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恋愛◇甘々

虹をわたぐ縁

作者: 黒いたち
掲載日:2022/03/21

「アール……どうか、やすらかに」


 セキセイインコにしては長生きだった。

 小学生の時に家に来て、県外の大学に行く時も一緒だった。

 コバルトブルーの体を、もういちど撫でて(ひつぎ)にもどす。

 四角い箱の棺は白く、敷いてある白い布が、ひかえめな照明を反射した。 


「――よろしくおねがいします」


 ひかえていたペット葬儀社の人に頭を下げる。

 アールとは、ここでお別れ。

 こらえていた涙が落下し、靴先(くつさき)に染みこんだ。






「……これがペットロスか」


 あれから、何もする気が起きない。

 そのうえ(から)のケージを見るのがつらく、アパートにも帰りたくない。


 近所のファストフード店がカフェ仕様にリニューアルしたので、そこに入り浸る毎日だ。

 すこしぐらい長居しても、悪目立ちはしない。

 大学生のお財布にも優しいし、なにより他人の気配で、気がまぎれるのだ。


「コーヒー、買ってこよう」


 食後に財布(さいふ)だけ持って席を立つ。

 視界に入ったカップルが、ポテトの食べさせあいをしていた。

 いつもなら気に留めないが、心に穴があいた今はうらやましい。

 おちこんだときは、いつもアールが肩にのって慰めてくれた。

 その存在は、もういない。


 うつむき、前をよく見ていないのが悪かった。


「――うわっ」

「え?」


 顔をあげると、ドンッと誰かにぶつかった。

 

「マジかよ!」

「すみません!」


 反射的に謝るが、目の前の光景に青くなる。

 ぶつかったのは若い男性で、彼が手にしていたトレイのジュースが倒れて、服にかかっていた。


「あ……本当にすみません!」


 おろおろしていると、男性はとなりの友達らしき人にトレイを手渡した。


「――海翔(かいと)?」

「帰る」

「え!? これ、どーすんの!?」

「知らん!」


 そういって、男性は(きびす)をかえす。


「――待ってください!」


 友達らしき人に一礼して、わたしはあわてて男性を追う。


「あの……服とハンバーガー、弁償します」

「いらん」

「じゃあ、お金だけでも――」

「しつこい! ついてくるな!」


 いきなりの大声に、何事かと人目が集まる。

 男性はおおきく舌打ちして、そのまま退店した。




 拒絶されて、外まで追いかける勇気はなかった。

 財布は手にしているが、カバンは席に置いたままだ。

 

「……もう帰ろう」


 重いため息をついて、席に戻り、カバンを手にする。

 窓際の席に、彼の友達らしき人が座っている。テーブルにトレイが二枚あるから、まちがいない。

 一言、おわびを言ってから帰ろう。


「あの……」

「――はい? あ、さっきの」

「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

「いいよいいよ。こっちこそ、海翔(かいと)がごめんね。あいつ、ちょっと落ち込んでて……情緒不安定だから、大目に見てやって」

 

 彼は冗談っぽく笑う。


「お手数をおかけしますが、海翔さんにクリーニング代を渡してもらうことはできますか?」


 親しみやすい人だったので、わたしは財布を取りだす。

 すると、彼があわてて両手を振った。


「だめだめ、仕舞(しま)って! かつあげと勘違いされちゃう!」


 おもわず吹きだすと、彼がにこりと笑った。


「お姉さん、大学生?」

「はい、そうです」

「俺も。――よかったら、合コンしない?」

「へ?」

「俺も海翔も彼女募集中。俺がちゃんと海翔の機嫌とっとくから、ね?」


 こちらをうかがうように見上げてくる。

 悪い人ではなさそうだ。

 それに――自己満足になるが、ちゃんと海翔さんに謝りたい。

 

「……わかりました」

「やった! 俺、菅原柊(すがわらしゅう)。お姉さんは?」

後藤陽葵(ごとうひまり)です」

「ひまりちゃんね。俺のことは柊でいいよ。ID交換しよう」


 そうして(しゅう)くんと連絡先を交換して、アパートに帰った。






 明るいうちにアパートに帰るのは久しぶりだ。

 太陽光のなかで見る部屋は――きたない。


「……掃除しよう」


 合コン用の服も、発掘しなくてはならない。

 ゴミを分別し、たまった食器を洗い、掃除機をかけるために窓を開ける。


 雨上がりの空、遠くにうっすらと虹が見えた。

 アールは、あの虹を渡ったのだろうか。

 すこし冷たい風に目をすがめたとき、視界の(はし)になにかが映った。


「――え?」


 宙を横切るちいさな影は、まっすぐキッチンに消えた。

 それはまるでセキセイインコのようで――。


 私はおもわずキッチンに駆けこむ。

 いつもの(くせ)で、アールの指定席――ふきんハンガーに目をやる。

 

「うそ……」


 そこには、緑の体に黄色い羽を持つ、一羽のセキセイインコがいた。




 すぐさま窓を閉め、空のケージにインコを入れる。

 アールとは色違い、すぐに迷いインコだと想像がついた。

 すこし元気がなさそうなのは、疲れているからだろう。

 この子には、新鮮なエサと水、安心できる寝床が必要だ。

 このうちには、そのすべてがそろっている。


「元気になったら、飼い主を探してあげるね」

 

 ゆっくり休めるように、ケージに目隠しの布をかぶせ、物音を立てないように残りの家事をかたづけた。




 インコは、数日で見違えるほど元気になった。

 そしてとても人懐っこい。

 飼い主が、愛情をもってお世話をしていた証だ。

 この子がいなくなって、さぞやがっかりしていることだろう。


「チラシをつくって、電柱に貼ればいいのかな……? とりあえず、写真を撮ろう」


 カゴをあけると、待っていましたとばかりに私の肩に乗ってくる。

 服にくちばしをこすりつける姿がかわいい。

 スマホをカメラモードにして、インコに向ける。


『……かわいいね』


 インコが、初めてしゃべった。

 アールもおしゃべりが上手だったから、この子もしゃべってもおかしくないけど、どうして今?


「もしかして、飼い主がいつもスマホで撮影してたから……?」

『パセリ、おるすばん。パセリ、ハイは? ハイ! パセリ、いいこだねー!』

「――パセリ! 体が緑だから、パセリだ」

『パーセリ、パーセリ、パーセリ』


 ごきげんに歌い出した。


「チラシに、パセリって書くね! あとは保護した住所……浅岡町(あさおかまち)――」

『あさおかまち……つつみパセリ、さんさいです』

「え?」

『パセリえらいねー! いいこだねー!』

「パセリちゃん、もう一回言って。――あさおかまち?」

『あさおかまち、さんちょうめ。つつみパセリ、さんさいです』

「浅岡町三丁目! となりの町会だ! 三丁目の、つつみさん!!」


 すごい!

 住所を覚えさせた飼い主も偉いけど、おぼえてしゃべれたパセリちゃんは10億点!!


「たしか町内マップが……あった!」


 詳細なマップには、苗字(みょうじ)がすべて載っている。 


「三丁目……(つつみ)さん!」

『つつみパセリ、さんさいです!』


 パセリちゃんと顔を見合わせる。

 心なしか、うれしそうに見えた。






 『パセリ、おるすばん』してもらい、先に私だけ訪問して確認することにした。

 黒い外壁(がいへき)の一軒家に、(つつみ)と表札がかかっている。

 ドキドキしながらチャイムを押す。


『……はい』


 インターホンから聞こえてきたのは、不機嫌そうな男性の声だった。


「あの、私、近所の者です。先日、パセリちゃんというインコを保護したのですが――」


 バタバタと足音が聞こえて、すぐにドアが開けられた。


「パセリを!? ――どこですか!?」


 若い男性が、はだしで飛び出してきた。

 私の手元にせわしなく目線をやる。


「今日は連れてきていません。確認をしたかったのですが、ここの子で間違いないようですね。パセリちゃんは、うちで元気にしていますよ」


 告げると、男性がいきなりしゃがみこんだ。


「ああーー! よかった! ありがとうございます」


 心底安心したように言って、男性が私を見上げる。

 彼の顔をどこかで見たような気がして、私は記憶をさぐる。


「――海翔(かいと)くん?」

「え? ……誰だっけ?」

「あの、こないだハンバーガー店でぶつかった……」


 海翔くんがたちあがる。


「ああ、パセリが逃げた日か。あの時は悪かったな」

「ううん。悪いのは私だし――」

「もう時効だ、気にすんな。それよりパセリを迎えに行くわ。靴、はいてくる」


 言うが早いか、海翔くんは家に入り、すぐに鳥かごを持って出てきた。

 こうなれば、案内するしかない。

 徒歩二分の距離を、ふたりでならんで歩く。

 このあいだと違い、海翔くんはにこにことしていた。 


「正直、パセリには二度と会えないと思ってた。感謝する」

「パセリちゃんが、名前と住所をおしゃべりしてくれたからだよ」

「マジか。パセリ偉すぎだろ」


 こうして話してみると、明るい男の子だ。

 パセリちゃんの話をしながら、私のアパートにたどりつく。


「散らかっているけど、どうぞ」

「おじゃまします」


 掃除しといてよかった!!

 強く思いながら、海翔くんを部屋にあげる。

 ピチュチュ、とパセリがさえずり、海翔くんがケージに駆け寄る。


「――パセリ!! うわー、おまえ本当に……よかった」


 ケージのまえに座りこみ、鼻をすすって目をこする。

 な、泣いてる!?


 海翔くんはパセリをそっと両手でつつみ、ケージから鳥かごに移す。パセリはおとなしく、されるがままになっていた。


 振り返った海翔くんは、目がすこしだけ赤い。


「エサ代とか、こんど払うわ」

「いいよ。――うちの子の、残りだから」


 海翔くんが言葉につまる。

 それに気づき、あわてて付け足す。


「開封したばかりだから、賞味期限は大丈夫!」

 

 わざと冗談っぽく言うと、海翔くんが声をあげて笑う。

 感情表現が豊かな人だ。


「おまえ、名前は?」

「後藤、陽葵」

「ひまり。おまえはパセリの恩人だ。なにかお礼がしたい」

「ううん。お礼はパセリちゃんから受け取ったよ。すこしだけど、またセキセイインコと暮らせて楽しかった」


 海翔くんが、首をかしげる。


「じゃあまたパセリに会いにこいよ。近所だろ」

「……いいの?」

「いつでも。あ、ひまり、合コン来るよな?」

「……実は苦手なの、合コン」

「俺がいるから平気だろ? ひまりのインコの話、聞かせろよ」

「うーん、それなら行こうかな」

「決まりだ! じゃ、またな」

「うん。ばいばい、パセリちゃん、海翔くん」

「……パセリが先かよ」


『パセリえらいねー! いいこだねー!』


 得意げなパセリちゃんに、おもわず吹きだす。

 つられたように海翔くんが笑い、重なるあかるい笑い声が、私の部屋の空白を満たした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] インコから、繋がった縁。 心にジーンときました。 それにしてもパセリちゃん偉いなー。 頭良い! 我が家にも犬が居るので、とても感情移入して読みました。 [一言] お久しぶりです。 また…
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