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嫁入り(1)


「リーディエ、貴様には嫁に出てもらう。どこの馬の骨とも知れん、掃除もろくにできない役立たずをここまで育ててやったんだ! 最後くらい我が家の役に立ってもらうぞ!」

「は――は、い……」

 

 私の名前はリーディエ・ハルジェ。

 今年で18歳になる。

 社交界には出ることなく、ここ、ハルジェ伯爵家の次女として引き取られたものの、正式な血筋ではないからと使用人として長女レーチェと三女マルチェの世話や屋敷の掃除を中心に働いてきた。

 そんな私が結婚……?

 廊下の床を拭かされていた最中、突然養父にそう言われて返事をしたものの、すぐに疑問がわき上がった。

 

「あの、お養父様……お相手のことはお聞きしてもよろしいですか?」 

「貴様なんぞにはもったいないお方だ。わかったら荷物をまとめておけ!」

「は、はい。かしこまりました」

 

 珍しく機嫌のよさそうなお養父様。

 頭を下げてお部屋に戻る後ろ姿をお見送りしてから顔を上げると、後ろからクスクスという笑い声。

 振り返ると三女のマルチェが腕を組んで近づいてきた。

 長女レーチェお姉様は貴族学園で生徒会役員になって大層忙しいと聞いているけれど、勉強嫌いのマルチェは帰宅が早い。

 優秀なお姉様と比べられて溜まった鬱憤を、私に投げつけに来たのだろう。

 

「教えてあげましょうか? アンタの嫁ぎ先」

「え? ええと……」

「なんと! もうすぐ七十になろうという高齢貴族の後釜よ! 奥様が三人もいらっしゃって、三十代の息子さんが七人、お孫さんまでいるんですって! あはははははは! そんな歳でも新しい嫁をお迎えになられるなんて、なんて女好きのお盛ん爺さんなのかしらね!」

「……っ」

「よかったわねぇ! 令嬢としての教養もないお姉様にも立派な嫁ぎ先があって! 精々可愛がっていただくことね! あははははははは!」

 

 楽しそうに去っていくマルチェ。

 耳に残る笑い声だ。

 ……別に、特筆すべきところのなにもない、なぜか養女として引き取られただけの私が家のために役立てるのなら……もとよりそのつもりだったけれど……それでも……。

 いいえ、この家から出られる。

 今はそれを喜ぼう。

 

 

 

 数日後、荷物をまとめて玄関に出る。

 見送りに出てくれたのは長女レーチェ姉様だけだった。

 使用人として働かされる私に「せめて侍女としての振る舞いを身に着けられるように」と私を世話係に抜擢してくれた、この屋敷唯一の良心であるレーチェお姉様。

 

「ああ、リーディエ……いくら学園に通っていないからって、わたくしよりも先にお嫁に行くなんて……」

 

 私の肩を掴み、沈痛な面持ちのお姉様。

 他の使用人すらお養父様やお養母様、マルチェに目をつけられるのを恐れて見送りに出てこないのに……。

 お姉様に「お養父様たちに見つかってしまいますから」と言っても「わたくしは大丈夫」と微笑んで見せる健気な方。

 

「わたくしも学園を卒業したらお嫁に行くの。アヴォルベ伯爵家のスズリ様という方が、選んでくださったのよ」

「おめでとうございます。お姉様ならきっと素敵な伯爵夫人になれますわ。どうかお幸せに」

「あなたもよ、リーディエ。確かにお噂はあまりよいものを聞かないけれど、あなたの嫁ぎ先は前王陛下の弟君。由緒正しい公爵家なの。すでに三人の奥様のうちお二人は他界されているし、最初の奥様は別居しているそうよ。だからきっと誠実にお仕えすれば大切にしてくださるわ。落ち着いたら手紙を書くから」

「そ、そんな高位の貴族の方だったのですか……!?」

 

 姉によって初めて聞かされた自分の嫁ぎ先。

 まさか、王家の血筋を引く公爵様だったなんて!

 もちろん現在はご子息に公爵位を譲られて隠居された身のようだけれど、学園にも通っていない、社交界にも出たことがないこんな田舎の貧乏伯爵家の次女が嫁いでいいところではないのでは!?

 

「お父様はあなたを嫁にやって得た結納金でわたくしとマルチェの支度金を出すと言っていたの。かなり莫大な金額をいただいているみたい。わたくしが学園で目立ってしまったばかりに、マルチェには伯爵家以上のお家の次男や三男から婿入りのお話が入っているみたいだから、家はマルチェとその旦那様に継がせるそうよ。リーディエ、だから……もしも前公爵様が、噂以上の方だったら……どうかわたくしが嫁ぐまで待っていてね……?」

「お姉様……」

 

 私のことで、そこまで考えてくださっていたなんて……。

 嬉しくて涙が滲んできてしまう。


「はい、でも……大丈夫です。きっとお姉様の言う通り、立派な方ですよ」

「そう……そうよね?」

「はい。お姉様がお手紙を下さったら、必ずお返事を書きます。約束いたします」

「ええ、ええ……! きっとまた、会いましょうね」

「はい、お姉様。……お世話になりました――」

 

 そうしてお別れを済ませてから、迎えの馬車に乗り込んだ。

 つらく悲しいことの方が多かったけれど、レーチェお姉様に会えたことは私の人生でもっとも貴重な宝物だわ。

 これからの人生でも、レーチェお姉様は私の希望そのもの。

 どうか、お姉様も幸せになって――


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