転機(1)
夏の前期も終わりに差しかかった週末。
本日は旦那様のお屋敷にお泊りに来ました。
ソラウ様に一応相談したんだけど、お手紙には「はあ? 勝手にすればぁ?」とのこと。
手紙の文面からも拗ねてるなぁ……と伝わってくるのが……可愛い。
唇を尖らせてそんなふうに言っているソラウ様の姿が容易く想像できて、その上そんなふうに思うなんてなんというか、私もなかなかに重症、なのかもしれない。
早く帰ってこないかなぁ、なんて――やっぱり重症だよね。
「いらっしゃいませ、リーディエ様。旦那様がお待ちです」
「あ、えっと、は、はい。お邪魔いたします」
アスコさんに出迎えられて、旦那様のお屋敷に招き入れられる。
先に「リーディエ様のお部屋にご案内しますね」と三階の一室に案内された。
例の、あの二部屋の繋がった、クローゼットがお部屋のあの部屋。
「こ、ここを? あの、私の……?」
「はい。旦那様がそのままリーディエ様にお使いいただくように、と。どうぞお気になさらずお使いください」
「で、でも、あの、ちょっと広すぎて……」
「このようなお部屋の過ごし方も教養とお思いください。聖魔力を持つ者はそれなりの待遇を受けることが多いのです。今はソラウ様を派遣してほしい、という依頼ばかりですが、聖魔力と膨大な魔力量を誇るリーディエ様にもいずれそのようなお声がかかることもあるでしょう。そうなれば他国に国賓としてここよりも豪華なお部屋に宿泊することもあるでしょう」
「は、は!?」
最初は「アスコさんってばなにを大げさな……」と思っていたけれど、最後に『他国の国賓』と言われて色々と吹き飛んだ。
なんで私が、と口をパクパクさせるとにっこり微笑んだアスコさんが「聖魔力を持つ方は数少なく、魔力量が多く王都以外の主要都市の結界祝石の浄化や祝石の[祝福]ができる方は現代であればソラウ様しかおりません」と言い放つ。
そのソラウ様の弟子で、聖魔力も魔力量もあるからいつかは――という想定をしているのだそう。
「そ、そんな、私は祝石細工師としてやっていくつもりですし……」
「ええ、もちろん本職は祝石細工師でいいのではないでしょうか? しかし、リーディエ様の魔力量は国で重宝されるレベルなのです。本日旦那様はそれとなくそのような提案をなされるのではないでしょうか」
「え、ええ……!?」
「それでは、私は昼食の準備をしてまいります。どうぞごゆっくりおくつろぎください」
「あ……は、はい……」
アスコさんがダイニングを出て行く。
入口にいたシニッカさんは実父であるアスコさんが出ていくと、私の座っていたソファーに歩み寄ってくる。
「ソラウ様の留守を狙われましたね」
「え?」
「旦那様はソラウ様を溺愛しておりますが、今回はリーディエ様です。ソラウ様がリーディエ様から離れている隙に、リーディエ様の能力を利用しようとされるのでしょう。なにを言われても、ソラウ様に相談してみる、と挟んでやり過ごした方がよいのではないでしょうか?」
「……え、え?」
なんで? どうして?
困惑が隠せない私に、シニッカさんがハッとした表情になる。
そして私の隣に来てから、床に膝をついた。
「実は、リーディエ様の魔力量を測ってからソラウ様に『公爵家ではなくリーディエ様の意思を最優先にするように』と命を受けておりますの。私の立場では雇い主の公爵家を最優先にするべきなのですが、ソラウ様がおっしゃっていることもよくわかります。なにより、私は祝石細工師としても日々努力していらっしゃるのに厳しい淑女教育にも愚痴の一つも零されないリーディエ様には、健やかで心穏やかに過ごしてほしいと思います。だからソラウ様の命令関係なく、私は公爵家の使用人ですが――なによりもリーディエ様の味方でいると決めたのです」
「シ、シニッカさん……」
手を握られて、見上げてくるシニッカさんに告げられた言葉が胸を満たしていく。
胸の熱がそのまま喉、顔、目にせり上がってきて、そのまま涙という形で流れ落ちる。
そんな私に、シニッカさんが優しく、しかし少しだけ仕方なさそうに微笑む。
ソファーの隣に座り、額を寄せる。
「リーディエ様はまだよくわかっておられないようですが、聖魔力自体持っている人が珍しいんですよ。大きな町に一人か二人。王宮魔法師にも二人しかおりませんし、王宮治癒魔法師は二十人しかいないんです」
「え!? そ、そんなに少ないんですか!?」
「そうですよ。他にも宝石を祝石にする人は『宝石祝福師』と呼ばれていますが、国に三人しかおりません。ソラウ様がおかしいのです」
「…………」
シニッカさんの諦めたような目で涙が引っ込んだ。
あんなに在庫処理に困るほどポンポン宝石や魔石を祝石にする人がおかしいということ。
ああ、ううん……やっぱりそうですよねぇ?
宝石自体、高級品ですものね?
「さらにそれを細工する祝石細工師は国に一人いるかいないか。プロティファ王国には今、リーディエ様だけです」
「そ、そうなんですか。そんなに……少ないんですね……」
「ですから、リーディエ様が思っている以上に祝石の装飾品は希少価値が高いのです。我が国には破格の聖魔力量を誇るソラウ様がおりました。ソラウ様により王都や主要都市の結界祝石は浄化され、増え続ける影樹も伐採されて強力な魔物は減りつつあると言われています。ですが、聖女様が派遣される時期が近いため国外の王都や主要都市の結界祝石の浄化に派遣要請が多く来ております。それこそソラウ様だけでは過労死してしまうレベルで」
「では、もしかして……」
「はい。国としては聖女様が現れる前にソラウ様にもっと国外に行ってもらって、他国に恩を売りたいのだと思います。この国の民であり、聖女様と同等の魔力量のあるリーディエ様を、この国に現れた聖女様と言い張ってこの国の聖女として祭り上げるようとするでしょう。そうなれば祝石細工師としてはやっていけません。ソラウ様はきっと、ご自分の経験やリーディエ様の性格も含めてそれを是としておられない」








