたまらないというご様子はいったい何事?!

 女性を抱き締めて離そうとしませんし。

 貴方様はそんな、距離感のとち狂った御方ではなかったでしょう?!

 とても動揺しましたけど、私はこれでも十四の年齢(とし)から十年、王宮勤めをしてきた女。プライドというものがございます。

 侍女根性に鞭打って、何食わぬ態度を取りました。

 執事長が慌てて駆け付けます。長年、この城を取り仕切っているベテランですが、さすがに少々戸惑っているようですね。

 するとヒースクリフ殿下は、はっきりとおっしゃいました。


「……俺の大事な(ひと)なんだ。無理を言っているとは思うが、頼めないか?」


 執事長は――元々姿勢の良い執事の鑑ですが――さっと背筋を伸ばしたように見えました。

 私も思わず姿勢を正しました。

 あの殿下が、ついに、そういう女性を見つけられた。

 そのことを悟ったからでございます。


「承知いたしました。ひとまず、日当たりの良い客間へお通しいたします。その後のことは、ご令嬢の体調が戻られてから整えましょう」


 執事長が答えたこの瞬間から、こちらの女性は身元も何も関係なく、王弟殿下の恋人であり事実上の婚約者として扱われることになります。

 気を引き締めなければ。


「すまない。ああ、彼女は俺が連れていく」


「はい。では、この者がご案内いたします」


 執事長の視線を受けた私は進み出て、礼をしました。

 殿下はうなずいて女性をそっと抱き上げ、歩き出した私の後に続きます。

 ……ごく自然になさってますけど、殿下が自ら女性を運ぶなんて異例の事態ですよ。これは本気も本気でいらっしゃる……

 客間へ着くと同僚の侍女、アリスが待っていました。

 殿下の婚約者をお迎えするなら専用のお部屋を用意すべきですが、王宮ならともかく伯爵家では急にそこまでできません。婚約者様もどんなご病状か分かりませんので、ひとまず療養のためのお部屋という訳です。

 アリスは急造ながらも室内を女性向けに整えていたようです。彼女は十六歳と若いですが気立てが良く、腕も確かな侍女ですからね。

 ベッドには華美すぎない、上品な花の刺繍が施されたカバーが掛けられています。それを取り除けて、殿下がそっと女性をベッドへ下ろしました。


「……あとは私どもがお世話をさせていただきます。心を込めてお仕えいたしますので、どうかご安心を」


「ああ。急な話なのにありがとう。……君達、名前は?」


 ……今日は何度となく驚かされる日ですね。

 身分ある方々にとって、召使は家具の一種のようなもの。側付きでもなければ名前を覚えたりしません。

 私どもは、ご婚約者様……フィリア様付きになったと見なされたからでしょう。

 私とアリスは深くお辞儀をしました。


「ヨランダでございます」


「私はアリスと申します」


「アリスは以前、伯爵を訪ねた時に茶を出してもらった気がする。ヨランダは?」


「……私は半年ほど前まで王宮の侍女をしておりましたが、恥ずかしながら伯爵家の騎士と結婚いたしまして今はこちらに勤めております」


「そうか、王宮の。うん、見覚えがあると思った。君のような人が付いてくれると安心できる」


「まあ……! こ、光栄でございます」


 珍しく噛んでしまいました。

 まさか殿下が私なんぞを見覚えておられたとは……

 感動すると同時に、殿下の本気度と用心深さを改めて思い知らされましたね。

 ヒースクリフ殿下は、内心では少し疑っておられます。私やアリスが、フィリア様に嫉妬したり見下したりして悪さをしないかどうかを。

 だから、私どもの名前と素性をお尋ねになりました。

 フィリア様に何かあれば、殿下は決してお許しにならないでしょう。


 ――かつての私は一介の下級侍女に過ぎず、ヒースクリフ殿下が苦しんでおられるのを察していても何もできませんでした。

 これからはご婚約者であるフィリア様をお守りして、貴方様のお役に立つことができるのですね。

 私は再び、深々と礼を施しました。


「お任せくださいませ」


 そして私は、心を鬼にしてヒースクリフ殿下をお部屋の外へ追い出しました。

 まだご結婚前ですよ、高貴な女性の寝所に居座ってはいけません!

 捨てられた犬のようなお顔をなさっても、駄目なものは駄目です!!


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