第12話 鉄橋
いいですか。我が王子。
魔大陸で手を出してはいけないのがドラゴンとスライムです。
逆にEクラスで倒していいのが虫系の魔物です。
この魔物達は巣を基準に縄張りを形成し同族同士でも縄張り争いをしています。
いわゆるコールドラインというのはこの魔物達の境界線を指します。
魔素を含んだ外皮や魔石は高値で売買されるので主に冒険者たちの収入源になっています。
それから、冒険者に憧れないでください。
――家庭教師の魔大陸講座
黒色火薬の歴史はとても古く、6世紀頃に生命の秘薬を探し求めていた中国人錬金術師が最初だと言われている。
材料は木炭と硫黄と硝酸カリウムだ。
この中で最も入手が困難なのが硝酸カリウムになる。
だから硝石を奪い合う資源戦争になったり肥しの土を掘り返したりすることになった。
だがよくよく成分と役割を見ると硝酸カリウムってのは酸化剤として使っているだけだ。
つまり酸化剤なら他でも替えが利くってことになる。
そこで目をつけたのが硝酸ナトリウムだ。
紙づくりでそれなりの量がある炭酸ナトリウムと、カルが製造した硝酸を反応させて作る。
苛性ソーダと硝酸はすぐには大量生産できないが大木を爆破するという現代人らしからぬ蛮行には十分な量だろう。
後はモル計算でいい感じの配合比率を算出して作り上げる。
こういうのは湿気に弱いから油を染み込ませた紙筒に火薬を入れて保管すれば案外いけるんじゃないかな。
それだけじゃあ不便だからヒンジ付きで持ち運びに便利な箱を用意した。
これはゴムパッキンの付いた密閉式の箱で湿気から火薬を守ってくれる。
見た目はFPS系ゲームでおなじみの弾薬箱そのものだ。
これで少しは開発が進めばいいんだけど。
◆ ◆ ◆
アルタは南の森で伐採と鉄道の陣頭指揮を執っていた。
自らの能力である錬金術を使い伐採と敷設を両方同時に進めていた。
最近はスライム形態の時間が長いが、現場作業の時は他のゴーレムと同じ素体へと換装している。
ゴーレム達は邪魔な木々の根元に穴をあけ、そこへ新しく供給された黒色火薬を入れ爆発させる。
「いいですね。爆発させるときは十分に離れなさい。それからレールは歪んでもいいので設置スピードを重視しなさい」
錬金術師である彼女にとって製造失敗や欠陥建設とは、いつでも修正可能な些細な問題でしかない。
彼女が恐れているのは自身が不在の間に工場長が事故や魔物に襲われることである。
だからこそ彼女のスキルの一つであるインベントリの中には核シェルター並みのスモールハウスや予備の非常食など備蓄品が常に入っている。
全ては工場長を開発に集中してもらうため、そして安全に過ごしてもらうために行動している。
「木の伐採が終わりましたら、次は鉄条網で線路を守れるように――」
作業ゴーレムに指示を出している最中に『カランッカランッ』と音を立てて左腕が外れて地面に落ちた。
それを見て――少し考え込んでから右手で拾い付け直す。
「……あまり時間がありません。……しかしあと少しで……私が居なくても……」と彼女は呟いた。
◆ ◆ ◆
橋というのは古代から現在まで様々なタイプのものが存在する。
古代ローマ時代には軍事や貿易で重要な街道にはアーチ状の石橋や木造の橋が主に作られていたという。
大陸プレートがぶつかり地震の多かったペルーの古代インカ帝国では草のロープと木の板で作られた橋が架かっていたという――しかも現役だ。
地域の実情に合った橋が作られるのは人類ってのがそれだけ知的で合理的ってことだ。
しかしそういった環境を無視して大規模に大幅に発展したのは近世産業革命以降からになる。
その最初の橋は高炉の進歩によって大量の鉄を生産できるようになり誕生した「アイアンブリッジ」だ。
だがこういった初期の鉄橋はまだまだ未熟で、どうやって鉄の構造物を作ればいいのか分かっていなかった。
だから見た目はアーチ状の橋と同じようにして作られている。
さて、構造力学の分野ではこういった歴史を学びながらも現在の主流はトラス構造だと習う。 例外はもちろんあるが三角形のトラスが一般化しているのはそれがもっとも頑丈で計算しやすいからだ。
計算がしやすい――設計というのは規模が大きくなればなるほどその強度計算は難しくなっていく。 なにせ計算上の理論値と現実に起こる現象のあいだにありえないほどの溝ができるからだ。 だからこそ橋の崩壊事故というのが発生する。
そいうわけで技術者たちが何度も痛い目にあって見つけ出した手法がは有限要素法という。 巨大建造物なんかを計算しやすい三角形や四角形に分解して、シンプルな要素を大量に計算する手法だ。 だが残念な事にこの手法は計算能力に特化したパソコンでシミュレーションしないと答えに時間がかかる。
流石にリレー式電卓では処理能力が低すぎる。 飛行船の要素計算で手一杯だ。 という事でここは昔ながらの解析手法――つまりミニチュアの模型を作って何度も破壊試験をした。
――イエーイ! 物量バンザイ!!
そんなこんなで鉄橋の建設を始めてから1週間は経っただろうか。
ミニチュアを片手にトラス構造を作っていく。
その構造体に鉄道レールを付けてその上を大型のクレーンが移動する。
油圧とワイヤーフックにより何倍もの重量物を持ち上げて支柱に橋を架ける。
そうやって一度完成したら対岸の都市の北部を調査した。
まずは地上を、次に地下を、最後に壁外を調べていった。
そして安全を確認し、自衛用の物資を北部に運んでいった。
「ボイラーとスチーム砲を壁の上部に取り付けるんだ。それから廃墟のガレキは邪魔だから撤去するように。この際、爆破解体しても構わない。あとはアイアンの指示に従ってくれ」
「ハッ! 警備隊は周囲の巡回を開始せよ! ガレキを撤去したら城門の修復を開始する!」
ある程度の準備が出来たら橋の中央を一度取り外して今後は油圧式稼働橋に改造する。
これで北部あるいは南部から魔物が襲ってきても多少の時間稼ぎはできるだろう。
跳ね橋と言ったら船が橋の下を通るときに干渉しないように動くのが一般的だ。
けどこれは外敵が渡れないようにするための中世以前から存在するまさに跳ね橋というやつだ。
「物資をどんどん運び込め!」とアイアンが搬入の指示をする。
東部あるいは西部から物資が流れてきて、中央の城から伸びている主要道路で合流して北部へと運ばれていく。
その時に物資が酸素工場や植物工場の脇を過ぎ去る。
爆発性の設備の横を爆発物が横切る――それがちょっと怖い。
これだったらもう少し都市計画を入念に検討しておけばよかった。
まさか中央橋に物資が流れる道ができるとは思ってもいなかった。
崩れた橋は他に4カ所ほど痕跡がある。
北部の開発をしながらこれらの橋も修復した方がいいな。
「工場長様、こちらに居たのですね」
「ああ、アルか。そっちの進捗はどうだい?」
「はい、炭鉱までの鉄道は完成しました。あとは試験走行をして安全確認をするだけですね」
「そうか、なんとか冬までには間に合いそうだな」
後は飛行船用の屋根付き建造設備を作る。
試作エンジンの製造と試験をする。
研究所では先立って飛行船用の膜材――つまり水素を溜めるガス袋の研究が始まった。
本当はヘリウムがよかったんだけど、あれは石油掘削時の偶然の産物でしかない。
現状ヘリウムガス田が都合よく見つかるとは思えない。
そしてすべてを組み合わせた飛行船の流体試験もしないといけない。
もちろんミニチュア模型でだ!
煙を使った風洞実験装置なんて大学以来だ。
最近は3Dシミュレーションが主流だからしょうがない。
それでも――それでも冬の間に研究を進めて、春には試験飛行が出来そうだ。
北から肌寒い風が流れてくる。
「うぅ、ちょっと冷えてきたな……」
「工場長様、防寒用に何か作った方がいいですね。例えば防寒着とか如何でしょう?」
「服か――けど糸の研究はまだしていないしなぁ」
「モァ、モグモモグ、アーモー、モ?」とひょっこりとモノがやってきてジェスチャーで何か言ってくる。
「ヤァ、兄弟、暖かい飲み物はない?」とアルタが翻訳してくれた。
「ホント、君たちモーアーは……おお! いいよー兄弟、代わりにちょいと宿賃を頂こう」
「モ?」
◆ ◆ ◆
油田は火と煙を吐きながら以前以上に生産力を上げていた。 大爆発の跡地であるクレーターには水が流れ込み、以前より労働環境は悪化していた。 そこで掘削力の増加によりもたらされる大量の土砂による埋め立てや土手の建設によって油田周辺は湿地帯から埋め立て地へと変貌する。 その影響により長年この一帯を覆っていたピッチレイクは姿を消す。
皮肉にも有機溶剤や化学物質の減少により魔法生物たちが活動を再開しはじめる。
『ぽよんぽよん』
ウッド{ ▯}「有限要素法ってなーに?」
ストン「 ▯」「1950年代に基本的な理論ができ最初は航空機の翼の設計に使われた理論。マトリックス有限要素法という本によって広く知れ渡る。急速に発展したのはコンピュータの発達のおかげで有名なのはスパコンによるいろいろなシミュレーションだね」
ウッド{ ▯}「これ本編関係ない技術だよね」
ストン「 ▯」「近代技術と現代技術の決して越えられない壁のご紹介みたいなものだね。けど極少数に脳内シミュレーションで近似値を出せる熟練技術者が結構いる島国とかあるけどね」
ウッド{ ▯}「ごく少数なのか、結構いるのか……一体どこの島国なんだろう?」




