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未題  作者: 門林はみめ
4/7

月曜日になった。そういえば、小学生の頃は憂鬱で仕方なかった月曜日の朝が慣れてしまったのか、特に何も感じない。これは正しいことであろうか。そう思ううちに古典の授業が過ぎ去る。

 青春というやつも固定化して、部活に精を出すか恋愛をするか。そんなところで、僕も青春と呼ばれるものの渦に巻き込まれ云々。と考えることが数学の授業で僕がなしたことだ。

 後の四時間も同様に脈略もないことを考え続けた。一日のカリキュラムが後半に差し掛かった時には頭が疲れて、「山下さん」という論題に至った。これを避けるために今日はずっと頭を動かし続けていたというのに。しかし、あまりにも分からなくって、一通りデートの歩いた順路や彼女の表情等等を思い返して。気づいたら寝ていた。

 僕ぐるぐると考える癖は、幼少期からだ。どうすれば自分より体の大きな子との喧嘩に勝てるかのシュミレーションを何度もしたり、何かと言い負かされたりするたびに反省点を考えたりしていた覚えがある。

 目をさますと終礼で。それが済むと、部活に駆けていくものや、家に直行するものと色々いるが僕はぼうっとつれづれな時を過ごすのが好きであった。いや、ずっとそんな時間ばかりなのであるが。

 今日も、何をするでもなく足を机上に投げ出して天井を眺めていると、山下さんが近づいてきた。

 「ねえ。」

 「うん?」

 何か目線を感じて、ちらりと見ると安達が様子を伺っていた。どこまでも、人の行動を見るのが好きな奴だなと思う。サバサバしているかに見えて、神経質なまでに人の仕草は見ているのだから変わったやつだ。

 「あのさ。私って、あなたにとってなんなのだろう。」

 もとよりくるりとした目であるのに、さらに大きく見開かれた目をしていた。不安とか、興奮とかいう感情はないらしくいつもの可憐な声だ。

 「なにって。」

 「ねえ、教えてよ。」

 さっぱり求めている答えがわからなくて窮すると、彼女は一歩進んで言う。

 きっと甘いことを求めているのだろうと思った。

 「かのじょ」

 「それだけ?」

 今度は、声が低くなる。変幻自在、心のままに動くみたいだ。

 きっと誤ったことを言ったのだ、まずいと思って、机を足から降ろし、どこかで聞いたことあるような言葉を選んでいう。きっとこれが無難だ。

 「大切な人」

 「具体的に」

 僕は完全に言葉に詰まってしまった。さっきまで、可愛らしかった目が僕を刺すように見つめ。僕の方も目をそらす動作すらできない。

 「ねえ。じゃあさ。門林君は、恋人で大切なら私と同じと思うわけでしょう?なんとなく恋人が欲しくて私と付き合ってるの?もし、恋人が複数人いたら全員大差ない『俺の女』と思うわけ?」

 「ちがうよ。」

 それを言うのが精一杯だった。

 「これ、宿題よ。答えられなかったら、別れてあげない。分かるまで、ずっと私と一緒にいるの。」

 僕はあなたとずっと一緒でも構わないよという言葉をぐっとのみ込んだ。目が彼女の目が、僕を見ていた。いつもどこか空想的なところを見つめている望遠鏡かのような目は、僕の何を見ているのだろう。どこまでも浅はかな僕の考えなんてお見通しなのか。

 「わかった?」 

 彼女の問いかけに、僕は深く頷いた。

 神に使命を告げられた気分だった。絶対に逃れることの出来ない使命。目的も意図もよくわからないが、やらねばならない使命だと根拠もなく納得した。

 のち、彼女が帰ってしまうと、安達がそばに来て言った。

 「面倒な人だねえ。」

 「どういうこと?」

 僕はむっとしていう。

 「わかんないの?単に認めて欲しいんだよ。というか、自分で認められないんだ、自分のことを。」

 安達は、はははと笑った。

 「で、僕は彼女になんて言えばいいの?」

 「言ったじゃん。存在を認めてあげればいい。もしくは面倒なら別れでも告げたら。」

 「がんばって答えを探すよ。」

 へえ、と口元を緩めて安達は言った。「本当に惚れたんだ。」

 僕が彼女の言動の意味を計りかねて困惑して黙っていると、「せいぜい頑張ってありもしない答えを探せばいい。さ、先輩がきっと待ってる。」

 祐希君はいなかった。安達はカバンを放り出してアスファルトにしゃがみこんだ。安達は待ちかねてイライラしているので、受験生だから忙しいのだと言ってなだめた。

 まだ暑さは残るとはいえ、秋の日はつるべ落とし。あっという間に暗くなってしまった。

 安達はスマホを触りだし、あっと声を上げた。「連絡入ってたわ。」

 「で、なんて言ってるの?」

 「諸事情により先に帰ります、だってさ。」

 諸事情という言い方には詮索されたくない何かを感じた。安達もそう思ったらしい。眉間にしわを寄せて電子画面を睨みつけている。

 「明日、絶対聞き出してやる。」

 そう叫ぶと突然スマホをポケットに突っ込み、乱暴にカバンを肩にかけて歩き出した。予想より遅い時刻だったので、今日はすぐに解散した。

 その晩、祐希君から電話があった。

 「なあ、門林。」

 向こうからは若干裏返ったような聞き辛い高い声がする。

 彼は早口になって続ける。

 「あのさ、今日はごめん。あのさあ。」

 「落ち着いてよ。どうしたの。」

 「安達に言っちゃあダメだぜ。えーと、やってしまった。」

 なるほど、諸事情の内容が分かった。しかし、僕の高校では「異性不純行為」の話は聞かないので確認する。

 「本当に?」

 「本当だよ。すごく気持ちいいんだ。うまく入らないからさ、彼女が上に乗ってさ。」

 僕は彼の話をなあなあに聞き流した。すっと山下さんの白い腕が生々しく脳裏をよぎって耐えかねた。

 よかったねと言ってみたり、とか抜け駆けだと怒ったフリをするフリをする。

 興奮しきった彼は同じ話を繰り返し、自身が満足するまで話し続けた。そして、思いついたかのように落ち着いた調子になって言った。

 「でも、好きでもないのに。唇をあわせたときの罪悪感が胃に残ってる。どこかで、彼女を都合のいい女だとおもってる自分がいて嫌悪感がある。」

 「クズだな」

 と、ふっと口をついて出てきた。

 「だろ。」

 彼はクズという称号を誇るかのように言った。 

 怒った風はない。だから、そのまま僕はじゃあねと、彼はまた明日と言った。

 そういえば、好きって何か聞いておけばよかったな。彼は「好きじゃない」を知っているんだからきっと答えてくれるのではと思った。

 好きがわかれば、僕は山下さんの何が好きか分かって答えに近づくような気がする。

 次の日から、僕はもう授業どころではなくなっていた。もともと授業なんて集中して聞いていられないタチなのに彼女の宿題が四六時中付きまとってくるのだ。

 僕の数学のノートには、数学の問題ではなく「あなたにとって私とは何か」という問題が書かれている。周ってくる先生に見つかることを想像すると無性に恥ずかしくなるので、先生が来るたび教科書をノートに被せ隠した。

 何時間そんなことをしていたか定かではない。授業のコマという切れ目は、僕の時間を分けるには意味をなさなくなっていた。

 何気なく顔を上げた時、「徒然草」を扱った古典の授業が行われていた。

「兼好法師は、徒然草で無常観を根底に置いています。無常観とは、何事も絶えず移り変わっていくということであります。」

 単調な声で先生は語る。

 ああ、と僕は思った。確かにそうかもしれない。幼少期と今とでは僕というのは大きく違うからなと。目を落とすと、ノートにはあの問題が書かれていた。 

 先生の板書の残像がノートに重なる。「あなたにとって私とは何か」「何事も移り変わる」

 すると急に彼女が僕を置いて、どこか遠くへと飛び去ってしまう存在に見えた。あの地下鉄での彼女は今も地下鉄にいて、今授業を受ける彼女はそれとは別の彼女なのではなかろうか。そうでなくとも彼女はいずれあの日を脱皮してしまうのだ。まるで、緑の葉が秋には色づくように。

 そんな残酷な。そんなことが真実なら耐えられやしない。あの地下鉄の彼女を抱きしめて、そのまま泡と消えてしまった方がマシだ。

 不安にかられ鬱々としてきて、胃か肺か何かしぼんで吐きそうになる。

 突っ伏して、話を聞くまいとした。これ以上聞いてしまうと僕は発狂すると確信できたためである。

 そのあとは、ほとんど意識がない。覚えているのは、幾度かなったチャイムの音、椅子を引くガラガラとした音くらいのものだ。

 学校が終わると、山下さんはカバンに教科書を詰めているところであった。

 今なお、不具合のある内臓。いや、頭も四肢も感覚が宙に浮いている。僕はそれらを無理やり動かして彼女に近づいた。

 体は彼女に惹きつけられるかのようにうねり、歪む。

 「ねえ。いつまでも君でいるよね。」喉は勝手に言葉をひねりだす。

 彼女はキョトンとした表情をしばらく浮かべていたけれど、「当たり前よ、私は私。」と困惑した声で返した。

 「約束だよ。」

 「うん」

 僕の不安は全くやわらがなかったが、ないよりはましだと思うことにした。

 「それだけ?」

 「うん」

 「じゃあ、私部活あるから。」


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