転機(3)
そうして旦那様と馬車に揺られて十分ほど。
最初に連れてこられたのは仕立て屋さん。
旦那様にエスコートされて店内に入ると、以前来た時とは違う、もっと大きくて広くて取り扱う生地の種類も多いお店。
帽子を取らないように気をつけながら、シニッカさんについてきてもらいながら旦那様の後ろをついていく。
店員さんがすぐに旦那様へ話しかけてきて、旦那様が私を見ながら説明をして、私はそのまま女性店員に囲まれてカーテンの奥に連れて行かれた。
そちらはまた広いお部屋で、扉がある。
扉の奥は表とは違う色の生地が詰まった棚があり、シニッカさんが「じっとしていて大丈夫ですよ」と微笑む。
なすがまま、服を脱がされて肌着すがたにされると女性店員たちにメジャーで身体中を細かく測られた。
な、な、なん……なんなんですか……!
なにが起こっているんですか、今。
「ふむふむ。デザイナーのミューザと申します。お嬢様のご希望があればお伺いしておきたいのですが」
「き、希望!? 希望……!?」
「生地の種類や、お色や使いたい刺繍のモチーフ、デザインなどです。今から制作に移るとなるとこちらのドレスは秋の後期から冬の季節完成になるかと思います。袖をつけて、毛皮のショールなどを羽織ればお庭に出ても寒さは和らぐはずですわ。それを踏まえた上で、流行りのAラインに斜めにレースを取りつけたいと思っているのですがよろしいでしょうか?」
「あ、は、はい」
「リーディエ様はドレスが初めてですので、デザイン画集を見せてもらってたくさん我儘を言ってみてください」
シニッカさんがそう言うと、ミューザさんを始め女性店員さんたちが急に目を輝かせる。
みんな「え、初めてのドレス!?」「まあまあまあまあ!」「それじゃあ気合入れないと!」と、なんだか大盛り上がり。
テーブルの前に座らせられて、数冊のドレスのデザイン画集を見せられた。
秋、冬の季節に着るのを前提にどんなデザインでどういう生地が好ましいのか、などをグイグイと一つ一つ丁寧に説明してくださる。
怒涛の情報量に頭がグルグルする~。
「リーディエ様の髪色を見せていただいてもよろしいですか?」
ある女性店員が帽子を取ってほしい、と言い出す。
シニッカさんに確認すると、髪の色と目の色でドレスの生地を選ぶことも多いのだと。
シニッカさんにそう言われて帽子を外すと、ギョッという表情をされた。
「え? 白髪……?」
「わあ、綺麗な赤い瞳……」
「アーゲンバーの聖講堂にある聖女画の聖女様みたい!」
「え……?」
困惑する。
アーゲンバーの聖講堂ってなんでしょう、とシニッカさんを振り返ると「王都小宮殿の隣にある、聖女様用のお屋敷ですよ」とのこと。
定期的に現れる聖女様のためのお屋敷。
講堂が一般市民に開放されており、歴代聖女様のお姿が絵画として残され飾ってある。
ここの店員さんたちは行ったことがあるらしく、私の髪と目の色は聖女様に多い髪色目の色らしい。
「でも、どうして髪を短くしていらっしゃるんですか?」
「ちょっと!」
「あ、も、申し訳ございません!?」
「え!? だ、大丈夫です! ……髪が短いのは……えっと……老婆みたいでみっともないから、メイドキャップを部屋以外で外すなと言われていまして……。あ、でも今は切っていないので伸びっぱなしですね。そろそろ切った方がいいでしょうか」
と、言うと周りの空気がそこはかとなく冷えたような気が……?
前髪から手を放すと、店員さんたちの表情がなんともいえない茫然としたもの。
困惑しながらシニッカさんを振り返ると、困った顔をされた。
「この国の女性は短髪にする、イコール貧乏人、冒険者、というイメージなのです。髪を伸ばすイコール手間暇かける時間とお金がある、既婚者は女性に髪を手入れさせる甲斐性がある、という見栄になるんですよ」
「そうなんですか。では、髪を切るのは一般的ではないことなんですね……」
そして、この大陸――ローゼル=イル・ルゥゼは『聖女の里』から現れる聖女様が長髪の方ばかりだったことから、女性は聖女様のような長髪が男性に非常に好まれるそう。
なんなら男性も髪を伸ばして聖女への信仰を示しすのだとか。
そういえばソラウ様もお養父様も髪を結ったり、まとめたりしている。
そういう男性は聖女への感謝や信仰心が強く、女性への尊敬を持っている人が多い。
……お養父様もお養母様は大切にしておられたしなぁ?
でも、ソラウ様も聖女への信仰があるのだろうか?
なんとなく「切るの面倒くさい」とか思っていそうだけれど。
「短髪が映えるようなドレスを作ればいいのです!リーディエ様のご希望をもっとお聞かせください!」
「そうですそうです!」
「そうですわ、エスコートしてくださる殿方とお揃いにしてもよろしいのでは?」
「エスコート?」
とは?
と、聞いた私にシニッカさんが「夜会にはパートナーとなる異性と会場入りするのが一般的なのですよ」と教えてくれた。
そんな話を聞いたら店員さんに「私、そんな方はおりません」と両手を振ってしまう。
「聖女様のような白ベースのドレスがいいのではないかしら?」
「そうね。清楚で質素で、体のラインがわかるようなスレンダーラインがいいんじゃないかしら。大き目のショールを羽織るようにして……」
と、ミューザさんがまた盛り上がり始めた。
ぽかん、とその様子を見ているとシニッカさんが後ろでぽつりと「まずい……旦那様にこのあとのスケジュールを確認してこなければ……」と呟いているのが、聞こえた。








