楽園から来た宇宙船
ある日、一隻の宇宙船が地球上空に現れた。
その船内でスクリーンを見上げているのは、遥か遠方の惑星からやってきた三人の異星人たちだ。
若い女性と青年と壮年の男性。一見したところ、地球人類とまるで変わりない容姿をしている。
しかし、映し出された地球の人々の姿に、少なからず衝撃を受けていた。
「後ろが……」
女性が息を吞む。言葉を続けられないらしい。
並んで眺めていた青年は、憐れむような目をしながらも、問いかける。
「彼らは本当に、ずっとこんな星に住んでいたのでしょうか」
リーダーである男性が答える。
「こんなところに住んでいたから、こうなってしまったのだろう。しばらく観察してから、彼らのことを母星に報告しようと思う。何しろ何十億人もいるようだからね」
「はい」
「分かりました」
この三人は、故郷の星から地球に住む人々を調査するために派遣された。
地球からは宇宙船が察知されないようにしてある。一定期間上空に留まって、詳しく調べることにしたのだ。
しばらくして三人は、彼らが自分たちを『地球人』と称することがあると気づいた。
「地球人、ということは、自分たちの故郷は、もう顧みないということでしょうか」
青年が質問すると、リーダーは首を横に振った。
「いや、何しろとんでもない歳月が過ぎているからね。我々のことなど、もはや何も伝わっていないのだろう」
「そうなのですか。それは残念な話ですね」
女性が寂しげな表情を浮かべる。しかし、その言葉にもリーダーは否定的な見方をしていた。
「かえってそのほうがいいのかもしれない。この星に残された人々に特に問題がなければ、このまま帰還する予定になっているからな」
「このままで……」
「すぐにではないよ。きちんと報告書を書いてからだ」
「何だか気が咎めるのですが」
女性は、どこか地球の人々に同情的になっていた。
リーダーの男性は、うつむき加減で告げる。
「本来なら数ヶ月後には着くはずだったんだ。まさかこんなことになっていたとは、誰も思わないだろう」
三人ともため息をついて、背中を縮めた。
宇宙船の高く広い天井までは、ガラスがはめ込まれている。その向こうには、闇の中に青く輝く地球とたくさんの星々が連なっていた。
地球を観察していて特に気になったのは、『エコ』とか『地球にやさしい』という言葉だった。
『エコ』というのはエコロジーの略で、環境に配慮するという意味合いで使われているらしい。
この地球という環境に、人類は優しくしようとしているのだ。
三人は呆然とした。
「こんなひどい惑星に住んでいるだけでも大変なのに、彼らはこの環境を保護しようと努力しているんだ……」
『地球を守ろう』などと書いてあるポスターも、何度か映し出されていた。
いろいろな製品に、地球を両手で包み込むようなマークがつけられている。緑の木が生えた地球を掲げるイラストもよく見かける。
また、鉄道とかいう乗り物を、逆に地球が抱き寄せるようなマークも見つけた。こちらも、同じように地球環境に配慮するものであるらしい。
「すごいな。我々には到底考えられない。こんな惑星環境が大切だなんて。いっそのこと、この星をすべて変え尽くして、再び住まわせてやりたいものだが……彼らには、生態系の破壊としか思えないんだろうな」
リーダーも複雑な心境らしい。女性は思い切って意見を言う。
「それなら、わたしたちの正体を明かして、彼らを説得するのはどうでしょうか」
「説得できるかどうか……やはり、このまま我々の存在は隠しておこうかと思っている」
「そうですか。気の毒な気がしますが」
女性が憂鬱そうに目を伏せたので、青年がなぐさめるように話す。
「でも、何も知らないのだから、気にしないでいいかもしれないよ」
リーダーも同意する。
「そうだな。せめて報告書に地球について詳しく書いて、母星に提出しよう。彼らのことをこのまま忘れ去るのは罪だろう」
「わたしもそう思います」
女性は、地球に何か救いの手を差し伸べたいと思いつつ、諦めようとしていた。
きっと、慣れてしまった世界にこのまま住んでいたほうが、彼らにはいいのよ。
背中を動かして、そう自分に言い聞かせる。
しかし、数日後に、三人はとんでもない発見をする。
人間が描かれている絵から大変なことが分かった。
どうやら地球の人々は、母星から来た自分たちの存在を、知っているようなのだ。
「見てください、この絵。ほら、これもそうですよ。こんなのもあります」
古来から地球の画家たちは、ごく普通の人間だけでなく、有翼の者たちを描いていた。
宗教施設らしき場所で見つかった絵画の中では、ふっくらとした愛らしい幼児たちが人々の周りを飛び交っている。その背中には、三人と同じような翼がついていたのだ。
「赤ん坊も多いんだな。きっと、昔は生まれたときから翼があったことを知っていたのだろう」
リーダーの推測を受けて、青年が考えながら答える。
「大人でも神に近いものは、翼を持っていたりしますね。やはり地球に住む人は、背中に羽があった過去を記憶していて、今では特別なものに感じているのでは」
「それにしても、一体どうやってそんな翼の知識を得ていたのでしょうか」
「何万年もの間、伝承などで伝えられていたのかもしれない」
「……ますます気の毒に思います」
女性は眉を寄せた。
「自分たちにかつては翼があったと知っているなんて。もうないものを思い出すって辛いんじゃないでしょうか」
「そうだな……」
青年も深刻そうな表情を見せる。
自分たちと違って、地球に住む人々には翼がなかった。それだけでも衝撃的だったのに、彼らはかつて翼があったことを知っていたらしい。
「やはり、これ以上は知らせないほうが……」
リーダーの呟きに、二人とも深く頷くのだった。
もとはといえば、退屈しのぎのゲームがきっかけだったという。
三人の母星は常に温かく、年中美しい花々が咲き乱れている。滋養のある実のなる木々がほとんどの食物を恵んでくれる環境。他の動物たちもみな草食で、人間に危害を加えるようなものは皆無だった。
そして、誰もが鳥のような白い翼を持ち、自由自在に空を飛び、楽しく生きている。
まるで天国のような世界。
だからこそ刺激を得ようと、母星を出発してさまざまな惑星を探索した。
そこで見つけたのが、現在住民によって『地球』と呼ばれている星だった。
荒れた海に、高低差が激しく不安定な大地。突然の地震や雷鳴、豪雨など天候の不順さにも恐怖を感じた。
暮らしている動物たちにも、無慈悲としかいいようのない食物連鎖が存在した。人類の頭脳と力を持ってもあまりにも危険で、排除できない生物まで数多く存在する。
しかも、重力が非常に強く、翼をいくらはためかせても、空へと飛翔することはできなかった。
そんなところへ、史上最大の苛烈な遊技場を作ろうとして、乗り込んでみたのだ。
けれど、思った以上にひどい環境で、飛行という手段が使えないこともあって、すぐに撤退することになった。
ただ、それなりの大気や陸地があることから、全く住めないことはない星。
結局のところ、罪人の流刑地として活用することになった。
しかし、ある時この星に向かうゲートが動かなくなってしまった。
母星から地球までは数百万光年―—通常では行き来できないほどの距離が横たわっている。
それを乗り越えるために特殊なゲートが用いられていた。宇宙船がそこをくぐると、99%以上の距離が省かれて、地球にたどり着くことができた。
母星と地球はゲートで繋がっているといっていい。それが突然故障してしまったのだ。
長い歳月をかけて修復し、ようやく再び地球に行けるようになった。
ところが、何かが変わってしまったらしい。到着した地球では十数万年、もしかしたら、二十万年も三十万年も時が経っていた。
母星からやってきた三人は、気の遠くなるほどの年月が流れた地球を観察することとなった。そこでは、地球に住むことになった有翼者たちが独自の進化を遂げていた。
残されていた人々は、飛ぶことのできないまま翼が退化して、今では痕跡もなくなっているらしい。
彼らは地球にいた『猿』という種が自分たちの祖先であって、そこから進化したと思い込んでいる。別の惑星からやってきたとは思ってもみないようだ。
けれども、その意識の奥底には、故郷の人々の姿が残っているらしい。
たくさんの『天使』を描いている。
宇宙船の中で、天使のような姿をした観察者たちは、調査結果にふうっと吐息を零す。
背中の翼は光を受けて、真珠のようにつややかに輝く。肩を動かしてその羽を広げる。
時には船内で自由に翼をはためかせ、飛びながらも、三人は話し合った。
結論としては、地球に住んでいる人々には何も知らせず、そのまま帰ることにしたのだ。
「きっと、彼らにとっては、もはやこの劣悪な環境が普通で、守るべきものなんだろうから」
ぬるま湯の世界に暮らしている三人は、後ろめたい気持ちのまま母星へ報告書を携えて戻っていった。
何の干渉もすることなく、楽園への帰路に着いたのだ。
「いつか、迎えに行けるといいですね」
女性は去り際に、そんな言葉を残した。
その背後には、青く豊かな、そして過酷すぎる星が燦然と輝いていた。
これから先、三人の報告をもとに、天使の姿をした人々が、地球に住む者たちを天国を思わせる星へと誘ってくれる日が来ることもあり得そうだ。
しかし、地球という環境を生き抜いてきた人々に、迎えは本当に必要なのだろうか。
いつか地球人類が宇宙へと旅立ち、自分たちの力で楽園のような星を見つけるほうが、早いのかもしれない。
このごろ、世の中には大変な環境にあっても、黙々と頑張っている人が多いなあと感じることがありました。
そこからこんなお話を思いつきました。