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未題  作者: 門林はみめ
3/7

朝、学校に着くと誰も彼もの視線が僕に向いているような気がした。

 しかし、きっと僕がそういう気になっただけであって、誰も声をかけてきたりなどはなかった。

 きっと安達も山下さんも口外せず、なのだろう。

 安達はグループで昨夜のテレビの話題に興じている。他方、山下さんは文庫本に夢中だ。僕は、拍子抜けして教室の扉の前で立ち尽くしていた。

 すると「よお。」という声がして、振り返ると福井であった。

 ひとっ走りした後なのか、首元は汗でびっしょりと濡れている。こめかみから汗が滴り落ちた。

 「で、昨日の話はどうなったんだよ。」

 しまった、と思った。山下さんと対外的にどういった態度をとるか決めていなかった。僕としては付き合っていると言っても構わないのだが、彼女がどうしたいか分からない。僕なんかと付き合ってると思われると不都合かもしれない。

 なあ、と福井は答えを催促してくる。僕は困った笑いを浮かべるほかない。

 「もういいよ。」

 と彼は言うと、ぼくをドンと突き飛ばした。

 そして、ずかずかと歩みを進め。山下さんの席まで行った。

 始めは何読んでいるのかなどと言っていたが、突然に「門林のことどう思っている?」と聞いた。

 山下さんは、細い眉をきゅっと下げて、困惑した表情を浮かべる。

 「どうって言われても、そんな一言で言えるものでも……」

 「え、じゃあさ。好きか嫌いかで言ったらどっち?」

 福井は興奮して、声変わりしたばかりの少年のような返った声で言った。

 「そりゃあ、好き。」

 僕は、期待通りの答えであったが嬉しかった。僕の存在が公的になった気がした。

 他方、それをきくと福井は少し興ざめしたような表情を作った。

 二人はしばらくは話をしていたが福井が去った後、山下さんは耳の淵を赤らめていた。それもそのはずで、普段は石の上のトカゲのようにひっそり暮らしている彼女が、福井の高い声によってクラスの目を集めていたのだから。

 その後一週間は、僕らはただ日曜日を待つだけに徹した。福井が噂して回ったらしく、僕と山下さんの関係はいかなるものかという話は時折なされるようだが、人の関心は成就しそうな、もしくはもう成立してしまった恋なんかには向かないようで、僕が一方的に山下さんを見つめていたという話よりはずっと話題性が低かった。あまり取りざたされたくない僕らには平和で好都合なことである。

 一週間の間に、僕らは家族構成や将来の夢、関心ごとなんかについて話した。

 帰宅は方向が異なるゆえに彼女と一緒にということはなく、安達と祐希くんとしたのだが、その代りに積もった話を山下さんとは電話で毎日二、三時間消化した。

 そして、デート当日。寝坊が恐ろしくて目覚ましよりも先に活動を始めた僕は、数少ない服からのセレクトに悩まされ、入念に歯を磨き顔を洗った。冷たい水を顔に被ると清潔な存在になった気がした。

 それでも、だいたい二十分くらい早くに待ち合わせ場所のショッピングセンターについた。その間過ぎ行く人々の顔をひたすらに確認したのであるが、その時間は彩りに満ちていた。忙しくしている時よりもずっとせわしなく、なのに何もしていない時間よりも長かった。

 とろんとしたカスタードクリームのような二十分が終わりを迎えた。キョロキョロと周りを見渡しながら山下さんが現れたのである。鼓動が強くなって胸は収縮し、彼女に声をかけるのが憚られた。本当に僕の彼女であろうかと思われるほど自分の目に自信がなくなった。

 気づいた時には、僕は声をかけることを忘れて時計や地図を頻繁に確認する彼女をかなりのあいだ見つめていた。彼女のほうが僕を見つけて、手を振ってくれなければデートはここで完結していたかもしれない。

 映画は、何十年もまえの子供用アニメの復刻版。彼女が見たいと言ったので僕の方に文句はあるはずもないのだが、デートで見るようなものはホラーやラブストーリのほうが普通なのではと思う。

 

 劇場に入るまではカップルで溢れていたのだが、アニメの方にはやはり家族連ればかりであった。

 あらすじは、博士の作った心を持ったロボットが悪と戦うストーリー。これに数十年前の人々は心を打たれたのだな。ただ、そんな感想しか抱けなかった。思い入れがない僕にとっては古いアニメに過ぎなかったのだ。

 映画を見終えて、お昼を食べにカフェに入って席に着くと彼女は身を乗り出してこう言った。

 「もしさ、博士が成長するようなロボットを作ったとして。でもそれでもロボットは彼の息子の代わりにはなりえないと思わない?だって、一緒ではないでしょ。だから、いずれにしてもロボットは捨てられるんだよ。」

 博士が、交通事故で死んだ息子の代りとして高性能な心を持ったロボットをつくり、しかし身体的に成長しない事実に絶望してロボットを売りはらう。彼女はその冒頭部について話していた。

 「さあねえ。そうかもしれない。」

 なんと答えるべきか分からなくて笑顔を作ってそう返した。

 そこで料理が運ばれてきたので、話題は流れてしまった。彼女はもう少し話したそうにしているように感じたが、それをあまり考えないようにして他愛もない話に移った。カップルが話すような話題を思い浮かべながら、自然になるようにして。

 何事もなくデートは終わったかに思えた。が、彼女が困った顔をしていう。

 「阪急ってどこに行けばいいのかわからない。」

 互いにいつも使っている路線が違うのだから、僕だって困る。

 「僕だって、わからないよ。地図を見よう?」

すると、彼女は首を振って言った。

 「きっと、こっちよ。」

 僕は呆然とする。迷っている現状を理解しているとは思えない発言だからだ。                     

 しかし、彼女はどんどん歩みを進めてしまう。

 「本当に大丈夫なの?分かったの?」

 そう問うと、少し考えてから彼女は僕の方を振り返って言った。

 「女の勘は当たるのよ?」

 あたかも当然の事実かのように淡々と。だから、彼女にとっては本当に何気ない一言かもしれない。でも、確かに風景や行き交う人や雑音や、そんなこんなから切り離されて彼女はいた。あまりにも絶対的に見えた。何も言えなくなって体の表面が硬直する。

 なのに鼓動は彼女に聞こえるのではないかと心配になる程強く唸って、それが体内で響いて痛かった。

 「心配だから送っていくよ。」

 そう言って、さっぱり道も知らないのに僕は彼女について行った。その間ずっと目を離せなかった。いや、そもそも見ていたいから今、無言でトコトコと彼女を追っかけているのだ。

 「ほうら。」

 勝ち誇ったかのように、満面の笑みで彼女は言った。気づくと僕らは駅の切符売り場に来ていた。

 上がった頬に押されて細くなった目が、頬を押し上げる口が、翻弄される頬が。その彼女の体の動きの全てが美しい。とっさにそう思った。

 「それじゃあね。」

 「うん」

 手を振り々々山下さんは改札を抜けていった。僕は目を離せなかった。

 帰りの電車で、一連の彼女の行動を思い出して。その時の僕の心を振り返ってみて。電車がごうごうと叫びながらトンネルに入り、視界が暗くなった時にああ僕は彼女に惚れたんだと納得した。妙に容易なことであった。

 きっと潜在的に惚れていたのだろう。電話越しでの声と声での会話で、今日のデートで。もしかしたら、彼女に手を握られたあの日からやもしれぬ。

 とりあえず、その蓄積された「惚れ」が、彼女の一言であふれ出たのだ。

 「女の勘」その言葉を反復して反芻する。

 なんだろう。神秘的だ。


この後、描写を挟む予定です。(もはや、自分用のメモ)

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