1.「そこはキヌガサタケ転生じゃないの?」
2025/8/27 [日間]異世界転生/転移〔恋愛〕 - 完結済で5位になりました。ありがとうございました!
前世の私は悪食でした。
日本と言って小さいけれど豊かで、とても文明が進んだ国で生きていた記憶があります。
いつでも美味しいものが食べられる恵まれた環境でしたのに……前世の私は感覚が麻痺していたのでしょうか、それだけでは満足できませんでした。
わざわざ沼地で蛙を捕まえて唐揚げにしてみたり。
山で取ってきたキノコを闇鍋に仕立ててみたり。
蛇を長いまま炙り焼きにして頭から齧ってみたり。
そういうお馬鹿な真似をしては、動画を撮って配信していたのです。
前世の私は物凄い美人とは言えませんが、可愛らしい顔立ちでした。見目の悪くない若い女がゲテモノを食べるという絵面がウケて、コアな層にそれなりの人気があったようです。
ですが、ある日……死にました。
毒キノコにあたったのではありません。
山へキノコ取りに行ったら熊が出たのです。
熊鍋ゲットしちゃるぁあああ! などと言っている場合ではありませんでした。くまコワイ。ハンパ無い。
逃げ惑ううちに崖から足を踏み外して転落し、あちこちに叩きつけられ……気付いたら身体は全く動かなくなっていました。
嫌でも悟りましたわね。これはもう駄目そうだと。
生きながら熊に食べられるよりはマシでしょうけど……
まさか自分が「突撃! お前が晩ごはん」をするのではなくされることになるとは思いませんでした。大きなシャモジはどこかしら?
たくさんの野の恵みを頂いてきた私ですから、これも因果応報というものなのでしょうか……
霞んでいく視界の真ん中に、一本のキノコがありました。
――なんと、あれはキヌガサタケ!
貴婦人が優美な白いドレスをまとっているように見えることから、キノコの女王とも呼ばれる珍しくて美味なキノコです。
こんな時に、こんなところで出会うなんて。
ああ、キヌガサタケを取って取って取りまくりたい人生だった……
そう思いながら前世の幕が閉じたのです。
そして、私は異世界の貴婦人――ではなく。
貴族の令嬢に生まれ変わっていました。
イヤおかしいでしょ。
そこはキヌガサタケ転生じゃないの?
頭の中で、唐突に蘇った前世の知識が騒いでいますが、私は今それどころではありません。
なぜなら――今世の私、フィリア・フォンテーヌはアストニア王国の名門貴族の娘で、第二王子の妻になる予定だったのですが、いきなり婚約破棄されて国外追放の憂き目に遭っていたからです。
無理矢理、馬車に乗せられて国境を越え、闇の森と呼ばれる深い森の中に捨てられてしまいました。
馬車の扉から押し出され、突き飛ばされて地面に倒れ込んだ瞬間に、前世を思い出したのです。
ですがもう、何もかも遅すぎました。
私を降ろした馬車は瞬く間に向きを変え、ガラガラと走り去っていきます。
――展開が急すぎるぅうう!
令嬢らしからぬ心の声が、わんわんと騒ぎました。
ああもう、役に立たない前世がうるさいですわ。
今更になって思い出したところで、何の意味が……
――キヌガサタケ! いやキヌガサタケじゃなくても何かキノコとか山菜! こういう森なら絶対あるって!
…………信じられないほど能天気ですわね。
でも………………一理ありますわ。
こんなところへ置き去りにされて、蝶よ花よの貴族令嬢が生きていけるはずがありません。私はもうお終い、と絶望しかかっていましたが……
今の私には、そこそこガチな「ゲテモノ食サバイバル系ゆーちゅーばー」だった記憶と言いますか、意識と言いますか、別人格のようなものが同居しております。
確か彼女、山籠りしてキノコや山菜や釣った魚だけで一か月生き延びる耐久きゃんぷ企画なんかもやっておりましたね。
でしたら、ひょっとして……?
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本当に何とかなりました。
前世の知識さん、役立たずなどと決めつけてごめんなさい。あなたはとっても有能ですわ。
捨てられて約二か月。私はいくつか幸運に恵まれて、闇の森で割と楽しく暮らしておりました。
幸運の一つ目は、使われなくなったとおぼしき猟師小屋を見つけたこと。ぼろぼろでしたけど、掃除して最低限は住めるようにしました。
前の住人が残していったらしい家具や道具も見つけました。
中でも最高だったのは釣竿です!
これさえあれば千人力ですもの。本当にラッキーでしたわ!
もう一つは今世の私、フィリアは生活系の魔法が使えたこと。そう、この異世界には魔法があったのです。
高位貴族は高い魔力を持っていることが多く、フィリアも例外ではありません。
もっとも、身分の高い女性が攻撃魔法を嗜むのは淑女らしくないとされていて、習っていないので使えないのですけど。
魔法で綺麗な水を出したり、火を点けたり、衣服や身体を浄化したりするのは簡単にできます。
それに、私は〈鑑定〉という魔法を持っていました。
魔法というのは生まれつきの才能が物を言います。
〈鑑定〉は使える人が少なく、結構珍しい魔法です。なかったら詰んでいましたわね。
いくら前世の知識があっても、今世は動植物の種類が違います。〈鑑定〉して毒がないか、食べられるか調べられるのは大きな利点でした。
たとえば、森で採れるものの一つに「ガルムイモ」という芋類があります。形は前世の山芋、いわゆる自然薯にそっくりですが、表皮も切った断面も毒々しい濃い紫色をしています。
〈鑑定〉すると『ガルムイモ。闇の森産。有毒。少量でも食すると腹痛、嘔吐、下痢、全身の倦怠感、幻覚などの症状が現れ、半日程度で死に至る』などといった情報が、私の脳内に表示されます。
この情報は、知識を司る神が人の祈りに応えて教えてくださるものだと言われていまして、嘘や間違いはありません。
ガルムイモ……いかにも危険そうな色合いに違わず、食べたら苦しみ抜いた挙句に死にますわね。
でも山芋によく似ている……何とかして食べられないかな? と前世の知識が騒ぎます。
そこで私はガルムイモを両手に乗せて、天に向かって祈りを捧げました。
――偉大なる知識の神よ! どうか私を哀れとお思いになり、これなる毒芋の毒を抜いて食するための御智慧を授けてくださいませ!!
……はたから見ればお馬鹿な構図かもしれませんが、私も必死でした。
何しろお腹が空いていまして、日が傾くまで探しに探して、ようやく見つかったのがこの毒々しい芋だったんですもの。
『………………一口大に切って一晩、灰汁に漬け込むことで毒抜きが可能』
おお! 素晴らしい鑑定結果が出ましたわ! やった!
……何だか知識の神に呆れられたような間がありましたが……
――有毒だって言ってんだろ? なんで喰おうとしてんの? あー何なに、前世が日本人? じゃあ仕方ないな――みたいな……
いえ、きっと気のせいに違いありませんわ!
灰汁に漬けるのは、山菜を調理する際の基本ですものね!
私は早速、鑑定結果に従って芋を切り、灰汁に沈めました。
そして翌朝見てみるとガルムイモの紫色は灰汁に溶け出し、芋そのものは白っぽい色になっていました。
ドキドキしながら芋を取り出して水洗いし、もう一度〈鑑定〉すると――その結果は嬉しいことに『ガルムイモ。闇の森産。毒抜き済。加熱すれば食用可』になっていたのです!
早速スープの具にしましたわ。やはり山芋みたいなもっちり食感で、なかなか美味しゅうございました。
私は片っ端から、そこら辺の動植物を〈鑑定〉して回りました。
もちろん空振りもたくさんありましたが、いくつか食べられる物を見つけ出し、料理のレパートリーを増やしていったのです。
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――この森が闇の森と呼ばれるのは、その通り魔物と呼ばれる凶暴な生き物がうようよいるからです。
最初はもう、恐ろしかったですわね。
前世の死因に繋がった熊だって、それはそれは凶猛な獣でしたが、魔物は人の背丈をゆうに超えるほど大きかったり、力が強かったり、種類によっては火や毒ガスを吹いたりすると言われているんです。
攻撃魔法を習っていない貴族令嬢の私なんて、出遭った瞬間に「げーむおーばー」というもの。
ですが偶々、私が捨てられた界隈は非常に静かでした。
魔物の影も形もないのです。
不思議でしたが、空腹には勝てません。
これ幸いと食料探しでその辺の動植物を鑑定しまくっているうちに、原因が明らかになりました。
どうやら、この一帯に特殊な草が繁茂しているからのようです。
「――〈鑑定〉!」
――ズィーゲル草。闇の森産。全草に猛毒を含み、摂取すると意識を喪って昏倒、呼吸困難に陥り死に至る。茎葉や花から発する香りで魔物を寄せ付けない。
そう、このズィーゲル草は魔物が嫌う香りを出すようなのです。
人間には普通の草花の香りにしか感じられないのですけれど、それで魔物が全く近寄らないのです。
ですが、良いことばかりではありません。さらに細かく鑑定すると、この草は根っこからも強力な毒を分泌して、他の植物の多くを枯らしてしまうことが分かりました。
ところが自然界とは面白いもので、ズィーゲル草の毒を取り込むことができる有毒の植物やキノコなどが、その周りに生えてきます。さらに毒耐性があってズィーゲル草や他の毒草を食べる虫、虫を食べる蛙、蛙を食べる蛇……という具合に、奇妙な生態系が出来上がっておりました。
もちろんと言いますか、これらの動物達も標準装備で有毒です。
つまりズィーゲル草と有毒生物に囲まれているおかげで、私は魔物に食われずに済んでいたのでした。
猟師小屋が打ち捨てられていたのも、ズィーゲル草の影響で周囲が毒だらけになって、気味が悪くなったせいかもしれませんわね。
逆にズィーゲル草が生えている範囲外に出てしまうと、魔物に襲われるので危険です。
逃げられないということですわね。
幸い、前世の知識で毒を抜けば食べられるものがたくさんあります。
私は毎日、精力的に森を歩き回って食べられるものを探し、さばいばる生活を前向きに楽しんでいます。
いつまで続けられるかは分かりません。でも少なくとも今は生きているのですから、精一杯やらなければ。
若い身空で命を落とした前世の無念を思えば、貴族令嬢の誇りなぞ塵も同じですわ。
そうやって暮らしていたある日、私は食材とは違うものを見つけてしまったのです。