第5話 突然の終幕
ルークが反撃を試みようとしますが、急展開が待っています。
「ルークよ! ふざけるのも大概にせよ! ここは皇帝陛下の御前なるぞ!」
お前がそれを言うか? クソ皇子!
「宰相殿、これは死罪を免れませんな! ぐわっはっはっはっ!」
クソ皇子が息を吹き返したようにドヤ顔でこちらを見ている。
お前は空気が読めないのか?!
自分の都合が悪いことは一切見えないタイプだな。どのような教育を受けてきたんだか……。
「宰相様! わたくしはどうなっても構いませんわ! どうかルークさんだけはお慈悲を!」
あっ、それはだめだリディアさん。
それでは愛する人のために自分が犠牲になりますという構図になってしまう。
つまり、罪を認めた事に……。
「リディア様、この場で裁きを与えるのは宰相様か皇帝陛下です。殿下の口車に乗ってはいけません」
「あっ、ルークさん、ごめんなさい……ですの」
リディア嬢が俺を救おうとした気持ちは正直言って嬉しい。
だがこの場合、クソ皇子に付け入る隙きを与えることになる。
気が付かなければいいのだが……。
「ほう……」宰相様が俺を見て意味有りげな笑みを浮かべる。
「不貞を認めたのだなリディア。この売女が!」
辺りに緊張が走る――
なんだとこの野郎! リディア嬢に謝れ!
いくら皇子とはいえ、公式の場で公爵令嬢に対して言っていいことではない。
ブリュネ公爵も怒っていいところなのに、口を挟もうとしないのはなぜか?
自分の娘が侮辱されているのに……。
「認めるわけがないでしょう!」
俺は思わず一歩前に出た。
近衛兵が剣の柄に手を添える。宮廷魔導士も杖を前に出した。
だが、俺はお前たちなど恐れていない。
なにせ俺は『チート・ステータスの転生者』だからな!
「ルークさん……」
「大丈夫、ぼくに任せてください」
成り行きとは言え俺はリディア嬢を守ることにした。
あとは野となれ山となれだ!
「自分の婚約者の居室へ12歳の子供が訪ねただけで不貞だと騒ぎ立てる度量の低さ。いくら貴族の不文律とはいえ、恥ずかしくないのですか? ジェレミー殿下」
「この国の皇子に向かってその態度、不敬であるぞ!」
「なぜ話をはぐらかすのでしょうか? ぼくには殿下が帝国に対して隠し事をしていることを知っています。その事実から列席の皆さんの意識を逸らそうとしているとしか思えませんが?」
これを言うにはまだ早すぎたかもしれない……が……。
「皆の者、そいつを捕えろ! 今すぐその首を刎ねてくれるわ!」
「殿下! それはなりませぬ。越権行為ですぞ」
「うるさい! うるさい! 誰か剣を持て!」
「殿下!」
「ぐぬぬぬぬ」
宰相閣下が手でジェレミー殿下を制して俺を睨んだ。
「ルークよ、殿下が隠し事をしていると申したな?」
「はい、そう言いました」
「出任せであれば不敬罪になるぞ」
つまり、俺が不敬罪なら断首される……。
だが俺には関係ない。ベルガー伯爵には悪いが、いざとなれば逃げてしまえばいいだけだ。
いまは知っている事実と作り話を組み合わせてハッタリを噛ましてやる。
「承知の上です。そもそもジェレミー殿下が主張する婚約破棄の原因がリディア様にあるというのに無理があるのです」
リディア嬢に対する申し立ては全てジェレミー殿下の嘘だった。
まずはそこをはっきりと、列席者も含めて認識してもらおう。
「リディア様は品行方正を絵に描いて飾ったようなお人柄です。調査すればジェレミー殿下の申し立てが虚言であることはすぐに分かるはずです」
「ルークさん……」
俺はリディア嬢のことを深く知っているわけではないが、今までのことから人物像としては当たっているはず。
「ルークよ、その先は言わんでいい。イジメと傷害行為に対するリディア嬢の濡れ衣は晴れている」
「承知いたしました、宰相閣下」
ん? 宰相は静観するんじゃなかったのか? だが、思惑通りだ――
「婚約破棄は両家だけの問題です。何故ゆえこのような場でジェレミー殿下は婚約破棄の申し立てをしたのでしょうか?」
ボドワン宰相は相槌を打たずに黙って聞いている。
ここからは俺のハッタリだ!
その時、誰かが宰相閣下の元へ駆けつけたため、短い時間ではあるが審議は一時中断した。
なにか問題でもあったのか?
「次に花束を届けた件ですが……」
「ルークよ、たった今、それも話す必要がなくなった。お主を嵌めようとした者はすでに捕らえられている」
「えっ、本当ですか?」
「衛兵! ここへ連れて参れ!」
そこに連れてこられたのは俺に花束を届けてくれと依頼してきた少女だった。
おそらく俺と同じ12歳位だと思う。
俺と会ったときと違うのは、宮廷のメイド服ではなく、みすぼらしい平民の服を着ていたことだ。
「その者、名はなんという」
「メリルと申します。この城に出入りしている商会に奉公させていただいています」
メリルは深々とお辞儀をした。
その焦燥している姿が痛ましい。
「お前に花束を持たせたのは誰か言うがよい。隠し立ては許さん」
「黒い服を着たお方でした。名前は存じませんが、どなたかの執事様ではないかと存じます」
「嘘だ! アーノルドがそのようなことする訳がない!」
えっ? 自分で白状しちゃったよ、この人……。
「ジェレミー殿下、お静かに」
そしてすぐに黒服の執事が連れてこられた。
「ジェレミー殿下、申し訳ありませんが、ボドワン宰相閣下に全てお話しました」
「なんだと! 裏切ったのか!!」
「アーノルドにはそれ相応の罰を与える予定でございます」
「ぐぬぬぬ……」
「ジェレミー殿下、三度目はないと申しましたぞ。それに殿下は私腹を肥やすためにやってはならないことをやってしまった。それは帝国に対する裏切り行為ですぞ」
「待ってくれ! 何のことを言っているのだ?!」
「ルークが言うところの帝国に対する隠し事の件ですぞ。ここで罪状を述べてもよろしいのですかな?」
「そ、それは……」
そこで徐に皇帝陛下が立ち上がった。
「ジェレミー! お前の悪行は掌握済みである。沙汰があるまで自室で謹慎を申し付ける」
「ぼ、ぼくは……ぼくは悪くない! お前のせいだ! お前がいなければこんな事にならなかったのに!」
「えっ?! 俺?」
ジェレミー殿下が俺に殴りかかってきたので、リディア嬢を庇いながら軽くかわす。
「衛兵! ジェレミー殿下を取り押さえろ!」
「「「はっ!!!」」」
ジェレミー殿下は速攻で衛兵達に取り押さえられた。
一瞬だけ魔法を放つ気配が感じられたが、ジェレミー殿下は無詠唱で魔法を発動できないらしい。
それにしても冷や汗モノだった。
作り話で時間を稼ごうと思っていたが、こんな展開になるとは……。
まあ、すべては結果オーライだ――
ジェレミー殿下は観念したのか、衛兵達に連れられてトボトボと謁見の間から退場した。
エレミー嬢とシャリエ伯爵が当然のように彼の後に続いた。やはり、彼らも『隠し事』の関係者のようだ。
いったい、ジェレミー殿下は何をしたかったのだろうか?
俺の予想通りジェレミー殿下の隠し事にシャリエ伯爵が加担していたのなら、爵位の降格か取り上げは必至だろうな。
もし、国家反逆罪と判断されたら死罪もあるわけだ……。
怖い世界だ――
「お集まりの皆様、ことの顛末は後ほど知れることになろう。これにて謁見は終了である!」
ボドワン宰相の声とともに、参列者は一斉に退場する。
あまりにも突然の終幕だった。
これでジェレミー殿下の申し立てによる審議は一応終了したが、今度は別の事案として法定で裁かれることになるだろう。
とりあえずリディア嬢と俺の目の前の危機は回避できたようだが、なんだか心にモヤモヤが残る。
リディア嬢の婚約についてはこのまま破棄でいいんじゃないかな。あまりメリットのない政略結婚だったみたいだし、彼女自身も自分の人生を棒に振ることもなくなったしな。
「リディア様、これで良かったんですよね?」
「もちろんですわ、ルーク様。ようやく先の見えない闇から陽が射してきたようですわ」
そして、俺の左腕はリディア嬢にがっしりと掴まれるのだった……。
次回は新たな展開のはじまりです。
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