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恋の終わりはコーヒータイムで

作者: 佐藤アスタ

 理香と初めて会ったのは、よく使う自販機の前だ。

 期末終わりのことだった。


 通学路から外れたここまでわざわざ来る酔狂者がどんな顔なのか、ちょっと気になったのがきっかけだ。


 ちょっとこの辺のコンビニじゃ売ってないマイナーコーヒー缶のラベルを見るふりをしながら、真っ赤なボンボンがついた毛糸の帽子で頭を覆った彼女の指先に目を向けて、


「あ」


「え、あ」


 さっきついたばかりの俺の指紋に重なるかじかんだ指先を見て声を上げてしまった。


 それが、理香の小さな顔に目がいった一番最初だ。



 最初に白状してしまおう、先に好きになったのは俺の方だ。


 この話になると、理香の「私の方が先だった」という枕詞を皮切りにいつも口論になってしまう。


 先に見たのは俺の方だからそんなことはないと思うんだが。


「コーヒーを買うところを見てたもんね」と言われても。


 第一印象が背中って、アリなのか?



 付き合い始めてからも、自販機通いは続いた。


 まあ、コーヒーのためだけだったのが理香との待ち合わせ場所という目的が増えただけなんだが。


 講義が終わったらなんとなくここにきてコーヒーを買って、相手が来るのを待ってから一緒に飲む。


 約束はしない。せいぜい行けない時にメッセージを送るくらいだ。


 とにかく同じ場所で同じコーヒーを味わう。


 そのあとのデートらしいなんやかんやは完全に蛇足だった。



 季節は過ぎて春。


 週明けにいつもの場所に行くと、道に迷った。


 いや、迷ってない。すぐ後に理香が来たからだ。


 つまり、自販機が撤去されていた。


 なんてこった。常連の俺達に黙って営業終了するなんてどんなブラック業者だ。


「自販機の客相手に告知なんてするわけないじゃん」


 俺にローキックをかましながらツッコんでくる理香の声も、ちょっと寂しそうだった。



 初夏。


 新学期のドタバタが一段落して。


 新たな待ち合わせ場所を探すもどこもしっくりとせず、結局俺の家になってもう一か月。


 玄関のドアを開けると理香の気配。どうやら先に来ていたらしい。


「おかえり」


「うん」


 ショルダーバッグと上着を置いて二人掛けのテーブルの定位置について一息。


 すると、今まで耐えてきた不満を一気に吐き出すような長い溜息が聞こえてきた。


「あのね、そろそろ感想の一つでも言ってくれないかな」


「なにが?」


「今飲んでるそれよ。これでも豆から挽いてるんだからね。まだ手探りだけど」


 そう言われて見た手元には、紺色の大きめのマグカップ。


 中身の黒褐色の液体の正体は言うまでもない。


 そして、次の俺のセリフは偽らざる本音だ。


「気づかなかった」


「冗談でしょ?もう一か月経つのよ」


「本当に。いつも無意識で飲んでた」


「……あきれた。そんなんならもうやめよっかな」


「いや、これからも頼むよ」


「頼むよ?」


「いえ、お願いします。これからも作ってください。できればずっと」


「うむ、よろしい」


 俺の恋が終わって、愛が始まった瞬間だった。

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